泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います!十一話:血塗れの魔女
夜闇の包み込む廊下を彼等は静かに重々しい金属の音色を響かせ歩んでいた。
コルセアの若き騎士達を育成する重要な役割を果たすその施設を守護する彼等は戦地から生き延びた精鋭の騎士達だ。
過酷な戦闘を生き延びた男達は戦場に比べて極めて退屈なその任務を軽口を叩き合いながら熟していた。
「しかし、今回の新入り達はなかなかに見所がありますなぁ!特にグリーン・ディクテイター、あの忌々しいトカゲを仕留めた二人は鍛えればこの国一番の騎士になるでしょう!」
「うむ、まったくだ!まさかこの学校を卒業もせずにアレを討ち倒す優秀な騎士が出てくるとは……女子にばかり任せられてはおられんぞ!男子も徹底して鍛え抜き我が国を守る戦力を増やさねばな!」
「我々で新たなこの国の希望を育んでいきましょう!そして、いつかは魔族共をこの世界から一掃し---」
その時、粘液質な水音を立てながら歩いていた騎士の一人の頭部が……爆ぜた。
笑みを浮かべたまま凍り付く男の横で、貫禄溢れる髭を生やした男の頭部が巨大な手で握り潰されたかのように飛び散った。視界を赤い液体と、熱を帯びたゼリー状の何かで塞がれた彼は思わず尻餅を突きながら必死に顔面を拭う。
「な、なんだ!?何なんだよ!?……」
硬い金属製の小手で赤く染まる視界を拭うと、彼は目の前の光景に絶句した。
真っ黒な何かが其処には居た。
人のシルエットをしたソレは、まるで血に染まっているかのように赤く見開かれた両目で彼を睥睨し……静かにその両手で震え上がる彼の両頬へと触れる。
「ひ、ひっ!……おまえ、は……---い"ぎっ!?」
「……潰れろ……潰れて、潰れて、潰れて、潰れて……」
「え"っ、お"っ……お"ぉぉっ……」
恐怖と混乱の表情を浮かべる彼の頭部が、胴へと沈み込んでいく。気道が押し潰され、骨を砕き、血管を引き千切りながら彼の頭が沈んでいく。
そして、冷たい口調で放たれた言葉と共に彼は天井まで届くほどの鮮血を散らしながら絶命した。
「……潰れて……圧縮されろ……」
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『た、助けてください!助けて!お願いです、たすけてぇぇぇぇぇぇぇっ!!……』
そんな声に、私は体を飛び上がらせるようにながら反応した。
激しく戸を叩く音と明らかに異常性を感じさせる恐怖に満ちた声は眠りの世界から私の精神を叩き起こす。
「ど、どうしたの!?何があったの!?」
『エリシア様!何かが、何かが皆を殺して……---ひ、ひぃっ!?』
「な、何なの!?大丈夫!?ねぇっ、ねぇってば!?」
『あ、あ、あぁぁっ!……こない、でぇぇっ!……』
必死にドアノブを回そうとした。
でも、動かない!まるで、石で固まってしまったかのようにビクともしない!。
その時になってようやく私は気が付いた。
扉全体に、まるで……ツタのような何かが広がり覆っていた……。
それは敵の動きを封じる際に扱う魔術のエフェクトで……それが扉を塞いでいる……。
でも、おかしい……このゲーム中の魔術は敵にしか使用できないのに……何で……。
混乱し動きを止めたその一瞬は、扉の向こうの彼女にとって命を終わらせる最後の瞬間となった。
『ぎ、い、あぁぁぁぁぁぁあっ!!え"っ、あ"っ!!や、え"、で!!く、び……ちぎ、れ……ぇぇぇあ"ぁぁぁっ!!』
その時、太い何かが折れる……ゴキンという音が聞こえた。
それから……何かが勢いよく飛び散り、噴水が上がるような音が……聞こえる……。
放心したままその場にへたり込む私の前で、扉からあの輝くツタが消えた。
……この扉の先に……何かが……。
『…エリシア……』
その声は扉の向こうから聞こえた。
聞き間違いようもない、小さなその声は……。
「エルメスッ!!」
『出ちゃダメ!……お願いだから……部屋から出ないで……』
鋭いその声と、続いて聞こえたか細い懇願に思わず動きを止める。
……ちょっと……待って……。
おかしい……絶対、おかしい……。
ついさっき、私の部屋の前で……一人殺されたっていうのに……なんで……なんで……。
こんなに、エルメスは……冷静なの?……。
「……エル……メス?……まさ、か……」
『……わた、し……きっと……あなたが、好きだった……。こんな意味のない存在だった私に、あなたは名前を……与えてくれて……死ぬだけの存在の私を、あんなにも……あんなにも心配してくれて……』
「エ、エルメス!?何を言ってるの、エルメス!?……」
『……エルメス……あなたの付けたくれた名前、とっても気に入ってた……ありがとう、エリシア……。食われて死ぬだけの私に……人間としての人生を与えてくれて……』
そん、な……まさか……まさか……!。
エルメスは……いや、あの本来であれば名前すら設定されていない名無しの女の子は……。
自分が何者であるかに気付いた……そして、何かが……壊れた……。
……私の……せいで……。
『……エリシア……お願い……』
「……エル……メ……ス……!」
『……其処から、一歩も出ないで……こんな私を……私を……見ないで……!。ぎ、あっ!あ”、ぐ、うぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!……』
突如聞こえた悶え苦しむその声を聞き、私は再びドアノブを強く握る。
だが、再び現れた金色のツタが扉を覆い尽くして……私を外へ出させない……!。
どうして、どうして!?此処を開けて、エルメス!私、私……!。
「此処を開けてエルメス!!貴女を助けたいの!!……」
『……たす、ける……?。ひ、ひひっ、あひゃひゃひゃひゃひゃはっ!!ひひ、いいぃぃぃひひひひひひひひひひひひひぃぃぃぃぃいっ!!こんな、こんな私でもォォ!?エリシア、たすけてくれるのぉぉぉぉぉぉぉっ!?』
……やっぱり、彼女は……何かが壊れていた……。
『すきぃぃぃぃぃいっ!!エリシア、すきぃぃぃぃぃぃいっ!!ぎひひひっ、開けて、開けてよエリシアぁぁぁぁぁっ!!ここを開けてぇぇぇぇぇぇぇえっ!!』
狂気を感じさせる声と共に、ドアノブがガチャガチャと……大きな音を立てながら回る。
しかし、そんな声とは裏腹に……扉に掛けられた拘束魔術の輝きは更に増し、一層強く私達の部屋を硬く閉ざしている。
……エルメス、あなたは……。
……あなたは……。
狂った笑い声が収まり、不気味な沈黙が続く中……その涙で濡れた声が静かに響いた。
『……さよなら……大好きだったわ……エリシア……』
……私は、立つ事が出来なかった……。
扉を覆っていた拘束魔術は既に消えている……。
外に出ないと、あの子を止めないといけないのに……出来なかった。
「……エリシア?……さっきの、声は……」
「……ティナ……ティナぁぁぁっ!!……」
いつの間にか起きてきたティナが、私の肩に手を置き心配するように顔を覗き込んできた。
……怖くて、悲しくて……私は縋るようにその胸に顔を埋めガチガチと歯を鳴らしながら震えた。
ティナは優しく私の頭を撫でると、静かに体を離しながら扉の前へと進んでいく。
そして、扉をゆっくりと……引いた……。
ベチャッ、ゴロゴロ……。
そんな、ペンキを地面にぶちまける様な音と……硬く重量を持った何かが転がる音がした……。
ティナは息を呑み込みながら、目を見開き硬直している。
私は……転がってきた” 彼女 "から目が離せず……心と思考を焼き尽くすようなその感情に震え上がった。
「……い……や……あぁぁ……」
目が、離せなくなる……その血と涙を浴びた顔から……目線が逸らせなくなる……。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!……」
ドアを開けた瞬間に部屋の中へと転がり込んできた原型を留めていない犠牲者の亡骸と、猛烈な死臭と血の臭いを漂わせ入口の向こう側に広がる地獄絵図を見て……。
私はついに……泣き叫んでしまった。




