泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!三十七話:復讐鬼
その男は部下の報告を受けると、ゆっくりと足を進め彼女の元へと向かった。
夕刻の森は魔物の闊歩する危険地帯であるものの、圧倒的な武力と絶対的な忠誠を誓う部下達に守られた彼は堂々とその悪鬼の巣窟を歩き回る事が出来る。
青ざめた顔で先導する部下に案内され、やがて彼は無惨な姿形を晒す彼女と対面した。
ラウル・ホワイトホースは四肢を切断され魔物に食い荒らされた信用する部下の亡骸を前にし、静かに祈りを捧げるように彼女の血塗れの胸に手を添える。
「……アレッサ……すまない、どれほど恐ろしい状況にお前を取り残してしまった事か……。私を心から愛してくれたお前がどれほど私の救いを求めていた事か……」
「……アームド・トロールを操るアレッサ様が敗れるなど……信じられません……」
「……敵はいよいよ本気で我々を狩り出すつもりらしい……都市制圧用のトロールを全て破壊する武力を用いてな……」
アームド・トロールは近々決行される予定だった王都侵攻作戦で重要な役割を担う生物兵器だった。その巨体により優秀な騎士が守るコルセア王都を襲撃し戦力を削ぐという作戦成功の鍵を握る存在だった。
だが、10メートルを超える巨躯と全てを破壊する凶暴性を備える侵略兵器は今や巨大な肉塊と化し魔物や鳥の豪勢な食事へと変貌していた。
そして、そんな彼等を操る指揮者であったアレッサも魔物に切断された手足を持ち去られた上に残された部位も頭部以外は骨を覗かせ貪り食われた跡の残る痛々しい姿形となってしまっていた。
虚ろな瞳で志を共にする同胞の惨殺死体を見下ろしていると、息を切らせ駆けてきた部下の一人が更に信じ難い報告を口にした。
「別れ道の反対側に向かった別動隊を発見しました!……ラズリー様含め、全員が死んでいます……!」
「……ラズリーまでも、か……」
「……その……体には奇妙な跡が……」
「武器や魔術で攻撃したのではないのか?……」
「い、いえ!……刃物や魔術による攻撃ではなく……複数の死体に強大な力で叩き潰されたり、貫かれたような痕跡があったと……」
「……強大な……力……」
その報告を受け、ラウル・ホワイトホースは拳を硬く握り締めると全てを理解した。
リベーヌ・アリエッタ、ラズリー、そしてアレッサ……その三人は人間では考えられないような未知の能力を持つ何者かの手で葬られたのだと。そして、やがてはピュアニストの長である自分自身を狙い敵は目の前に立ちはだかるであろうと予測する。
目を閉じながら同胞の亡骸の髪を撫でる男は、その広がり続ける胸の虚空を更に大きく押し広げ喪失の痛みを吐露する。
「……私の率いていたレイヴン、騎士と傭兵の混成部隊は当初それぞれの身分の違いから激しく対立していた。無法者を力で抑えようとする騎士と金しか頭にない自分本意な悪党共……そんな奴等を一つに纏めるのには苦労した。だが、裏も表も……様々な仕事を熟す内に私達は一つの目標に向かって団結する家族になったのだ……」
「……お噂はかねがね、聞いております……捨て駒扱いの部下達の命を守る為に貴方はどんな仕事でも引き受けそれを完璧に熟してきた……。非合法な仕事も熟せば国は貴方達を簡単に切り捨てる事が出来なくなりますから……」
「ドラゴン退治のような英雄的な活動だけじゃない……財宝の略奪や金品の強奪、飢えた前線の兵士の為に魔族の民家から食料を奪ってきた事もあった。本当に吐き気のするような悪事の数々だが、おかげでコルセアのお偉方が犯した卑劣な戦争犯罪の大半を私のみが握る事となった。それは部下を権力者から守る盾になる……」
「……傭兵を忌み嫌っていた騎士達も、そんな貴方に惹かれ慕うようになった……。貴方は確かに間違った事を多くした、だが心は誉れ高い騎士そのものです……」
「……だが、私は……守れなかった……。誰よりも大切に愛してきた家族を、戦友を……私は、俺は……目の前で……救う事が出来なかった……!」
「あれは腐敗したコルセアという国が貴方に強いた凌辱です!貴方の所為では決してありません!……」
部下の青年は歯を食い縛り震える声で懺悔する主へ必死言い聞かせるように声を掛けた。
だが、再び信頼を寄せる部下の死という悲劇に心の穴を更に増幅させる男の耳には最早その声は届かない。
琥珀色の瞳を涙で濡らし、そしてその奥に滾る憎悪を宿らせる復讐鬼は以前よりも遥かに小柄になったアレッサの亡骸を抱き締めると……彼女の耳元で誓いを立てるように囁いた。
「……同志達よ、私はお前達に必ず報告してみせよう……あの忌々しい歴史を無かった事にはさせないと、我々の憎悪は確かに此処にあったのだと……」
ゆっくりと彼女の亡骸を地面へと下ろし、コマンダンテは背筋を伸ばし直立不動の姿勢を取る彼等へ声を荒らげた。
「王都への侵攻作戦は予定を早め、今夜決行する!無念を抱き散った同志を埋葬し、長い戦いに備え休息を取ったら総員であの欺瞞に満ちた腐敗の象徴を焼き尽くすぞ!……これは今まで犠牲になった戦友と、今日命を落とした家族に向ける弔いの戦火だ!魔導槍の点検と整備を怠るな、アームド・トロールが失われた今は諸君こそが私の持つ最も強力な武力である!」
” マスター・オブ・コマンダンテ!偉大なる我らの指揮官!我らは剣、我らは槍、そして我らは盾であり我らは牙!足をもがれれば手で、手を失えば顎で、我らは前進を止めずに心の臓が止まるその時まで戦い続ける!マスター・オブ・コマンダンテ! 我らの唯一人の偉大な父! “
一糸乱れぬ同志達の宣誓が森の空気を震わせた。
彼等はラウル・ホワイトホースという一人の男に身と心を預ける武装と化した。彼の言葉が、彼の意志が、彼の殺意が敵を葬る。
コルセア共和国の騎士、野盗上がりの傭兵、拝金主義者として生きてきた武器商人……実に様々な人間が今では彼へ心酔し、その身を捧げていた。
ラウル・ホワイトホースはコルセア共和国の闇であると同時に、人間という種族の闇そのものだ。
魔族との戦争における人間の罪と業、そしてその悲劇の全てを背負わされた一人の男は一斉に動き始めた彼等を光を宿さない瞳で見つめていた。
-------
「あの、ティナさん?……大丈夫ですか?」
「え、えっ?……ああ、申し訳ありませんわね……少し、疲れてしまって……」
「そう、ですよね……あまりにも色々な事が起こり過ぎて、私も混乱しています……」
馬車の中で視線を交わす二人は深々と溜息を吐くと、疲労感の滲む沈んだ表情で下を向く。
二人の少女が胸の内に思い浮かべるのは、あの栗色の髪をした少女の顔だった。
それぞれが、彼女のこれからを思い描き口を閉ざす中で最初に沈黙を破ったのはティナだった。
「……ねえ、ジャン?貴女はエリシアの今後をどう考えていますの?」
「……あの人はもう、戦うべきではないと考えています……。これ以上手を汚したら、本当に……本当に取り返しが付かなくなってしまう……」
「それで、具体的にあの子をどうするか……決めていますの?」
「……それは、一応……決めてます……」
ティナは顔を俯かせたまま再び黙り込む少女を見つめると、馬車の窓から外を眺めつつ口を開いた。
「……あの子と初めて出会ったのは騎士育成学校の入隊式だった。私は裏切りによって地位を失ったガードナー家の復興という大義を胸にあの学校の門を潜ったんですわ……」
「……ガードナー家は私も、よく耳にした名前です。この国の表舞台で活躍した誇り高い騎士にして有志だった。父も昔は貴方の父上と母上の話をよくしていましたから……」
「……私の父は貴方のお父さんを心から尊敬し、その身を捧げ尽くしてきた。そして、そんな二人は私が幼かった頃に盗賊を装った男達の手で……」
「……ごめん……なさい!……貴女の両親を殺したのは、私の父の指示によるものだった!ガードナー家のお二人は戦争を拡大し続ける私の父を国を愛する人間として、父の親友として止めようとしてくれたのに!……そんなあの二人を、私の……私の父は……!」
罪の意識に苛まれ、その重過ぎる責務を背負う若き王は嗚咽を漏らしながら頭を抱えた。
そんな彼女を見つめ小さく笑みを浮かべると、ティナは席を立ち空いたジャンの隣へと座る。
そして咳き込みながら呼吸を乱すその背中をさすりながら、静かに問い掛けた。
「……貴女は、エリシアをどうしたいんですの?……」
「……わた、し……わたし、は……」
「……好きになってしまったんでしょう?あの子の事が……」
そんな問い掛けに、ジャンは慌てたように顔を上げて全身を硬直させる。
それは決して、からかっている訳でもなく……純粋な本心を聞いておきたいというティナの意志を感じさせる声だった。
直球な質問に小さく息を漏らした少女はコルセットにより締め付けられ、ただでさえ苦しい胸が高鳴る鼓動によって更に息苦しくなるのを感じつつ揺れる瞳で下を向きながら掠れた声で応えた。
「……好き、です……エリシアさんの事……」
「……その顔は、どうやら本気のようですわね……」
「……あの人に、もう……あんな事をして欲しくない……。もっと幸せそうに、笑ってほしいんです……エリシアさんは私に逃げてもいいって言ってくれた!女の子として私を可愛いって、言ってくれた!……王子である私じゃない、一人の女の子として私を見てくれた!」
「……あの子は昔から複雑な家庭で育って、本気で誰かを愛する事が堪らなく恐ろしいと思いながら育ってきた子なんですわ……だから、目の前で苦しんでいる誰かを放ってはおけない……本当はとっても優しい子なんですのよ……」
「……エリシア……さん……!」
ジャンは零れ出る涙を覆った掌で下へ落とすまいとした。
ティナの言葉を聞き、ほんの少しの間であれエリシア・スタンズという少女に対する恐怖心を抱く自分を恥じながら声を漏らした。
「……あの人は……本当に、優しい人なんですね……!なのに、それなのに!……私、あの人が……怖い人なんじゃないかって……!」
「……あの子の事を私は妹のように可愛がり、愛してきた……。いつも一生懸命で、頑張りすぎてしまうあの子を誰よりも傍で見てきました……」
「う、うぅぅぅっ!……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「……だから、私は……貴女にあの子を預けようと思っていたんですの……。世界を平和にしようと頑張る貴女の元であれば、エリシアはもう手を汚さずに生きる事が出来る……」
「……ティナ……さ……ん……」
泣き腫らした顔を上げる彼女の目元へ指を伸ばし、その涙を拭うと……ティナ・ガードナーは家族のように過ごしてきた少女を相手へと託す決意を口にする。
「……ジャン……エリシアを、貴女の伴侶として迎えてくださる?……」
「ッ……わ、わた……し……わたし、が……エリシアを……」
「……女同士とはいえ、王族の政治から脱した貴女は子孫を残す事を強いられている訳ではない……。そちらの方が私と一緒に居るよりも、ずっとあの子は正しい道を歩めると信じてますもの……」
それは、王子という偽りの立場から少女を真に解放する言葉だった。
自分の力のみでは決断に至れない、心を許した誰かから言われて初めて向き合う事のできる自由だった。膝の上に乗せた拳を握り、ジャンは自身を落ち着けるように大きく息を吐き出すと……己がすべき事をティナへと打ち明けた。
「……婚約、します……エリシアと……。あの人を絶対に……幸せにしてみせます!……」




