泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!二十八話:刺客
「……私は今日、この場所に来れて良かったと思う……。エリシア、それに皆と会えて本当に良かった……」
若き王は騎士育成学校へ足を踏み入れた時より幾らか柔らかな表情を浮かべ見送るべく集まった人々へと目を向ける。
そして、その中に一人の少女の姿を見受けると自身の孤独と苦しみを理解し共に泣いてくれた彼女へ微笑みかけた。
そんな笑みを浮かべ目線を向けられたエリシアは微笑返しつつ彼女を覆う暗い雰囲気が晴れ始めたのをその柔らかな笑みから感じ取り安堵した。
「これより陛下は王都へと戻られる、当学校を代表しエリシア・スタンズとティナ・ガードナーが陛下をお守りする!二人とも、前へ!」
レオナの呼び声に答え、二人は足を踏み出すと忠誠を誓う主の前で跪き頭を垂れた。
「先程は色々と身の上話に付き合わせてしまってすまない……だが、私は今回の視察を通してとても大切な事を学べた。苦しみや悩みを誰かへ打ち明け相談する事……それこそが王政から共和制へ移行する第一歩であると……」
ティナやレオナが客間に戻った際、彼女はこれからの自分の生き方や理想について三人へと語った。それまで自身の命を以て長年の業に決着を付けるつもりだったものの、そうした考えを改め魔族との外交を通してより完全な平和を目指し生きて世界に貢献すると彼女は語った。
エリシアに背中を押され、重圧や責任感から開放されたジャンという名の少女は生きて足掻くという結論に至る事が出来たのだ。
その頃には対等な友人としてティナやレオナも接するようになり、共に平和な世界を作ろうと四人は長い時間を掛けて夢を語り合った。
そして、そんな彼女を騎士としての使命感ではなく友人として守ろうとレオナは一計を案じた。
「囮の馬車は途中にある分かれ道の左側へと向かう、本命は右を通り大きく迂回を繰り返しつつ王都へ向かう!道中には敵の刺客のみならず魔物も多いエリアだ!気を抜くな!」
馬車を二台に分け、敵を錯乱する案をレオナはジャンへと提言した。片方には王と護衛の二人が搭乗し、そして囮の馬車にはレオナと彼女の副官を務めるバーンズが搭乗する事になった。
忙しなく動き回る部下達を見ながらレオナは表情を引き締めつつ、ある不安を抱いていた。
もし、この囮作戦が敵に筒抜けとなっていた場合……それはつまりこの騎士育成学校の中に内通者が居る事を示していた。ピュアニストの信奉者は想像を遥かに超える勢いで規模を拡大している。自身が信頼を寄せる部下が裏切り者である可能性も十二分に考えられるのだ。
不安感が募る中、レオナは横目で馬車の準備を行う男を見た。バーンズはレオナが最も信頼を置く部下であり、共に様々な戦闘を経験した戦友だ。
そんな彼を疑いたくないという気持ちが強まるものの、裏切り者が居るとすれば彼しかいないという確信も強まった。
国王の視察を前にこの囮作戦の事を話したのは彼しかいなかった。事前に襲撃準備を整えていたとすれば彼が情報を漏らしたとしか思えない。
レオナは祈るような気持ちで何事もない事を願った。
-------
「あらあら、動き出したみたいねぇ……アタシ達が何もかも知って手薬煉引いて待ち構えてるっていうのに……」
「そっちは本命を叩け、私は囮を……レオナをやる……」
「ウフフ、女の拗れた愛憎ってワケェ?本当にアンタって湿っぽいわね、グチョグチョのジメジメよォう?」
からかうように笑う青年の首筋に音も無く刃が突き付けられた。
ピュアニストと呼ばれる過激派の中でも類稀な戦闘技能を有する彼等は国王の暗殺という重要な役割を担わされた幹部達だった。
刃先が首の皮膚に触れているというのに、愉快そうな笑みを浮かべるその青年もまた数々の暗殺任務を成功させてきた強力なピュアニストの武力だ。
赤い髪を束ね端正な顔立ちを狂気を孕む笑みで歪めた彼は尚も相手を煽った。
「アンタ、本当は国王様じゃなくてあの女を殺したいからこの作戦に参加したんじゃなァい?むしろ、その為に本来参加する筈だったリベーヌちゃんを後ろから……ウフフ♡」
「黙れ!この薄汚い元快楽殺人鬼風情が!……女ばかりを狙って数百人殺したクズめ!」
「ひっどいわねぇ、この世界にアタシよりも美しい女の子が存在する事が我慢ならなかっただけよぅ……それに愛らしい悲鳴と共に頸動脈から噴き出る生娘の生き血は究極の美を追い求めるアタシにとって必要なお化粧道具なの!」
頬を紅潮させながら悦に浸る悍ましい青年を見て大きく息を吐くと、怒りすら消え失せた彼女は手にした短剣を下ろし自身の持ち場に向かうべく足を踏み出した。
そんな彼女の背中へ、青年は念を押すように言い放つ。
「……アンタ、忘れないでちょうだい……アタシ達が此処へ来たのは偉大なるコマンダンテが起こす革命の為よ……。アタシもアンタもあの方が居なければ今頃野垂れ死んでたんだから……」
「……お前に言われるまでもない……私は肉体と技能の全てをあの方の為に使うと決めた……」
その女は背を向けたまま青年へそう言い放つと、静かに目線を上へと向けた。
女の目の前には周囲の大木とそう変わらない大きさの異形が荒く息を漏らし聳え立っていた。
------
うーん……例のアレは囮の方に設置して準備は万全だけど、やっぱり不安だなぁ……。
何だかこの世界、本来のゲームとは違う展開がちょくちょく捩じ込まれてる気がする……。
私が死ぬべき運命にある人を救った事によって本来のストーリーとは違う方向へ物語が進んでいってるのかもしれない。
でも、それこそが私の目的なんだから恐れてちゃダメだ!今度はもう、エルメスのような事にはさせない……!。
「あ、あの……エリシア?さっきから深刻な様子で悩まれているようですが……?」
「あ、ああ!ごめん!ちょっと考え事してて!」
「……やはり、敵の襲撃はあるとお思いですか?」
「……たぶん、あると思う。囮の作戦だって敵の内通者が育成学校に入り込んでたら意味がないし、向こうは国王陛下である貴女の視察を狙ってたんだから必ず潜り込ませてる筈だよ……」
「……そう、ですよね……」
ジャンは私の言葉を聞くと顔を俯かせ表情を曇らせた。
もう、これ以上はこの子にそんな顔をしてほしくない……。
そう思った私は煌びやかな紐で結ばれた彼女の髪を再び解いた。
サラサラの髪がフワリと広がり、戸惑ったように彼女は私を見つめる。
「髪の毛、ずっと下ろしてればいいのに……そっちのが可愛いよ!」
「……あ、あり……がとう……」
「ふふ、女の子として扱われるのに慣れてない?ジャンはとっても可愛い女の子だよ!」
「……そ、その……あまり、そういう事を……言わないで……。ほんとに、慣れてないから……」
……可愛い……好き……。
眉を吊り下げ困りきった様子で赤面する彼女はもう一国の王子様なんかじゃない……とっても可愛くてぎこちない笑顔がチャームポイントの女の子だ。
すっかり心を許すジャンへ私は更に意地悪をしたくなってしまう。
「うふふー……ジャンン?女の子だったらいい加減、その胸のコルセットは取ってもいいんじゃない?」
「へ、へっ!?こ、これはダメだ!……だって……だって……」
「男の子のフリしてるのに大変だねぇ……体はどんどん成長してくし……」
「あ、う……」
……ふひひ……私はこのゲームの事なら何でも知っている!。実は後々お披露目される事になるジャンのスタイルがハチャメチャに良い事まで知っている!。
冗談でそう言ったつもりだったものの、彼女は私を真っ直ぐ見つめたまま気恥ずかしさと動揺を覗かせつつシャツの第1ボタンを解き始めた。
あ、あれ?……えっと……。
「……ジ、ジャン?……」
「……こうする事で……貴女とより深く分かり合えるなら……」
その瞳は、涙で潤んでいた。
……止めなければいけないのに、なぜか……止める気にはなれなかった。
私の為だけに……私の為に……恥ずかしさを押し殺して、私に素肌を晒そうとしてくれている……。
……私だけの……ために……。
「ジ、ジャン!おやめなさいな!」
ボンヤリと胸元を露わにした彼女を見つめる私の頭に鈍い痛みと揺れが襲い、ティナの鋭い制止の声が聞こえた。
それまで不機嫌そうに押し黙っていた彼女の行動を見て頭を擦る私は、目尻に涙を浮かべつつ口を開く。
「い、いたた……もう、いきなり何よ!?」
「いったい何を考えてるんですの!?人前で肌を晒させるなど……!」
「え、えー?……ほら、ただちょっと苦しそうだなって思ったから……」
「……どうしてしまったんですの?エリシア……何だか、最近変ですわ……」
……変?……私が、変?……。
その一言は奇妙な苛立ちを私に抱かせた。
慌てて胸元まで外れたボタンを付け直すティナを見つめながら……無意識の内に自分でも驚くほどに冷たい声を私は漏らしていた。
「……みんな、黙って私に守られてればいいのに……」




