泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!十九話:私の救い
肩を震わせながら嗚咽を漏らし……私は泣いていた。
私は……私の信じてきた今までの世界は、全てが偽物で……そして、私の信じた人は……泥に満ちた悍ましい悪魔だった……。
膝を抱え、私はひたすらに泣いていた。
もうあの泥人形達は居ない……エリシアの姿をした怪物達は居ない……。
それでも、私の身に刻み込まれた凌辱と下品な欲望は精神をズタズタに引き裂いた。
怖かった……怖くて、悲しくて……息が詰まった……。
もう、嫌……こんなのは……嫌……。
「ティナ、面を上げなさい……貴女に見て欲しいものがあります……」
「……ころ……して……」
「……死ぬ前に貴女が見るべき人が……目に焼き付けるべき光景があります……」
「うるさいっ!うるさいうるさいうるさいうるさいっ!もう放っておいて!……何なの、何なんですの!?……もう、嫌……こんなのは嫌あぁぁぁぁぁぁっ!!……」
頭を抱え泣き叫ぶ私を見て小さく息を漏らすと、その女はいきなり背後から顎を持ち上げ強制的に視界を上に向ける。
もう、何も……何も見たくない……知りたくない……。
殺して……殺して……。
「ティナ……今度は、絶対に助けるからね……!」
……えっ?……。
目を瞑っていた私はそんな声に思わず、瞼を開けた。
いつの間にか、私達は見知らぬ空間に来ていた。
壁や家具、照明からして……私達の住む世界とは違う。
恐らく、あの女が言っていた私達を見ている外側の世界……。
視界の先に女性の背中が見えた。床に腰を下ろした彼女は絵画の額縁のような物へ目を向けながら、一心不乱に何かをしている。疑問に思った私が静かに足を進めると、彼女の横顔が見えた。
目元に隈を作り、青白い顔をした私より年上の女の人だ。綺麗だとか、そういった印象よりもまず心配になってしまうような不健康な顔色と必死さが感じられる表情が印象に残った。
彼女の手元へ目を移すと、何か黒い奇妙な形状の物を握り指を必死に動かしている。それは黒い紐で繋がれ、その紐は黒い箱に繋がり……その黒箱から伸びるコードはあの額縁みたいな薄い長方形の物へ繋がれていた。
その額縁の中では……エリシアが居た。
私のよく知るエリシアが……グリーン・ディクテイターと、あの緑の独裁者と戦っていた。
ああ、これが……彼女達を通して見る私達の世界……。
「これが外側から観測する貴女達の世界、ゲームと呼ばれている虚構の世界です……」
「……本当に……偽物だったんですのね……」
「ええ、偽物です……ですが、エリシア・スタンズの背後に居るのは血の通った本物の人間です……」
……どうせ、この人も……私へあの身勝手で悍ましい欲を向けているに決まってる。私達は偽物、作り物……人間に弄ばれる人形に過ぎないのだから。
額縁の中では一撃でやられたエリシアが悲鳴を上げて倒れ込み、虚構の世界で死を迎えていた。
その時、エリシアを操っていた女性が急に胸を押さえながら苦しみ出した。
「あっ、ぐぅぅっ!……っ……」
「ちょ、ちょっと!大丈夫ですの!?……」
慌てて私が彼女の肩を掴もうとすると、その腕が……透けていた。
「今の我々は彼女には触れないし、認知する事も出来ない……虚構の存在ですからね……」
「そ、そんな!とても苦しそうですわ!すぐに医者か、回復術師を!……」
「……彼女の命はそう長くはない。命を削り疲弊した精神と肉体を酷使して、彼女はこの虚構の世界で人々を救う事に全てを懸けている……」
「どうして!?私達の世界は虚構、偽物なんでございましょう!?なのに、なのにどうして!?……こんな風に命まで懸ける必要なんて……!」
分からない……分からない……。
偽物なのに、作り物なのに……この人は何で、こんなにも必死に私達を……私を……。
「……死ぬ為だけの命なんて……私は絶対に認めない……!」
「……ッ……」
「……死んじゃったら、もう二度と会えなくなっちゃうんだから……そんなの絶対に嫌……私はそんな運命なんて……認めない……」
……この、人……本気で……本気で、偽物の世界を……救おうとしている……。
その世界で死んだとしても、また会えるのに……何で?……。
「彼女は幼い頃に母親を亡くしています……だから、例え虚構の中であっても死という出来事を割り切れないのです……」
「……エリ……シア……」
……いや、この人は……エリシアではない……。
知りたくなった、この人の本当の名前を……知りたいと思った……。
「……この方の……名前は……?」
「アスカ……私がこの虚構の世界の中で見つけた唯一人の聖職者……」
「……アスカ……さん……」
激しく咳き込みつつ、苦しそうに表情を歪め再び虚構の世界で私を救おうとする彼女の体を……私は気が付けば抱き締めていた。例え気付いてくれなくてもいい、触る事が出来なくてもいい……。
この人に……この人が与えてくれる想いに……触れていたかった。
「絶対に……絶対に私が助けるから!……待ってて、ティナ!……」
「……ありがとう……ありがとう……こんな、偽物の私を……こんなにも……」
「約束するから……必ず貴女を助けるって!……」
「……待っています……いつか、いつか……自分の命すら削って貴女が私を救ってくれるその日を……待ち続けていますわ……」
……全てが偽物だと知った私は……本物の愛を与えてくれるその人と出会った。
この胸の高鳴りと、頬を伝う温かな涙は本物だ……。
救いであって、希望であって、そして……これはきっと……。
深い、あまりにも深い抜け出せなってしまうほどの……愛情だ。
私はエリシア・スタンズを操り純粋過ぎる愛を振り撒くその女性へ、恋に落ちていた。
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「あの方は……もうすぐ死んでしまうんですの?……」
「はい、あれは虚構の世界であるゲームを始めた直後の記憶……それからひと月後にはアスカというあの女性は命を削り果たして死に至ります……」
「……そう、なんですの……」
「しかし、私は彼女にとても興味があるのです……自己の欲である泥が覆っているあの世界で命を賭してでも虚構の世界を救おうとする彼女の生き様をもっと見ていたのです……」
場所を変えた彼女達はテーブルを挟みながら視線を交わし、お互いの目的が共通している事を悟ると唇の端を吊り上げた。
「先ほど貴女は虚構の存在である私をあの方の世界へと飛ばした……それなら、逆の事をするのだって可能なのではなくて?」
「無論、可能です……アスカをエリシア・スタンズとして再誕させあの世界の住人として受肉させる事も私の力を使えば容易い事です……」
「そう、それなら……私達がすべき事は決まっていますわね……」
女神は笑みを溢しながら指を鳴らした。
二人の目の前に、赤い液体に満たされた透明なグラスが現れる。それは共通した目的を持った相手に送る女神からの親交の証だった。
静かにグラスを傾けると、女神は彼女へと問いかける。
「……貴女は、あの世界へ受肉したアスカをどうするつもりですか?……」
イヴのそんな問いを聞きグラスを一気に呷り濃厚な葡萄酒を飲み干したティナ・ガードナーは愉快で堪らないという風に笑い声を上げると……テーブルに両手を叩きつけながら声を荒らげた。
「貴女は本当にひどい人ですわね!散々人間の悍ましい本性を私に刻み付けてから、あんなにも純粋で無垢な人間の想いを見せつけるなんて!……」
「あの子の善性を試すのには泥に塗れた悪意が必要だと感じました。今まであの世界の住人を何人か使い試してきましたが、誰もが最初に泥に触れた時点で発狂し正気を保てなかった……泥に触れて尚も執着心を向け続けるのは貴女が初めてです……」
「ふふ、うふふふふふふふふっ!ひひっ、ひひひひひひひひひひひぃぃぃっ!……だって、約束してくれたんですもの!あの方は私を必ず助けるって、約束してくれた……。命懸けで私を……愛してくれているんですもの……」
その感情は葡萄酒以上に甘美で深い酔いへとティナを落としていった。
暗闇の中に突如差し込んだ光へ手を伸ばすように、傷付いたその精神と心はアスカという一人の女を欲していた。
「あの方が救いたいのは世界……誰もにああいった慈悲と愛情を向けているのですわよね……。まるで歯車みたいに無価値な結末に向かって生きて、既に決まっている運命にいちいち驚いて絶望する愚か者共達にまで……」
「そうでしょうね、あの子はとても優しい……一人も取り零す事無く救おうとするでしょう。また命を削って必死に、貴女以外の人も救おうとするでしょう……」
その言葉を聞いた瞬間、ティナ・ガードナーは目の前のテーブルを薙ぎ倒しながら立ち上がる。そして、自身の肉体に溜まった泥の全てを露わにした。
「そんな事は許されない!!あんなにも清らかな心を持った方がまた愚者を救うために苦痛に苛まれるなんて許されない!!……虚構の世界の命なんてどうでもいい、あんな人形共なんて放って私だけ見ていればいい!!私だけ救ってくれればいい!!」
「これはこれは……自分だけ救われれば、他はどうでもいいとお考えですか?」
「当たり前ですわ!!皆を救おうとするから無理をしてしまう!!……だったら、最初から私にだけその愛と想いを向けてさえいればあの方は長生きする事ができる!!」
「ふふ……ティナ・ガードナー、貴女は私の想像を超える立派な魔女へと至ったようですね……」
「……魔女?……」
「魔女とは悪しき心を持った魔術を使う女を指す名称です……欲深く、悪意に満ち、そして一途で嫉妬深い……欲しい物を手に入れる為なら手段を択ばずに行動し、爛れた愛を一方的に相手へと刻み込む……」
「……ふぅん……今の私にぴったりですわね……」
笑みを浮かべ、狂愛に堕ちた少女は足元のテーブルを蹴りながら相手の目の前へと歩み寄る。
騎士を志し気高い誇りと信念に生きてきたティナ・ガードナーという少女は泥に呑み込まれて死んだ。
そして、一人の女の愛を独占する為にあらゆる生命を利用し、消し去る愛に狂った魔女が生まれた。
「……それでは、貴女に魔女に相応しい魔法を与えましょう……人の生き死にを左右し、迎えるべき運命を知り、そして虚構の世界であらゆる力を行使できる魔法を……」
女神はいつの間にか握られていたその短剣の刃先を少女の胸へと突き付ける。それは、世界を破壊する絶大な力を少女へと付与する為の儀式だった。
人間としての肉体を捨て、完全な魔女へと至る再誕の儀式だった。
ティナ・ガードナーは突き付けられた刃を両手で握ると、脳を焼くような衝動を声に出していた。
それは、魔女が人間へと向けるあらゆる谷よりも深く……そしてどのような火山の内を巡るマグマよりも煮え滾る愛という名の泥だった。
「あひゃはははははははっ!!愛してる、愛してますわエリシアァァァァァァァァッ!!痛めつけてやる、傷付けてやる、悲しませてやる、壊してやる……犯してやる!!そうして疲れ果てた貴女をこの私が癒やしてさしあげますわ!!私だけはいつでも貴女の傍にいる、貴女の隣に居る!!貴女が望むなら私は何だって与えてあげる、そして私以外の全てを奪ってあげる!!さあ、始めましょうエリシア!!私と貴女が結ばれる為だけの血塗れの演劇を!!いひひっ、ひひひひひっ!!あひゃひははははははははははははははははぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




