泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!二十七話:責任
「……共和制に本格的に移行した後、私は……全ての責任を果たすべく……魔族側に処遇のすべてを……任せようと思う……」
「そ、そんな!貴女は無理やり汚れ役を押し付けられただけではありませんの!?……」
「……これしか、ないんだ……もう、他に……平和への道はない……」
……本当にこのゲーム、どこまでも意地汚くて……人の心がない……。
本来責任を果たすべき本物の王子は妹へさっさと過酷な運命を押し付けて国外へと姿を眩ました。それは恐らく王族の中でも極秘中の極秘だったらしく、他の王族関係者達は気付いてすらいない。
この子は、どんな気持ちで……そのあまりにも身勝手な重責を引き受けたんだろう……。
へたり込みながら嗚咽を漏らすその姿は、先程まで彼自身に怒りを向けていたティナを黙り込ませ……そして、更に大きな怒りを刻み込む。
「……もう、いい加減にしてくださいまし……限界ですわ、私……」
「テ、ティナ……」
「……こんな……こんな国に私は……剣と心を捧げようとしていたんですの?何も知らない女の子に何もかもを押し付けて逃げ出すような国に……!」
ティナの肩は震えていた。
その顔は見えなくても、きっと泣いているんだと……そう感じられた。
黙って部屋を飛び出したティナを追おうとする私を、レオナ教官が引き止めた。
「あの子の事は私に任せろ……お前はこの方を励ましてやって欲しい……」
「……分かりました、ティナをよろしくお願いします……」
小さく首を頷けたレオナ教官は部屋を出ていく前に涙を零して膝を突く彼女の前に跪くと、その手を取り手の甲へキスをした。
そして、心の折れた彼女へと変わらない忠誠心を示す。
「……全てを知ったうえで、私は貴女に尽くしたいと思っています……貴女は責任から逃げなかった、他の者達とは違いどこまでも背負わされた使命と向き合い続けている……」
「う、うゔぅぅっ……ひっぐ……」
「……結果がどういう方向へ向かうのであれ、私は最後のその時まで……貴女に忠誠を誓い続けます……」
静かに手を離すと、再びこちらを一瞥しレオナ教官は部屋を後にした。
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うふふ……ふふふ……!。
さてと、物語は順調に……そしてより混沌とした方向へ向かいつつある。本来の虚構の世界ではクーデターを阻止する上で主役であるエリシアが選択するのは二人のどちらか……。
何も知らされずに過酷な運命を背負わされた悲劇の王女様か、あるいは弱々しい内面を知り絆を深めた女性騎士の教官か……本来ならプレイヤーと呼ばれる外側の存在は己の性欲と独占欲を滾らせどちらかを選ぶ。
この虚構において選択する事は己の欲求に従う事に他ならない。
あの欲深いエリシアがどうするかなんて決まってる……二人とも救おうとする筈だ……。
美しい女達に現を抜かし、彼女達の力になる事によって性的興奮を高めるエリシア……いえ、アスカさんならそうする筈……。
あの偽物の王を見る彼女の目は、女としての飢えに濡れていた。
貴女を一途に愛する私という存在が傍にありながら、何て身勝手で……そして、無知で可愛らしい……。
……守りたいという気持ちなど、所詮は独占欲に過ぎない……。
私だけのモノにしたい、私だけ見て欲しい、私だけに甘えて欲しい……私だけに、依存してほしい……。
彼女の中にも私の中にも、そんな醜い泥が詰まっている。
ああ、エリシア……エリシア……!。
私はこれからそんな貴女の傲慢な愛を徹底的にぶち壊す。
そして、より濃い泥を浴びた私が貴女を制圧し……蹂躙する!。
他の誰も、貴女に選ばせない……!。
「ティナ!……」
背後から聞こえた声に我に返ると、私はショックを受け傷付いた小娘に戻るべく泣きながら振り向いた。
私にはもう演技以外で涙なんて流せない。湧いてくる涙が蒸発するような熱い衝動が常に脳を駆け巡っているのだから……。
「……気持ちは分かる……だが、今は飲み込んでほしい……エリシアと二人で王都まで陛下を守って欲しいんだ……」
私の両肩を掴むと、何も知らない哀れな道化は周囲の生徒に聞こえないように必死に私を引き留めようとする。
エリシアを抱き締めたその手で触れられる事は堪らなく不快だったが、今は大人しく言う事を聞いてやろう。
いずれ、貴女も死ぬんだから……。
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私はその子の事を、見放す事も見捨てる事も出来ない。
私達と変わらない年齢だというのに、彼女の背負う運命はあまりにも重く……そして悲惨だった。
苦しんでいる人を助けてあげたいと思うのは人であれば当たり前の感情で、そうした気持ちを抱きながらも人は疲れ果てている自分の事を優先し救いの手を差し伸べる事が出来ないでいる。
泣いている彼女を見て思い出したのは、元居た世界で精神を壊してしまい退職した女の子の事だった。無謀としか思えなかったプロジェクトの責任者に任命され、勝てる筈もない戦いの司令官を押し付けられた彼女は……文字通り全てを捧げて期待に応えようとしていた。
それでも、あまりにも無茶なスケジュールと非協力的な社員、恫喝じみた言葉で責める上司達の言葉を聞き彼女はやがて気付き始めていく。
自分は、面倒事を押し付けられた生贄だったのだと……。
心の折れた彼女が退職したのはプロジェクトの廃案が決まり吊し上げの様に会議が行われた直後だった。真っ黒に濁った目をしてフラフラと会社を出て行くのを見かけたのが彼女を見た最後だった。
深夜まで残業したその日の帰り道、駅で駅員さん達が愚痴っているのが聞こえた。
若い女の子が夕方に線路内に飛び込み死んだらしい……。
何故か、私は飛び込んだのがあの子であると分かった。時間帯もそうだし、あの絶望しきった目がそう感じさせた。
とても嫌そうな顔をしながら” 今夜はマグロを食おうと思ってたのに "と語る彼等の会話を尻目に私が抱いたのは悲しさでも苦しみでもなかった。
私じゃなくて、よかった……。
そんな、安堵感だった。
……こうして再び生贄になろうとしている女の子を前にしてようやく、私はあの時にどれほど自分が浅ましい考え方をしていたのかに気付かされた。
……私は、心の何処かでこの世界をゲームだと割り切っていた。
痛みもある、ゲーム中では表現されていなかった悍ましい光景だって目の前にある……これは紛れもない現実だったのに、架空の世界であると心の何処かで思ってた。
例えこうした展開がゲームと同じでも、目の前で泣き崩れる彼女は本物だ。
それなら、それなら私は……。
肩を震わせ泣き続ける彼女の髪へ、私は手を伸ばす……。
そして、王子という役割を無理やり押し付けられた彼女を自由にするように……その結われた髪を解く……。
黒いサラサラの後ろ髪が揺れて、背中まで伸ばした本来の彼女の髪型が顕わになった。
頬を伝う冷たい涙を指で拭うと、私は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「……逃げちゃおうよ……そんな、責任からなんて……」
「……エリシア……さん……?」
「……本当なら背負わなくてもいい事まで背負わされて、勝手に強いられた責任なんて果たす義務はないんだもん。王様の時代が終わりを迎えるんだったら、それは勝手に悪い事をしてきたその人達の終わりであって貴女の終わりじゃない……何にも知らなくて、苦しい思いだけを押し付けられるだけの立場に責任なんて要らないよ……」
……私は、この子の事だって……好きだった……。
生きていて欲しい、幸せになって欲しい……その呪いみたいな王子という立場なんて捨てて、女の子として生きていて欲しい。
あの時の私に、こうするだけの勇気があったなら……あの飛び込み自殺をした名前すら憶えていないあの子を……救えていたかもしれない……。
「……ごめんね……ごめんね……!」
「……エリ……シ……ア……さ……」
「もっと、気に掛けていれば良かったのに!心配してあげれば良かったのに!……それなのに……自分が疲れてるからって、余裕がないからって……一言も、何にも……言ってあげられなかった……!」
……分かってる……。
私は、辛かった現実からまた逃げようとしてるだけだって……そんなのは分かってる……。
だからこそ、私はこの子を……ジャンを守ってあげたい……。
自由にして、幸せにしてあげたい……。
声を押し殺しながら私達は泣いて、その体を硬く抱き寄せていた。
もしかしたら、また救えないかもしれない……また、助けられないかもしれない……。
それでも私は、例え身勝手な押し付けだったとしてもティナやレオナ、そしてこの子を守ってあげたい。
そうする事で、私の心を救いたい……。




