泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!十六話:執行者
さあ、おゆきなさい……。
可愛く無垢で、どこまでも抗い続ける人の子よ。
擦り切れた精神の果てに、あなたは選んだ。
死から覚醒した今のあなたはその魔女に対抗できるだけの力がある。それどころか、魔女を殺す事すら可能な……強い激情を今のあなたは宿している……。
エリシア……軋む心のままに戦い続け、そして更なる絶望へと落ちなさい。
私はそんなあなたを見守り続けている。
肉体と精神が朽ち果てるその瞬間まで……。
-----
「あいつを潰せ!!握り潰せぇぇぇぇぇぇぇえええええっ!!」
向けられた殺意を感じ取り、魔女は手を掲げ背後の武装に命じた。
三つの術式陣から伸びる人ならざる者の巨腕が空を切りながらその華奢な肉体を引き裂こうと迫る。
巨大なその腕はゲーム終盤に登場する大型の魔物の腕部を武装として切り取り改竄させた魔女の恐るべき能力を利用したあってはならない力、チートと呼ばれる歪な神のギフトだった。
エルメスは与えられた力を世界を滅ぼす呪いに変えた。
自身を辱め、嘲笑い、悍ましい欲のままに使い捨てる世界の観測者達へ反逆すべくその力を行使すると決めた。
猛烈な勢いで伸びていく異形の指が広がり、他の人間へそうしたように原型を留めぬ肉塊へ愛憎を向ける少女を変えようと飛び掛かった。
血の涙を流し魔女は吠える、自身を裏切った憎むべき少女へ……そして、こうしている今ですら心のどこかで信じたいと願っている相手の名を……。
「エリシア……スタンズゥゥゥゥゥゥゥゥゥううううううううううッ!!!」
そして、その鋭い爪の生え揃う怪物の指が相手を引き千切ろうとした瞬間に……彼女は再び己の武装を両手に握り込んだ。
神槍ミスティルテイン、白銀の豪奢な装飾と宝石が彩る最強の槍の先端部分に更なる殺意を上塗りする。
金色の術式陣がリングとなり鋭い刃先を囲う。
それは、ゲーム中で最も強力な爆破魔術を上乗せした一撃必殺の一刃……存在する事自体に苦しみと絶望を与える相手に手向ける彼女の愛だった。
思考が汚染され、呪詛を吐き出す事でしか己の存在を維持できなくなった魔女から最も愛おしく憎んだ女に送る、愛の告白だった。
槍を構えた魔女の視界の先で、鈍い音を立てながら三本の腕が四散する。
手にした金色の剣を振るい、迫る脅威を排除した彼女は青く輝く瞳で魔女を睥睨し続けた。
「エェェェェェェリィィィィィィィィィシアァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
禁忌の力を手にした魔女は、その世界に現存するあらゆる魔物よりも速く駆けた。弓よりも、飛行する鳥型の魔物よりも速く大地を駆け、愛おしい人の心臓へその一撃を突き立てようと手にした武装を突き出した。
しかし、白い衣を揺らしその一撃を彼女は容易く避けた。僅かに体を逸らすのみで、エルメスの殺意と愛憎を躱してみせた。
歪な神の力はエリシア・スタンズの肉体へも流れ込み、その存在の本質を大きく変える。
魔女と対峙する彼女は、異端を討ち滅ぼす……執行者となった。
エグゼキュター・ウィッチ……救うべき人を救うために、誰も死なせない為に……そして、それ以上の被害を防ぐ世界の抑止力として……エリシア・スタンズはその存在へと至った。
------
あれは……あの姿は……何なのよ!?。
エリシアの姿形は大きく変貌していた。着ているのは士官服ではない、大きく肌を露出し……胸と腰、膝や肘を白く輝く何かで覆った奇妙な衣装を纏っている。栗色の肩で切り揃えられた髪は大きく伸び、青く発光しながらユラユラと揺れている。
その手に握られているのは単なるサーベルではない、神々しい金色の光を放つ……更に強力な何かだ。
あれは、あの眩い光に包まれたあの剣は……まさか……!。
「ラ、ラグナロク!?……終焉の、剣!?……」
それは、剣術の道を進む騎士を志す者であれば誰もが知る伝説の剣……あらゆる魔を討ち払うこの世界で最も強力な武器……。
ああ、そうなんだ……エリシア、あんた……あんたも……!。
「アンタも!なったんだな!?……魔女にぃぃぃぃぃぃぃいっ!!」
嬉しい、嬉しいわ……エリシア……!。
脳が焼けるほどの興奮と、殺意が高まっていく。
最強の力を与えられた私と同等の力を彼女は手にした。
世界を滅ぼす邪悪となった私を殺すために……彼女もまた魔女へ至った。
「エリシアァァァァァァァァァァァァッ!!……死ぃぃぃぃねぇぇえええええああああああああああああああああああッ!!」
大きく手にした槍を振りかぶり、そして地面へと叩きつける。
さあ、耐えられる!?全ての爆炎魔法の効果を上乗せしたこのあらゆる理を捻じ曲げた一撃に……!?。
詠唱すら、術の名すら必要ない。この一撃は国を破壊する、単なる攻撃魔術ではない戦術級の魔術だ……。
死ね、死ね、死ね、死ね……死んで、エリシア……。
あなたを愛してる……でも、それ以上に……それ以上に……。
私、ね……エリシア……あなたに……。
泣き笑いを上げる私の腕が……落ちる……。
素早く切り払ったその一振りが……握る手首ごと、神槍を両断し……破壊する。
金色の術式陣に包まれた魔力の塊は、その効果を発揮する事無く四散し……消える。
……エリ……シア……あなたは、こんなにも強くなったのね……。
そして……そして……。
「……どう、して……どうして、どうして、どうしてぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!……」
あなたは、こんなにも優しいまま……こんな、力を……。
青く光る涙を伝わせたまま、あなたは私の胸へ深々とその剣を突き刺した……。
ああ、抱き締めて……あげたいのに……その髪を、撫でてあげたいのに……。
私の、両腕……もう、無いの……。
膝を折り、崩れ落ちる私と一緒に……エリシアも地面へとへたり込む……。
彼女は縋りつくように私の背中へと手を回し……泣き叫んでいた……。
よかった……今の私は人ではない、人ではないから……胸へ剣を突き立てられても声が出る……。
別れの言葉を、あなたに語り掛ける事が出来る……。
「……エリ、シア……」
「……なんで……なんでぇぇぇぇっ!……わたし、こんな事をするために……あなたを助けたんじゃない!……こんな悲しい思いをするために、あなたに名前を付けたんじゃない!……」
「……わた、し……ただの、友達じゃ……嫌だった……。あなたにとっても、ティナにとっても……もっと、大事な……人で……居たいって……」
こんな力さえなければ、諦められたのに……友達で居られた筈だったのに……。
あの自分に向けられる悍ましい欲と、込み上げる破壊衝動が……私を壊した……。
ごめんね……ごめんね、エリシア……。
私……。
「友達とか、家族とか、恋人とか……そんなの、大事な人の呼び方じゃない!……どっちも、大切な人なんだよ!?……」
……エリ……シア……。
「嬉しい事や強がりだけじゃない!……弱音や、痛みや、悲しみ……そんな事まで気を使わずに喋れるの……友達しか居ないんだよ!?……やっと、やっと……そんな事まで話せる親友が……出来たって……わたし、わたしぃぃっ!……」
……私は、間違えた……何もかもを、間違えてしまった……。
この心優しい彼女への独占欲に落ち、力を変質させたのは……私の罪だ……。
ごめんね、さよなら、離れたくない、一緒に居たい、もっと一緒にいたい、いやだ、いやだ、いやだ、いやだいやだいやだ!エリシア、エリシア……。
頭に浮かぶ言葉を全て伝える時間はもう、残されていない。
邪悪な魔女がこの世から消え去るその瞬間まで、たった一言を伝える時間しか残されていない……。
なら、私は……私は……。
「……あり……が……とう……エリ……シ……ア……」
……こんな私に、人生を与えてくれて……ありがとう……。




