なんの取り柄もない俺だけど、たまに会う不登校の謎の美少女と急接近中です!
ある日、授業をサボって保健室で寝ていた尚は、美少女のりさと出会う。そこから、一緒の時間を過ごし、距離は近づいていき…。
彼女はなぜ学校に来ないのか、そして、彼女のある秘密とは…。
俺は吉田尚、ごく一般的な普通の中学二年生だ。成績は微妙で、少し得意なのは、体育くらい。どこにもいる、平凡な人間だ。
中三になって迎えた五月、ある日保健室に体育の授業で怪我をしたクラスメイトを保健室に連れて行っていた。
「はい、これで怪我の手当ては終わり。もう行っていいよ。」
そう保健室の先生言い、クラスメイトは授業に戻って行った。先生もいなくなり、俺は少しサボることにした。
(少し寝ようかな。)
どれくらい時間が経っただろうか。
「こんにちは。」
女の子の声で、俺は目が覚めた。
その女の子は、俺をベッドの上から見下ろしていた。
「こんなところで何してるの?」
俺は起き上がった。
「あんた、誰?」
「あんたってひどいな。私にも名前あるんだよ?」
寝起きでぼんやりしていて気付かなかったが、だんだんと、目の前の女の子が驚くほど美少女だということがわかった。
彼女は、顎下くらいの艶のある黒髪に、白い滑らかな肌をしていた。そして、なぜか輝いている大きい瞳に、俺は吸い込まれそうだった。
「西条りさ、これが私の名前だよ。で、君は?」
「俺?俺は尚。吉田尚。」
「尚くんね。尚くんは、この部屋で何をしてたの?」
「え?いや。その…。」
「わかった。サボってたんでしょ。悪い子だね。」
「お前こそ、何してたの、ってか何年?」
「え?私尚くんと、同じクラスだよ。」
「え?」
(そういえばそんな名前の女子いたっけ?)
「あ、そうだ。学校に来てない子だ。」
「うん、そう。」
彼女は、当たり前のように言った。
キーンコーンカーンコーン。
「あっやべっ。」
授業の終わりのチャイムが鳴った。
「じゃあ、私行くね。バイバイ。」
彼女はそう言って保健室を出て行ってしまった。
(やっば。怒られる。)
そう思い、急いで校庭に戻ると、案の定先生にキツく怒られた。
(でも、あの女の子、可愛かったな…。)
しばらく、俺はその子のことが頭から離れなかった。
授業中もつい、その子のことを考えてしまう。
(あの子は、一体何者なんだ…。)
俺は、気にならずにはいられなかった。
♢♢♢
次の週。体育の授業で、また、怪我人が出た。普通の長距離走の授業だったが、運動不足の文化部が怪我をしやすいようだ。
肩をかして歩くのは二度目か…。思いの外体力を使う。保健委員、なんでなったんだろう。内申を少しでも稼ぐためだったが、こんなに、大変ならやるんじゃなかったと悔いた。
軽い捻挫で怪我人は先生に手当てをされ、すぐに校庭に戻った。そして、先生もいなくなり、俺はまた少しサボることにした。
まさか、また会えるわけないか…。彼女に会えることに少し期待した。だが、来なかった。
キーンコーンカーンコーン。
(はー。)
もう彼女のことは諦めよう。そう思った時だった。
「失礼しまーす。」
「あ。」
「あ。」
「君、またサボってたんだ。尚くんだっけ?」
「うん。尚だよ。また君と話したかった。」
彼女は、俺が横になっていたベッドに座る。
「君じゃなくて、私はりさ。りさって呼んで。」
「あ、うん、わかった。りさ。」
俺は少し照れた。女子の名前を呼ぶなんて滅多にないからだ。
「いつも保健室に何しに来るの?」
「えっとね。先生にちょっと会いに来てるんだ。先生がいる時は、少し勉強を見てもらったり、話したりするんだけど、なぜか最近、いないみたいだから。」
「そうなんだ。」
「あの先生、最近忙しいみたいだね。」
「うん、なんでだろうね。」
何を話そう。なにせ、美少女だ。誰だって男は好かれたいはずだ。緊張してますます話せない。そういえば、俺はまともに女子と話したことがないよな。なんで情けないんだ。
地雷を踏まないようにしないと。何せ、不登校の女の子だ。地雷がたくさんあるに決まっている。ここは慎重に…。ありきたり会話を…。
「今日は、暖かくていい天気だね。」
だね。」
「ねえ、緊張してる?」
「してないしてない!」
ここは男らしく余裕を見せつけないと。
「さては、あんまり女子と話してことないでしょ?」
「え?なんでわかるの?」
「やっぱり。でも、ピュアな男子ちょっといいかも。」
そんなこと真顔で言われたら、勘違いしそうになるではないか。こいつ、絶対からかってるな。
「俺は、そんなピュアではないんでね。」
「え?」
「こうやって、簡単に押し倒したりもできるんだから。」
そう俺は、彼女をベッドに押し倒していた。俺は、少しイラついていた。
「意外に度胸あるじゃん。」
「でも、私を押し倒すなんて、百年早いんだぞ。」
「そうだよな。悪い悪い。つい出来心で。」
俺はやってしまったと思った。出会って二回目で、押し倒す奴がどこにいるか。
(絶対嫌われた。)
「でも、ますます気にいっちゃった。ねえ、仲良くしよ。」
「え?」
(こいつ何考えてる?)
信用できないけど、こんなチャンス二度とない。
「よろしく…お願いします。」
そう俺らは握手した。
「私、毎週水曜にプリントとかまとめて取りに来てるの。だから、放課後、少しの時間でも会えたらいいな。」
「もちろん。俺でよければ…会うよ。」
「ほんと!?」
彼女は無邪気に目を輝かせた。
「う、うん。」
俺は、この美少女に圧倒されてばっかりだな。
「じゃあ、バイバイ。また来週。」
「え?もう行っちゃうの?」
「うん!またね!」
彼女はそそくさと保健室から出ていった。
「何がなんやら。」
俺は、頭が混乱していた。
「まあとにかく、嫌われてはいないと。」
俺はこれから彼女と仲良くなれたらいいなと思った。
♢♢♢
それから、また1週間、俺の冴えない1週間が過ぎる。
待ちに待った日…。
俺は、保健室のドアを開ける。窓が開いて風が吹いていて、カーテンが大きく舞っている。彼女は窓際に立ち、外を見ていた。そして、髪を耳に掛ける。
「あ、尚くんだ。待ってた。」
彼女は俺に気づく。
(にしても、美人だな。)
彼女が着ると地味な制服も華やかに見えた。
「なーに?そんなに、ジロジロ見て。」
「ジロジロ見てなんか…。」
「ふーん。」
毎週水曜日に彼女はやって来る。
6時間目から放課後のあたりの時間に来るそうだ。だから、俺は水曜は部活を少しサボり彼女に会うことにした。
そして、俺たちは毎回たわいもない話をした。
話していく中で、俺たちは、共通点が多いあることに気づいた。
お互い、漫画やアニメが好きだということ。
歌うのは好きだが苦手なこと。休日はパジャマで1日過ごすこと。目玉焼きはポン酢派だということ。
彼女は、俺の話をよく聞きたがった。
「なおくんは、何部に入ってるの?」
俺の中学は部活に入るのは義務になっている。
「バレーボール部だよ。」
「へー、そうなんだ。」
「うまいか聞こうとおもった?」
「えー、うん。ちょっと興味はあったけど。」
「レギュラーギリギリ取れるくらいかな。」
「そうなんだ。でも、この学校、バレーボール部強いでしょ?」
「まあ、そこそこね。でも、他に強いところなんていくらでもあるよ。」
「そっか…。」
「楽しい?」
「うん、まあ、息抜きにはなるかな。俺、運動神経しか少し自信持てるものないし。」
「そんなことないよ。」
「私、運動は全然なんだ。」
「俺だって、中の上くらいなもんだし。」
「運動部ってだけですごいよ。」
そして、りさは、もしも〇〇だったらという話をよくしてきた。
「ねえ、質問!」
「なに?」
「もし、無人島に一人連れて行けるとしたら誰を連れてく?」
「え、突然?」
「私は、尚を連れてくよ。」
「おいおい、俺行きたくねえよ。無人島。」
「でもまあ、リサと二人きりでずっと一緒にいられるのも悪くないかな。」
「でしょ!」
「そうだな…。」
「俺は誰も連れて行かない。大切な人を巻き込みたくない」
「そうなんだ…。」
「私は、その人を不幸にしたとしても、一緒にいたいかな。」
「不幸にしたとしてもって…。お前ひどいな。」
「たしかに、私はひどい女ですよーだ。」
「うそうそ、冗談。」
「もしも、魔法を使えるなら、何に使う?」
「そうだな。俺は頭が良くなる魔法を使いたい。単にテストでいい点を取りたいだけだけど。中学生にとっては1番役に立つと思うんだけど。」
「すごい現実的だね。面白くもなんともないや。」
「そんなこと言うなよ。りさは?」
「私は空を飛びたい。夜風は気持ちいいだろうな。誰よりも自由に飛んで、どこか遠くに行きたい…。」
俺は、たまに、彼女の闇の部分を見るような気がする。
俺は、彼女は想像力が豊かなことを知った。彼女と一緒にいると楽しい。彼女は、いろんなことを思いつくし、話を膨らますのが上手い。俺は口下手とまではいえないが、会話は苦手ったのだが、彼女との話は尽きなかった。彼女と話すのはとても楽しかった。
彼女のことについてはどんどん知っていったが、まだまだ足りないと思った。彼女自身が知らない彼女のことまで深く知りたいと思った。それくらい彼女は俺の中で興味深い存在だった。
♢♢♢
水曜日…。それは俺が楽しみな日になった。会えない1週間は長く感じる。
俺たちは、趣味の話でも盛り上がった。お互い、アニメ漫画を見るのが好きだったのだ。
ある日、また戦闘もののアニメのキャラについて話していた。
「あのヒーローはかっこいい!一番好き。」
「ほんとそう言うキャラ好きだな。」
りさと話していてだんだんりさの好きなタイプのキャラがわかってきた。
多分、男らしくて強いキャラが好きなんだと思う。
「俺とは真逆だな。」
「尚くんには、尚くんの魅力があるよ?」
「え?何魅力って?」
「秘密!」
「えー。」
「嘘。えっとね…。口はちょっと悪いけど、実はすごくやさしい子だって、私は知ってるよ?繊細で人の気持ちをよく考えてる。それに、運動神経が良いところと男らしくてかっこいい!」
「もうそれ以上はいいから。マジで照れるからやめろ。」
「そう言う照れるところも可愛くて魅力的だと思うよ。」
こんなに褒められたのは初めてだった。恥ずかしさのあまり、俺は顔を枕で隠した。そして、誰にでもない、彼女にそう言ってもらえたことが何よりも嬉しかった。
♢♢♢
それなりに、距離が縮まってきたなと思ってきた頃。
「聞いていいかわかんないけどさ…。その…、なんで学校来ないの?」
「え?気になる?」
そう言い、彼女は魔性の笑みを浮かべる。
「えっ?気になるっていうか。まあちょっと。」
「そっか。でも秘密。」
そう、笑顔で誤魔化す。
「でも、そうだな…。尚くんがいるなら、学校行ってもいいかも。」
「え!ほんと?」
「うん。」
「え?じゃあいつから来れる?」
「んー、まだわかんない。」
「えっ?わかんないって。」
「わかったら言うね。」
わかったらって、一体なんだろう。
でも、俺はそれ以上聞かず、信じて待つことにした。
会うにつれ、だんだんと彼女は自分のことを教えてくれるようになった。
「実は言ってなかったんだけど…。ちょこっとモデルやってるんだ。」
「そうなんだ。すごいね。」
「驚かないの?」
「うん。りさ、すごい美人だし、最近、やっててもおかしくないかなーって思ってて。調べたら見つけちゃった。」
「そうだったんだ。言ってくれれば良かったのに。」
「俺にとって、りさは、モデルをやっていようがやってなかろうが、ただのりさだから。それは変わらないから。」
「うん。」
「でもすごいと思うよ。この歳から働いてるだなんて。」
彼女のことは、気になって調べたが、本名で活動していたため、モデルだということは、すぐにわかった。だが、そこまで驚きもしなかった。ただ、自分とは住む世界が違う人なんだと思った。
「りさは今の仕事は好き?」
「うん、もちろん。」
「私にはこの仕事しかないから。それがなくなったら、私がいなくなっちゃうみたい。」
彼女はきっと、今の仕事に居場所を感じているのだろう。それなら、俺は応援してあげなきゃ。少し、複雑な気持ちだったが、彼女を精一杯、応援しようと決めた。
♢♢♢
今日も、彼女とアニメの話をしていた。
「俺は、あの、坊主キャラが好き。」
「えー、なんで?」
「なんか、アホっぽくて面白いじゃん。」
「えー、変わってるー。」
「そうかなー。」
「ううん、私もあのキャラ魅力的だと思うよ。ユーモアのセンスがあっていいよね。」
「うん。」
「あとさ、戦闘シーンかっこいいよね。」
「そうそう。」
「伏線の張り方もすごい。しっかり回収してくるし。」
「あとさ、あの作品、面白いよね。」
「ね、ギャグセンがいけてる。」
「私いっつも笑っちゃって!」
「わかるわかる。」
「そういえば、あの作品、今度アニメ化するんだって。」
「え!知らなかったー。楽しみすぎる。」
好きな漫画のアニメ化は一大イベントだ。その喜びを分かち合えることはとても嬉しいことだ。
「ほんと、好きだよな。そういうの。」
「だって、ワクワクするじゃん!現実ではありえない世界で、魅力的なキャラがいて、いろんなことが起こって。」
「私、物語が好き。だから関わりたい。その物語の中で生きたいって思うの。いつか、そういう仕事できたらいいなって思ってる。」
「そうなんだ…。」
りさはすごい。俺は、将来のことなんてまともに考えてこなかったし、今も想像がつかない。
話を聞く限り、彼女は芝居の仕事に興味を持っているんだな。将来はきっと、すごい女優になるんだろう。
彼女とは真逆に思うこともあれば、すごく共感できることも多い。
ある日、彼女はどこか疲れてそうだった。
「たまにね、人と話すのが疲れる時があるの。一人になりたいとか。でも一人は寂しい。」
「それわかる気がする。人といると気遣うよね。」
「そう。」
「でも…、その…、俺と話すのは大丈夫なの?もし、疲れるんだったら、全然…。」
「尚くんは、いいの。」
「そっか。ならいいんだけど…。」
俺はその時、なぜか聞こうとしたけど、怖くてやめた。
一つわかったことがある。
彼女は頭がいい。人の気持ちがよくわかる人だ。でも、その分、繊細で傷つきやすい人だ。相手の表情を見て相手の気持ちを読み取りながら話すのは当たり前のことだ。だが、彼女はその何倍も情報を読み取っている気がする。
なぜわかったか。それは、俺も似ているからだ。
俺も傷つきたくない。誰もがそう思っていると思うが、多分俺は人よりも臆病なんだと思う。人に拒まれるのが怖い。だから、恋なんてもってのほかだ。片思いするくらいなら最初から恋をしないほうがいい。
片思いの経験くらいはあるが、やっぱり辛かった。だから、もう恋はしなくていいと思ったくらいだ。だが、憧れはずっとある。きっととても満ち溢れた幸福を味わえるのだろう。
でも、俺にはそんな勇気はない。
俺は、自分の名前が嫌いだ。自分のことも嫌いだからだ。でも、彼女に名前を呼ばれるたびに自分の名前を好きになっていく感覚があった。
「尚くん。」
「ねえ、尚くん!」
「尚くん、どうしたの?」
彼女は俺の名前をよく呼ぶ。そう感じているだけかもしれない。だが、その度に胸の奥が弾むのがわかる。
100回呼ばれる度に、どこか自分を受け入れている気がする。ただの勘違いかもしれないが。それだけ、彼女が名前を呼んでくれるのはとても嬉しいことだった。
♢♢♢
ある時、彼女は言った。
「尚くん…。」
「どうしたの?」
「そのね、なんで、私が学校に行かないのかって聞いてたでしょ?」
「うん。」
「あの時、誤魔化したけどね、実は…。」
彼女が話し出してくれたのは、小学生の頃、いじめられていたということ。
最初は、男子にからかわれる程度だったが、それがヒートアップしていったようだ。女子からの僻みも加わり、クラスのほとんどから無視されるようになったらしい。
つまり、よく言う、可愛すぎていじめられたパターンだ。
そう言うの、本当にあるんだ。
今までそんな美少女に会ったことなかったし、そういうのは、縁のないことだと思っていた。でも、まさか、そんな、美少女が、今目の前にいるだなんて…。
「それから、私は不登校気味になったの。」
「…。」
「いじめられていても一緒にいてくれた親友も、私が学校に行けなくなった途端、離れて行っちゃって。私すごく傷ついたんだ。」
「その頃、親が離婚して、父親も私から離れていった。不真面目な子はいらないって言ってた。」
「一度仕事でも上手く行かない時があって、その時も私のことを持ち上げてた人も離れていった。」
「私の周りにいる人は簡単に私から離れていくものなんだと思ったんだ。いつかは、私の身の回りにいる人は離れていく。そう思うと、人を信じられなかったし、距離を縮めることもできなかった。だから、それからは友達は一人もいなかったの。」
「周りにいる人がみんな離れていって、すごく傷ついた。辛かった。だから、もう傷つきたくないから人とは距離を取るようにしてきた。」
「でも、尚くんは違った。私が不登校だと知ってて、普通に接してくれた。私の容姿だけを見てチヤホヤするわけでもないし、不登校だからって可哀想な目で見ることもなくて。この人は私のことを見てくれる人だと思った。」
「だから、私は尚くんの前では、素直でいられた。いつもありのままの自分でいられた。」
「私、保健室で尚くんと会うのがすごく楽しみだったんだ。」
きっと、仕事でも常に大人の顔を伺って疲れてたのだろう。いつも気を遣うだろうし、大変なんだろうな。俺はりさのことを尊敬するようになる。
♢♢♢
ある日。
「尚くん。」
「なに?」
「私、来週から、学校行くね。」
「えっ!?」
「何そんなに驚いてるの?」
「えっ、だって、その、最近、冗談だったのかなって思ったりもしてたから。」
「そんな適当なこと言わないよ。」
「だから、楽しみにしててね。」
「う、うん。」
「仕事は?」
「休み入れたの。」
「そうなんだ。」
「どうしたの?」
「何か不安なことはない?その、勉強とか大丈夫なの?」
「うん、勉強は自分でやってきてきたから、授業はついていけると思う。」
「そうなんだ…。」
すごいな。仕事もこなしながらも勉強もしてるだなんて。
そして、彼女が学校に朝から通う当日。
「超可愛い」
「誰?」
「知らない。」
クラスがざわついている。
「尚くん!おはよう!ねー、私の席ってどこ?」
「ああ、おはよ。 1番奥の列の前から3番目だよ。」
「ありがとう。」
りさがいると、教室はパッと明るくなる。
「あの人誰?」
「え?不登校の?」
「私知ってる!西条りさ、モデルだよ。でも本名だったんだー。」
「ええ!すご。だからあんなに可愛いんだー。」
教室の所々でりさの話をしている。他のクラスからもみに来てるやつがいる。
当然の反応だろう。なにせ、クラスに美少女がいるのだから。美しいと言うのは恐ろしい。
クラスメイトが騒ぐ中、普通に授業が始まる。すごく不思議な感覚だ。きっとみんなが思っているだろう。クラスに一人別の人間がいるだけでこんなに空気が変わるのか。いや、違う、りさだから、こんなに空気を変えられるんだ。
(才能だな…。)
そうして、一日を終えた。一日中彼女のことが気になって仕方なかった。彼女は大人の中で仕事もしてるだろうから、コミニケーション能力は問題ないとして、学校という枠組みの中で生きるのとはまた違うだろう。
過去にも嫌なことがあったし、うまくやれるだろうか少し心配をしていた。しかし、彼女は目立ちながらも、周りに馴染んでいるようだった。
でも、みんなに知られたくなかったな。俺だけのりさでいてほしかった。まあ、仕事もあるから、それは無理なんだろうけど。
俺は、切ない気持ちになった。
俺だけの、りさだったのにな。
なんだか、みんなに取られてしまったようで悔しい。
いや、そもそも、俺のものではないか。どこか、自惚れていたのかもしれない。人気モデルのりさが、俺とだけ話している。その事実を特別視しすぎていたのかもしれない。
そもそも、芸能という人目につく仕事をしているのだから、俺のものというのはおかしいか。それでも、人気者の彼女を、水曜日の放課後俺が独り占めしていたのに変わりない。それが、当たり前だと勘違いしたのはいつからだろう。どこか、その時間はずっと続くものだと思っていた。
こうやって、彼女との関わりは薄くなって行くのだろうか。彼女が芸能の道で売れるほど、彼女とはその存在は俺から離れて行くだろうに…。彼女はきっと有名になる。そうに違いない。
彼女の机の周りには人がたくさん集まって囲んでいる。そして、彼女の周りはみんな花が咲いたように笑顔になっている。
すごいな、ただ話すだけでみんなを笑顔にするんだ。俺とは大違いだ。
「食事とか気をつけてるの?」
「んー、お菓子は食べないようにしてるかな。好きなんだけどね。」
彼女とクラスメイトの会話が聞こえてくる。
「水着とかやらないの?」
「水着はちょっと。中学生だし。」
「じゃあいづれやるかもしれないんだ。」
「んー、どうだろ。」
「やめろよ。困ってるだろ。」
「尚くん…。」
俺は咄嗟に彼女の腕を掴み、廊下へ連れ出した。
「尚くん、ありがとう。」
「うん。ちょっと困ってるかなって思ったから。」
「うん。」
それから、彼女は、ことあるごとに俺に話しかけ、一緒にいるようになった。俺は、少し恥ずかしかったが、嬉しかった。
でも…。
俺は、更衣室で男子の話を聞いてしまった。
「吉田と西条さんってなんで仲良いの?」
「さあー。」
「でも、不釣り合いじゃね?」
「たしかに。」
「西条さんは、華があるけど、吉田って、地味だよなあ。」
ああ、わかってたのに…。俺とりさとでは種類の違う人間だって…。
俺は漠然と現実を突きつけられた気がした。
「尚くん、ノート見せて!」
「他のやつの見ればいいだろ。」
「尚くん、あのさ…。」
「俺、もう帰るから…。」
「尚くん、なんで最近冷たいの?」
「なんでって…。なんでもいいだろ。」
「俺なんかといないで、他のやつと話せば?」
俺は嫉妬でおかしくなりそうだった。元々自分に自信がなかったが、りさの比べてさらに自己嫌悪に陥った。
「りさには俺は必要ないでしょ?」
「なんでそんなこと言うの…。」
彼女の方を見ると、彼女は泣いていた。
「なんで泣いてるの…?」
「だって…。必要ないとか言うから。」
「ごめん。だから、泣かないで。」
彼女は泣き止まなかった。
「尚くんは、私から離れていっちゃうの?」
「え?俺?まさか。可能ならば…その…ずっと一緒にいたいと思ってる。」
「ほんと?」
「うん。だから離れていかない。」
「うん。」
「ずっと一緒にいてね。」
「どんなに他に仲良い子ができても、尚くんが1番だから…。それは変わらないから…。」
「絶対?」
「うん、絶対。」
俺は、どこか安心した。彼女は手の届かない存在で、周りに人が囲まれていて、俺の代わりなんていくらでもるんだって。りさが学校に来てからそう感じるようになっていた。だが、彼女の言葉を聞いて、信じてみようと思った。
♢♢♢
ある日の放課後…。
「今度の撮影で、三つ編みするらしいんだ。試しにやってみたいけど、そう言うの苦手なんだよね。」
「俺やってあげようか?」
「えっ?」
「いや、なんでもない。」
俺は何を言っているのだろうか。
「うん、お願いしようかな。」
「えっ?」
俺はすごい緊張している。女子の髪を触るなんて、生まれて初めてかもしれない。髪を触ってる時間は長いような、短いような、不思議な感覚があった。ただ、この感覚が永遠に続けばいいのにと思った。
「すごい、綺麗。ありがとう。」
「うん。」
「なんで、こんなに上手いの?」
「ああ、俺、妹いるからさ。昔、よくやってあげてたんだ。」
「そうなんだ。妹さんいたんだ。羨ましいな。」
「そんなことないよ。」
「俺、良いお兄ちゃんじゃないし。」
「そうなの?でも、勉強とか教えてあげてそう。」
「まあ、それくらいはしてるけど。」
「やっぱり。私もやさしいお兄ちゃんでも欲しかったなー。」
「そうなんだ。」
俺がきっと、りさの兄だったら、すごく甘やかしてあげるだろう。
「そういえば、家族の話ししたことなかったよね。」
「うん、そうだね。」
「私、片親なの。ママだけ。でも、私、ママのこと大好き。」
「そうなんだ。」
よくも、そんな照れ臭いことを言えるなと思った。
話したくないこともあるだろうしな…。俺は、詳しく聞くことをやめた。
「まあ、うちも、まあ、仲良いかな。」
「そうなんだ。」
「明日からまた仕事に戻るね。」
「うん。」
「でも、学校楽しかった。」
「寂しくなるね。」
「そんな悲しそうな顔しないで。また、水曜日会えるんだから。」
「うん。」
俺はなぜか、彼女がどこか遠くに行ってしまうように感じた。
「じゃあ、バイバイ。」
「…尚くん?」
「もう少し。もう少し、このままでいさせて。お願い。」
「うん。」
気付いたら、俺は彼女のことを後ろから抱きしめていた。彼女はとても細くて、強く抱きしめたら折れてしまうんじゃないかと思った。彼女に触れるぬくもりが俺の心を満たしていった。
その後しばらくして、俺は彼女と別れた。そして、いつものように部活に向かった。
(次会った時、連絡先教えてもらおう。でも、俺なんかに教えてくれるかな。)
しかし、その後、彼女が、保健室に来ることはなかった。
(きっと仕事で忙しいからだ。)
彼女が保健室に来なくなってから一ヶ月経った頃。
「先生、西条さん、最近来ないみたいですけど、どうしたんですか?」
俺は恐る恐る聞いた。
「西条さんなら、とっくに転校したよ。」
「えっ…。」
俺は驚いた。頭が真っ白になった。
(そんな…。何も言わずにいなくなるなんて、ひどいじゃないか。)
俺は彼女への怒りを感じた。
でも、それよりも後悔した。
(好きだって言えば良かった…。離れる前に、一言好きだって。)
俺にはその勇気がなかった。人気者の美人な彼女が、俺のことを好きになってくれるはずがない。それでも、伝えたかった。
俺の気持ちは消化されないまま月日はたった。
俺は、あれから何度も彼女を忘れようとした。だが、できなかった。あの、小悪魔的な笑顔も、楽しそうにする声も、抱きしめた時の華奢な体も…。
俺は、彼女を失った虚しい気持ちを、バレーボールに打ち込んで、消そうとしていた。そして、推薦で強豪校に行き、そのまま大学でも上を目指した。
♢♢♢
「りさ、行こー。」
俺は、ガッと、振り向いて腕を掴む。りさではないと気づく。
「あ、すみません。」
何度違えたことか。俺は、いまだに彼女のことを探してしまう。その存在を早く見つけて抱きしめたい。いつになっても消えない強い欲求だった。俺の本能がいつまでも彼女のことを探している。
大学になり、俺は、気付いたら女子からモテるようになっていた。バレーボールで活躍し、背もまた伸びたからだろうか。周りに女が寄ってくる。以前の自分だったら、アホみたいに喜んでたかもしれないが、今の俺にとって、それは、たいしたことではなかった。
ただあの人に好かれたい。そう思っていた。
しかし、大学二年の夏頃。
ふとつけたテレビで、ずっと求めていた彼女の顔を見つける。
「秋から始まる月曜九時からのドラマの主役は、西条りささんです。大注目の若手女優です。では、りささん、話を伺いましょう。」
「はい、西条りさです。よろしくお願いします!」
(…見つけた。)
彼女の存在を何年振りに確認することができた。相変わらず美人だ。いや、大人っぽくさらに綺麗になった気がする。
しかし、気付いたら、彼女は遥か遠くの存在になってしまっている。
その時、俺は、彼女のことはもう忘れようと思った。
どこか、気持ちに区切りがついてから、時が流れ、大学三年になった俺にも初めての彼女ができた。彼女はとてもやさしくてみんなに好かれる人だった。俺も彼女のことが大好きだった。だが、どこか俺の心は満たされなかった。彼女にはそのことが申し訳なかった。
最近りさは、ドラマや映画、雑誌やラジオまで引っ張りだこだ。彼女の人気は加速するあまりで、その存在は確かなものだった。
彼女の活躍を知るほど、彼女の近くに行きたいという強い衝動に駆られる。それを必死で抑えていた。だから、できるだけSNSは見ないようになった。
♢♢♢
俺は、そのままバレーボールでいい成績を残し、プロとして、契約することができた。
そして、俺のプロのデビュー戦。気合を入れ、緊張する中、試合が始まった。
途中、危なかったが結果はギリギリ俺のチームが勝った。個人でも、それなりにいい成績を残せた。
(とりあえず、良かった…。)
「おい、あれ、西条りさじゃね?」
「え?本物?」
「あ、西条りさだ!」
なにやら、観客席が騒がしい。
そして、俺はずっと求めていた人と目が合う。
(りさ…。)
「尚ー!お疲れー!」
彼女は人目をはばからず、大きな声で俺に向かって叫んだ。
俺は、走り出した。
早く彼女の元へ…。
そして、彼女を見つけ、対面した。
「りさ…。」
「尚…。」
「一回こっちで話そ。」
そして、俺は人気のないところに彼女を連れていく。
「りさ…。」
「ごめん、ごめんね…。」
「そんなことより、あんな目立つことしたら色々と大変じゃないか!」
「うん、ごめん。」
「とりあえずちょっと待っててくれる?」
「荷物持ってくるから。」
「うん。」
そして、俺は急いで荷物を取りに行った。
「人目があるから、家の方がいいよね?」
「うん。」
そして、俺は彼女を俺の家に連れていった。
「お邪魔します。」
彼女を部屋に通し、ソファに二人で座った。
普通、客人を家に呼んだら、飲み物でも出すだろうが、俺の頭にそんなことはなかった。
「りさ、久しぶり。」
「うん、久しぶり。」
「会いたかった…。」
「え?」
「ずっと探してた。尚くんのこと。だけど、見つからなくて…。バレーでプロデビューするって知って、今日試合見に来たんだ。」
「そうだったんだ。」
彼女が俺のことを探してた…。俺はその事実で頭がいっぱいになった。
「なんで、突然、俺の前からいなくなったんだよ。」
「ごめん。」
「なんで…。
「…ごめん。」
「ごめんじゃわかんないよ。俺…。」
「あの後、ママが死んで、パパのところに引き取られたの。だけど、パパは、私の仕事に反対だったから、仕事させてもらえなくて…。大人になっても、家を出てから、また仕事するようになったの。」
「そうだったんだ。」
あんなに大好きだと言ってた母親を亡くしたのは、さぞ辛かっただろう。自分のことを快く思ってない父親の元に行き、急に環境が変わったのも、やりたがっていた仕事もできずに、大変だったんだ。
俺は、なぜ自分に何も言わずに消えたのかと、怒りでおかしくなりそうだったが、彼女が、こんなにも苦しんでいたなんて。
俺が、そばにいてあげたかった。
「これからは俺が一緒にいるから。」
「うん。」
「もう、離れないから。絶対。」
「うん、俺も、りさから離れない。安心して。」
「尚、好きだよ。」
彼女が言った。
「違う…。」
「え?」
「俺の方が、何倍も好きだよ。りさ。」
そして、俺は彼女を抱きしめた。長年心にぽっかり空いていた穴が埋まっていくのを感じる。ずっと求めていた、彼女が、自分の腕の中にある。俺はすごく、満たされた気持ちになった。
そして、俺たちは付き合うことになった。
♢♢♢
彼の最初の印象は、怠けている人だ。なにせ、授業をサボっていて寝ていたのが彼との出会いだったからだ。
しばらく話していた感じたこと。それは、彼がどこか自信がないこと。自分のことを嫌ってそうだと思った。
私は彼が自分と似ていると思った。私もどこか自分に自信を持てないでいた。自信を持っているように振る舞っているだけだ。いつか自分の周りにいる人は離れていく。そう思っていたから、自分はその程度の価値のない人間だと思っていた。
だから、精一杯、周りの人間に認められたいと、仕事も勉強も頑張った。明るく元気に振る舞った。人から好かれたいから。
仕事では、私のことを見てくれる人がいる。それがなくなったら、私は終わりだ。本当に何も価値がない人間になってしまう。だから、必死にしがみついた。
しかし、尚と関わり始めてから、私は彼がただの私のことを認めてくれているように感じた。この人は、自分のことを受け入れてくれるかもしれない。だから、今まで人に話せなかってことも、彼には話せた。
もちろん不安だった。もし、嫌われたらどうしよう。でも、彼は私の話をただただ聞いてくれた。否定されなかった。そして、彼は、私から離れないと言ってくれた。
いつしか、私は彼のことを好きになっていた。これが恋というものか。今まで感じたことのない感情に戸惑いながらも、とても楽しかった。
学校に毎日通い始めてからのある日、体育の授業があった。女子はバスケで、男子はバレーボールをやっていた。
私は運動が苦手だ。だから、チームにも貢献できない、なんなら足を引っ張ってしまうくらいだ。私は少し落ち込んだ。
私たちは、自分たちのチームが休みの時、男子の様子を見ている。
「吉田くんって地味にかっこいいよねー。」
「わかる。身長高いし。」
「バレーやってる姿も結構イケメンかも。」
「たしかに。」
「あ、ほら!得点また決めた!」
「すごーい。」
女子たちが小声で話しているのを聞いた。
(ふーん。結構モテるじゃん。嫉妬しちゃうなー。)
私の中に嫌な感情が芽生えた。こんな感情は、初めてかもしれない。
恋とは、楽しい感情と共に、ネガティヴな感情もあるものだと知った。それでも、私は好きでいるのをやめられなかった。
ある時、無人島に行くなら誰を連れて行くかと言う話をした。彼が、私を連れていってくれるかと期待したからだ。彼は私のことをどう思っているんだろう。
「そうだな…。俺は誰も連れて行かない。大切な人を巻き込みたくない。」
彼の答えは思いがけない言葉だった。
(私は、自分の幸せを優先するけど、尚は他人の幸せを優先する人やさしい人なんだな…。)
「ママー。今日の晩ご飯なーにー?」
「生姜焼きよー。」
「わーい。」
「最近、楽しそうに学校に行くのね。なんかいいことでもあった?」
「うん。あのね、面白い人がいるの。」
「そうなの?どんな子?」
「えーっとね…。ヒーローみたいな人。」
彼といるのが当たり前になってきた頃、彼がどこかに行ってたらどうしようと不安になることもあった。その時、私はきっと何もできなくなってしまう。この居心地の良さを失うくらいならなんでもしてやると思ったくらいだ。
彼はきっと、私の中の不安や葛藤を知ることはないだろう。いや、知られたくない。私がこんなに、ぐちゃぐちゃのことを考えてる嫌なやつだなんて。
みんなと学校に通うのが終わりの日の帰り、彼から抱きしめられた。私はとても驚いた。彼も同じ気持ちではないのかと思ったからだ。だが、好きとは言えなかった。まだ時間はある…。そう思っていたのが間違いだった。
(ママ…。)
私の大好きな人が亡くなった。交通事故だってそうだ。急な悲しみで頭がおかしくなりそうな時、父親が現れ、引き取られた。
すぐに、転校手続きをとられ、遠くに引っ越し、尚とはもう会うことはできなくなっていた。私は、一気に大切なものを失い、喪失感でいっぱいだった。
私の父親は、医者をしていて、固い考えの人だ。芸能という道を認めてくれなかった。
大好きな仕事も失った。もう人生はどうでもいいやと思った。だが、完全に希望の燈は消えなかった。
尚もきっと頑張ってる。私も今は勉強を頑張ろう。一人でも稽古はできる。
私はいつかの仕事のために、演技の練習をするようになった。ずっと演技の仕事をしたいと思っていたからだ。
そして、高校卒業後、私は家を出て、東京に出た。
前の事務所にお世話になり、私は仕事を再開した。アルバイトをしながらの生活だった。
尚のことは、気がかりだったが、自分の生活で、いっぱいいっぱいだった。
彼のことは、定期的にネットで調べたりもしたが、見つけられなかった。
仕事も最初はうまく行かず、辛いこともあったが、徐々に仕事も増えていった。
特に、長年培った演技力は仕事で役に立った。
きっと、私が有名になれば、尚も気づいてくれる。そしたら、また会えるかもしれない。
活躍したいと言う気持ちもあったが、尚に会いたいという気持ちもモチベーションになっていた。
だが、売れて何年しても彼とは連絡が取れなかった。
諦めかけてた頃。
その日も仕事だった。
お疲れ様でーす!
りさちゃん、お疲れー。
お疲れ様です!
はー、疲れた。早く家に帰ろう。
帰宅の準備をしていると、仕事仲間の話が聞こえる。
「そういえばさー、今日、私の推しのデビュー戦なんだよね。」
「デビュー戦って、なんかの試合?」
「うん。バレーボールの。」
「私、高校の頃から、応援してる選手がいて。」
「どんな人ー?」
「えっとね、爽やかな好青年って感じ。たしか、名前は…吉田、尚?だったっけ。違う違う。今は橘尚。吉田は旧姓でだっけ?」
「そうなんだー。」
(尚…!)
私は気付いたら、携帯で試合のことを片手で調べながら走っていた。
私はタクシーに乗り、試合会場に着いた。試合はもう始まってる。
(あ、尚…。)
何年振りに見る、尚の姿だった。
私は、懐かしくて泣きそうだった。
そして、試合での活躍を見て、心が震えた。
「あれ、西条りさじゃね?」
「え?本物?」
やばい。バレた。
一回離れよう。でも、尚が…。
「りさ?」
(尚…。)
「尚、お疲れー!」
私は、人目もはばからず、叫んでいた。
尚は驚きながらも、すぐに走り出す。
私も、早く尚に、会いたいと思いどこかわからないが、尚を探す。
そして、尚を見つける。
(尚…。会えた…。)
♢♢♢
そこから、また月日が流れる。
俺たちは、空いていない数年間を埋めるようにお互いを求め合った。
そして、気付いたら同棲をしていた。
「行ってきます。」
「ちょっと待って!行ってきますのキスは?
もー。」
そして、俺は照れながらも彼女にキスをする。
「行ってきます!」
俺たちは、相変わらず忙しい。でも、二人の時間をなるべく過ごすようにしている。その時間はとても楽しく、心地よく、幸せを感じる。
彼女は、仕事を楽しくしているようだ。今までやりたかったことをしていて、とても生き生きとしている。
俺も、なぜだか、たくさんファンができたらしい。雑誌で特集を組まれたりもしている。まあ、よくわからないけど、嬉しいことだ。昔の俺が知ったらとても驚くことだろう。
二人とも順調にいっている。この幸せがずっと続くことを願う。
(終)
一見対照的に見える尚とりさですが、実は似たもの同士の二人。それぞれの立場からはそれぞれの側面が見えていて、面白いかなと思います。
思春期らしい繊細な感情を表現したいと思っていました。
私の日頃感じたことや考えを登場人物の言葉として書いています。私が'言いたいこと'をこの作品で書けていると思います。
私は、二人のキャラが大好きです。尚は自分に自信がないけど、正義感が強くてやさしい人、りさは華やかだけれど、いろいろと考えて大人な人。魅力的に感じて好きになっていただけたら嬉しいです。
甘酸っぱくて美しい青春の話が書けたと思っています。
読んでいただいてありがとうございました。