泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!二十九話:歪な救世主
レオナ・ハミングバードを乗せた馬車が停まったのは目的地である王都までまだ離れた距離にある森の中腹部だった。
そんな場所でいきなり停車するなど通常では考えられない。
舌打ちをしつつ素早く腰に刺さるサーベルに手を掛けた彼女へ、向かい側の座席から伸びた短剣の刃先が突き付けられた。
見ると、信頼していた副官が感情の無い淡白な表情でレオナへとダガーナイフを向けていた。
「……やはり、お前は裏切るのか……バーンズ……」
「……お許しを、レオナ……これは我々を使い潰しにした王族への、そしてコルセアという国家への復讐なのです……」
「……娘の件をまだ許せていないか……」
「……ええ、そうです……俺の可愛い一人娘は妻が命を引き換えにして残してくれた宝物だった。あの子の為ならどんな事だって、どんな過酷な戦いにだって命を懸けられた。俺が騎士になったのは生まれつき体の弱かった娘の治療費を払う為だ、国家の為なんかじゃない……」
「……先代の王とその関係者達は、性根の腐った連中だと聞いた……。本来、優秀な働きをした騎士達に支払うべき報酬までも戦費拡大に宛がい命を懸けて働いた我々を蔑ろにした……」
レオナはその国家の腐敗をよく知っていた。
命懸けで戦い、傷付いた者達が得るべき正当な報酬すらも魔族との戦争に使い込み国家は彼等を徹底的に使い捨てた。
そうして国家により搾取された兵達は時に大切な者や、時には自身の命すら無念のままに失っていった。
その怒りを、レオナは決して否定する事はできなかった。
「……あの子を救う為に戦ってきたというのに、俺にはどうする事も出来ずに……痩せ細ったあの子の手を握って最期を看取る事しかできなかった……。何の効能もないただの水を、あの子に嘘を吐いて高価な薬だと……あらゆる病を癒す万能の薬だと嘘を吐いて飲ませたんだ!……あの子は、礼を言って……安心したような笑みを浮かべ……果てた……!」
「……そして、国家が許せずにお前はあの男に……ラウル・ホワイトホースに魂を売り渡したのか……」
「こんな国、そしてこんな世界は一度何もかも焼け落ちて無に還されるべきなんだ!あの若造が共和制にしたからといって俺達の味わった地獄が終わる訳ではない!……俺達は、失ったままだ……!」
その憎悪と報復感情を言葉にしたバーンズは肩で息をしながらそう言うと、彼の言葉を刻み付けるように聞き届けたレオナを見て大きく息を吐き出した。
「……アンタの部下として戦っていた時だけは、娘の為だけではない……仲間達のために戦えた……。もっと、アンタに尽くしたいから戦えた……」
「……今までご苦労だった、バーンズ……力になれなくてすまない……」
「……報酬が払われないからといってアンタは自分の屋敷にあった私財を全て金に換えて俺達に渡してくれたんだ……そんなアンタだから、俺も尽くそうと思えた……」
「……バーンズ……」
彼は再び大きく溜息を吐くと、深い恩義と爛れた報復心の狭間で揺れるように瞳を震わせた。
その隙を突けば自分を容易く排除できるというのに、彼女は決してそうしようとはしない。
使い捨てにされる兵士達の怒りと苦悩をレオナは理解していた。故に、バーンズ自身もそんな彼女を殺すという結論には至れないでいた。
重苦しい沈黙が流れる中、覇気の無い声で彼は言った。
「……降りてください、レオナ……」
「……私を始末する決心は付いたか?……」
「……いいや、その前にどうしても……アンタに話したい事があるんだ……」
--------
馬車が馬の上げる悲鳴の様な鳴き声と共に大きく揺れ、停車する。
奴らが仕掛けてきた……本命である国王陛下を狙った刺客が襲撃してきたんだ!。
国王を狙い待ち伏せてるのはきっとアイツ……あの、心底気味の悪いあの男だ……。
「さァて、国王陛下とその護衛の愛らしい騎士のお嬢ちゃん!アタシがたっぷり可愛がってあげるから出てらっしゃい!」
「き、貴様!何者だ!?」
「アンタ達に用はないの……さっさと死んでくれない?」
鈍い斬撃音と共に悲鳴が聞こえた。騎手がやられてしまったようだ……。
あの心底不快で気色悪い声……やっぱりアイツだ……!。
馬車の扉を蹴り開けた私は静かに外へ足を踏み出すと、心臓を一突きにされ倒れ込む騎手の亡骸を踏みつけながら気色悪い笑みを浮かべる男を睨みつけた。
「うふふ、ようやく出会えたわね……アンタがあの森の独裁者を討ち取ったという女の子?とっても綺麗で興奮しちゃうわァ……」
……やっぱり気持ち悪い……。
こいつはピュアニストの中でも屈指の戦闘能力を持つ幹部の一人、名前は……。
「アタシはラズリー、国王陛下の命を頂いちゃう為に虫だらけの森の中で何時間も待ってたのよぅ?この美しい肌に虫刺されの跡なんて残っちゃったら大変なのは分かってくれる?」
派手な髪の色にキツネみたいな顔、そして紋様だらけの引き締まった上半身を晒したこの男は敵の放った刺客だ。
ただでさえ外見からして気味が悪いのに、更に性格まで最悪な男だ……。
「エリシア!敵は!?」
「襲撃を受けたんですか!?……」
馬車から飛び出してきた二人はその刺客の存在に気付くと息を飲んだ。即座にティナがジャンを守るように立ちはだかり長剣へ手を伸ばす。
そんな彼女達を見ると、その最低最悪の男は表情を激しく歪めながら悦楽を露わにする。
「あァァァァァっ!!どの子もアタシ好みで顔が良いわねぇっ!!栗色の髪の毛の子もいいけどスタイル抜群の金髪の子もそそるしそこの女の子みたいな顔した子もイジメ抜いて泣かせたくなっちゃう!。どの子も頸動脈を切って生き血をたっぷり絞り出してあげたいわァ!!」
……こいつは元々は戦争を利用して成り上がった商人ギルドの家に生まれたボンクラ息子だった。人間の生き血を啜り富を得てきた両親の背中を見て歪に育ち、やがて狂った美意識と考え方を抱くようになった。
この世界は最も美しい者が支配するべきで、それ以外の者は支配者である自分の欲を満たすだけの道具であるべきだと。
女の子ばかりを狙い数百人も殺した最悪の快楽殺人鬼、これがこの男の正体だ。
人を嬲り殺しにして性的快楽を得る最低な男……!。
「エリシア!囲まれましたわ!貴女は陛下の後ろをお願い!正面は私が……!」
「いいから動かないで、ティナ……」
「な、何を言ってるんですの!?敵に囲まれているんですのよ!?ここは二人で協力して陛下を---」
「私が何とかするから!!……ティナは余計な事しないで……」
「よ、余計な事って……」
ああ、もうっ!下手に動くとせっかく固まってる敵がばらけちゃう!。
私が助けるんだ……私が皆を守る……そして……。
みんな、私に守られてればいいんだ……。
------
「何をごちゃごちゃと言い合ってるのか知らないけど、アンタ達にはここで死んでもらうわねぇぇぇぇッ!!」
極上の獲物を前に興奮を昂らせた双剣士ラズリーは煌びやかな宝石が埋め込まれた指輪の嵌まる手を持ち上げると、自身の魔力を解放させる。
三人の少女達に向けて赤い宝石から放たれたのは彼の残虐さと露悪性を表すかのような魔術だった。
受けた人間の体の自由を奪い、嬲り殺しにするべく魔石から放出されたのは魅了の魔術だ。殺人行為に対して猛烈な快楽を抱くこの男はこの魔術を用いて暗殺対象の多くを葬り、そして無関係の少女までもを自身の欲求を満たすために殺してきた。
疼く本能のままに冷酷な殺人鬼は舌舐めずりを行いながら腰の鞘から愛用している二本の剣を引き抜こうと腕を伸ばす。
その時、周りに立っていた部下達から悲鳴の様な声が上がる。
「ラ、ラズリー様!か、体が!……」
「ど、どうなってるんだ!?これは!?……」
そこで、ラズリー自身もようやく気が付いた。
彼の首から下が赤く発光し、手を掲げたまま石のように動かない。
唯一自由の利く顔を正面へ向けた彼は思わず息を飲んだ。
「リフレクター・タリスマンは魔術返しの護符、アンタのその悪趣味な魔術がアンタ自身と周囲のお仲間に向けて返って来る……」
「ア、アンタ!……何で、アタシの魔術を……!?」
「正直ちょっと、楽しみですらあったんだよね……。女の子を苦しめて殺すような胸糞悪いヤツをいたぶってやるのが!」
エリシア・スタンズは反射を表す鏡のエフェクトを背に、指の骨を鳴らしながら唇を吊り上げた。
その背後では奇策を用いて敵の致命的な一撃を跳ね除けた彼女の背中を見て、ティナが感嘆するように声を漏らす。
「す、すごい……育成学校で買い揃えていたアイテムはこの時の為の……」
「うん、そうだよ……」
「でも……どうして貴女は敵が魅了の魔術を使ってくるなんて知ってたの?それに、まるで襲撃を最初から知ってるような----」
「ああ、もうっ!!いちいちうるさいなぁっ!!……」
浮かんだ疑問を口にしたティナへ、突如エリシアは苛立たし気に声を張り上げる。
ゆっくりと振り向いた彼女を顔を見て、ティナは小さく声を漏らしながら口を閉じた。
その口元は痙攣し、歪に笑っていた。
そして、その瞳には疲弊した彼女の精神が何かを猛烈に満たそうとするかのようにギラギラと輝いていた。
守りたかった者を守れずに追い込まれた少女は、その不安定な精神の均衡を大きく崩しながら歪に笑いかける。
「ティナもジャンもレオナも私が守るの……守られてればいいの……。私は皆の事が大好きだから、絶対に死なせたりしないよ……」




