泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!二十一話:逃がさない
「なるほど……それは、随分と怖い夢を見ましたのね……」
「……うん、すごく……怖かった……」
「でも、今はこうして私も貴女も生きているではありませんの!……だから安心しなさいな……」
私は悪夢として先ほど過ごした世界の結末を話した。
騎士育成学校が奇妙な魔女によって襲撃を受けて皆が殺された事、その魔女の正体が私達が同じ騎士育成学校に通うあの子であった事……そして、ティナを守れなかった事……。
荒唐無稽なそんな話を、ティナは大真面目に聞いてくれて……話をしながら時折錯乱状態になる私を落ち着けるように抱き締めてくれた……。
そんな彼女の優しさが一層、私の決意を強くする。
今度こそ……ちゃんと、皆を守ろう……。
立ち上がった私は涙を拭うとティナを見つめながら聞いた。
「あ、あの……昨日、私達……何かあったんだっけ?」
「あら、あんなに大変な事があったのに覚えてないなんて……やっぱり相当疲れてたんですのね……」
「えっと……何があったのか教えてくれる?……」
「昨日は戦闘試験中に森でとんでもない奴が現れて、二人でそいつを撃退したんですわ!グリーン・ディクテイター、森の独裁者と呼ばれる巨大なドラゴンを一人の犠牲者も出さずに倒したではありませんの!」
「ひ、一人の犠牲者も出さずに!?本当!?……」
「え、ええ……危うく三人の生徒達が食べられそうになっていた所に私と貴女が偶然出くわして、それから……」
「その子の寮部屋、どこにあるか知ってる!?大事な話があるの!……教えて!?」
戸惑いながらもティナは案内してくれると言い立ち上がった。
この世界でもあの子は生きてる……エルメスは無事なんだ!。
なら、私はあの子が魔女になる前に友達になって……その心を救う!。
待っていて、エルメス!今度こそ……今度こそ……!。
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……ふふ、うふふ……私の可愛い可愛いエリシア……。
私は希望を抱いて突き進む勇ましい貴女の事を愛してる……。
そして、その優しい心にヒビを入れながら……泣き叫ぶ姿はもっと大好きなの……。
「……なん、で……そんな……そんな……」
「……こ、これは……」
開かれた扉の先で、赤く染まった床へ足を踏み入れた貴女は……呆然と膝を突く。
……昨夜掛けた魔術によって、自ら惨たらしい最期を遂げた少女の亡骸がそこにはあった。
言いつけをしっかりと守り、エリシアの心を軋ませるには充分な有り様で血の海に沈んでいる。赤い飛沫が壁や床のあちこちに散り、見た者の恐怖心と混乱をその異様な死に様は一層掻き立てた。
「……そん、な……!!そんな、そんな、そんな、そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!なんで、どうして、どうしてなのよぉぉぉぉっ!!……エル、メスぅぅっ……」
……ああ、これは思った以上に……エリシアの心に深い爪痕を残す事に成功したみたい……。
へたり込む彼女は血に染まるカーペットを握り締め、訳の分からないその状況にただただ悲しんでいる。
ドス黒い感情が胸から込み上げて、思わず唇の端が震えてしまう。
支配欲、独占欲、加虐欲求、自己破滅願望……そんな、ドロドロとした泥が胸の中で渦巻いて、口元の痙攣を抑えきれなくなる。
エリシア……私の可愛い可愛いエリシア……。
私は、貴女の愛が自分一人のものになるまで……全てを殺し続ける……。
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「いったいどうしたというのだ!?明日は国王陛下が二人の功績を称えにこの育成学校まで足を運んでくださる日だというのに……!」
大きなを立てながらレオナ・ハミングバードは拳を机上へと叩き付け唇を噛んだ。
隻眼の女騎士の元に信じがたい報告が入ったのはつい先ほど……一人の女子生徒が異様な方法で自死したと聞いた彼女はすぐに現場へと向かった。
そして、その惨たらしい亡骸を見て唖然とする他なかった。
「……あの子は昨日、グリーン・ディクテイターの襲撃から生き延びたというのに……どうしてあんな、あんな異様な死に方をしなければならない……!」
何度も何度も、突き刺された喉には大きな穴が開き……気道の内側が裂けた皮膚から覗く程の穴が空いていた。その恐怖心すら感じさせる執念は育成学校の生徒を教え、導く立場にある教官のレオナを激しく混乱させた。
部屋の扉に鍵は掛かっていなかったと言う。だとすれば、自死よりも先にその可能性に思い至るのは必然的な事だった。
「バーンズ、他殺の可能性はないか?明日はこの場所へ国王陛下がお出でになるんだ、何らかの計画の下準備として何者かが彼女を殺害した可能性もある……」
「現在、調査の為に王城から検視魔術を扱える者を派遣すると連絡がありました。恐らく昼には着くでしょう……」
バーンズと呼ばれた逞しい髭を生やす大男はこちらに向けて王城から術師が派遣された旨を告げると彼女へ不安げな表情を向けた。
「明日の陛下のご来訪、やはり日にちを改めた方が宜しいのでは?……最近では良からぬ連中がより一層活動強めていると聞きます……」
「戦争によって利益を得る傭兵、武器や防具の商人、政に携わる連中の立ち上げた複合組織……" ピュアニスト "どもか……戦争に集るウジ虫どもめ……!」
魔族と人間の数百年にも及ぶ全面戦争は数々の痛みを双方へ与えた。
しかし、与えたのは痛みだけではない。戦争という愚行により凄まじい勢いで規模を拡大し利益を得る人間達も多く居た。
戦争を戦う為に兵士を派遣する傭兵ギルド、戦争を戦い生き延びる為に必須な武器や防具の商人、そして大規模な衝突を期に自身の影響力を強めんとする国家の高官達。単なる正義感や信念ではない、腐心した欲と利益に目の眩む彼等は現在停戦状態にある戦争を再び活発化させようと暗躍を繰り返していた。
彼等は自らをピュアニスト、人類の繁栄を心から願う純粋な者達だと自称していた。
その欺瞞と虚偽に心からの怒りと嫌悪を向けながらレオナは立ち上がり、信頼する部下へと声を荒らげた。
「私の可愛い教え子を殺したのがあの戦争狂どもだとしたなら……一人残らず叩き潰してやる!校内、校外の巡回を強化しろ!そして、怪しい動きを見せた者は躊躇いなく私に報告するよう皆に言い聞かせろ!」
「はっ!……」
「……それから、第一発見者になった二人には特に気を配れ……エリシアは優しい子だ、こんな事になって誰よりも悲しんでいる事だろう……」
「……承知しました!」
胸に手を当て敬礼を返すと、甲冑の重々しい音を立てバーンズは部屋を後にした。
残されたレオナは大きく溜息を吐くと、昨日英雄的な働きを見せた二人の少女へ思いを馳せた。
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なんで……なんで……どうして……。
頭の中をそんな疑問がグルグルと過り、もう充分泣いたっていうのに……まだ、涙が止まってくれない……。
今度こそ助けられると思った命が……こんなに、こんなにも呆気なく……。
「エリシア……」
「……ねえ、ティナ……人が死ぬのって、避けられないのかな……?どうしても死んじゃう人って、救えないのかな?……」
「難しい問いかけですわね……全ての生き死には私達人間が決められる事もあれば超常的な力によって決められる事もある。ただ一つ、私から言える事はありますわ……エリシア、あの子が死んだのは貴女のせいじゃない……」
「だったら……だったら、何で……どうして……!」
……きっと、ティナは慎重に言葉を選んでそう言ってくれている。
それでも私には納得できない……助かった筈の命が、どうして……あんな、あんな異様な死に方で……!。
そんな私の疑問に意外な声が答えた。
「……その通り、お前のせいではない……先ほど王城から派遣された検視術の魔導士が到着し、彼女の亡骸を調べたら興味深い事が分かった……」
「レオナ……教官……」
「ショックなのは分かるが、しっかりと入り口の施錠はしておけと言っておいただろう……」
扉を閉め、鍵を掛けると……レオナ教官は泣き腫らした顔を上げる私の頬を両手で包み込むと、普段の厳しい態度からは考えられない程に柔らかな笑みを浮かべ私に言った。
「……少なくとも、お前のせいではない……そんなに自分を責めるな……」
「でも、だって……」
「……あの子を殺した奴は他に居る……そして、目星も付いている……」
……え?……ころ、した……?。
……エルメスを……誰かが……。
目を見開いたまま頭が真っ白になり硬直する私に代わり、ティナが震えた声を漏らした。
「……あの子、殺されたんですの!?……」
「ああ、亡骸を調べたところ……彼女は死の直前まで魅了の魔術を掛けられている事が分かった。自分の意志ではどうする事も出来ない状況の中、彼女は命じられたままに自ら何度も喉をペンで刺突し……息絶えた……」
……そん、な……魅了の……魔術……?。
確かに、このゲームではそういった類の魔術もある。戦闘では対象に隙を与える補助魔法として使用するが、まさかこんな使い方をするなんて……。
いったい、いったい誰が……!!。
悲しみに満ちていた心に怒りが宿る。荒く息を漏らしながら、半ば睨みつける様な目を向ける私を見ると、レオナ教官は目を逸らし静かな声で言った。
「……これからの事を話すと、お前達を否応なしに危険に巻き込む事になる……。だが、あの緑の独裁者をたった二人で葬ったお前達であれば奴らの企みを阻止出来ると私は信じている……」
「教えてください!誰ですか!?誰が……あの子を……!」
飛び掛かりそうな勢いで立ち上がる私をティナが必死に押さえた。
誰だ、誰だ、誰があんな惨い真似を……許さない、絶対に許さない!。
獣のように息を漏らす私と、静かな怒りに燃える瞳を向けるティナへ……レオナ教官はやや間を置いて告げた。
「……” ピュアニスト "、戦争によって膨大な富と利益を得るこの国の闇が恐らく彼女を殺した相手だ……そして、奴らは明日にお前達と会う予定の国王陛下を狙っている……」




