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泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!四十話:喪失


「また、結局……こうなるのか……」


レオナ・ハミングバードは震える声でそう呟くと、閉じられたドアを見つめたまま膝を突いた。


肩を震わせながら涙の雫を溢し、ようやく己の感情を露わにする事を許された。


自分自身があまりに滑稽で、そして……やはり自分は何者も幸せにする事は出来ないのだと嘆いた。



「……私なんかじゃ……あの子を幸せにしてやる事は……出来ない……。私と違って、陛下なら……きっと、きっとエリシアを……幸せに……出来る……っ……」


まるで己に言い聞かせるようにそう口にするものの、彼女の中で未練はどんどん大きくなっていく。


そして、堪える事を放棄したレオナは広がる胸の虚空の痛みのままに泣き叫んでいた。



「なんで!なんでぇぇぇっ!?どうして私はいつもいつも、奪われてばかりなんだ!?大事な人だったのに、愛してたのに!?アレッサも、エリシアも!……私ではない誰かの所へ行ってしまう!……う、うぅぅぅぅぅっ!……」


軋みを上げる心が、そんな悲鳴を口から吐き出させた。


レオナは心の何処かで信じていたのだ、エリシアが自分を選んでくれる事を……。



「どうじでっ!?どうじでぇぇぇっ!!わだじじゃないの!?なんでぇぇぇっ!?……好きだって言ったのに!!私を抱いたのに!!……あ、ゔぅぅぅぅぅぅっ!!エリシア、エリシアぁぁっ……私のが、先に……好きだったのにぃぃぃぃっ!!……」


例えそれが歪な共依存であったとしても、それでも自分達は確かに愛し合っているとレオナは信じていた。


だからこそ、相手への愛が深ければ深い程に……喪失によって残された痛みは彼女の心をとうとうへし折っていく。


過呼吸に陥り虚ろな瞳で下を向いたレオナがカーペットに落ちていく涙の雫を見つめていると、その声は唐突に背後から聞こえた。



「……また、あの子は人の心を弄んだようですね……」


その声に反応し、レオナはゆっくりと振り向いた。


世界が黒く染まっている。先程まで目にしていた宿屋の一室が、何もない暗闇の世界に変貌していた。


無機質で生命体の存在が感じられない無の闇の中、その女唯一人が淡い光を纏いレオナの傍に立っていた。


疲弊しきった精神で目の前の光景を必死に理解しようとするレオナへ歩み寄った女は自身の名を告げる。


「私はイヴ、創造の女神にして人間の業を見守る母……そして、エリシア・スタンズをより深い絶望に落とす者……」


「……エリシアを……絶望に……?」


その言葉を聞いた瞬間、レオナは軋む精神の中で確かな怒りが燃え上がっていくのを感じた。


自分から離れて行こうとする相手であっても彼女は心から愛し、守りたいと思っていた。


即座に腰の後ろに取り付けた小型の鞘からナイフを引き抜くと、敵意に満ちた瞳を向け女へと叫ぶ。


「あ、あの子に何をする気だ!?……お前は……いったい……」


「自分を選ばなかった相手であるというのに、貴女はそこまでして守ろうとするのですね……。それは高潔な騎士としての使命感か……あるいは、愛した人に少しでも振り向いて欲しいという傷心の乙女の悪足掻きか……」


「うるさい!!……黙れ!!……お前に、お前なんかに何が分かる!!」


「分かりますよ、貴女の事は何もかも……。エリシアに惹かれたのは、あの子がとても似ていたからでしょう?無垢な笑顔を向けて自分を特別扱いせずに話し掛けてくれた貴女の愛した人に……同じ栗色の髪の毛をして、同じ嘘偽りのない笑顔を向け好意を寄せてくれる。あの子は……貴女にとってアレッサの身代わりになった……」


「黙れぇぇぇぇぇぇっ!!違う、違う、違う!!そんなのじゃない!!私、違う!!そんな……そんなつもりで……」


「……本気でエリシアを愛していたというなら、どうして目の前で奪われようとするあの子を引き止めなかったのですか?なぜ、自分の愛を信じる事が出来なかったんですか?」


ゆっくりと近付く女の言葉と笑みが、レオナの傷付いた心を更に抉っていく。


ナイフを向けたまま尻餅を付く彼女を追い詰めるように、目線を合わせ膝を曲げた女神はレオナ・ハミングバードの恋心を凌辱した。



「……貴女の愛は歪んでいる。かつて助けられなかったアレッサへの罪悪感を晴らそうと彼女と接する内に、やがて彼女を愛する事によって自分の心を救おうとした。胸に空いた大きな穴を、エリシアへの愛で埋め合わせようとした……」


「……ちが、う……わた、し……エリシアを……本気で……」


「だから、心から相手の幸福を願っている本物の愛情を前に……貴女は自分の愛を信じる事が出来なくなった。それが愛情である以前に寂しい心を癒やす依存である事を理解していたから……」


女神の言葉は容赦なく、レオナが愛だと信じてきた感情の真実を剥き出しにした。


ナイフが震える手から滑り落ち、音を立てて地面へと転がった。


「そして、エリシア自身も向けている感情は貴女と同じ……心地良い温もりと優しさに酔い痴れ、自分をもっと必要としてくれる立場こそがあの子にとっての幸福なのです。だから、必要とされないと分かればあの子の心はどんどん離れていく……」


「……えっ?……」


「共依存とは互いが互いを欲する関係を差すのですから、どちらかが依存をやめればその関係は終わりを迎えます……」


指を鳴らす乾いた音が響くと、白い光の塊が暗闇に現れた。それはやがて、二人分の人影を作り上げ……やがて、レオナのよく知る人間の姿形へと変質していく。


その人影は互いの手を取り合うと、一糸纏わぬ姿のままお互いの顔を見つめ合った。


それは、今のレオナにとって悪夢と言っていい光景だった。


「……エリ、シア……陛下……」


白い柔肌を晒す二人の少女の幻影は、心から惹かれ合っている事を確認するように指を硬く握り唇を重ねた。


水音を立てながら甘く吐息を漏らし、空いた手で互いの体に触れながら愛を深めていく。



その光景は、レオナの心を粉々に打ち砕いた。



「……やめ、て……やめて、やめて、やめて、やめて!!もう、やめてぇぇぇぇぇっ!!お願い、お願いします!!やめて、見せないで、見せないでぇぇぇっ!!こんな……こんな……いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」


悲痛な叫びなど届いていないかのように、ジャンとエリシアの幻影は貪るように互いの肉体を求め合った。


甘く息を漏らしたジャンは突き出した舌に唾液を光らせるエリシアの頭を撫でると、女としての喜びと欲の滾る妖艶な笑みを浮かべ囁いた。


「……貴女を幸せに出来るのは私だけです……貴女の心を満たせるのも私だけです……。私にはそれだけの覚悟と自信がありますから……」


「……ジャン、私を貴女だけのものにして……私をちゃんと見てくれなきゃやだ、私を受け止めてくれなきゃやだ、私を守ってくれなきゃやだ……」


そこで、エリシアの幻影は静かに視線を横へと向ける。


その瞳は、嫌悪と失望と……侮蔑に満ちていた。



「……ちゃんと愛してくれない人なんて……いらない……」



レオナは絶叫した。


擦り切れた精神が上げる悲鳴を声として吐き出し、自分の中で何かが崩壊していく音を聞きながら泣き叫んでいた。


だが、そんな彼女の悲痛な叫びすらも……その世界の外側から向けられている悪意と欲の塊が塗り潰していく。


レオナ・ハミングバードというキャラクターへ向けられたゲームプレイヤー達の悍ましい泥が呑み込んでいく。



『レオナ教官はやっぱ泣いてる顔が一番似合うww』


『アレッサと再会したシーン、正直めちゃくちゃ興奮したよねww』


『NTRがこんなに似合うキャラ居ないでしょ、他の相手にエリシア盗られて脳破壊して欲しい!ww』


『自分以外の相手とナメクジみたいな交尾をするエリシアを見て泣いてほしいな♡』


『【悲報】メンタルよわよわ女騎士さん、次回の夏コミでエリシアが寝取られる薄い本を大量生産されてしまう 』



「ゔぅぅぅぅうあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


泥を浴びたレオナ・ハミングバードは、辛うじて残された理性を絞り尽くして叫んだ。


彼女の中で、それまで自分自身を構成していた全てが焼き切れる。騎士としての生き方も、女としての愛情も、悲劇から逃れようとする弱さも……その全てが摩耗し、消失する。


フラフラと体を揺らし倒れ込もうとする彼女を抱き止めると、濁った瞳に涙を浮かべ死人のような顔をするレオナへイヴは囁いた。


「人間としての貴女は此処で死んだ……そして、魔女として生まれ変わる容れ物がこうして出来上がりました……」


既に彼女の言葉はレオナへは届いていない。


人格を失ったその肉体の内側は、感情という内包物を失った虚空だけが広がっている。


その虚無の肉体へ、創造の女神は新たな命を注ぎ込む。



「……生まれ変わりなさい……レオナ……。貴女はもう、弱い人間などではない……立派な魔女として新たな生と新たな恋を謳歌するのです……」


光を宿さない瞳を向ける彼女の頬へ手を添えると、イヴは新たな中身を口吻を通してレオナという容器へと流し込んだ。











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