泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!三十一話:暴発
ラズリーは身動きの出来ない体を必死に動かそうと足掻きながら、混乱と恐怖に満ちた声を上げる。
跳ね返された自身の魅了の魔術はもう間もなく解ける。だが、それよりも先に栗色の髪を揺らす死神が返り血を浴びた顔を彼へと向けて、痙攣を繰り返す兵士胴から腕を引き抜いていた。
彼の部下は瞬く間に虐殺された。身動きの取れない相手を嬉々として殺戮する子供のような残虐さと頭部や心臓といった急所を的確に狙う冷酷さがその少女からは感じられた。
全身の毛穴が逆立ち、滝のように汗を流しながらラズリーは普段の口調すら忘れ叫んでいた。
「な、何だ!?何なんだ……お前は!?……」
「アンタは楽には殺さない……自分でもさっき如何に残酷に女の子を殺してきたか自慢してたじゃない。だから、私も同じようにする……」
「ふ、ふざけるな!!来るな、来るなぁぁぁぁあっ!!」
本能から振り絞られた恐怖の絶叫にエリシアは唇が吊り上がるのを抑えきれなくなった。
彼女の居た元の世界で経験した男性に対する怒りや嫌悪、そしてそんな絶望の象徴であった男をこれから自分が凌辱するように嬲り殺しに出来る愉悦が彼女を支配する。
怨嗟の言葉を口にするエリシア・スタンズは報復に燃える佐渡明日香という女へ精神を逆行させていた。
「何度も何度もこっちだってやる事あるのにお茶汲みばっかで私の仕事をさせてもらえなかった……コピーぐらい自分で取ればいいのに、それさえ私に全部押し付けられた……。簡単なパソコンの操作もロクにやれないのに上司面して、こっちがニコニコしてればいい気になって体に触って……そして……そして……!」
「や、やめろ!やめろ!やめて、お願い!やめ---いぎぃっ!!」
必死に首を振る青年の手を取ると、乾いた音を立てて握り込む五本の指を粉砕した。
激痛に悲鳴を上げようとするその腹部に、力を加減した拳を叩き込み内臓を破裂させる。
「おがぁっ!!え"っ、あ"っ!!……」
「好きでも何でもないのに惚れてると信じ込んで好き放題言って!私の意志なんてまるで尊重してくれない!仕事も、休憩中すらもしつこく下品な事ばっか言ってきて……とっても嫌だった!」
「ごほぉっ!あ、がっ!……や、や……め……お"ゔぅぅっ!!」
粘液質な音を立てながら、憎悪と血塗れの愉悦に震える拳が腹部へと入り込んだ。体の中身を掻き回すたびに鮮血と共に小刻みな悲鳴が漏れ、女は目尻に涙を浮かべ激痛に喘ぐ青年の姿を見て更に自身のドス黒い欲を爆発させる。
手首まで沈み込ませた腕で相手の内部を掻き乱しながら、死の恐怖に抗おうとするラズリーの耳元でエリシアは紅潮させた頬に笑みを浮かべ囁いた。
「このままだと……死んじゃうね?……」
「あ"、ひっ……や、だ……いや、だぁぁっ!……ぐ、ふっ……コマン、ダンテ……の……やく……たつのぉぉっ!……」
「役立たずのまま死んじゃうね?一方的に小娘に嬲り殺しにされて、体の中を犯されて無様に死んじゃうんだ……怖い?痛い?苦しい?情けない?……それは全部、私がされてきた事なの……」
「……あ"、あ……ラウ、ル……ラ……ウ……ル……たす……け……」
荒く息を漏らしながら血塗れの拳を腹部から引き抜き、崩れ落ちる男の腰へ跨ると青白い顔で小さく息をする青年の顔面に向け高々と少女は拳を掲げた。
この世で最も嫌悪すべき男という存在へ報復の一撃を加えるべく、エリシアはその頭部を叩き潰そうと強力な装具を嵌め込む拳を持ち上げる。
熱を帯びた声で小さく笑い声を上げ、小さな虫を踏み潰す子供のような笑顔で彼女は言った。
「……それじゃあ、死んじゃおっか?」
相手の首から下を粉砕するべく拳を叩きつけようとしたその瞬間、彼女を上擦った声と共に制止する声が響く。
「もうやめて!もう、いいんです!……お願いだから……もう、やめて!……」
「ジャン?……邪魔しないでよ、コイツは貴女を狙ってきた悪い奴なんだから、殺さないと……」
縋り付くように背後から抱き着く黒い髪の少女は涙混じりに声を上げ、必死にその動きを封じた。
首を背後に向けつつ戸惑ったような声を漏らすエリシアへ、歩み寄るティナが青ざめた顔を向けつつ声を掛ける。
「……エリシア、気付いてないんですの……?」
「もう、ティナまで何なの?こんな奴生かしといても後々厄介になるだけなんだから殺さなきゃ……」
「……その方、もう死んでますわ……」
「……へっ?……」
そこで、ようやくエリシアは跨る相手が一切身動きをしていない事に気が付いた。目線を下ろすと、口を半開きにしたまま黒く濁った瞳で虚空を見つめる青年の顔が視界に映り……その唇からは息が漏れておらず完全に生命活動を停止していた。
呆れたように息を漏らすと、背後から絡みつく腕を解きながらエリシアは泣き腫らした顔を向け震える少女へ血で汚れた笑顔を浮かべ言った。
「良かったね!私がジャンをちゃんと守ってあげられてほんとに良かった!」
「……よかっ……た……?」
「だって私が守ってあげられたんだもん!ちゃんと役目を果たせたんだもん!……こんなに嬉しい事ってないよ!」
呆然とする彼女の頭を抱き寄せると、エリシアは先程とは違う昂ぶりが全身に満ちていくのを感じながら怯えを隠そうともせず震え上がるジャンへ囁いた。
「だから、私を頼ってくれていいんだよ?……貴女の為なら何人でも殺してあげる。どんな奴でも殺してあげる……だから、もっと私を頼りにして……私を必要として……」
「……エリシア……あなたは……」
ジャンはその時に確信した。
この少女はいつか、自分の成そうとしている共和制への改革にとって……敵になってしまうの存在なのではないかと。
心を開き始めていた相手の変貌に絶望を抱く少女の顔を見る事なく、立ち上がったエリシアは真っ赤に汚れた士官服のポケットから小さなソレを取り出した。
それを見ていたティナが不安げな顔を向けつつ聞いた。
「エ、エリシア……それは……?」
「二枚貝のアミュレットだよ!ほら、出発前にティナに買ってもらったやつ!」
「何でそんな物を?……」
「これは貝の片方を取り付けた場所に転移できるアイテムなんだけどね、実はレオナ教官の乗ってる方の馬車にも仕掛けといたの!向こうも今頃苦戦してるだろうから助けに行こうと思ってね!」
「ま、待ってエリシア!だったら私も……」
共に戦うべく歩み寄ろうとした彼女へ、エリシアは苛立ちを隠そうともしない目線を向ける。
まるで玩具が気に入らない子供のようなその表情を見て、思わず足を止めティナは狼狽える。
「……邪魔しないでよ、ティナ……」
「じゃ、邪魔って……私は貴女が心配だから……!」
「……貴女達は私に守られてればいいの……私は行ってくるから、ジャンをお願いね 」
「ちょっと!エリシア!……」
思ってもみない言葉にショックを受ける様子のティナから目線を外すと、掲げたペンダントから発する光に包まれエリシアの体は消失した。
戸惑ったように溜息を漏らすと、ティナは残されたジャンの元へと足を進め蹲る彼女に肩を貸し助け起こした。
悍ましい殺戮の痕跡を見つめたジャンはエリシア・スタンズという少女の存在がその場から消えた事を確認し、ようやく膨らみつつあった不安感を吐き出した。
「……あの人は……危険です……」
「……言いたくはないけど私もそう思いますわ……」
「……あの人は自分の力を奮える理由を欲しがってる……。殺す事を楽しんでるじゃなくて、殺して守る事に存在意義を見出しています……。平和な世界にとって……あの人の考え方は危険過ぎる……!」
「……エリシア……昔は妹みたいに甘えてきて可愛い子だったのに……」
ティナは顔を俯かせると、静かに足を進めだした。
親友の変貌に深くショックを受けているであろう彼女を気遣い、ジャンはそれ以上は何も言わずにその背中を追った。
ティナ・ガードナーは相手には見えないように背を向けたまま、自分の想像以上の歪みを見せたエリシアへの愛を激しく燃え上がらせ笑っていた。
「……本当に、あの子はどうなってしまうんでしょう……」




