泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!四十五話:エゴの戦争
王城の最上階に位置する屋上の扉を開き、男は手首を掴み上げ連れてきた若き権力者を硬い石の床へ引き摺り倒した。
「あうっ!……」
「貴女はここで目撃する事になる、世界の全てを焼き尽くす戦争の火が燃え広がる瞬間を……」
「い、いったい何をするつもりですか!?」
「……貴女は覚えているか?貴女の父上が国王だった時代に行われたある村における蛮行を……。二十年前に私は貴女の父上の命に従い、ダークエルフ達が住まう小さな村を襲撃した。女を慰み者として兵達に宛がうなどという悍ましい目的の為に我らは殺戮を命じられた……」
「……知って、います……だから私はあんな悲しい事が二度と起きないように平和を……!」
「……私はその命令を拒否した。そして、部下のほぼ全員が貴女の父上の命令によって殺された……」
「……えっ?……」
それは、王族の責務を押し付けられたジャンが知る由もなかった悪夢だった。
「普段は王都に籠っている騎士の連中があの村の襲撃作戦の時に意気揚々と現れた時点で気付くべきだったのだ……何かがおかしいと……」
「い、いくら立場の低い傭兵といえど……味方を殺すなんて……そんな事がある筈が……」
「だが、あったのだ!!村長の老人を斬り殺したあいつらは手当たり次第に若い娘へ汚れた欲をぶつけ、必死にそれを止めようとした男達の首を刎ねた!……女だけではない、幼い少年までも……あいつらは獣のように襲い、貪った……!。あいつらは獣だ、人間ではない魔物だ!……」
「……そんな……うそ、です……」
「……蛮行を許せず、止めようとした部下の一人が斬られた時点で私の中で何かが壊れた……。私は英雄的な活躍をする裏では卑劣な罠で敵を陥れ、貧しい魔族達から金品の強奪を働く外道だった……だが、そんな私であっても剣で斬るべき相手だけは間違えないと決めていた!味方と、そして力を持たぬ弱い者を剣で殺めてはならないと……雇われた卑しい兵に過ぎない私であってもそんな信念があった!。だが、結局は……この世界にそんな綺麗事を求めた所で無駄だと思い知らされたのだ……」
「ちが、う……ちがう!ちがう!ちがうぅぅぅぅぅっ!……そんな事、あるはず……ない!……。人はいつか必ず、相手の痛みを……理解して……寄り添い合えるはず……!」
「……貴女は何も知らないからそんな事が言えるのだ。数でも練度でも勝る相手を前に次々と仲間達が殺されていく中で、私は必死に村の住人達を逃がした。運良く数人の少女と少年を村の外まで送り出す事に成功したが……部下は全員殺された後に死体を吊るされた……。私の家族だった男達を、まるで見世物のように奴等は裸にして死後も辱めたのだ!」
「嘘だ!そんな、そんな……嘘だ……。私、そんな事をしていたなんて……聞いてない……!」
コルセアという国家に対する嫌悪感と憎悪を滾らせながら語る男の告発は、その少女の高潔な精神を激しく軋ませる。身勝手に責任を押し付け、そして自分に何もかもを背負わせた一族へ不信感を抱きながらもジャンは確かな敬意を寄せそれまでの時間を過ごしてきた。
だが、そうやって自分が必死に全うしようとしてきた国王という立場は余りにも欲望と業の詰まっている。それこそ、彼女の命だけでは清算など出来ない……人類の罪を全て混ぜ合わせたような呪いに満ちていた。
頭を抱え絶望に精神を軋ませる少女の元に屈み込む男は、その顎を掴むと生気の無い死者のような瞳を向け更なる深淵の底へとジャンの心を突き落とす。
「共和制を敷き、貴女のような人間が中心となれば確かに人間は変われるかもしれない……だが、魔界は違う。連中の行動理念は我々などよりも遥かに残酷でありシンプルだ。弱肉強食という掟により力の劣るダークエルフ達は生贄にされた……人間への敵対感情を高めるべく、魔界の軍はあの村を見捨てたのだ……!」
「……そんな……敵対心の為だけに……大勢を……」
「貴女が和平を結ぼうとしているのはそういう連中である事を本当に理解しているのか?話し合いで解決を望むような奴等ではない、あれは人間以上に苛烈で残虐な殲滅主義者の集団なんだぞ……」
「だったら!……だったら私はどうすればいいの!?何をしたらいいの!?……戦いなんて止めたいのに、それがダメなら私は無力な小娘に過ぎない……どうすればいいって言うんですか!?……」
「大人しく自分の無価値さと無力を噛み締め、私がこれから起こす変革を見ていればいい……人間と魔族が死力を尽くし滅ぼし合う全面戦争の痛みの先でようやく貴女のような人間を世界は必要とするだろう。真の痛みと苦しみをこの世界の種族は知らない、ならばそれを分らせる方が先だ……」
「いやっ!いやぁぁぁぁぁっ!……そんなの、ダメ!……殺さないで、殺させないで!そんな世界になったらあの人が、エリシアが壊れてしまう!……血塗れのあの人を、私は見たくなんてない!……」
「ならば既に壊された我々は無視するのか?都合の良いように使われ、そして愚か者達に使い捨てられた我々はこれから生きていく者の為に刻まれた痛みを無視しろと!?……私にそんな事は出来ない、辱められた部下とあの村の住民達の姿を忘れる事など出来ない!」
縋り付くように伸ばされた手を払い除け、男は表情を歪めた。
ラウル・ホワイトホースは内心で失望を隠し切る事が出来なかった。この過酷な運命に放り込まれた聖女のような少女だけは腐敗と業に満ちた人類を変える救世主になるのではないかと期待していたからだ。だが、彼女も疲弊しきった精神状態の果てに己のエゴを剥き出しにして欲と依存を優先してしまう。
何かを諦めるように目を閉ざす男の耳に、空気を震わせ近付くその音がハッキリと聞こえた。
「私はあの命令違反の後にその場で処刑される事なく王都へと移送された……国王の戦争犯罪を多く知る私がその秘密を誰かに漏らしていないか尋問する為にな……。毎日のように死ぬ手前まで拷問され、嘘偽りのない言葉を吐くように強いられた……。そんな私を救ったのはハインズだ、彼は騎士団に属していながら危険を侵してでも私を逃がしてくれた……」
「……う、うぅぅっ……逃げて……逃げて、エリシア……!」
「そして、人間という種への失望と毎日のように続く拷問によりズタズタになった私に生きる意味を与えてくれたのは……意外な存在だった。魔界との国境付近にある森まで逃げ延びた私はそこで彼と再会した……それが誰か分かるか?……」
掠れた声で愛する人の名を呼びながら虚ろな瞳を下へ向けるジャンに、男はその絶望的な光景を見せようと後ろ髪を掴み上げ強引に視線を持ち上げた。
小さく声を漏らしつつ顔を上げられた彼女の視界には……理解できない光景が広がっていた。
「……あれ、は……」
「魔界空中機動軍における旗艦、魔界の保有する艦艇ではただ一隻の竜騎兵空母……空の戦力の約五割を占める世界最強の空飛ぶ要塞だ……」
小さく声を震わせ、その巨大な艦首を向けながらコルセア王都へ侵攻する影を見てジャンは言葉を失った。
離れた位置からでも分かる程の巨体と灰色の表面に刻まれた禍々しい紋様を輝かせ人間を遥かに凌ぐ技術によって製造された敵地最重要拠点制圧用の船はその国の首都へ向け背後の魔力を用いた動力炉を唸らせ前進する。
「あの鉄と魔石を用いた空の支配者を作り上げたのは……あの時に私が助けたダークエルフの少年だった。彼は私に救われた後も決してその恩を忘れる事はなかったのだ……今の彼は出自を隠す為に魔術により青年の姿を取りながら、様々な魔導兵器を開発する若き野心家としてその名を魔界に轟かせている……」




