第七話① いやー、待った。待ったね
「各種魔法式、魔法翻訳開始ッ! 進捗率十、二十……二十三パーセントにて異常発生ッ! 魔法翻訳を緊急停止しますッ!」
「馬鹿なッ!? ここの魔法式を書いた奴は誰だッ!? 今すぐ出てこいッ!」
「落ち着くのだっ! 単なる文法エラーだ、すぐに修正するぞっ!」
二柱が睨み合っている砂漠から少し離れた場所にて、マツリはジャスティンを含めた評議会メンバーにて準備が行われていた。幾つも用意された秘伝の巻物の中には、惑星源流を限界まで溜めて一気に解き放ち、指定した相手だけをアンドロメダ銀河の外側まで吹き飛ばすことができる大規模魔法論理、初代星の神子の作成した【惑星追放砲】の魔法式が書いてある。
主としては星の神子であるマツリが魔法論理の起動や溜め込まれた惑星源流の解放及び維持を担当するのだが、それ以外の細かい制御等は他の面子が手伝うことになる。
「修正完了ッ! 魔法翻訳、再開しますッ! 進捗率十、二十……」
「間に合って、欲しいのだ……っ!」
大規模魔法論理となると、何千万行とある魔法式の魔法翻訳だけで、かなりの時間がかかってしまう。その間にも二柱は着々と攻撃準備を整えているらしく、マツリは常に二柱の動向と進捗率を交互に確認していた。
「……九十、百ッ! 魔法翻訳、異常なしッ! マツリ様、全ての準備が完了しましたッ!!!」
「っ!」
だが間に合った。まだ二柱は攻撃を始めていないが、今すぐにでも、【惑星追放砲】を放つことができるようになった。成功率は約九十パーセント。上手くいけば、二柱をアンドロメダ銀河の外側まで吹き飛ばすことができる。
(でも、もし失敗したら……)
数字上、十回中九回は成功する見通しだ。しかしそれは裏を返せば、十回中一回は失敗してしまうということだ。その一回を引き当ててしまえば、もう何もかもが終わりだ。
二柱を吹き飛ばす為の惑星源流を再び溜めるには何年かかるかも解らないし、そもそも遥かに格上の存在に同じ手が通用するとも思えない。更には自分達を追い出そうとしていたことが伝わってしまえば、向こうから敵意すら向けられることになってしまうだろう。
(そうなったらこの惑星は、みんなはどうなってしまうのだ……?)
マツリの心の内に恐れの気持ちが湧き上がり、俯く。自分達ではどうすることもできないくらい圧倒的な存在から不満を持たれたら、もうお終いだ。
無残に殺されるのだろうか。苦しみながら死んでいくのだろうか。それとも生かされたまま、永遠に利用され続けることになるのだろうか。
(いや。もう、そんなこと考えないのだっ!)
嫌な想像を、マツリは首を振って振り払った。失敗したら、もう死ぬだけ。そうなってしまったら、もう何もかもが無意味だ。
ならば成功率を少しでも上げて、みんなを守り切ったという明るい未来について考えたい。
「……|人には愛を、地には平和を《ラブ、アンドピース》」
目を閉じたマツリは、小さな声でそう願った。誰にも脅かされることのない世界で、大好きな民に愛を、星に平和を。
やがて目を開け、顔を上げたマツリはその場にいる全員を見やった。ずっと自分と一緒になって頑張ってきてくれた評議会の面々が、自分を見ている。やってくれると、期待の眼差しで。
「惑星源流、封印解除っ! マツリマジック、認証完了っ! 実行っ!」
それを受け取ったマツリは、覚悟を決めた。自分にできる全てをもってして、あの二柱を吹き飛ばす。星の神子権限で封印していた惑星源流を解放し、魔法式を使って大規模魔法論理を起動させる。平和をつかみ取るのは自分達だという決意を目に宿し、大きく息を吸い込んだ。
「【惑星追放】……」
「この時を待っていたァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
しかし、最後の起動呪文を唱えようとしたその時。大声でそれに割り込む者がいた。ジャスティンである。
それと同時に、彼を含む革新派の面々が、次々と巻物を取り出していた。まるで、今から全員で大規模魔法論理を扱うかのように。
「魔法翻訳、異常なしッ! ジャスティスフォース、認証完了ッ! 実行ッ!」
「じゃ、ジャスティン……?」
一部で盛り上がっているジャスティン達に対して、困惑の表情を浮かべる周囲の評議会の面々とマツリ。しかし聡明な彼女はその時にふと、理解してしまった。コーシの行方不明から始まった、この一連の騒動について。
重要な役割を担っていたコーシを連れ出せる権限。魔法論理の探知を誤魔化せる程の技量。そしてどんな理由かは解らないが、案内してくれたのが革新派であったバイダであるという事実。
全ての点が彼女の頭の中で線となって繋がり、一つの真実が描かれる。それは、つまり。
「お前が犯人だったのか、ジャスティンっ!!!」
「【強制徴収命令】ッ!!!」
しかし、一歩遅かった。ジャスティン達の大規模魔法論理が発動してしまい、彼に光が宿り始める。その様子を見たマツリは、ギョッとした。
「お、お前、まさかっ!?」
「気が付くのが一歩遅かったですね、マツリ様ァァァッ!!!」
「溜めた惑星源流を横取りする気なのかっ!?」
長年に渡って溜め込まれてきた惑星源流の全てを、ジャスティンらは別の大規模魔法論理で掠め取ろうとしていた。事実、【惑星追放砲】の為の惑星源流が、彼自身へと流れ込んでいっている。
それに気が付いたマツリは、慌てて星の神子の力を発動させた。
「星の神子として祈り上げるっ! 惑星ガイアへ管理者として憑依っ!」
惑星ガイアと契約した、星の神子の特権。本来、惑星源流を扱える人間は星の神子ただ一人であり、それ以外の人間は星の神子を仲介して契約を結んでいる。その為、星の神子は惑星ガイア自身に憑依することで、結ばれた契約の全てに干渉することができる。
ジャスティンも星の神子ではない以上、自分を仲介役として契約したことで、惑星源流を用いている。であれば、管理者として彼の契約を強制的に破棄してしまえば、大規模魔法論理は中断されるとの目論見だ。
「無駄ですよマツリ様。【魔法論理妨害】」
「憑依、できないっ!?」
しかし、マツリのその試みは失敗した。いつもであればすぐに憑依できる筈の惑星ガイアに、全く繋がらないのだ。
「【強制徴収命令】でこれだけの力を得たのです。貴女の憑依を妨害することなんて造作もありませんから」
「っ! 皆の者、ジャスティンを捕えるのだぁぁぁっ!!!」
ならば力づくでと言わんばかりに、周囲の評議会の面々と一緒になってジャスティンへ襲い掛かったマツリ。しかしそれに対応するのが、革新派の面々だ。
「それもそれも、無駄無駄ですね。【瞬間移動】」
しかも次の瞬間、ジャスティンはその場から消え失せた。驚いた面々が振り返ると、自分達の後ろに余裕の表情を浮かべたジャスティンの姿がある。
いつの間にか、彼の背後には後光がさしているように見えた。
「素晴らしい力だ。これが長年に渡って溜め込まれてきた惑星源流の威力……魔法翻訳も魔法式さえもなく、起動呪文だけで大規模魔法論理にも匹敵する力を操れるようになるとは」
「ジャスティンお前っ! 何故だ、何故こんなことをっ!?」
「何故か、なんて……貴女への復讐に決まっているでしょう?」
力に酔っているかのようなジャスティンだったが、マツリの言葉にスッと目を細めた。