泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!四十九話:己を信じて
「……王族の守ってきたその魔石に、そんな力があったとはな……」
「……これは生きている大切な人を守る力……そして将来を共に歩んでいきたい愛する人へ贈る……真実の愛の力……」
「愛など抱いた所で誰も守れはしない……愛情が与える力など私は信じない……」
「それは、貴方が信じる事をやめただけだよ……もう貴方の目には死人しか映ってないんだから……」
剣を引き抜いたエリシアは小さく息を吐き出すと、一歩足を踏み出した。
足を踏み出す度にその体から溢れ出る青い光が揺れ、まるで陽炎の様に影を残す。
男もまた、魔剣から青と黄の混ざるエメラルドグリーンの光を纏いながら前進する。
破壊の変革者と、加護を受けた救済者は視線を衝突させ雄叫びを上げながら駆けだした。
「……ラウル……ホワイトホースゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」
「エリシアァァァァァァァァァァッ!!!……」
憎悪と殺意に満ちた声色で互いの名を呼ぶと、二人の振るう剣先が衝突し膨大な魔力同士の激突が空気を震わせた。
二種類の魔石を埋め込むダインスレイヴの剣身が眩い雷光を彷彿とさせる白黄色へ輝き、かつて戦場で名を馳せた英雄の剣技が雷の魔力を帯びた魔剣を素早く、そして効率的に相手を殺傷すべく振るわれる。
斬り払いと突きを交互に併せ、通常の長剣より数倍はある重量を宿す鋼鉄の刃を男は肉体の一部の様に操った。
しかし、その刃先は肉を裂く事は叶わず、皮膚を高圧電流により焦がすばかりでその身には届かない。
青い光を纏うエリシア・スタンズの身体は光の残像を残しながら剣が衝突する度に僅かに位置をズラし、その殺気に満ちる凶刃を回避する。
甲高い音を立てる硬物質の衝突の応酬を繰り広げながら、ラウル・ホワイトホースは吠えた。
「貴様だけは……貴様だけは認める訳には、負ける訳にはいかんのだ!!貴様と私の何が違う!?無念のままに死んでいった人々を想い、彼等の受けた辱めを悔やみ、彼等の為に世界を壊す!!これが愛でなければ何だというのだ!?」
「全然違う!!……そんなの……そんなのは愛なんかじゃない!!」
「黙れ!!貴様には分かるまい!!……アルトリウスは目の前で姉と母親を凌辱され、そして自身もあのケダモノ共に穢された!!内股に血を伝わせて絶望に満ちた瞳で縋りつくあの子を見て、私は心の底から救ってやりたいと願った!!守ってやりたいと思った!!彼は私の同志である以上に、私の愛おしい息子だ!!」
「それはただの呪い返しでしょうが!!本当に愛してるのなら、その人だけを見てその人の敵だけを討てばいいのに……だからアンタ達のしている事は八つ当たりなのよ!!世界なんて滅ぼす暇があるなら、ちゃんと生きてる人間の幸せと向き合いなさいよ!!」
「笑止!!私はそうやって今を生きる人間の踏み台にされた者達の守護者だ!!声すら上げる事を許されぬ彼等の代弁者だ!!これを呪いだと言うのなら好きにしろ、私は独善に満ちた英雄の誉れなど捨て爛れた呪いの執行者であり続ける!!」
「このっ……自己満足の、通り魔ヤロオォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
殺気に満ちた怒声と共に、エリシアは極限まで高まる憎悪のまま大振りに剣を振り上げる。
その明確な静止の一瞬を男は突いた。
青い強化魔術の光を帯びる長剣を振り上げるその腹部に、渾身の力で蹴りを放つ。鍛え抜かれた脚力と鋼鉄のアーマーブーツの重量が無防備なその部位へめり込み、内臓を破裂させた。
激しく咳き込みながら膝を折るエリシアの体を加護の光が包み込み、その損傷を癒していく。
しかし、その僅かな隙を男は見逃しはしなかった。
傷を癒した彼女の頭上に、金色の術式陣が展開した。
それは男がエリシア・スタンズへ向ける殺意であり、明確な存在の否定だった。
「至宝の加護によりなかなか死なないのであれば何度でも死ねばいい!何度でも殺されればいい!私は貴様の毛髪一本すらもこの世に残っている事が許せない、我慢ならない!殺され続けるがいいエリシア・スタンズ、雷の豪雨を浴びて何千、何億回でも死に精神を摩耗させるがいい!」
ディバイン・ストームは本来であれば広範囲の軍勢を対象に使用される攻撃魔術だった。術式陣から降り注ぐのは雷を内包した豪雨であり、その一撃で数千人規模の軍勢を殲滅する恐るべき武力だ。
その戦術級魔術を、男はエリシア・スタンズという唯一人の少女の為に行使すると決めた。
その殺意に満ちた意志を察したエリシアは膝を曲げると、人間離れした脚力を活かし飛び上がる。その肉体は風に舞う羽根のように軽く、そして放たれた矢のように素早かった。
頭上に構築された術式陣すらも飛び越え、彼女は更に上を目指す。
「逃がすか!……」
相手は人間離れした身体能力でこちらを翻弄するつもりであろう事を予測していた男は即座に片手を掲げ、手にした魔剣の刃先を持ち上げる。
展開する術式陣が反転し、魔力の放出口を即座に頭上を飛翔する少女へと方向転換させた。
「死ね!エリシア・スタンズ!」
眩い閃光と共に、その魔力が放出された。
そして、それと同時に……エリシア・スタンズの体は目論見通りにその一撃を防ぐ” 盾 ”の元へ着地する。
『き、貴様!』
『この高さまで!?バケモノか!?』
彼女が足を着けたのは50メートル程の上空を旋回していた竜騎兵達の乗るワイバーンの巨大な背中だった。足を着けるのと同時に、目を丸くする小柄なゴブリンの兵士の頭部を切断し混乱する彼等を制圧する。
悲鳴を上げる最後の一人を竜から叩き落した瞬間、エリシアを追尾する戦術魔術が眩い閃光と共に放出された。
投げ出された哀れなゴブリンの肉体を瞬時に消滅させ、落雷の雨が下から上へと降り注ぐ。
ディバイン・ストームが齎す死の暴風雨は背中に乗る少女目掛けてワイバーンの全身を機銃掃射のように叩きつけた。対魔力装甲により守られた胴へ凄まじい量の魔力が衝突し、その巨体を空中で静止させる。
「小賢しい真似をする!ディバイン・ストームの一粒一粒の雫に落雷に匹敵する魔力が宿っている……いくら分厚い装甲で守られていようとも、いずれ削り取ってやる!」
防具のない首と手足、尾が瞬く間に消滅し、力尽きた飛竜の体は胴体のみとなった。その背にしがみつきながら、エリシアは静かにその時を待ち続ける。
この絶望的な状況を打開するその時を……。
そして、その時は遂に……訪れた。
眼下から放たれていた殺意の雨が止む。
魔力を操る者が攻撃の意志を止め、術を解除する。
叩きつけていた魔力が消え、落下を始めた竜の胴から下を見たエリシアは思わず歓声を上げていた。
「レオナ!……やっと、やっと起きてくれた!……」
魔術を止めたのは、手にしたサーベルで脇腹を貫いたレオナの一撃だった。
全ての意識を頭上へ集中していたラウル・ホワイトホースの無防備な背に、目を覚ましたレオナ・ハミングバードは刃を捻じ込んだ。
「……キサ、マ!……」
「……今のお前は確かに……誰もが憧れる英雄などではない……ただの妄執に囚われた亡霊だ!」
「キサマァァァァアアアアアアッ!!……」
サーベルが引き抜かれ、大きく後ろへよろめきながら男は魔剣の剣先をレオナへと向ける。そして、呆然とするジャンの元へ駆け出した彼女に向けてその肉体を消滅させるべく攻撃魔術を放とうとしたその時……頭上から風音を立てながら落下してくる巨影に気付き、体を前へ飛び退かせた。
絶命したワイバーンの胴は轟音を立てながら王城の屋上を破壊し、叩きつけられる。レオナの腕に抱き寄せられ、押し倒されたジャンの爪先を掠めた巨体は石畳の床を破壊しながら階下へと落下した。
砂塵が巻き上がり、視界が塞がれる中でレオナはサーベルを構えながら表情を引き締めた。
その剣先の向こうから、巻き上がる埃を掻き分けてゆっくりと……その人影が姿を覗かせる。
「……殺してやる……殺してやる……!私は、貴様らを必ず……殺してやる!」
「……本当に、亡霊そのものだな……お前は……」
落下してきた巨体に巻き込まれた片腕は捥げ、大量の血液で顔面を汚しながら……男は魔力の放出準備の整ったダインスレイヴの二つに分かれた剣先を二人へと突き付けた。
レオナが息を飲み、悪鬼の如き形相で殺意を滾らせる相手と対峙する後ろでジャンは頭を抱えながら硬く目を閉じた。
「諦めてたまるか……アルトリウスの、彼等の生きるこれからを……諦めてたま----」
その時、男の言葉は強制的に中断させられた。
背後から突き立てられた剣が、彼の体から言葉を奪った。
「……私だって、諦めない……皆の生きる世界を、諦めない!……」
砂塵の中から相手の姿を捉えたエリシアの剣が、男の胴を背後から貫く。
持ち手の砕けた意志に呼応するかのように、魔剣ダインスレイブの剣先から魔力が消失する。重々しい音を立て剣が床に落ちた瞬間、変革者ラウル・ホワイトホースの夢は完全に潰えた。




