幼稚な神様、もっとスタディ中
前略、僕はモガミ・ユーギ、異世界の元神様だ。
地球の神共のせいで人間として転生を繰り返し絶賛スタディ中である。
今回の僕のスタディ場所は、漢王朝の辺境の異民族、匈奴の生まれだ。ちなみに今回は女の子である。
微妙なポジションだ、この時代の女子はハードモードである。まあ男も男でワンチャン出世はできるかもしれないけど死ぬ確率もめちゃくちゃ高い、特に今は乱世の時代である。
どちらかといえば、女子のほうが立ち回り方によっては生存率はずっと高い。ようはやり方次第だ。
僕の今生の親兄弟は戦争でとっくに死んでいる。戦争というか内乱なんだけどね。
匈奴の王族同士で揉め事があってそれに巻き込まれた感じかな、もう殺し合いだの奪い合いだの凄い時代だ。
そんなこんなで、今は、漢王朝側の部族である、於夫羅君の元で巫女みたいな仕事をしている。
巫女っていうかほら、僕は神だし頭がいいし見た目もいい、人間としての経験も長いからトークスキルでなんとでもなるのさ。
しかし、於夫羅君、故郷を追われて、漢王室にも無視されて今は孤独なポジションだね。
でも、匈奴の王である、単于の名前は伊達ではない。彼には多くの部下たちがいる。
それにしても漢王朝って詰んでるよね。皇帝ってだれそれって感じかな、みんな好きかってやってるや。
ついこの間まで董卓というデブで好色な変態に連れ去られたかと思ったら愛人をめぐって部下と殺し合い、なんやかんやで今は曹操って奴が実権をにぎってる。
そういえば皇帝さんはこの間、都から逃げてきて曹操のところで暮らしてるんだっけ。
於夫羅君も、曹操に負けてしまって彼の配下になってしまった。曹操か、やるやつだ。ぜひ一度有ってみたいものだ。
「巫女殿! 大変だ於夫羅様が亡くなられた、至急参られよとのこと」
おっと、これはこれは、悲しいものだ、親しい人間が亡くなるというのはいつの時代もつらいものがある。
――天幕内では葬儀が執り行われていた。
「於夫羅単于、君とは苦楽を共にしたね。神も見ているよ。安らかに眠れ」
僕は全ての祭祀の責任者になっている。特に身分の高い人間は婚姻から葬儀まで、僕が全て面倒を見ることになっている。一通りの儀式を終えると。
「さてと、次の単于を決めないといけない。誰が適任だろうか、僕としてはそうだね、順当に弟君の呼廚泉君がふさわしいと思うよ。皆も相違ないね?」
葬儀に参列した氏族の長たちは全員頷く。困難な状況下で権力闘争をする愚か者はいない。現実はなお厳しいのだ、内輪もめで散々な目にあっている我らにとってはなおさらである。
「そういえば劉豹君は新しい嫁さんゲットしたんだっけ? 聡明でかわいこちゃんらしいじゃないか、あはは」
――劉豹は於夫羅の子で、呼廚泉が単于になったことで左賢王に就任した。左賢王とは単于に次ぐナンバー2の地位である。
「なっ! ユーギ様、父上亡き後に不謹慎です」
「あはは! いいじゃないか、みんなも暗い顔しないの、敵は多いよ、袁紹なんかはかなりの勢力を広げてかなり厄介な存在になっている。それに曹操だって信用できない。
基本的に漢民族は離間の計を得意とする。我らがここまで落ちぶれたのも奴らのせいといっても過言ではない。……知らんけど」
「知らんけどとは無責任な!」
「あははは、いやー実際、僕らもかなりのへまをしてるじゃない? あんまし他人のせいにしても良い事は無いよ。前向きにね」
「ユーギ様の言うとおりだ、兄である於夫羅も全て正しいことをしたわけではない。いや、漢民族の騙し合いに負けてしまった。我らは狡猾であるべきだ」
ふむ、彼なら今後は問題ないかな。頑張りたまえよ、呼廚泉君。
残念だが僕は戦に興味はないし、男の仕事だ。うまく立ち回るといいさ、まあ相談くらいはしてあげるし。
さて、僕は僕で仕事をしよう。劉豹君のお気に入りのかわいこちゃんのご尊顔を拝むという大事な仕事を。
◆
「蔡琰ちゃーん、やっほー、調子はどうかなー?」
「ひっ! 貴方、何者ですか? ここは左賢王様の天幕ですよ」
なるほど、これは美人さんのようだ。これはこれは劉豹君、大当たりだね。
ちなみに左賢王の劉豹君は夜だというのに会議中なのだ。現在、袁紹に呂布、曹操にあとだれだっけ劉……うーん、まあそんなやつらが互いに覇を競っている。
そのため幹部たちは毎晩会議で忙しいようだ。新婚だというのに可哀そうなことだ。
「やあ、自己紹介が遅れたね、僕はユーギという、巫女だよ」
「ユーギ? 左賢王様がお姉さまとよんでる祭祀長のユーギ様。なぜこちらに、まさか、左賢王様とはそういうご関係で?」
ジト目で見つめてくる蔡琰ちゃん。
かわいいなー。いっそのこと寝取ってやるか。おっといけない。時代が許してくれないだろう。
「いやいや、彼にその気があっても僕にはその気はないよ。こんなちっちゃい頃から知ってるからね。まあ安心するがいい。ちなみに彼は君のことは大好きみたいだ。あはは。
おっと、僕が用があるのは君にだよ、最初はどんな美人さんか確かめるだけだったけど、君はどうやら才人のようだから、話があうかなと思ってね」
先ほどまで書物を読んでいたのだろうか。机の上には木簡が無造作に広げられている。しかも筆と墨があることから字を書くこともできるようだ。
この時代で、しかも女性で字を書くことが出来るということはよほどのことである。
「ふむふむ、予想以上だ、最初は顔を見て合格だったらちょっかい出して退散しようかと思ったけど。男たちは会議で忙しそうだし。僕たちは女同士、腹を割って話でもしようじゃないか」
…………。
「――ということで僕達の置かれている状況はこんなだけど蔡琰ちゃんはどう思うかな?」
「ユーギさん、私にこんな重要なことを話していいんですか? 私は漢人ですよ? あなたは匈奴の立場ある人だというのに」
「ああ、別にいいよ。それに立場を考えてのことでもある。僕は、いや僕たちはこの乱世をうまく立ち回って生きないといけないからね。もちろんそれは蔡琰ちゃんも含まれるよ」
「ええ、そうですね。でもここまでの情報があるなら。ユーギさんなら答えは出ているんじゃないですか?」
「うーん、そうなんだけどね、でもそれを話す前に蔡琰ちゃんの意見を聞きたいなー」
「私を試しているんですね。いいでしょう、私も生き残りたいですから」
蔡琰ちゃんは姿勢を正し、真っすぐに僕の顔を見つめてきた。なるほど。彼女はここでは異民族である。いくら左賢王の妻となっても油断はできない、覚悟を決めるべきだと思ったのだろう。
聡明な子だなぁ、感心だ。
「では、この状況を整理しますと、そうですね。現在覇を競ってる諸侯の中ではおそらく袁紹と曹操が勝ち残ります。我々はこのどちらかに組するかで運命が決まるでしょう」
「うん、僕の読みと同じだ。蔡琰ちゃんとは仲良くなれそうだ。どうだい? このまま朝まで一緒に過ごすかい?」
「どういう意味ですか? それに左賢王様がもうじき戻られます! こんなところ見られたら」
「おやおや、見られても問題ないじゃないか。女同士なんだし、っと確かにお邪魔しちゃだめだね。じゃあ、また今度」
――やがて、中原の諸侯同士の争いは激化し、淘汰され、袁紹と曹操の二大勢力に支配されるようになった。
やがてこの二大勢力は黄河下流域の官渡において激突した。のちの歴史を決定付けた【官渡の戦い】である。
◆◆
――官渡の戦い
中原の覇者を決める歴史上重要なターニングポイントとなったこの戦いは。序盤こそ曹操が優位に立った。
しかし、曹操が数万の兵力であったのに比べ、袁紹はその十倍の圧倒的な兵力の差、さらには食料の備蓄量など兵站の面でも袁紹には劣っており日に日に曹操を追い詰めていった。曹操は敗北を覚悟したかに思えた。
いや、実際に降伏を考えたことだろう。しかし曹操と袁紹では決定的な差があった。
それは人材の差である。曹操には優秀な将に軍師が一つに団結しているのに対し、袁紹には互いに功を譲らない将や軍師が足を引っ張り合う始末である。
つまり、袁紹軍は配下の将や軍師に裏切られ、形勢は逆転、袁紹は敗北し、その直後に失意のまま病死してしまった。
匈奴の左賢王、劉豹の天幕内。
「いやー負けたねー、僕らどうなっちゃうんだろうねー」
天幕内には僕と劉豹君と蔡琰ちゃんがいた。
「無念だ、父上の雪辱を果たす絶好の機会だったのに。涼州の馬騰が裏切ったせいだ。それに袁紹の馬鹿息子が本当に馬鹿だったのが誤算だった。この状況で兄弟同士で殺し合うとは。馬鹿がすぎる」
同意だね。兵力でまだ優勢だった彼らは持久戦に持ち込めば勝てたはずなのに。戦争中に後継者争いで内輪もめの末、同士討ちをするなんて。
これはさすがに予想できなかった。僕もまだまだスタディが足りないなぁ。
「ああ、そう言えば馬騰の息子の馬超だっけ? あれはおっかなかったねー。足に矢が刺さってるのに突っ込んでくるから、さすがの僕もヤバいかなって思っちゃったよ、あはは」
「ユーギさんは戦場に出たのですか? 女性だというのに……」
蔡琰は驚きを隠せないといった表情で聞いてきた。たしかに女は戦場には出ないのは常識だ。
「たまにはねー、さすがに全ての女性がそうじゃないけど、僕ら騎馬遊牧民は高貴な身分の女性なら戦場に出ることもあるのさ」
「しかし、ユーギ様、さすがに前線に出すぎです、ヒヤッとしましたぞ」
「いやー敵の大将も前に出てたから、ついね、僕の弓矢ならコロッとやれると思ったんだけど。あれは人間のレベルじゃないね。あいつはきっと有名な将軍になるだろう」
「馬超とはそれほどでしたか。しかし、これからどうしたものか。皆にはまだ話してないが、俺は曹操に降伏すべきだと思う。叔父上、いや呼廚泉単于は死ぬまで戦うと言っているがこのままでは匈奴は滅んでしまう。それに……」
「それに、生まれてくる子供の為に祖国は残さないとね。いつ生まれるのかな? まったく、戦争中だというのに二人目を仕込むとは、あはは! やるじゃないか」
僕は劉豹君の背中をぽんぽんと叩きながら。大きくなった蔡琰ちゃんのお腹を見た。
人間の、いや、全ての生物の基本的な役割か。今ではその役割以上にその営みの尊さに思いを馳せることが出来るようになった。
「仕込むだなんて、はしたないですよユーギさん。えっと、そうですね、早ければ来月になるかと」
「さてさて、じゃあ、祭祀長の僕としては君たちの為に呼廚泉君を説得しようじゃないか」
――その後、匈奴は曹操に降伏。
兄弟同士でいがみ合っていた袁紹の息子たちは、曹操という最大の敵を前にしても、和解することなく互いに騙し殺し合い。
やがて曹操に隙をつかれ各個撃破されていき、無残な最期を迎えた。
この戦いで曹操は中原の全てを手に入れたのであった。
◆◆◆
――曹操が拠点とした都市、鄴にて
「やあ、丞相、初めましてだね。僕は神様の化身だよ」
「丞相? はて、私はただの冀州牧にすぎませんが、ところで貴殿は何者ですかな? 面会の予定はなかったのですが」
外には警備の兵がいたはずだがと不思議に思ったのか、彼は窓の外に目を向ける。
警備の兵が全員が倒れているのを確認したのか、彼は大声で叫んだ。
「許褚はどうした!」
「ああ、あの大男には少し眠ってもらったよ。でも彼を叱らないでやってくれ。それはしょうがないのさ。彼は強そうだったから僕としても卑怯な手を使ってしまったからね」
今の僕は少しだけ神の力を使える。まあ簡単な精神操作くらいだけど、それでも強い魂を持つ英雄には効果は薄い。せいぜい数分間眠らせるくらいだ。
彼の強さだと10分くらいで起きるだろう。
「さて、時間もないし、どうだろう。少し問答をしようか。曹孟徳、君はこの乱世をどうしたい? その答えを僕が気に入ったら生かしてあげようじゃないか」
…………。
……。
ふむ、ひょっとしたら彼がこの時代で一番面白いやつじゃないかなー。ふむふむ。殺すのは惜しい。
僕の蔡琰ちゃんを連れ去ろうとした卑劣漢には退場してもらおうかと思ったけど。それはこの時代の全ての民に迷惑がかかるからね。
問題は劉豹君か。まあ殺されるわけでもないし。生きてればいいことがあるさ。
「私が曹操に買われたですって? それは本当ですか? ……随分と今さらですね」
「そうなんだよ、君の文才が曹操の耳に入ってね。僕も最初は君のことを蔡文姫と呼んでるキモイおじさんかと思ってちょっと挨拶に行ったんだけど。
どうやら事情があってね君の父上と知己があったらしいんだよ。それで呼び戻したいとのことらしいのさ」
「そうなんですか、って、え? ユーギさんは曹操と知り合いだったんですか?」
「初対面だったよ、でも彼の屋敷の中に入ったら偶然にも話す機会があってね」
まあ、最初は殺すつもりだったんだけどね。
「それは偶然ではないですよね……まあユーギさんならそういうこともあるでしょうけど」
「お、僕のことを分かってくれるなんて嬉しいね。で、蔡琰ちゃん、君には本当にすまないと思ってるんだけど、選択肢はないよ」
「でしょうね、理解しています。それにユーギさんが謝ることでもありません。これでお別れなのは残念ですが、運命として受け入れるしかありません」
「さすが、本当に君は聡明な女性だよ。てっきり怒られると思ってたしね」
「聡明だなんて、ユーギさんに言われると恥ずかしいというか、少し嫌味に聞こえますけど……」
「あはは、まあ安心するといい、君の大事な子供たちは僕の責任をもって立派に育てて見せるさ。あとは大きな子供を説得しないとね、というかこっちは大変だよ。別れが嫌で拗ねちゃったんだ」
「大きな子供って……うふふ、左賢王様のことよろしくお願いしますね。あと愛していました。と伝えてください」
「いましたって……なるほど引きずるなってことね、うーん、僕が引きずっちゃうくらい君は素敵な女性だねー。……じゃあ元気で」
「はい、ユーギさんこそお元気で」
――あくる日、曹操の使者が私を迎えに来た。
「さあ、泣かないで、あなた達は御父上をしっかりと支えるのよ」
私は泣く我が子に後ろ髪を引かれる思いがした。だけど、ここからは割り切ろう。ユーギさんの助言を無駄にしてはいけない。
ユーギさんも左賢王様も見送りには来ない。私の立場を慮っている「いいかい? 蔡琰ちゃん、匈奴での人生は不幸だったといいなさい。
決して曹操には劉豹君を愛してたなんて答えてはいけない、それは君の立場だけでなく、我々の立場も悪くする、まあ僕が言わなくても君ならわかってると思うけど一応ね」
だからこそ子供だけには未練があると、最低限の感情くらいは曹操の使いの者には見せても問題ないだろう。
そして私の気持ちも切り替える。私はこれから蔡文姫としてふさわしい振る舞いをしよう。
「さあ、参りましょう、曹操様、いいえ丞相には感謝してもしきれません、私をこの辺境から救ってくださったのですから。都へ着いたらさっそくお礼に謁見したく存じます」
◆◆◆◆
曹操に投降した呼廚泉単于は曹操の拠点である鄴に抑留されており、実質的に権力を奪われて人質の状態になっていた。
匈奴の領土はナンバー2である右賢王、左賢王によって分割統治されていた。
――匈奴、左賢王、劉豹の天幕にて。
「劉豹君よ、最愛の妻を失って傷心の劉豹君よ、おやおや、子供の頃に戻ってしまったみたいだ。男はこれだから、よしよしお姉ちゃんが慰めてあげようか」
これは重症だな。まあ気持ちは分からなくもない。戦には負けて、女は取られて、代わりに残ったのは大量の金品だ。実質的に妻を金で売ったのだ、さぞみじめな気分なのだろう。
「祭祀長……いや、姉ちゃん、俺はどうしたら。叔父上は人質になっているし、結局は我らはこのまま漢のいや、漢を支配した曹操の言いなりになるのか」
「どうだろね、さすがに僕でも分からないよ。でも分かることは、乱世は終わりつつあるってことかな。もう曹操に対抗できる勢力は無いしね。残りは消化試合みたいなもんじゃないかな」
先程から劉豹君は今後の情勢についてを語っているが、左賢王ともあろうものが僕に膝枕をされながらってのは他人には見せられないね。
まるで本当に子供の頃に戻ったようだ。そういえばプロポーズをされたことを思い出した。そのときは大きくなってもまだ僕のことが好きなら結婚してあげると言ったっけ。
「ところで、劉豹君、未だに僕が好きなのかい? こう見えて結構年上なんだけど?」
「いや、それは……、君は本当に神様みたいで、外見だって初めて会った頃と全然変わってない、俺の初恋の姉ちゃんそのものだ」
まあ、確かに神の化身である僕の寿命は少しだけ長い。それでも人間の範疇ではあるが、若く見えるのもそのせいだろう。
彼を起こし、互いに目線を合わせて、彼の瞳の奥を見る。
ふむふむ。まだ目は死んでないようで安心した。
「祭祀長どの、その……顔が近いというか、その……照れてしまう」
「あはは、嬉しいことを言ってくれる、よろしい、ならば君との約束に答えてあげよう、安心しなさい僕が幸せにしてあげるよ」
…………。
……。
――時は流れる、天下は3つの国、魏、呉、蜀に分かれて均衡を保っていたが、もはや英雄は亡く。
時の権力者である司馬一族により天下は統一されようとしていた。
「祭祀長様、ご嫡男の劉淵さまが参られておりますが、あ、まだ入ってはなりません」
勢いよく入ってくる少年。面影は夫である劉豹にそっくりだった。
「母上! いえ、祭祀長様、淵にも学問を教えてくださいませ」
「おや、淵よ、勉強は兄上に受けていたのではなかったかい? それとも母と居たいが為の方便かな?」
「はい、方便です、と言いたいところですが、勉学にも興味があります。問題ないでしょう?
兄上たちにも教えていただいておりましたが、物足らず不満を申し上げたら、ならば母上に尋ねよと追い出されてしまいました」
「よろしい、いい回答だ。さて、では今日は劉という姓について話そうか、今は滅んだ、いや、かろうじでまだ残り火がくすぶっているようだが、これは漢王朝の皇帝の姓なんだよ」
「母上、それは知っております、それに漢王朝、最期の皇帝の劉禅は嫌いです。漢王朝の兄である匈奴としては軟弱な姿は見ていられません」
「お前は劉備が好きだったね、でもお前は劉禅を少し見誤っている、見下すのは自由だが淵よお前は何も分かっていない。母が説教してやるから今日一日は外に出られないと思え!」
「はい!、母上! よろこんでお受けします、では今夜はこちらにお泊りしてもよろしいですか? 実は今日は帰れぬと父上には申しております」
「あはは、この子は、私が策にはめられるとは、お前はいつか天下を獲れるかもしれないね。いずれこの母が都へ推薦してあげよう。だが、その前に世渡りの術をもう少し学ぶ必要があるね。
より理知的で狡猾に生きねばならぬ。そうだな、お前の継母に蔡文姫という有名な学者がいたのは知っていよう。お前の義兄の母上だ、彼女の生きざまを知れば戦場だけではなく宮廷での戦いに役に立つだろう」
「はい! 淵も聞きとうございます」
劉淵は、この後、誕生する漢民族の王朝を駆逐し異民族が群雄割拠する五胡十六国時代の最初の王朝である前趙の基礎を築くことになる。
◇◆◇
………………。
…………。
……。
「ユーギ君帰還しました」
またこいつらか、毎回毎回帰還すると。このとぼけた女神になんか言われるのだが。さてと今回はどうだろうか。
「あ、ユーギ君おかえり、ちょっと、ユーギ君のお友達だった女の子だけど、なんだっけ蔡文姫って子、結構な有名人になってるわね」
お、今回は僕へのダメ出しは無いようでよかったよかった。
「そうでしょうよ、あの時代の女性の中では特別に光り輝いていたとも、まあ僕が結構入れ知恵したしね。あはは、僕だって人を育てることができるのだよ」
「ユーギ君、育てるといえば、あなたのお子さんは結構とんでもないことやらかしてしまったようね」
「うん? そうだろうとも、きっと立派に育ってくれたはずさ、それに母としての経験は貴重なものだったよ」
「あらあら、すっかり親ばかになって、でもその調子よ、さてと次は……」
――元神様モガミ・ユーギのスタディは続くのだった。