泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!二十四話:彼女の決意
「……その日に、一度私は死んだんだ……。騎士を目指し鍛錬に明け暮れ、信念のままに生きたレオナ・ハミングバードという女は魂を失った……」
「……レオナ……教官……」
「……誰かを好きになるのが、怖くなった……。私は好きになった女の子一人守れない弱い女だ、どれだけ強くあろうと振る舞っても……内心ではまた誰かが死ぬんじゃないかと怯えてる……」
……この人は、どこまでも繊細で……か弱い人だった……。
設定としてそういった話があるのは知ってる。それでも、彼女の口から過去をこうして直接語られる機会はゲーム中ではなかった……。
初めて知ったその胸の内はあまりにも孤独で痛々しい……。
きっと色恋沙汰に対して過剰とも言える反応を示すのはそうした悲劇があったからだろう。
知れば知るほどに、そんなこの人を放ってはおけなくなっていく……。
だから、私はこの人に前を向いてほしくて……隣に座るその手に自身の手を重ねる。
「……だったら、私をもっと好きになってください……」
「……エ、エリシア!?……何を……!」
「失ってしまうのが怖いから、会えなくなってしまうのが怖いから……そんな理由で誰にも心を開けないなんてあんまりにも悲しすぎます……。だから、私にだけは素直な気持ちを聞かせて欲しいんです……」
「……エリ……シア……」
「私はレオナ教官の事が大好きです!絶対に目の前から居なくなったりしないので安心してください!」
「……バ、バカモノ!……大人の、女を……あまり……からかうな……!」
本当は嬉しくて嬉しくてたまらないクセに、本当はすぐにでも泣き出したいクセに……。
本当は……私を信じたいクセに……。
顔を真っ赤にして俯くその頬に、私は静かに唇を着けキスをした。
……そうする事で、私は必ずこの人を守ると胸に刻む事が出来るから。
これは、騎士が手の甲にするような……孤独からこの人を救い上げる誓いのキス……。
必ず貴女を守る、必ず貴女の傍から居なくならない……そんな、重い愛の証だ……。
「……お前は……大バカ者だ!……口吻がどんなに大切な意味を持つか分かっているのか?……」
「……こうでもしないと、貴女は私を信じてくれないから……」
「……バカ……バカァァァッ!……」
頬を押さえながら呆然としたレオナ教官は……嬉しさと安堵感を受け入れたのか涙でクシャクシャになった顔を向けて私を抱き締める……。
よかった……ちゃんと私を信じてくれた……。
今度こそ、私は間違わない……こうして心を開いてくれたこの人を絶対に死なせたりしない……。
そして、もう誰も死なせたりしない……。
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ふふ、ふふふっ……あらあら、エリシア……。
今度はその女に夢中なのね……本当に貴女って身勝手で移り気で、一途な心を弄ぶんだから……。
顔を覗かせた訓練所の内部では、月明かりに照らされ手を取り合う二人が頬を緩めながら笑顔で語り合っている。
レオナ・ハミングバードは今回の世界で非常に役に立つ。エリシアの心をへし折るのにうってつけの存在……。
エリシアの中身、アスカというあの女性は世界を救いたいという目的を持っていながらも恋という感情に関してはどこまでも勝手で独善的だ。以前のあの方の生活をイヴに見せてもらった事がある……あれはまさに、女としての地獄のように思えた。
女は男の小間使い、女は男の邪魔をしない……そして、男の欲を女は黙って受け止めなければならない。美人というより幼い印象を受ける彼女はそんな男共の格好の標的になっていた。品のない言葉を投げかけられたり、お尻を触られたり、頭を撫でられたり……それでも彼女は笑顔で耐え続けていた。
あんな経験をすれば男に対する不信感が生まれ女性にのみ心を開くのも無理はない。
そして、限りなく低かった自己肯定感が生まれ変わったこの世界で大きく変化したようだ。
「元の世界では貴女は一方的な欲と悪意を浴びる側だった……だからこの世界では自分から欲をぶつけていく、誰かに愛され愛そうと必死になる……うふふっ、本当に可愛らしい方ですわね……」
まるで捨てられた子犬が心優しい飼い主に拾われ愛と依存心を爆発させるように、彼女は温もりを求め誰にでも尻尾を振る。
……そして、私はそんな彼女を死と絶望で躾けるのだ。
乾いた唇を舐めると、私は事前に得ていた情報を吟味し今後の展開を予測する。
明日の国王の視察の後、ちょっとしたイベントがある。レオナ・ハミングバードの生死を決めるそのイベントにエリシアは万全の策を用いて望む気だろう。
それならば、私も先んじて先手を打つ必要がある。
明日のイベントでは国王の帰路の最中に過激派であるピュアニスト達が馬車へ待ち伏せを仕掛けてくる。その場には二人、幹部の連中も来る筈だ。
本来の物語の中では誰が待ち伏せを仕掛けてくるかは決まっている。それならば、そんな展開を大きく変える為に動く必要がある……。
今の内に幹部の一人を始末する。そして、違う誰かを配置させるように仕向けるのだ。恐らく現在手空きの幹部は一人しか居ない……その一人が重要な鍵だ……。
「……今はエリシアを貴女に譲ってあげますわ……レオナ・ハミングバード……。貴女をより深い地獄に叩き落とすために、そしてエリシアを更に貴女へと溺れさせる為に……ふふふ、あはははっ!」
音もなく私の肉体が溶けていく。
今の私は魔女、世界の理を変える力を宿した世界の支配者だ。
どこにでも行ける、誰でも殺せる、世界を自由に操れる……。
さあ、始めましょうエリシア……更なる地獄へ貴女を放り込んであげる……。
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コルセアの王都の夜は人通りも少なく閑散としていた。
聳え立つ王城の下には複数の屋敷が建ち並び更にその下部には都を支える平民階級の粗末な家が犇めき合っていた。
その権力構造の直喩とも言うべき歪な街並みを見つめる女は胸に秘めた決意を強めるように眉を潜め最上部に位置する王の住まいを睨み付けると踵を返した。
平民達の暮らしは散々たるものだ。国家の主導する戦争に付き合わされた彼等は疲弊し、やつれ切っている。
民の命を使い捨てにする王族も、そんな最高権力者を止めようともしない政治にも彼女は心底信用を無くしていた。
故にその女は王都を守る騎士の団長を務める立場にありながら戦争によって国家を変革せんとする過激な秘密結社であるピュアニストを盲信し、その組織内部で絶大な力を持つ幹部にまでのし上がった。
「……コマンダンテ、見ていてください……明日の計画は貴方様の理想を叶える第一歩、このリベーヌ・アリエッタがその先陣を切ってみせます……」
自身が心酔し、そして一人の男としても愛する主にそう誓うとアリエッタは黒いローブを揺らしながらひび割れの目立つ石畳の路地を歩み始めた。
明日の警備計画の詳細な打ち合わせを終えた彼女はその内容を主へ伝えるべく足を進める。
そして、灯りの少ない路地のある地点で足を止める。
「……さっきから私をずっと尾けていたな?誰だ?……」
敵意と警戒感を剥き出しにして振り向く反逆者の視線の先に、ゆっくりと彼女は姿を覗かせた。
「こんばんわ、リベーヌ・アリエッタ……王を護る剣にして、この国で最強と名高い誉れあるコルセア共和国国家親衛隊の師団長……」
「その制服は……騎士育成学校の生徒がこんな場所で何をしている?」
「逆賊を殺しに来ました、死んでくださいませ……薄汚いドブネズミ……」
彼女がその言葉を言い終える頃には、既にアリエッタは腰のベルトに取り付けられた投擲用のダガーナイフを引き抜き相手へと向けていた。不敵に唇を吊り上げながら慣れた動作で手首を捻り不意を突くその一撃を放つ。
鈍い刺突音と共に短剣は自身の命を狙う刺客の額へと突き刺さり、崩れ落ちた。
「……まさか育成学校の生徒を使いこの私を始末しに掛かるとはな……我々の計画が外に漏れているのか?」
足を進める女は周囲を見回しながら警戒し、踏み付けた相手が死んでいる事を確認すると額に突き刺さる短剣の柄を握り締めて引き抜いた。
そして、改めて間近で見た騎士育成学校の制服を着込む相手の顔を見て驚愕する。
「こ、この女は……ティナ・ガードナー!?……あのグリーン・ディクテイターを仕留めた生徒か!?……バカな、どうやって我々の監視網を潜ってこの場所に……!?」
目を見開いて驚愕するアリエッタは、次の瞬間には更に驚くべき光景を目の当たりにする事となった。
「誉れ高い騎士団の長が投げナイフを使った不意打ちだなんて……随分と姑息な手を使いますのね?」
「……は?……」
思わず間の抜けた声を漏らす彼女の首に、その殺意に満ちた両手が食い込んだ。
地面に押し倒されたアリエッタの気道を両手で握り潰しながら、額から溢れる血を必死に藻掻く相手の顔面に垂らしながら……恍惚とした笑みを浮かべ魔女は嘲笑う。
「ふふ、ふひひひっ!貴女には死んでいてもらわないと困るんですの!エリシアをもっと傷付ける為の下準備に貴女の死は不可欠なんですのよ!?……それと、ちょっぴりエリシアを他の女に盗られた憂さ晴らしもありますわね!」
「ぐっ、ふっ……あ"……な"に、い"っで……!?」
「計画の為とは言え、大好きなエリシアが私以外に依存する様はとても不快で我慢なりませんわ……ふふっ、うふふふふふふ!だから、だから……」
「がっ、あ"ぁぁっ!……お"、え"っ……」
「ドブネズミの貴女を無惨な姿にして心を落ち着けようと思いますの……その下らない独善とプライドに満ちた顔を涙と鼻水でグシャグシャにしてせいぜい私の心を鎮めてくださいませ?」
「え"っ、あ"ぁぁぁっ!がっ、ひゅ……あ"っ……」
人ならざる者の力を宿すその指が、繊維を引き裂き骨を軋ませる。舌を突き出しながら恐怖心と混乱に歪むその顔を赤く輝く瞳で見つめながら魔女はその指に込める力を更に強めた。
死に近付きつつある女の肉体が激しく痙攣し、あらゆる液体を垂れ流し恐怖に震えた。
やがて、果実が弾けるような音を立てて真っ赤な鮮血が魔女の顔面に飛び散った。
喉を握り潰されるというあまりにも異様かつ残虐な末路を迎えた女の亡骸を見つめながら、殺戮の愉悦に浸る魔女は両端を吊り上げた唇から白い歯を剥き出しにし……更なる凌辱を宣言した。
「裏切り者のドブネズミにはドブがお似合い……貴女を裸に剥いて汚らしい濁った川へと浮かべて差し上げますわ!そうすればあの連中は代わりを寄越すでしょうから……うふふっ、あひゃははははははぁぁぁぁっ!!」




