29 魔族側
魔王城の玉座の間で魔王は使用人のメイに色々と情勢について尋ねていた。
魔王、勇者、人間、歴代の魔王や近辺の地形について。
そんな中で魔王として生を受けた彼女は不意に抱いた疑問を使用人の魔族、メイに投げかけた。
「何故、魔族は人間を滅ぼそうとしているのですか?」
「それが我々の悲願だからではないのでしょうか?」
「メイは人間を好んで滅ぼしたいのですか?」
「好んで……というよりも。人間という下等生物が魔王様に歯向かうこと、それ自体が罪なのではないでしょうか?」
「歯向かう……やはり私は殺されるのですか? でも何故私を殺す必要が在るのでしょうか? いや、歴代の魔王が人間を滅ぼそうとしていたのなら。その危険性が私にも在るからといった所でしょうか?」
「安心してください魔王様。このメイが命に代えても魔王様をお守りいたします」
そんな簡単に自己犠牲をされても困ると思いながらも魔王は話を続ける。
「人類を滅ぼす。それ以外の選択肢はないのでしょうか?」
「そのようなお考えが在るのですね……無知な私目には想像出来ず申し訳ありません」
「いや、別にそこまで自分を卑下しなくても……」
そんな話をしていると周辺を偵察すると言って出て行ったアトラが帰って来る。
そして魔王とメイの話を聞いていたのか、戻ってきて早々、高らかに声を上げて話に割り込んできた。
「流石は魔王様!! 人間を滅ぼすのではなく、全人類を服従させ、魔王様の手足にするのですね!! そうすれば人間の生み出す資源は全て魔王様のモノになり、人間の生死さえも魔王様の掌の内!! 流石は魔王様です!!」
「えっ……」
「なるほど、滅ぼす以外の選択肢とはそういうことですか。死ぬまで人間を使い潰す。流石です。魔王様。愚かな私目には考えつかぬ崇高なお考えでございます」
「……」
アトラとメイの勝手な考察に魔王は困惑した表情を浮かべる。
その話題を切るようにアトラの後ろからクスクスと笑い声が聞こえることに気が付いた。
魔王が視線を向けると、そこには胸元が大きく空き、肌の露出が高いドレスを着た大人の女性が笑って居た。彼女が笑って居たことに気が付いたアトラはすぐにその女を睨みつける。
「何が可笑しい、魔女?」
「だってアナタ達、もっと主人の話は聞いてあげた方がいいんじゃないって思って。それが可笑しくてごめんなさいね」
魔女と呼ばれた妖艶な女性の言葉に魔王はやっとまともな会話が出来る者が来てくれたと目を輝かせながら口を開く。
「アナタは誰ですか!?」
魔王のその問い掛けに対して魔女と呼ばれた女性は魔王の前に出て、ドレスの端を摘まんで軽くお辞儀をする。
「先代魔王の元で魔法使いとして仕えていた者です。先代からは魔女の二つ名を頂戴しましたので、魔女とお呼びください」
「先代魔王の元で……アナタも人間は滅ぼすべき存在だと思いますか?」
「私は……そうね……どっちでもいい。かしら」
「先代魔王を殺されて恨んでいるとか、復讐したいとかそういうのはないのでしょうか?」
「ああ、そういうのは無いですよ。私が仕えていた魔王様が死んだのは力がなかったから。ただそれだけ」
「では、何故ここへ?」
「新しい魔王様のアナタを興味本位で見に来たの。アナタの側近が私を仲間に勧誘してきたから丁度良いと思って付いてきただけ」
「そうですか。では名付けをした方が良いのでしょうか?」
魔王がそう言うと魔女はまたクスリと小さく笑う。その様子に少し戸惑いながらも魔王は問い掛ける。
「えっと、私、何か可笑しい事を言いましたか?」
「別に、気にしないで。名付けね、してもいいわよ」
「ではウィズでどうでしょうか?」
「ええ、ウィズね」
その瞬間にウィズは自身の魔力量が高まったことに気が付き、驚きの表情を浮かべていた。
それに気が付いた魔王は不思議そうな顔で再度問いかける。
「どうかしましたか?」
「名付けってね。本当はお互いの合意が無いと成立しないモノなのよ」
「えっと……私達の仲間になってくれるから来てくれたんじゃないのですか?」
「アナタみたいなのに仕えようと思う訳がないでしょ? ただどんなのか見に来ただけ」
ウィズがそう口にするとアトラとメイが臨戦態勢に身構える。
「魔王様を侮辱することがどういうことか理解して居るのか!!」
「魔王様!! この女の殺害命令をお与えください!!」
殺気立つ二人に対して魔王は溜息を一つ吐いてから命令を出す。
「止めなさい、二人共」
殺気立つ二人は不満そうにしながらも臨戦態勢を解く。
それを確認した魔王はウィズに申し訳なさそうな顔をしながら口を開いた。
「ごめんなさい。勝手に名前を付けてしまって。でも、合意がなければ名付けは成立しないんですよね? それなら、今のはなかったことにしてください」
「それは無理ね」
「何故でしょうか?」
「アナタ、本当に何もわからないでやってるのね」
「えっと……何のことでしょうか?」
「私はアナタに仕える気は微塵も無かった。それなのにさっきの名付けが成立してしまっている。その証拠に……」
ウィズは何もない空間から木製の杖を取り出し、魔王に向かって無詠唱で魔法を放った。
その魔法は魔王の顔の横を通り過ぎ、金属製の玉座に穴が開く程威力だった。
その一瞬の挙動を見ていたメイとアトラは怒りの形相でウィズに対して攻撃を仕掛ける。
だが、ウィズの姿はその場から消えた。
「私は今、アナタを殺すつもりで魔法を放った。この距離なら普通は外さないのだけれど、見ての通り私は外してしまった。なんでだと思う?」
気が付けば玉座に座る魔王の傍に立って居たウィズはそんな質問を投げかけていた。
ウィズの位置に気が付いたメイとアトラは鬼の形相で追撃をしようとするが、ウィズは杖を軽く振り無詠唱で魔法を飛ばす。黒い魔力の塊がメイとアトラに向かって放たれる。アトラはそれを防ぎ、メイは回避したがウィズの魔法は軌道を急激に変えてメイの身体を貫いた。
その光景を目にした魔王は怒りの表情でウィズを睨みつける。
「止めてください!!」
「大丈夫よ。彼女、ドッペルゲンガーでしょ? アレに致命傷を与えられるのは光属性だけだから」
ウィズの言う通り、体を魔法で貫かれたメイの服と体は徐々に元通りになっていた。
魔王はそのことに安堵の表情を浮かべるが、二人はまだウィズに対して怒りの表情を浮かべていた。
「二人もこれ以上は止めなさい!!」
「ですが魔王様!!」
「これは命令です!!」
魔王の命令という言葉にメイとアトラは膝を付き、頭を下げて服従する。
そして魔王はウィズと話を戻す。
「それで、なんでこんなことをしたんですか?」
「魔族や魔物にとって名付けっていうのは名付けられた側は絶対服従する契約なのよ。だから名付けられた側はアナタを害することは出来なくなるの。その代わり、名付けられた側には加護が与えられる。その確認よ」
「そんな確認の為だけに皆を傷つけないで下さい」
「そうね。ごめんなさい。でも、私は誰かに束縛されるのは嫌なのよ。恩が在る先代魔王様なら納得はするけれど、いきなり名前を付けて絶対服従を強要するアナタに仕えたいと思う?」
「それは……私のせいですね。ごめんなさい。名付けって言うのは無かったことに出来ないのですか?」
「無理ね。魔女という名前が在っても、名前を付けられる意思が無くても、アナタの名付けは行使されてしまった。名前というモノは一生付いて回る者なのだから。アナタが死ぬまでは無かったことには出来ないでしょうね」
「そうなのですね。ですが、安心してください。私はアナタに何かを強制するつもりはありませんから」
「そう、じゃあ、この場の全員殺しても良いかしら?」
「それは止めてください。仲良くして下さい命令です」
「いきなり強制してるじゃない」
「意地悪を言わないで下さい。そもそもそんな気は更々ないでしょう?」
「まあ、そうね」
そう一言呟くとウィズは玉座の間の出口へと歩き出す。
「帰るのですか?」
「先代魔王様に仕えていた時に使って居た部屋が在るから、私はそこに住むことにするから。よろしくね、魔王ちゃん」
そう言ってウィズは玉座の間を出て行った。




