泣きゲーRPGの世界に転生した私は廃人レベルのプレイヤー知識を活かし死の運命から推しの女キャラを救うために頑張って足掻こうと思います! 九話:救われた者と救われなかった者
「ま、まぁ!見てっ!あの伝説的な英雄のお二人が手を繋いで歩いていらっしゃるわ!」
「本当に素敵!……」
「まさか婚約までされるなんて……ティナ様に元々憧れてきたのにぃぃっ!」
あの日から数日が経った。
私達は騎士育成学校の中では注目の的となり、多くの生徒達が尊敬と憧れに満ちた目で私達を見てきた。
何だか、慣れない……。
現実の世界では体よく使い走りにされるか、あるいは悪意をぶつけられるサンドバッグみたいな状態だったからなぁ……。
「皆、私達の新たな門出を祝福してくれていますわね……」
「う、うん……すごい事になっちゃったね……」
「そんなにオドオドせずに胸を張りなさいな!あなたと私はこの騎士育成学校の中でも誰もが尊敬するに価する偉業を成し遂げたのですから!」
「あ、あはは……はぁ……」
自分なんてちっとも役に立ってなかったのに……ほんとにこんな事になっちゃっていいのかな……。
無論、ティナがそういった気持ちを向けてくれるのは嬉しいしありがたい……私だってティナの事が大好きだし、婚約に関しては驚いたけどすごく嬉しく思ってる……。
それでも、私はまだまだ……ティナには遠く及ばない不釣り合いな人間だという自信の無さが消える事はなかった。
やや気疲れする中で、私の視界の片隅に見覚えのある人影が映った。
彼女へ声を掛けようとしたものの、群がる人だかりが邪魔をする。
そこで、私は唐突に声を張り上げる。
「えー、皆さん!私のパートナーであるティナ・ガードナーさんが特別に皆さんの悩みを聞いてくれるそうです!何か相談したい事がある人はそこに並んで!」
「ちょ、ちょっとエリシア!?いきなり何を!?」
黄色い歓声が廊下を包み込み、生徒達は道を開けて並び始める。その合間を縫って駆け出した私は一度振り返ると、申し訳無さそうに戸惑うティナへと両手を合わせた。
さっき見かけたあの子はグリーン・ディクテイターに友達を食われた子だ。皆、私達の英雄譚に夢中になって彼女の存在などすっかり忘れてる。
……そんなの、あっていい筈がない。
怖い思いをして、友達を失って……そんなズタボロの状態になった彼女を放っておいて英雄だなんて言えるもんか!。
駆け出した私は姿の見えなくなったその子の姿を必死に探した。
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青空の広がる屋上で、彼女は孤独な時間を過ごしていた。
美しい雲一つない晴天も、あまりにも深い心の傷を負った彼女を癒やすには不十分だった。
友人を助けられず、怯えて腰を抜かすばかりで何も出来なかった自分の情けなさ……そして、そんな自分と対照的にこの学校が誇る英雄として多くの生徒の注目を浴びる二人の存在が余計に彼女の心を軋ませる。
強さと高潔さを求め続ける他の生徒達はその少女を心から軽蔑し嘲笑う。向けられる悪意は更に彼女の心を砕き、磨り潰した。
「……私はやっぱり……騎士になんて……なれなかったんだ……」
折れた心に渦巻く現実を口にすると、膝を抱えながら少女は嗚咽を漏らした。
夢にしていた騎士という目標、そして誰よりも愛し敬意を向けてきた一人の少女を奪われた現実がその願望をより強くする。
自分にはもう、何もない……何もないのだから存在する理由すらない。
腰に差したサーベルを握り締めると、高まる自死願望を抱きながら濁った瞳で少女は上を見つめ続ける。
「あっ!いたいた!こんな場所に居たんだね!」
屋上で過ごすそんな孤独な時間へ、空に広がる青空のような明るい声が入り込んできた。
その声の主を察した少女は小さく声を漏らすとサーベルから手を離し立ち上がった。
そして、ゆっくりと相手へと振り返る。
「……なに?」
「いやー、ずっと声を掛けようと思ってたんだけど行く先々で人に囲まれちゃってね……こうして二人きりに良かったよ!」
「……笑いに来たの?プライドも大好きだった人も全部奪ったアンタが……」
敢えて彼女は冷たく突き放すような言葉で駆け寄ってきたエリシアを拒絶した。
しかし、自分をさっさと見限り放っておいてほしいという彼女の本音を知ってか知らずかエリシアは彼女の手を取ると不安げに表情を沈み込ませた。
「……大丈夫だった?いきなりあんな怖い目にあったんだから、ずっと心配してたんだ……」
「……あなたが私を……心配?……」
「うん……。皆もひどいよね、誰も怖い思いをした貴女の心配なんてしてないんだもん……」
「ハッ!お優しい英雄様ね!そうやって誰にでも優しくしてれば人気も出るでしょうね!……本当に腹が立つ女!」
「ご、ごめんね!……ごめん……」
強く拒絶すれば相手は離れていくだろうと少女は考えていた。しかし、目の前のエリシア・スタンズはそんな言葉を浴びせられた所で引き下がる事はせず……むしろ手を握ったまま悲しげに顔を俯かせていた。
きっと彼女には何を言っても無駄だと、その少女は諦めたように溜息を吐く。
そして、弱々しいながらも頬を緩めて穏やかな口調で言った。
「本当に変な子ね……アンタ……」
「変わってる自覚はあるよ……なんで皆があんなに持ち上げるのか不思議なぐらい……」
「変な子で、ちょっぴり嫌味な子ね……ふふっ……」
精神的に疲弊しきった彼女は、その時になってようやく笑うだけのゆとりを取り戻せた気がした。
そして、エリシアへと心を許し始めた彼女は自らの下した決断を打ち明ける。
「……私、この学校を辞めるわ……あなたを見ていて思い知らされたの。私には……騎士になるだけの素質なんてなかった……」
「そ、そんな!……ダメだよ!そんなの!……」
「……いいの……私はあなたのように勇気を出せなかった。友達が目の前で食い殺されてるっていうのに、泣いてるばかりで……何も出来なかった……」
その少女の頬に一筋の涙が伝った。
激しい罪悪感と後悔、そして自身の無力さが再び少女の心を暗闇で覆っていく。
しかし……彼女を救ったエリシアの温かな指がその涙を拭い去る。
「……私だって怖かったよ……泣きたくなるぐらい怖かったし、痛くて……頭がどうにかなりそうになった……」
「……エリシア……」
「……でも、自分が死ぬ事なんかよりもずっと怖い事があったから私はあそこまでやれたの……」
「……それは……なに?……」
そう問い掛けた少女の体をエリシアは包み込むように抱き締める。
そして、エリシアは打ち明けた。
自分の死よりも怖がっていた、その恐怖を……。
「……目の前であなたとティナが死んじゃう事……それが私にとって一番怖い事だった……」
「……エリ……シア……っ……!」
「……ごめんね……友達を助けてあげられなくて……本当に、ごめんなさい……」
「……う、うぅぅぅぅぅっ!……エリシア……エリシアァァッ!……」
エリシア・スタンズという人間の宿す温もりと優しさが、その少女を包み込む闇を完全に払い去った。
悲しみと絶望から流す涙ではなく、震える胸から溢れる嬉しさと安堵が温かな雫を頬へと伝わせた。
小さく声を漏らしながら暫しの間、心を通わせた二人の少女はお互いの痛みを分かち合い共有する。
体を離すと、涙を溢しつつ笑みを浮かべた少女はエリシアへとからかうような口調で言った。
「……ふふっ……こんな場面をあなたの大事なお婿さんに見られたら大変になっちゃう……」
「きっと許してくれるよ……ティナは私なんかよりずっと強くて立派だから……」
「……ありがとう……エリシア……」
絶望と悲しみの暗闇から自身を救い上げてくれたその少女の手を硬く握り締めると、彼女はやや不安げな表情を浮かべ上目でエリシアを見つめながら震えた声を振り絞る。
「……あの……よければ、だけど……」
「なに?……」
「……友達に……なってもいい?……」
勇気を持って打ち明けた彼女の願いを聞き、エリシアは満面の笑みを浮かべると大きく首を頷ける。
「もちろんだよ!だったら学校、辞めないでね!……」
「……ええ、辞めない!……こうしてあなたに救ってもらった命だから……諦めない!」
涙を拭うと、やや崩れた髪型を揺らしながら少女はエリシアへ自己紹介を始めようと声を上げた。
「それじゃあ、親友として改めて紹介させてもらうわ……私の名前は----」
その時、激しい頭痛が彼女を襲った。
その虚構の世界の中で、本来であれば死ぬべき運命にあった彼女には……名前すら設定されてはいない。
呻きながら激しい痛みを覚え混乱する彼女を見ると、慌てた様子でその両肩を掴みエリシアは叫んだ。
彼女に名前を与えると決意した。
「エ、エルメス……だよね!?」
「……エル……メス……?」
「そう!それがあなたの名前だったじゃない!……大事な名前なんだから忘れちゃダメだよ!」
「……そ、そう……よね……エルメス、エルメス……それが私の……名前……」
「……大丈夫だよ、エルメス……怖い事なんてもう何もないから……」
「……エリシア……」
その時になって、エルメスという名前を与えられた少女の中でエリシア・スタンズという存在は途方もなく大きなものになっていった。
空っぽになっていた自分自身を満たすかけがえのない、単なる友人という種を超えた大きな存在へ至っていくのを感じた。
決して報われる事のないその感情を、エルメスは高鳴る胸へと刻み込んだ。




