泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!四十三話:対峙
その男は血塗られた進路を踏み締め遂にその場所へと辿り着いた。
下ろされた跳ね橋を進み傷付いた仲間達を引き連れながら歩く彼の瞳にはその場所に近付くにつれ、様々な感情が宿りユラユラと揺れた。
ラウル・ホワイトホースは圧倒的な数を揃え自分達を迎え撃つ王都の騎士達を食い破り、遂に目標の場所へと至ったのだ。
頭から血を流しフラつく同胞の肩を支え歩く彼の前では、城の内部を制圧したハインズ率いる城内の協力者達が称賛と敬意に満ちた眼差しを向けつつ巨大な二枚の扉を開け放つ。
扉を開けた兵達は胸に手を当て敬礼を行うと、静かに通り過ぎて行く反逆者達を見守った。
「コマンダンテ!よくぞご無事で!」
「ハインズ!同志達が多く傷付いている、まずはヒーラーを寄越してくれ!」
「かしこまりました……さあ、変革の為に命を懸けた勇敢な者達の傷を癒してさしあげろ!」
出迎えたハインズが手を叩くと、コルセア共和国軍の紋様を背負う白いローブを纏った青年と少女達が駆け出し傷付いた彼等の治療に当たった。
それを見て長年の同胞へ静かに首を頷けたラウル・ホワイトホースは感嘆の表情を向ける彼と硬く握手を交わしながら状況を聞き出した。
「ハインズ、城の状況は?」
「内部はほぼ制圧しました。我等の下に降る意志を見せた者がほとんどでしたが抵抗した者はやむを得ず排除、現在は各階に隠れた者が居ないか捜索中です……」
「よくやった……それで、あの方はどちらに?」
「はっ、こちらに……」
静かに男は踵を返すと手を掲げその人物が居る地点を指し示す。広大な王城の玄関ホールを進む彼に向け、胸に手を当てる同志達の敬意と忠誠の入り交じる声が反響する。
” マスター・オブ・コマンダンテ!偉大なる我らの指揮官!我らは剣、我らは槍、そして我らは盾であり我らは牙!足をもがれれば手で、手を失えば顎で、我らは前進を止めずに心の臓が止まるその時まで戦い続ける!マスター・オブ・コマンダンテ! 我らの唯一人の偉大な父! “
その大合唱は囚われの身となった三人の少女達の鼓膜を震わせ、ラウル・ホワイトホースという男のカリスマ性を否が応でも理解する事となった。
この城を支配下に置いた誰もが彼を愛し、彼の為に死ぬ決意を秘めている。
それは王という役割を押し付けられたジャンにとっては自身が身に着けるべき資質であり、資格であるように感じられた。
人を導き、人の上に立つ絶対的なリーダーの風格と威厳を彼は纏っているように彼女は感じた。
男は静かにアイアンブーツを履き込む足を踏み鳴らしつつこちらを睨み付ける少女達の下へ歩み寄ると、胸の内の恐怖心を押さえ付け必死に相手を睨み付ける黒髪の少女の顎を掴みその琥珀色の瞳で彼女を観察するように顔を覗き込む。
「……ッ……ラウル・ホワイトホース!……」
「貴方にはお初にお目に掛かります……私は貴方の事はさほど嫌いではなかった、少なくとも他の一族の連中よりかは……」
「なら、こんな事はもうやめてください!戦争をまた再開して大勢の人々を殺して何になると言うんですか!?」
「貴方はやはり聡明で優しい心をお持ちのようだ……今を生きる人々の未来を案じその為に動こうとしている。それは王政主義の終わりを見据え今後の共和制を見据えての事か、それとも……」
「……き、きゃっ!……」
男は不敵に唇を吊り上げると、顎を持ち上げていた手を下ろし突如コルセットにより締め付けられた彼女の胸を鷲掴みにした。動揺する余り少女として声を上げたジャンは頬を赤くしつつ再び相手を睨み付ける。
「あるいは、貴女が何もかもの責任を押し付けられた哀れな棄民の王たる少女であるが故にか……」
「この国の民達は棄民などではありません!……少なくとも、私は見捨てたりする気はない!」
「噂には聞いていたが本当だったとは……実に嘆かわしい事だ!我等の命を散々利用し尽くし、使い捨てにした愚か者達は早々に何処かへと消え残されたのは本来奴等が背負うべき重圧をその華奢な体で必死に受け止めようとする悲壮な覚悟を抱いた少女だけとはな!……実に愚かで、悲しい事だ……」
「……私は逃げない、絶対に逃げない!この一族の罪を平和によって清算する!」
「……私が仕えたのがあの忌々しい連中ではなく、気高さと高潔さを持つ貴女であればどれほど良かったか。剣を捧げたのが貴女であれば私は兵としての本懐を遂げられたというのに……」
静かに目を閉じた男はそう後悔の念を口にする。
彼にはまだ、人としての良心と温もりが滲み出ているのが感じられた。ジャンは涙を頬に伝わせると、必死に彼を説得しようと試みる。
「先代の王の罪は私の罪です!その憎悪と怨嗟は私を殺す事で晴らせばいい!……だから、もう……戦争なんてやめてください!」
「……そうやって貴女が悲壮な意志を示せば示すほど、私は貴女に死んでほしくはないと思うのだ……。私と貴女は同じだ、共に権力者達に振り回され生き方を辱められ……使い捨てにされた……」
「使い捨てられてもいい!大切に思う人達が傷付いたり、傷付けるのを私は見たくないんです!……お願いですから、もうやめて!……」
「……むしろ、私からも提案したい……。私にこの城を譲り何もかもの肩書きを捨て何処か遠い地で大人しくして貰えませんか?貴女は何も知らずに普通の少女として平穏に暮せばいい、戦禍の及ばない良い場所なら知っている……そこで私達の作り出す将来を見守っていては貰えませんか?」
「どうせ貴方は人間と魔族の双方を滅ぼすのでしょう!?なら私も殺せばいい!私だって人間だ、そしてこの国の民の一人です!……特別でも何でもない、ただの女です!……」
「……本当に、どうしてこの国の王に貴女が選ばれなかったのか……残念でならない、極めて残念で……悲しい……」
男は鞘に差さる長剣の柄を握り締めると、命を捨てる覚悟を決めた少女の瞳を見つめながら溜息を漏らした。
その身体は死への恐怖心で確かに震えていた、だが死の恐怖以上に全ての罪を終わらせようという使命感こそが今の彼女を突き動かしている。
ジャン・フィリップス・コルセアという名を押し付けられたこの少女は決して自分の思い通りになる事はないだろう。だとしたら、その勇気と覚悟に免じて殉じさせる事こそが彼女への最大の敬意であると男は判断した。
彼女を処刑すると決意したラウル・ホワイトホースは魔剣ダインスレイヴを鈍い金属音を立てながら引き抜いた。
「ジャ、ジャン!……」
悲鳴のような声を上げたティナが駆け出そうと足を踏み出し、即座に取り囲む兵達に押さえ付けられた。
エリシアは口を閉ざしたまま男を睨み付ける。
「貴様らが私の同志達を葬った奴か……リベーヌ、ラズリー、アレッサ……誰もが私の心強い同志であり、家族だった……」
「……何が家族よ、あんなのは家族じゃない……人殺しに理由が欲しいだけの最悪な奴等じゃない……」
「貴様は何も知らないからこそ、自分の正義を疑いもなく信じられる……私はそれが欺瞞と独善に満ちた守るべき価値もない事であると知っている……」
「私が守りたいのは国とか王様じゃない……そこに居るその子を守りたいの!私は私を好きでいてくれるその子が死なない為に戦う、それ以外の理由なんてない!」
「これはこれは、どのような猛者が同胞達を打ち倒したのかと思えば……お前は彼女と違い崇高な理想も想いもない、ただの俗物か……」
抜き去った魔剣を静かにエリシアの胸元へ突き付けると、男はそれまで浮かべていた虚ろ気な瞳に心からの嫌悪感と侮蔑……そして怒りを宿しエリシア・スタンズへ殺意を漲らせる。
「……そのような俗物に討たれた同志達の無念、如何ほどなものか……想像すら私には付かん……」
「……偉そうなコト言って、アンタのしてる事は完全な八つ当たりじゃない!死んだ同志の無念とか建前を言って、自分の寂しさを他の誰かにぶつけなきゃ耐えられない臆病者よ!」
「エ、エリシア!彼を刺激しては……」
「大丈夫だよ、ジャン!私は絶対にこんな奴に負けたりしないし、こんな奴に貴女を殺させない……だから安心して!」
「エリシア……」
向けられる殺気を涼しげに受け流しつつ、エリシア・スタンズは力強くジャンへそう言い放った。
周囲では殺気立った騎士達が静かに剣を抜き、主を守るべく警戒感を剥き出しにする。
エリシアの背後で兵士達に押さえ付けられているティナは息苦しさを感じつつ、その背中に問い掛ける。
「それで、この状況をどうやって脱するつもりなんですの?貴女が煽ったおかげでその方、殺す気満々ですわよ……」
「ふふっ、もうすぐ来てくれるよ……私の事が大好きなあの人が……」
エリシアは心からの信頼と、そして愛に満ちた笑顔で不敵に笑う。
そんな圧倒的な自信に満ちた笑みに疑問を抱きつつ、男は物言わぬままにその頭部を切断しようと魔剣を高々と掲げた。
その時、轟音と共に頭上から鎧を纏う兵士達が血を撒き散らしながら落下した。
「エリシアァァァァァァァァァァァァッ!!」
二階の廊下から敵対者を扉ごと剣撃で突き飛ばしたレオナ・ハミングバードは長い白銀の髪を揺らしながら階下の相手の下へ駆け付けるべく、手摺を乗り越え二階の通路から一階へと剣を振り下ろしながら飛び降りる。
愛する人の名を吸い込んだ空気と共に吐き出しながら、彼女を守るべくレオナはその剣を振るう。




