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第9話 このまま彼を育てていくのは無理なのかもしれない

 大乱闘の結果は火ノ車亭の勝利で幕を閉じた。


「次顔出したら、あんたたち吊すからね」


 ローブの一団はシアにたきつけられた冒険者によって全員まとめて店から叩き出された。


 ただ、マリーシャは姿をくらましてしまい、再び行方が分からなくなってしまった。


 パーシルはというと傷を癒すため、火ノ車亭のヴェインと同じ部屋で療養することになった。

 ここならば、冒険者が常にだれかいるのでよほどのことがなければ手出しはできないだろうという判断だ。


 そうして、乱闘事件から三か月、パーシルは、受けた毒が子どもだけを殺すための弱いものだったことも幸いし順調に回復していった。

 ただその間、パーシルは悩んでいた。


――妻がヴェインを殺そうとしているのは事実だ。


 自分の子供が自分の子供ではない。

 その事実はパーシルも受け止めてはいた。

 だが、真に激痛を持って、子供を産んだのはマリーシャだ。


 おそらく本来はそれが親子の証明となるのだろう。

 だが、そうであるからして、パーシルが感じたものの何倍もの悩みや苦しみを、異世界転生者であるヴェインに対して抱えてしまっていたのかもしれない。


 立ち会ったときに感じた殺気、ナイフに仕込まれていた毒、そのすべてがマリーシャの気持ちを物語っているとパーシルは感じていた。


――彼女が襲ってくるとすれば家にいることもできないだろう。それにあの一団……


 アイフィリア教団と名乗った黒いローブの一団。

 おそらくあの一団がマリーシャをたきつけ、今回の騒動を起こさせたに違いない。


 教団の人数規模にもよるが何かしらの対策は必要だとパーシルは考えていた。


――とにかくまずは情報だ。アーランドたちが上手くやってくれればいいのだけど。あと……。


 パーシルはベッドの上から、ヴェインを見る。

 ヴェインは床に座ったまま、じっと魔術の本を読んでいた。


 ヴェインはあの事件以降まったくしゃべらなくなってしまった。

 意味のある言葉も、意味のないあの不思議な言葉も。


 パーシルにはヴェインの心境が少しだけ理解ができた。

 親に見放された。

 ましてやその親がナイフを持って殺そうとしてきた。

 それは祝福されなかった、望まれなかったと知った時の絶望。

 味方を失った孤独。安心感の欠如。


――そうだな、ここで俺が頑張らなければ、ヴェインは立ち直れないかもしれない。


 パーシルは今のヴェインを放ってはおけなかった。

 一人きりのつらさをパーシルは理解していたからだ。

 

 そう、この世界を一人きりで生きていくのはいかに転生者と言え、運が必要だ。

 ましてや二歳にならない子供をそのような過酷な環境に投げ込むなどパーシルにはできなかった。


「パーシル、いるか?」


 低い男の声とともに扉がノックされ、パーシルはベッドから降り、扉を開けた。

 リザードマンのアーランドとエルフのレインが調査から戻ってきたのだ。


「お疲れ様。報告は中で聞くよ」

「……いいのか?」

「ああ、ヴェインはもう俺たちの言葉がわかる。厳しいことかもしれないけど自分の現状を知らないといけない」


 そうして、パーシルは二人を招き入れ、報告を聞くことにした。

 狭い部屋にパーシルがヴェインを膝に乗せ抱える形でベッドに座り、アーランドとレインが椅子を用意しパーシルの近くに集まる。


「早速だがアイフィリア教団のことを調べてきた。どうやら転生者を解放すると銘を打ち、その実、赤子を殺している団体のようだ」

「そうか……」


 アーランドの報告は彼らの言動を裏付けるものだった。

 次いでレインが報告を引き継ぐ。


「教団の規模は200人を超えてた。一部の貴族の出入りも確認されているわ」

「なんだって!?」


 この国における貴族とは国の発展に貢献した者120人の人物の事を指す。

 彼らは王に意見できる権利を持ち、様々な分野で富を獲得している。

 その殆どが国のために働いている人物たちだ。

 ……最近は行き過ぎて国のためだけになっている者もいると聞くが。


 だが一部とはいえ、アイフィリア教団という怪しげな団体と貴族につながりがあるとなれば問題が生まれてくる。


 パーシルは最終手段としてヴェインを貴族に預ける選択肢も考えていた。

 ヴェインをあの怪しげな集団から守るには、彼らが手出しをしづらい環境にヴェインを置くのが一番だと考えていたからだ。

 それにこの国の異世界転生者にとってはそれが普通であるし、自由はどこまで約束されるかわからないが、なによりも命あってのモノダネだ。


「これからどうするのだ?」

「そうだな……」


 パーシルは手に入れた情報を整理し、検証し始めた。


 200人規模の集団を相手にするのはまず無理がある。

 前回はたまたま守りきれたが、四六時中狙われ続けるか、総力戦に持ち込まれたらパーシルだけではどうしようもできない。

 仮に火ノ車亭のみんなを巻き込んだとしても、どうにもできない状況だ。

 むしろこの三か月間は幸運だったということだったのだろう。


 それに貴族たちが絡んでいる可能性がある。

 これは最後の手を封じられたも同然の話だ。

 貴族にヴェイン預けたところで奴らは手を出せる可能性がある。

 そんなところにヴェインを預けることはパーシルにとって無意味だった。

 

 付け加えてしまえば、ヴェインが転生者であることは教団にはばれており、姿も見られている。

 逆にパーシルたちからは誰がアイフィリア教団の関係者かは分からない状態だ。

 今の状況は圧倒的に不利だった。

 

――もしかするとこのままヴェインを育てていくのは無理なのではないか。


 そしてパーシルはその結論に至った。


「この国を離れようと思う」


 パーシルは逃げることを決断した。


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