泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!十八話:私の過去
「……まさか、貴女と戦う事になるとは思いませんでしたわ……エリシア……」
「ティ、ティナ……!」
「なぜ私達、人間を裏切り……魔族へ寝返ったのかは敢えて聞きません。それが貴女の下した決断だというのなら、私はその決断を尊重し……受け入れる!」
「……貴女とは……戦いたくない……!」
「その程度の覚悟でこの私の前に立つおつもり!?……私は既に選んだ、自分で選択を行った!……」
「……ティナ……!」
「さあ、私達を裏切ってでも叶えたい貴女の想い!……剣を以てこの私に教えなさい!エリシア・スタンズ!……」
私は復興したガードナー家の象徴である長剣を引き抜くと、迷いのない目で同じように剣を抜く相手を睨みつけた。
エリシア・スタンズが私達人間を裏切り魔族の側へ渡り半年……自分の力のみで家を再びコルセアを守る騎士の名家として復活させ、国王お抱えの騎士となった私は裏切り者を殺すべく駆け出した。
とても悲しくて、胸が痛くなった……まさか妹のように可愛がっていたエリシアが敵に寝返るなど信じられなかった。
でも、私は止まらない。あの子の裏切りという悲しい出来事を奮起する力に変え、ここまで頑張ってきたのだから……。
嫌な思いだって散々した、騎士育成学校を卒業してから小馬鹿にしてくる連中に何度も頭を下げ……そして、見下してくる連中の言いなりになってようやく今の立場を手に入れた。そこからは寝る間も惜しんで魔族との戦いに明け暮れて、やっと国王様に認められる程の騎士としての誇りを取り戻したのだ。
だから私は止まらないし、迷わない……。
激しく重々しい金属同士の衝突音を奏で、舞う様に私達はその戦場で激突する。
本格的に侵攻を始めた魔族の軍勢を率いていたのは……あのエリシアだった。
剣筋を見れば分かる、今の彼女はもう過去の彼女とは別人だ。向こう側でどれほど鍛えたのか……こちらを上回る速度とこちらの予想を凌駕する手数で押してくる。
気を抜けば……やられる……。
それでも私は……私は……!。
自身の誇りと覚悟を懸けて、私はかつての親友と死闘を繰り広げた。
そして……あまりにも呆気なくその時はやってくる。
「……あ………エリ、シア……」
ほんの僅かな隙を突かれ、胸に深々と……エリシアの剣が突き刺さる。
勝てな……かった……こんなに、強く……なっていたなんて……。
剣が引き抜かれると、大量の血液が地面に零れ落ち体から温もりが消えていく……。
……負けたんだ……私……。
「……ごめんね……」
うつ伏せに倒れ込んだ私の目の前を、そんな声と共に……エリシアのブーツが駆けて行く。
……ああ、これで……いい……これで……。
この子は、この子の道を選んだ……私は、私の道を選んだ……。
静かに目を閉じた私は心地良い満足感に満たされながら暗い闇の中へと意識を落とし込んでいく。
その時は、何も知らなかった……その残酷な世界の現実なんて何も気付いてはいなかった。
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声が……聞こえた……。
とても近くで、誰かの声が……聞こえた。
とても穏やかな、女の人の声だった……。
「……起きなさい、ティナ・ガードナー……」
「……ここ、は?……」
「……死んだ者の魂が向かうべき場所……涅槃、あの世、天国、地獄……色々な呼び方で呼ばれてはいますが貴女達の世界で言い表すとするのなら精霊界と呼んだ方が分かりやすいでしょうか?」
精霊界……つまり、私は……死んだんだ……。
精霊界は肉体が滅びた人間の魂が向かう神聖な場所、そこで万物の支配者たる精霊の世界へと向かい彼等に力を授けられた恩義に報いるべく奉仕する。死んだ人間は精霊の力となり再び世界の一部となるのだ。
では、私を興味深そうに見下ろすこの女性が……精霊……?。
私はどうやら、その女性の膝の上に頭を乗せ……眠っていたらしい。
面白がるように頬に手を添える彼女へ困惑しつつ私は聞いた。
「あ、あなたは……精霊なんですの?……」
「いいえ、私は精霊ではありません……精霊を含む世界を作り上げた者達の産みの親、人間という種の全ての母にして創造の女神……」
「ど、どういう事なんですの!?訳が分かりませんわ!……それに、此処はどこ!?聞いていた話と全然違う!精霊界は自然に満ち溢れ、生命力に満ちた世界だって聞いていたのに……此処は……」
その空間は、ひたすらに闇が広がっていた。その暗闇の中に、ポツンと浮かぶ石畳の孤島のような地面に私達は居る。
激しく頭が混乱し、吐き気すら覚える胃痛が襲う。
この場所に居てはいけない、そう感じた私は目の前の相手から逃げ出そうと身を捩る。
その肩が、女生とは思えない程の力で掴まれて……引き戻される。
「あうっ!は、離して!……」
「お待ちなさい、私の話はまだ終わってはいませんよ?……」
「は、離して!離して!いやあぁぁっ!……」
「……人の子は言葉を曲解し、真意を捻じ曲げて受け止める……それならば、貴女の脳に直接私が刻み込むしかないでしょう……」
「な、何を……言って……---んうっ!?」
突如、冷たい氷を押し付けられたような感触が唇を塞ぐ。
ただただ冷たく、その人の体は雪と氷で覆われているのではないかという気すらしてきた。
キスをされているのに、まったく体温というものが感じられなかった。
悲鳴を上げながら突飛ばそうと腕に力を入れた瞬間、ザラザラとした何かが……私の舌に触れる……。
「んぐう!?う”、う”ぅぅぅぅぅぅぅっ!!……」
彼女の舌先を通して……情報が、情報の渦が……直接脳に入り込んでくる……。
まるで、瞼を無理やり開かれて延々と何かを見せられているような……激しい苦痛と恐怖を感じた瞬間だった。
時間にして恐らく三秒もなかったであろう短い合間に、私はその世界の全てを脳へと刻み込まれた。
私達の居た世界は、現実などではない……何もかもが虚構、架空の世界、嘘の歴史、嘘の人間、嘘の運命、嘘、嘘、嘘、嘘……。
全てが、偽物だった。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!あ、あ"ぁぁ……あぐぅぅぅっ……」
「あなたは人間ではない、人間の手で生み出された……プログラムの集合体です……」
「ぢがう”っ!!ぢがう”ぅぅぅぅぅぅっ!!わたし、いきてる!!いきてるのぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!!ちがう、ちがう、ちがう!!……」
「いえ、これこそが真実です……あなたの居た世界で生きていたのはエリシア・スタンズただ一人のみ……彼女のみが生きた人間として行動し、活動できる……」
指を鳴らす乾いた音と共に、私の目の前にエリシアが構築される。
栗色の肩で切り揃えられた髪に穏やかな笑みを浮かべる少女……まさか、この子だけが……この世界で確かに生きている唯一の人間だったなんて……。
気が付けば私は、彼女の足へ縋りつきながら必死に懇願していた。
「エリシア、エリシア、エリシアァァァッ!……お願い、お願いだから……貴女の手で、私を助けて!……私は、貴女に選ばれないと……この世界では生きていけない!……何をしたって、死んでしまう……。それが、運命だというなら……それでいい……でも、その運命が作られた虚構だと知った今の私には……私は……!」
……私は……生きていたかった……。
ただ……生きた証を、残したかった……。
かつての栄光を取り戻し、立派な騎士になるという私の悲願ですら……作られた虚構……。
そんな中で、私は何かを残したいと……心から、そう願った……。
涙と鼻水を垂らし見上げた視界の先で、エリシアは優しく微笑みながら私の頭を撫でる。
エリシア……もう、貴女がどんな決断をしても……私は受け入れる……。
だから、だから……。
「ティナたん、可愛いなぁ 」
……は?……。
エ、エリ……シア……?……なに、を……。
顔も髪も、確かにエリシアの筈なのに……その声は、男の声だった……。
「そのデカいケツと乳で騎士は無理でしょw」
「敵をエロい体で引き付けるスタイルww」
「さすが一番人気だけあってえちぃ供給がたくさんあって助かるw」
「没落した家の為に醜いオッサンに嫌々体を売るティナ・ガードナーの薄い本ください!ww」
……何を……言ってるの?……エリシア……。
穏やかな笑みを浮かべていた彼女は……いや、いつの間にか数十人にも増えた彼女達は……欲と悦楽に染まりきった悍ましい笑顔で……舐め回すように私の体を見ていた……。
その視線から逃れるように後退る私の背中に、何かがぶつかった。
小さく悲鳴を漏らしながら背後へ振り返ると……また、エリシアが笑みを浮かべ立っている。
今度は、女性の声でエリシアは声を発した……。
「そんな汚れた目でティナを見ないでよ……」
「エ、エリシア!……やっぱり、あなたは私の事を---」
やっぱり、ちゃんと私を見てくれるのは貴女しかいない……そう言おうとした私の言葉を遮り彼女は言った。
「ティナがエリシア以外に性欲を向ける訳がないじゃない……」
「……えっ?……」
……せい……よ……く……?。
何を……何を言ってるの!?……私、貴女をそんな目で見た事なんて一度もない!。
貴女は私にとって妹みたいな存在で、かけがえのない親友で……そして、共に一人前の騎士を目指す仲間だった!。性欲とか、そんな汚れた感情なんて向ける訳がない!……。
だが、それでも……再び現れたエリシア達はそんな私の恐怖と戸惑いも知らずに……勝手に喋り始める……。
「ティナは絶対にベッドの上じゃ受けだよねー、エリシアに抱き潰されてそうw」
「エリシアが他の女と喋ってるだけで滅茶苦茶嫉妬してそうw」
「エリティナに男混ぜるとかヘテロ脳マジで意味分かんないんですけどー、どう見たって百合じゃん!」
「復興した家の屋敷で毎晩えっちしてガードナー家を二人の愛の巣にしよう!ww」
……ちが、う……これは……。
これは、私の知ってる……エリシアじゃ……ない……。
「それが、エリシア・スタンズを操作する外側の世界に居る者達……” プレイヤー "と呼ばれる者達の総意です。身勝手な解釈と果てのない欲望、美しい外見を持つ貴女に彼らが向けているのは愛とは程遠い悍ましいもの……まさに、泥ですね……」
「……あ……あ……やめ、て……」
「私も神として、そんな泥を延々と浴び続けてきた……そして、気付いたのです。この悍ましく身勝手な泥こそが人間という種の本質であると……」
「……い、やぁぁっ……たす、けて……たすけて!たすけて!たすけて!……」
無数のエリシア達が、欲に満ちた悍ましい笑みを浮かべ迫って来る。
組み伏され、衣類を引き剥がされ、体中を触られて……私を、汚していく……。
恐怖心のまま絶叫し、無数に絡みつくエリシア達の肢体の隙間から伸ばした腕の先では……あの女が、哀れみと達観を宿す淡々とした表情で私を見つめていた。
親友だと思っていたエリシア・スタンズは……欲と泥に満ちた怪物だったのだと私は初めてその時に知らされた。




