泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!三十二話:血濡れのエゴ
「……バ、バーン……ズ……」
震えた声を漏らすレオナの目の前には地獄が広がっていた。
赤い液体と肉塊、そしてそれが人間であった事を示す痕跡の様にひしゃげた鎧や剣が散らばっていた。
力の抜けた膝がガタガタと震え、残された片目から涙を溢したレオナ・ハミングバードは絶叫した。
「う、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!よくも、よくも……よくも私の部下をぉぉぉぉぉぉぉぉおおっ!!」
「部下?そいつは貴女を裏切って私達に寝返ろうとした奴よ?……もう、貴女の部下じゃない……」
「黙れ、黙れぇぇぇぇぇぇえええっ!!殺してやる、ぶっ殺してやる!!」
怒りのままにサーベルを引き抜いた女騎士は笑みを覗かせる相手を睨みつけると、猛獣のような声を上げながら一直線に相手へと突撃する。
普段の彼女であれば冷静に出方を伺い、間合いを無防備に詰めるような事はしない。だが、目の前で惨殺された部下の亡骸を前に我を失った女は無我夢中で敵を斬り殺そうと前進する。
「少し遊んであげて、殺してはダメよ……」
女の背後に控える巨人が動いた。
武装したトロールは主の言いつけを忠実に実行し、雄叫びを発しながらその巨大な掌を横へと振るう。
全ての意識を正面へ向けていたレオナは羽虫を追い払うようなその一撃を受け、圧倒的な質量によって弾き飛ばされた。
加減をされているとはいえ、人間を遥かに超えるその肉体から繰り出された一撃は無駄な贅肉を絞り尽くした彼女の体を勢い良く吹き飛ばし……そしてその背を大木へ叩き付けた。
「か、はっ!……ぐふっ……」
「ふふっ、大切な人を奪われて手も足も出せないなんて……悔しいわね?」
「……こ、の……ころ、ずぅぅぅぅっ!!……」
「……あの時と、一緒……」
「……な、に……?」
ゆっくりと崩れ落ちるレオナの元へ足を進める女は目深に被っていたフードを脱ぐと、その顔を彼女の前で晒した。
鬼のような形相で相手を睨み付けていた女騎士は、やがてそれが誰であるのかにすぐに気付く。
それは、最も会いたかった人であり……そして、最も今の自分自身を苦しめていた過去の亡霊だった。
目を見開いたまま硬直するレオナは、それまで燃やしていた殺意と敵意が急激に冷却され……全身が震え上がるのを感じた。
「……ま、まさか……そんな……」
「……あの時と同じ気分はどう?それも今度は過去に奪われていった貴女の大切な人が同じように貴女の大切な人を奪った……」
「……う、うそ……だ……嘘だ!嘘だ!嘘だぁぁぁぁぁあっ!!」
「嘘じゃない……酷いわね、レオナ……せっかくの再会なのにそんなに私を怖がって……」
「あ、あぁぁぁっ!……そんな……アレッサ……そんなぁぁぁっ!……」
かつての守れなかった大切な人を前にしたレオナは、向けられる悪意と殺意に成す術もなく怯える事しか出来なかった。
かつて穏やかな笑顔と人懐っこい言葉でレオナの心を奪った少女は、煮え滾る黒い感情を漂わせ目の前に立っている。
「……貴女に見捨てられた私は必死に一人であのトカゲのバケモノと戦った。でも、どうにもならなくて……あちこちに深傷を負って腕を食い千切られて……もう、ダメかと思った時にあの人が助けてくれた……」
「……ち、違うの!私だって貴女を助けたかったの!……」
「あの人は自分が傷付くのも構わずに身を挺して私を庇い……そして、流れるような剣撃であのバケモノを追い払った……。それ以来、私はあの方に全てを捧げようと誓ったの!偉大なるコマンダンテ、真の騎士たるラウル・ホワイトホースに持てる力の全てを捧げようと!」
「……ア、アレッサ!聞いて!……私は……!」
その時、必死に自身の想いを伝えようとするレオナの頬を短剣の刃先が掠めた。
小さく悲鳴を上げながら言葉を引っ込める彼女へ、アレッサは吐き捨てるように言い放つ。
「……アンタが私にしてくれた事といったら下らないお喋りにベタベタ引っ付いて気味の悪い独占欲を向けてきたぐらい……今にして思えば、何であんなのが嬉しかったのか分からないわ……」
「……やめ、て……おね……がい……」
「あの方のしてくれた事こそ、見ず知らずの私を命懸けで救ってくれたあの方の想いこそ真実の愛……そして、今の私が抱くこの気持ちこそ真実の恋……」
「……アレ……サぁぁっ……!」
明確な拒絶に傷付き、涙を溢しながらそれ以上の言葉を止めさせようと懇願するレオナの想いへ、アレッサは無慈悲にトドメを刺した。
「役立たずのお前の欲なんて、今の私にはどうでもいい……」
「……う、ゔぅぅぅぅっ!……んゔぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
「お前が憎い、お前が嫌い、お前を殺したい……もっともっとお前を泣かせてやりたい!かつて憧れて大好きだったお前のその顔を恐怖と苦痛で歪ませてやりたい!」
「ひ、あぁぁぁぁぁぁぁあっ!!もう、やめて!!もう嫌だ!!もう、聞きたくない!!……やめて……やめてぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「ほら、もっと私の前で泣いてよ?その腐り切った膿だらけの独占欲が流す汚汁みたいな涙を私に見せて!お前という人間は死ぬほど嫌いだけど、そうやって惨めに泣くその顔は大好きになってあげるから!……泣け、もっと泣け、もっと苦しめ!今でも私が好きなんでしょ?今でも私のカラダが欲しいんでしょ!?だったらもっと壊れて私を楽しませて!可愛くみっともない声で泣き叫んで私を悦ばせて!」
絶望に軋む悲鳴と憎む相手を苦しめる愉悦に満ちた嬉声が森に木霊する。怯える相手の様子を楽しむように何度も顔の傍へナイフを突き立てるアレッサは、その狂気に呼応し獲物へ手を伸ばそうとするトロールへ鋭い眼光を向ける。
一瞥のみで主従関係を理解させ巨人を制止させた女は頭を抱え嗚咽を漏らすレオナ髪を掴むと、その涙に濡れた瞳を見つめながら言った。
「私はあの方に新たな左手を頂いた……この手には魔物を使役できる操作魔術が宿された魔石が埋め込まれてるの……。バケモノから命を救われた恩はバケモノを操る事によって返す……そう誓ったから……」
「……ひっく……うぅぅ……アレッサ……やめて……」
「でも安心して、あのバケモノにお前は殺させない……お前を殺すのはこの私……かつてお前を愛して、今は同じぐらい憎んでる私がこの手で殺す……」
背後の大木へ突き立てたダガーナイフを引き抜くと、冷たい目線を送りながら女は刃先でレオナの士官服の生地越しにその胸元を撫でた。
そして、脳を焦がすような殺意を抱き悍ましい処刑方法を彼女へと口にする。
「……生きたまま心臓を抉り出してあげる。嬉しいでしょ?大好きな私にカラダを触られて……」
「ひ、ひぃっ!……い、や……いやあぁぁぁぁっ!……」
「さっきは殺されてもいいとか勇ましい事を言って、私に殺されるのは嫌なのね?……だったら何が何でも私が殺さないと……」
もはや説得するような余裕も気力もレオナには無かった。ただ、子供のように震えて泣きじゃくる事しか出来なかった。
愛を憎悪へと変質させた女は笑みを浮かべると、鈍く光る短剣の先端部分を心臓の鼓動が聞こえる左胸へと押し当て大きく息を吐き出した。
死を目の前にしてレオナの脳裏に浮かんだのは、空いた心の隙間を埋めるようにして現れた目の前の相手と同じ髪の色をした少女の笑顔だった。
「エリ、シア……エリシアァァッ!……たすけて……たすけてぇぇっ……!」
やがて、その刃が音を立てて鼓動を繰り返す心臓に突き立てられようとしたその瞬間……。
二人からやや離れた位置に停まる馬車の荷台から眩い光が溢れた。
ナイフを握り締めたまま眉を潜める女の視界の先で、荷台に張られた帆を剣で突き破りながら……レオナ・ハミングバードの救世主であり、精神的な依存先は馬車から飛び降りると声を張り上げた。
「助けに来たよ!レオナ!……」




