16
ベルディア城の地下には牢屋が併設されている。
場内に侵入した不審者、城下の犯罪者を一時的に収用する為の場所。
使われる頻度は少ないので収容されている囚人はアレン以外誰も居なかった。
石で作られた内装に何もない空間。収容者の姿を通路から見れるように鉄格子で閉じ込める。
そんな場所でアレンは仰向けに寝転がっていた。
「冒険者アレンよ。ロリコン罪で死刑」
「ふざけんな」
アレンが収容される牢、鉄格子を挟んだ通路の方からベルディア王の声が聞こえてくる。
アレンは体を起こしその場に座る。視線の先にはベルディア王とミラ、そして護衛の兵士が二人が面会に来た。アレンの居る鉄格子の前に立ったベルディア王は問いかける。
「冗談はさておき、何故こうなった? 理由を述べよ」
「冗談で死刑を求刑しないでくれ」
アレンは冗談じゃないという顔を浮かべながら軽口で返し続ける。
「リンは何て言ってたんだ?」
こちらに事情を聴きに来たのなら、もう一人の当事者であるリンにも事情を説明されていると思いアレンは問いかけた。するとその質問にミラが答える。
「リンちゃんの話では、アレンさんが襲って来たからファイアボールを撃ったと言ってましたね。ですが、少し嘘が混ざった感じでした」
看破の奇跡 《センスライ》。嘘を見破ることが出来る奇跡。
ベルディア王がミラを連れて来た理由は事の真偽を確かめる為だろうと思いアレンは返答する。
「正しくはリンがファイアボールを俺に向けて撃ってきたのでそれを止める為に襲った。コレが正解だ」
「嘘はついてないですね」
ミラの言葉を確認したベルディア王は事の真相について追及する。
「では、何故そのようなことが起こったか説明して貰おうか?」
「リンはそれ以上何も言わなかったのか?」
「ああ、君に襲われた。その原因は言わなかった。何かしら言えない理由なのだろう? それを私は聞きに来た」
「なら俺からも詳細は話せない。話せば殺される」
「話せば殺されるとは一体何をしたのだ……」
「今回の件はこっちでなんとかする。だからリンをここに呼んで話をさせてくれ」
話せば殺される様な事とは何なのかと困惑するベルディア王にアレンはそう提案する。
「ふむ、わかった」
困惑しながらも何かしら事情が在るということを察しベルディア王達はその場を去ろうとする。
その去り際の最後にアレンは叫ぶ。
「杖や武器は絶対持たせるなよ!! 俺が殺されちゃうから!!」
ベルディア王はアレンの切実な言葉を聞き更に困惑の表情を浮かべながらも地上へ戻って行った。
ベルディア城の客間の一室。燃やした部屋とは別の部屋にリンは移っていた。
部屋の整理や荷物の整理などをしていると扉が叩かれる。
「リンちゃん。入りますよ?」
そう言ってミラが部屋に入ってきた。
リンは嫌そうな顔をしながら、入ってきたミラに話しかける。
「何? 馬鹿にでもしに来たの?」
「何で、リンちゃんを私が馬鹿にするんですか?」
「それは……」
「何でですか? リンちゃん教えてください。私、気になります」
「うっさいし、近い。で、何の用なの?」
「アレンさんが呼んでますよ。牢屋で」
「何で?」
「話がしたいそうです。あと、杖と武器は持ってこないで欲しいと……殺されるから」
ミラの言葉に少し唸り声を上げながら考え、溜息を吐いて手ぶらで歩き出す。
その後ろをミラがついて行こうとすると、それに気が付いたリンが足を止めて振り返る。
「何? まだ何か用?」
「えっ? 何でリンちゃんが怒ったのかその理由が知りたいんです」
「アイツが、私に変なことをしたからよ。コレで満足?」
リンはそう言って何処かへと歩き出す。
「ふ~ん……リンちゃんは私に嘘を吐くんですね……」
その後ろ姿を見ながらミラは不敵な笑みを浮かべて呟いた。
牢屋の石畳に寝転がるアレンの耳に軽い足音が一人分聞こえた。
アレンは体を起こし、外への出入り口の方へ視線を向ける。
出入口から姿を現したのは不機嫌な表情を浮かべるリンがアレンの方へ近寄ってきた。
何も言わないまま二人は視線を合わせ、アレンから口を開く。
「お前はどうしたい?」
「どうしたいって何が?」
「魔法については教えられないが、文字の読み書きなら教えられるぞ」
アレンがそう言うとリンは不機嫌そうな顔を浮かべる。
「何よ偉そうに……文字の読み書きくらい私だって出来るわよ……」
「そうか、俺が文字の読み書きが出来るようになったのは十六の頃だ」
「は? 何でその年になるまで文字の読み書きが出来ないのよ。ありえないでしょ?」
「お前くらいの年頃の子供が、文字の読み書きできる方が珍しいんだぞ」
「そんな訳ないでしょ? 私の周りは皆……」
「お前の周りはどうだか知らないが、文字の読み書きが必要な奴ってのは限られてるんだよ」
子供の頃に文字の読み書きを習うのは裕福な家庭か生活に必要な家庭が殆どだ。
王族・貴族・領主の様に人の上に立つ家系に生まれた者は必ず文字の勉強をする。それは国や土地を運営する為の書類や手紙の読み書きが必要になるからだ。他にも商人は取引や帳簿。魔法使いは魔術の勉学の為。聖職者は経典を読み、祈りを捧げる為。
だが農民や兵士はそんなことはしない。少なくても子供の頃にそんなことをする余裕はないのだ。
だからアレンは冒険者になってから文字の読み書きを覚えた。依頼の内容や報告に必要になったから。だからリンが読み書きが出来なくても仕方が無いと思って居た。
「王族・貴族・商人・聖職者・魔法使い。そういう家系に生まれた子供は必然的に文字を学ばせる。それ以外の奴らが文字を学ぶのは大人になって必要になった時からだ。だから、お前が文字の読み書きが出来ないことは別に恥ずかしい事じゃないんだよ」
アレンの言葉にリンは口を噤む。そんなことを気にせずアレンは続ける。
「俺から教えて貰うのが嫌ならマカを頼れ。魔法も教えて貰えるし、文字の読み書きも教えて貰える。ミラもたぶん大丈夫だろう。ユナはどうだか知らんが」
更にアレンは続ける。
「魔王討伐にはお前の魔法が必要なんだ。文字が読めなくたって、代わりに読める奴に任せればいい。もっと人を頼って……」
「条件付きなら、アンタの教えを受けてもいいわよ……」
何でコイツは教えを乞う側なのに上から目線なのだろうと困惑しながらもそれを飲み込み返答する。
「条件ってのはなんだ? 余り無理な条件を出されても困るぞ」
「簡単よ。他の誰かにこの事をバラしたら殺す。アンタがそれを守って私に文字を教える。それならいいわよ……」
「それで文字の勉強をしてくれるなら、それでいい」
リンが文字を読めないことを誰かに言いふらすことではないし、そんなことをするつもりは毛頭ない。その程度の条件ならと了承した次の瞬間。リンとは別の女性の声が聞こえてきた。
「リンちゃんが知られたくないことって、文字が読めない事だったんですね」
その声を聴いたアレンとリンは牢屋に続く出入口へと視線を向ける。
少しして姿を現すのは金髪の聖女ミラだった。
ミラはニコニコと笑みを浮かべてリンを見ているが、その顔を見たリンは真っ青になっていた。
「アンタ……いつからそこに居たのよ。見張りは……? 誰も入れないようにって言ったはずよ!!」
「リンちゃんが心配だって言ったら簡単に入れてくれましたよ? あと、話は全部聞いてましたよ」
「あっ……」
ミラの言葉を聞いたリンはその場に膝を抱えてうずくまる。
「終わった……何もかも終わった……」
その姿を見たミラはにこやかな笑みを浮かべながらリンに手を差し伸べる。
「大丈夫ですよ、リンちゃん。まさか文字が読めないなんて予想外でしたが、大丈夫。これから学んでいきましょう」
「どうせ心の中じゃアンタは私の事を馬鹿にしてるんでしょ? アンタみたいな奴は人を見下して、愉悦に浸ってるって生きてるって知ってるのよこの腹黒聖女」
「なんで私、こんな罵倒されなきゃいけないんですか?」
「どうせ次の日にはアンタが城中に私が文字を読めないことを吹聴して回るんだわ。そして皆、私の事を指差して笑いものにするのよ。知ってるんだから」
「そんなことするつもりはなかったんですけど、今ならちょっとやっちゃいそうです」
「もう、魔王討伐なんて辞めて滅びればいいのよ人類何て……」
「何でこの子が賢者に選ばれたんでしょうか……」
落ち込むリンに対してアレンは溜息を吐いて口を開く。
「まあ、落ち着け。ミラは人が嫌がることをペラペラ喋る様な奴じゃないだろ? 仮にも聖女様だぞ? なあ、ミラ? アレ、ミラさん?」
アレンはそう言って視線をミラに向けるが笑みを一つ見せるだけで明確な返答は帰って来なかった。
「それに文字を読めないならユナも同じじゃないか? アイツ、文字読めなそうだろ?」
「ユナなら読めるわよ……」
「えっ?」
「ファイアボールとバインドの魔法は、ユナが魔法を使ってみたいって試しに読んだ時に私が覚えたのよ」
「だからその二つは使えたんだな」
「そうよ。だからユナなら適当に理由を付けて魔術の詠唱文を読んで貰って、それを覚えるだけだと思ってたんだけど……それが出来なくなったのよ。アンタが来たから」
アレンは何故自分のせいなのかと考えるとすぐに思い当たることが出て来た。
「剣の稽古か」
「そういうこと」
冒険者としての依頼を受けない時は休暇として各々自由に動いている。
ユナはその時間を剣の稽古に充てていた。それまでは特に何をするまでもなく城や城下町を散策してたりしたのだろう。だがその時間が無くなった。リンの性格上、ユナをわざわざ部屋に呼び出すことも出来ず、文字も読めないまま、何も進展しない状態が続いていたという訳だ。




