泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!二十六話:最後の王
……わ、わー……ゲーム中の画面のヴィジュアルでもすっごく綺麗だったのに、こうして間近で見ると……更に綺麗……。
豪奢な服を纏っている訳ではないのに、ギラギラした宝石なんてなくてもその人は輝いて見えた。
ジャン様が、あの麗しい国王様が……目の前に、立ってる……。
「どうした?二人とも掛けてくれ……」
「は、はひゃい!……」
思わず奇声に近い声で返事をすると、私とティナは緊張しきった様子で客間の長椅子へと腰を下ろす。
彼は用意された椅子には座ろうともせずに静かに背を向けると、変声期前の男の子のような高さと低さの混ざる声で言った。
「まず、先のグリーン・ディクテイターの討伐の件……実に見事だった。あの怪物は今まで多くの我が国の騎士を食らってきた邪悪な怪物だ。それを卒業していない騎士育成学校の生徒がたった二人で仕留めたと聞いた時は驚いた……」
「こ、光栄の極み!……国王陛下自らにそのような労いを頂けるなど……」
さすが、元々貴族の階級だけあってティナは目上の人との接し方がよく分かっているようだ。私はと言うと……口を半開きにしたまま儚さと美しさを併せ持つ彼に完全に見惚れていた。
「これも優秀な教官である貴女のお力があればこそ、将来この国を護るだけの力を育ててくださり感謝します……レオナ・ハミングバードさん……」
「ひ、ひゃい!あ、あ、あの……その……」
「そんなに緊張しないでください……王政はもう間もなく終わりを迎え、これからは本格的に民の誰もが国を動かす時代になるのですから。私はそれまでのお飾りに過ぎません……」
「そ、そんな事……ありません!……」
……そう、彼は共和制へと移り行く国で残された最後の王……故に尊大な振る舞いや威圧的な言動なんて意味がないという事を理解して私達にも気さくに接してくれているのだ。
だからといって、そう気安くこちらも話しかける気にはなれない……立場とか身分とか、そんな物は関係なしに綺麗なんだから……。
「優秀な功績を残した貴方がたお二人に、私はとても興味があるのです……是非、私の力になって欲しい……」
緊張しきった様子で縮こまるレオナ教官から目線を外すと、ゆっくりと彼が私達の座る椅子の前にやって来る。
心臓が狂ったように高鳴り、酸欠を起こしそうなぐらい……ドキドキしてる……。
こんなに綺麗で美しくて……しかも、しかも……彼は……。
「……どうか……されましたか?」
「あ、あぁぁっ!い、いえぇぇぇっ!何でもないです!何でも……」
思わずその胸元を見ていた私は盛大に動揺した声を上げつつ無理やり笑顔を作る。
……この、一見すると儚げな青年に見える王子様は……実はとても拗れて複雑な事情によりその立場を押し付けられた女の子なのだ。
全ての事情を知っている私はもう気が気ではない……この人の孤独も痛みも、全部知っているのだから……。
不思議そうな顔をほんの一瞬浮かべ、彼……いや、彼女は乙女の心臓を破裂させるような笑みを向けると静かに言った。
「今、この国は大きな変換点を迎えようとしています……共和制への移行によって戦争を長らく推し進めてきた王政政治が解体され、平和な世界に向けて歩みだそうとしています。ですがそんな平和を受け入れないという勢力が我々人間の中にも居るのです……」
「……ピュアニスト、ですか……」
「……はい……純粋なる者達、そう彼等は自称していますがその実態は純粋とは程遠い苛烈で恐ろしいものです。彼等の前進組織は単に戦争を食い物にしてきた命を富に変える死の商人達でした。軍に関連する商人ギルド、軍から受注を受ける傭兵ギルド……金儲けが目的の分かりやすい悪だった……」
「今は違うんですの?……」
「……今の彼等の目的は金儲けなどではない……王政政治に対する積もりに積もった怨嗟の発露、戦争行為に全てを依存してきた国家への報復を主な目的にしています。組織の在り方を変えたのは現在リーダーを務める一人の男です……」
若き国王は顔を俯かせると、王政政治の負によって生み出された復讐鬼の名を静かに告げた。
「名はラウル・ホワイトホース……彼はかつてこの国の戦争を影で支え続けてきた伝説的な魔剣士だった。命を懸け付き従う部下を友と呼び、危険な戦場の最前線でも迷いなく突き進む真の騎士だった。だが……そんな彼を私達王族は使い捨てにしてしまった……」
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揺れる松明の明かりが照らす洞窟の中で、男は静かに手にした黒い羽根を見つめていた。
それは彼が国家を護る騎士であった頃の名残であり、心を通わせた家族とも言うべき戦友の記憶を思い返させる代えがたい記念品だった。
「コマンダンテ、全ての手筈が整いました……二名は先ほど待ち伏せを行う地点に到着、準備は万全です……」
「ご苦労だった、ハインズ……私の護衛などという任務はお前には少々退屈なものかもしれないが、我慢してほしい……」
「め、滅相もございません!貴方様はコルセアの武人が仕えるべき真の主、真の王にございます!……私は命を懸け、新たな時代の王をお守りいたします!」
跪き忠誠を誓う主へ深々と頭を下げると、ハインズと呼ばれた大男は岩の上に腰を下ろし手にした羽根を見つめる主へと恐る恐る声を掛けた。
「黒い羽根は貴方様が最初に所属していた部隊の象徴でしたな……」
「ああ、” レイヴン ”と呼ばれる戦争の為に招集された傭兵達の混成部隊に私は居た。レイブンとはよく言ったものだ、実際に我々のやっていた事はゴミ捨て場を漁るカラスの様なものだった……。魔族の村を襲撃し、震え上がる民達を脅し金目の物を略奪してお目付け役の騎士にそれらを流す事で金を得ていた。伝説の英雄が聞いて飽きれる醜態だ……」
「……そうさせたのは貴方に命令を下した騎士気取りの貴族や王族どもです。貴方は部下を守るべくそうした行為を働いたに過ぎません……更には危険な魔物の討伐までもを行い、その手柄を卑怯者達に横取りされた……」
「言い訳なんてしないさ……私は恐らく死ねば精霊界で最も苛烈とされるイフリートの煉獄に落ちる事になるだろう。友の生活、友の命を守るべく……必死に自分の心を押し殺して任務を果たした、果たし続けてきた……。だがあの日……そんな私の心が折れた……」
かつて英雄と呼ばれた男は、覇気のない声でそう言うと光の宿らない瞳で目の前の羽根を見つめた。
それは、国家ではなく戦友を守るべく身と心を削り戦争を戦い抜いてきた男を襲ったあまりにも冷酷な悲劇だった。
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「……今から十年ほど前に、魔界側の領土に位置するダークエルフの暮らす村で凄惨な虐殺が行われました。作戦の指揮を執ったのはラウル・ホワイトホースの率いる混成部隊……彼等は抵抗らしい抵抗もしないダークエルフ達を次々と惨殺し住人の九割を殺し尽くしました……」
「……ひどい……」
「……実はその虐殺は彼の指示によるものではなかった……。ダークエルフ族は他の種族に比べれば脅威の度合いも低く、進んで根絶やしにする必要などなかった……」
「で、では……どうしてそのような恐ろしい事を!……」
感情的になったティナは思わず立ち上がると、その背筋が寒くなるような所業に怒りを露わにする。
私は知っている……本当にどうしようもない……あまりに浅はかで、あまりに冷酷なその虐殺が行われた理由を……。
「……虐殺を行った理由は、ダークエルフの女性を性奴隷として国家へ持ち帰る為です……」
「……は?……」
「……ダークエルフを含むエルフ族は長寿であり、若々しさと美貌を持つ者が多く居た……。だから、そんな彼等は……戦争により疲弊した男達の慰み者として連れて来られる事になりました……」
「……ふざけないで……くださいまし……!」
……惨い……あまりにも惨たらしい……。
ただ男達の欲を満たす為だけに、彼等は住まいを奪われ家族や友達を殺された。
強い正義感と騎士としての誇りを持つティナは拳を震わせ、目の前の相手を睨み付ける。
レオナ教官はそんな彼女を必死に宥めようとするものの、自分ですら知らなかった国家の所業に深くショックを受けているようだった。
私は黙って下を向き、国家の罪を打ち明けた彼女の言葉に耳を傾ける。
「……その虐殺を指示したのは先代の国王、つまり……私の父親です……。戦争継続へ執念を燃やす彼は兵達の士気をどうにか保とうと必死になっていた、だからあんな恐ろしい事を……」
「……貴方達に、人の心というものはないんですの!?よくそんな悍ましい事をしておいて王などと……!」
怒りを爆発させたティナは足を踏み出すと、目の前に立ち尽くす最高権力者の胸倉を掴み涙の滲む瞳で睨み付けた。
ティナは本当に優しく、そして悪しき行いを許せない騎士の信念を持った子だ。だからこそ、いきなり明かされたその悪行を知り……深く傷付いていた。
国家という騎士が全てを捧げるべき相手から、彼女は裏切られたのだ。
握り締めた手を震わせながら更に相手を罵倒しようとするティナを止めようと立ち上がったその時に、乾いた音が響き渡る。
見ると、レオナ教官がティナの傍まで歩み寄り……その頬を叩いていた。
腫れた頬を押さえながら、それでも怒りの収まらないティナへレオナ教官は鋭い声で言い放つ。
「この大バカ者!!十年前の罪をこの方が知りどんな思いをしたのかお前には分からないか!?……」
「……ええ、分かりませんわ!分かりたくもない!」
「……いきなりそんな過去の過ちを父親から告げられて、何も知らないこの方が平気で居られたと思うのか!?それが分からぬようならお前は騎士になどなれない、人の痛みが分からないお前ではな!」
このままじゃいけない……譲れない信念を抱く二人の言い争いはますますヒートアップしていく。
私は睨み合う二人の間に割って入ると、荒く息を漏らすティナを押さえるように抱き締めながら言い聞かせた。
「お、落ち着いてよティナ!許せなくなる気持ちは分かるけど……」
「エリシア!貴女はどうしてそんなにも冷静なんですの!?虐殺に性奴隷だなんて……そんな事を行った一族を許せると言いますの!?」
「それでも命令を下したのはこの人じゃない……むしろ、そうした親の罪をたった一人で清算しようと頑張ってるのがこの人なんだよ!」
「一人でどうにかなる問題ではないのは分かりますわよね!?それこそ命でも相手に差し出さない限りは---」
そこで、ティナはようやく国王という立場を背負わされた年端も行かない彼女が、どんな顔をしているのかに気が付いた。
彼女は……泣いていた。無理をして低い声を出す気力すらも無くし、上擦った声で悲しみを吐き出す彼女の声を聞いて……ティナも全てを察したようだ。
「……あなた……まさか……」
「私だって!……私だって、どうすればいいのか分からない!……私は顔立ちがよく似てるからって、影武者を命じられたジャン・フィリップス・コルセアの一歳違いの妹なんだから!王政から共和制に大きく国の在り方が傾いたその瞬間に……ぜんぶ、押し付けられた!何にも私には決めさせてくれなかったのに……こんな時だけ、いきなり王子の役割を押し付けられて……!」
「……そん、な……」
「……どうすればいいかなんて、分からない……でも、どうにかしないと……私が責任を取って命を差し出すぐらいの事をしないと……もう、全ての呪いは清算できない!……」
女の子に戻ってしまった彼女は、訳も分からないまま押し付けられた重すぎる責任を前に心が折れてしまったのか頭を抱えて泣きじゃくった。




