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03.君の名前はアルギュロス

「ゴホンゴホン!えっと私のことはジークと呼んでくれ」


ジークはシシリアの視線に耐えられなかった。魔王軍の女性の中でシシリアは比較的優しくしてくれる方である。そんなシシリアにも嫌われたら魔王軍も追放されてしまうかもしれない。

 それはジークとしても何としても避けたかった。


「ジークパパ?」

「ノン!ジークさん!」


ジークパパでは何も変わらない。シシリアの視線も痛いままだ。ジークは慌てて訂正した。


「ジークさん……うん。わかった。ジークさん」


キメラがにっこりと微笑んで頷いた。素直でとてもいい子である。女性にそんな態度を取られることがほとんどなかったジークは思わずほっこりした気持ちになった。


ーーこれが、癒しってやつなのかな。


「ジークさん?」


ほっこりしているとシシリアが低い声で呼びかけてきた。心なしか先ほどよりも視線が鋭い気がする。


「な、何かなシシリア君」


シシリアが怒る理由が全く分からない。ジリジリと迫ってくるシシリアからジークは少しずつ距離を取ろうと後ずさった。

 その時、ジークの袖をキメラがくいっと引っ張った。


「ジークさん」

「何かな?」


さすが美人。上目遣いされると胸が高鳴る。女性に嫌われてばかりで耐性のないジークは自然と頬が赤くなった。


「私の名前は、キメラなの?」

「む」

「そ、そう言えば名前……どうするんですか?」


シシリアも今気がついたようである。

 魔王軍の最初のキメラだ。

 変な名前なんてつけられない。


「そうだな。ネコと人間のキメラだからな」


魔王軍の歴史に残るキメラの名前に、シシリアは目を輝かせていた。きっと、カッコいい名前を期待しているのだろう。その視線は期待に満ち満ちていた。


「『にゃんにゃん』はどうだ?」

「却下ですよ!」


しかし残念なことにジークに名付けの才能はなかった。


「なんですか『にゃんにゃん』て!センスゼロですね!」

「そ、そこまでか……?」

「ジークさんの変態っぷりには右に出る者がいないと確信できます」


猫の鳴き声をそのままに名前にするのがそんなにセンスないとは。ちょっと子供っぽすぎて、あざとく見えただろうか、とジークは首を傾げた。いい年した男性があざとくても気持ち悪いのかもしれない。

 ジークは少し反省した。


「すまなかった。あまりにも安直すぎたな。うーん……アルギュロスはどうだ?」

「アルギュロスですか?」

「銀色という意味の外国語だ。ほら目の色とか髪の色が銀色だから」

「まあ……にゃんにゃんよりは俄然マシですね」


キメラは目を輝かせた。


「君は今日からアルギュロスだ!」

「私、アルギュロス!ありがとうジークさん!」


にっこりと笑って喜ぶアルギュロスが可愛い。本当の娘のように感じてしまう。しかしジークがほっこりしていると、何故かシシリアの目が鋭くなるのだ。

 ジークは慌てて気を引き締めた。


「それで、アルギュロスさんにはどんな能力があるんですか?」

「実はな。これは戦闘向けではなくメイド用なんだ」


そう言ってジークは自分の机の中からメイド服を取り出した。ヒラヒラの白いエプロンに黒くてシックなメイド服だ。スカート丈はそこまで短くないのでシシリアは突っ込まない事にした。

 本当は何故机の中に用意しているのかとか、メイド服はどこから買ってきたのかとか、色々気になるところはある。

 しかしそんな疑問を全て飲み込んで、シシリアは笑顔を見せた。


「いいですね、メイド。開発部の雑務を手伝ってもらいましょう」

「うむ。この部屋の環境はよろしくないからな。任せるといい!家事全般何でもこなせるぞ!」


開発部は泊まり込みで仕事をする事も少なくない。日夜魔王軍の後方支援として必死に研究を進めているのだ。

 そのため、食べかけの食事やらゴミが至る所に散らかっている。開発部唯一の女性であるシシリアが定期的に掃除してくれているものの、手が回っていないのが現状だ。


「戦闘向けではないんですね」

「最初だからな。まずは試しにやってみたんだ。成功したらこれをベース筋肉増量して魔力を高めていくつもりだ」


最初からハードルを高くしてしまうと結局失敗してしまう事がおおい。一歩ずつ着実に前に進んでいかなくては。

 それにシシリア一人に掃除させるのも気が引けていたのだ。

 なかなか進まない研究に疲弊し切っている他の局員達は当てにならないし、ジークもたまに手伝いを申し出ているがどうにも邪魔しているようにしか感じない。せめて自分の席の周りだけでも片付けるよう心がけてはいるのだが、それでもシシリアの負担は大きい。


「シシリアもこれで少し研究に集中できるようになるな」

「ジークさん……ありがとうございます」


変態なのに、こうして優しいところもあるのだからシシリアはジークを邪険にしきれないのだ。


「さて家事能力を確かめるか」

「そうですね」


シシリアは胸の奥があたたかくなっていくのを感じていた。


「アルギュロス、魔王様が帰ってきたら、なんと言うかわかるかな?」

「え?」


シシリアが想像していた家事能力とは少し違う気がした。シシリアは掃除とか洗濯とか、料理とかそういうものを期待していた。魔王……つまり主人が帰ってきた時に荷物を持ったりコートを預かったりするのも確かに必要だ。しかしとりあえずこの開発部でアルギュロスを使うのであれば、それは必要ない能力な気もする。

 シシリアは一気に嫌な予感がしたのだ。


「お帰りなさいませ、ご主人様、です」

「完璧だ!」

「最悪だ!」


やっぱりな、とシシリアは思った。

 アルギュロスがメイド服に身を包み、妖艶な笑みで頭を下げた。完璧な可愛い仕草だ。

 けれど、それはシシリアが求める家事能力ではない。


「何故だい!?シシリア君!」


ジークは困惑していた。まさかそんな評価されるとは思っていなかった様子だ。


「なんか……これっていう理由はないんですけど、なんか卑猥な感じします。男性の下心が見えると言うか」


シシリアも上手く言葉にできない。頬を赤くして、顔を背けた。


「むう。猫とのキメラがいけなかったか。猫はあざといからな」

「いや。猫は悪くないですよ」


シシリアは全ての元凶であるジークを死んだ魚のような目で見るのだった。



この作品を読んでくださり、ありがとうございます。

この作品はカクヨムの「楽しくお仕事in異世界」中編コンテストに応募しています。よろしければそちらの応援もよろしくお願いします。

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