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酷い気分だ。そんなことを思いながらアレンはベッドの上で目を覚ます。
そういえば何が起きて、ここは何処なのだろうかと思考を巡らせる。
体を起こすと近くの椅子に座って居た受付嬢と目が在った。
「おはようございます。身体の方は大丈夫ですか?」
アレンの身体に違和感は無い。むしろ疲れが取れた感じだった。
アレンは記憶を巡らせ、一番新しい記憶を思い出す。
バインド魔法で動きを拘束されて、背後からの高速タックル。捕まえたと叫び声を上げる少女の声。
――ああ、思い出した。
深い溜息と共にアレンは受付嬢に話を切り出す。
「アンタが居るってことはベルディア王国の冒険者ギルドか?」
「はい、ここは来客用の部屋になります」
そう言って受付嬢は立ち上がり出口の方へと向かう。
「今回の件でお礼と謝罪を含めた事情をご説明致しますのでこちらへどうぞ」
アレンは立ち上がり、受付嬢についていくよう部屋を出た。
部屋を出て少し離れた部屋にアレンは案内された。
受付嬢が扉を開け、中の様子が明らかになる。
応接室。部屋の奥には書類仕事をする為か偉い人間が座るだろう上座に長机と椅子が一つ。
手前には対面して交渉する為の足の低い長机、それを挟む様に幅を合わせたソファーが二つ。
片側には助けた少女三人組が座り、扉を開けて姿を現したアレンに向かって視線を向ける。
「やっほー、お兄さん。身体大丈夫?」
赤髪の少女はアレンに向かって軽く手を振りながら話しかける。
アレンは少女の言葉に返答せず。代わりに受付嬢へと話しかけた。
「一体、何が始まるんだ?」
「先程も申し上げましたがお礼と謝罪です」
駆け出し冒険者。しかも貴族階級らしき少女達を助けたから褒美を渡すとかそういうことなのかと思いながらアレンは受付嬢に勧められるまま少女達とは反対のソファーへ座る。
受付嬢はアレンが席に座った事を確認すると同時に頭を深々と下げながら言う。
「この度は勇者パーティーを助けて頂き誠にありがとうございます。そして不可抗力だとはいえ行動不能になってしまう事故を起こしてしまったことを深く謝罪申し上げます!!」
アレンは深く謝罪する受付嬢と勇者パーティーと呼ばれる少女達を見て困惑した。
だが、話を深堀りする必要はないだろうと思いながらも受付嬢の言葉に答える。
「身体も無事、こいつらも助かった。それで問題ないだろう。謝罪が終わったなら帰っていいか?」
アレンがそう言うと受付嬢は頭を上げて小袋をアレンの手前に一つ置いた。
謝礼という奴だろう。そう思いながらアレンは小袋の中身を問いかける。
「コレは?」
「金貨百枚になります」
「そうか……」
アレンは手前に置かれた小袋の中身を確認すると金貨が入っていた。
受付嬢が言うように金貨百枚入っているのだろう。
――マジか……
アレンは表情を顔に出さないようにしているが内心ではかなり驚いていた。
慎ましく暮らすには銀貨一枚で事足りる。一日分のパンとスープ、安宿一泊で少しお釣りがくる。
現状ではそこまで節制する必要はないので一日の銀貨三枚在ればそれなりに良い食事と宿に在りつけている。金貨一枚で十三日分。百枚なら百三十日分の生活が賄える。
そして金貨一枚稼ぐのにはそれなりに難しい依頼を受ける必要が在る。
トロルなんかの中型魔物の討伐や護衛依頼なんかを数回分。それをゴブリン三体の討伐と駆け出し冒険者を助けただけでこの報酬が手に入るのだから驚きもする。
「コレは今回の謝礼ということで貰っていいんだな?」
アレンは中身を確認し小袋をテーブルに戻しながら受付嬢に問いかける。
「今回の謝礼と謝罪。そして今後の報酬ということでその金額を提示させて頂きました」
そう言いながら受付嬢は一枚の紙を金貨の入った小袋の横に置く。
アレンはその紙を手に取って内容を確かめる。
文面を要約すると今回の件の謝礼と謝罪そして勇者パーティーの護衛として契約してもらうという内容になっていた。
「俺にガキの子守りをしろってことか?」
「今回の件で彼女達は勇者で在り、共に駆け出しの冒険者だということをこちらも再確認しました。ですので最低限の実力者を護衛に付けるという判断になり、今回の提案になります」
「俺も駆け出しの冒険者なんだけど」
「ですがゴブリン三体を速やかに討伐し彼女達に傷一つ付けず助ける実力は在ると認識しております」
「ゴブリン三体くらいならそれなりに腕が立つなら誰だって出来る。そいつらを助けるのも同様だ。他を当たれ」
「彼女達の指南役として優秀な方を呼んでおりますが、到着が七日後になります。ですので、それまでの期間彼女達とパーティーを組んで頂けないでしょうか?」
七日間駆け出し冒険者の子守りをするだけで大金が手に入る。正直割の良い仕事では在る。
だが子供と言っても女は女。しかも子供だ。面倒な事に巻き込まれるだろうし、何より話をまともに聞く奴らではない。少なくとも最初の印象では間違いない。
「他を当たってくれ」
そう言ってアレンは立ち上がろうとするが受付嬢はそれを抑え、アレンに耳打ちする。
「今回の件を断るとアナタは非常に不味い立場に追いやられる可能性が在りますがそれでもよろしいのですか?」
「なんだ脅しか?」
「幾ら駆け出しと言っても勇者と魔王の御伽噺はご存じですよね?」
それは冒険者でなくても誰もが知る御伽噺だ。
人類を滅ぼす魔王、それを倒す為に勇者が現れて世界を救う。
少なくとも世界は何回も勇者によって世界を救われている事実が在る。
実際にアレンは目にしたことはないが噂話位は聞いたことが在る。
そして受付嬢は言葉を続ける。
「御伽噺通り、魔王がこの世界に降臨しそれを打倒する為の勇者様が彼女達になります」
アレンの向かいに座る赤髪の剣士の少女、修道服を着た少女、黒いローブを羽織る少女。この三人が当代の勇者様御一行らしい。それが本当なら人類が滅びるのは近いだろうと思いながらもアレンは受付嬢の話を聞く。
「人類を守る為、この世界を守る為、彼女達は我々にとって大切な存在です。そんな彼女達の護衛を断るということは人類の敵と判断されても仕方がありませんよ?」
「それは主語がデカ過ぎない?」
「私もそこまで言うつもりはありませんし、正直アナタを彼女達のパーティーメンバーに居れるのは反対です。駆け出し冒険者の信用も信頼も皆無の男性を美少女達の中に放り込むなんて有り得ません」
「なら俺がこの話を受けなくても問題ないだろう」
「勇者である彼女達の後ろ盾はこの国で一番偉いベルディア王家です。この依頼を断るということはこの国で一番偉い人物の依頼を断るのと同義ですよ」
「冗談だよな?」
「冗談だと思うならこの件は断って構いません。ですが、この国で冒険者稼業はやりにくいものになるのは間違いないと思いますよ」
「わざわざベルディアまで来たのにコレかよ……」
「ですので、期間限定で彼女達とパーティーを組んでやり過ごしてください。問題を何も起こさなければ七日後には自由の身です。それに駆け出し冒険者の報酬としては期間や内容を考えれば破格だと思いますよ。それにこの国の王家に恩も売れますよ?」
そう受付嬢の言う通りだ。依頼を断るデメリットも大きければ、依頼を受けて成功した時のメリットがかなり大きい。そして駆け出し冒険者パーティーの子守りはそう難しいことではないだろう。
討伐について行くにしても、護衛依頼にしても、元赤等級のアレンが無理だと判断すれば口を出せばよいだけだ。それに七日間だけなら大したことは出来ないだろうと判断した。
「わかった。七日間だけ我慢する」
「賢明な判断をありがとうございます」
アレンは書類に自分の名前を書いて正式に依頼を受理した。
それを確認した受付嬢は何故か安堵の溜息を吐きながら書類を受け取り、アレンに追加事項を話始める。
「コレで正式にアナタは勇者パーティーの一員になりました。今後、アナタのせいで彼女達に何かあればベルディア王家が直々に制裁を下しますので、慎重な行動をお願い致します」
「えっ、ちょっと待って……」
「それではパーティーの自己紹介を私の方からさせて頂きます」
受付嬢はアレンの言葉を無視して自己紹介の進行を始める。
「こちらが勇者ユナ様です」
「よろしくね!! お兄さん!!」
そうにこやかに挨拶をする赤髪軽装剣士の少女。
「次に聖女ミラ様です」
「よろしくお願いします」
礼儀正しく深々と挨拶する金髪の修道女。
「最後に賢者リン様です」
「私はアンタと仲良くする気はないから」
威嚇するような口調と目付きの黒髪ローブの魔女。
「以上が勇者パーティーの皆様になります。リーダーはユナ様ですので今後の方針はユナ様にお聞きください」
アレンは視線を赤髪の少女ユナに向ける。
「それで俺はどうすればいいんだ勇者様」
「ユナで良いよ、お兄さん」
そう言いながらユナは席を立つ、それを見た二人の少女も続けて席を立つ。
「じゃあ、お兄さんついてきて」
そう言ってユナは部屋を出て、その後ろに二人の少女がついて行く。アレンはその三人の後ろを少し離れながらついて行くのだった。