第1話 もしかするとこの子は異世界転生児かもしれない
――どうしてこうなったのだろう。
子供が生まれた。
長く冒険者として生活をしていたパーシルにとって、それは喜ばしい話のはずだった。
――どうして……。
目の前には生まれたばかりの赤子と、置手紙。
あまりのことに思わず手放してしまった手紙をパーシルはもう一度手に取る。
『私には、この子――いや、この他人を育てることはできません』
手紙には端的にそれだけ書かれていた。
ただ、妻はもう帰ってこない。その事実をパーシルは噛みしめていた。
――どうしてこうなったのだろう。
思考が堂々巡りする。
何が悪かったのか。どうして、彼女が腹を痛め生んだ息子を他人と呼ぶのか。
――いや。
パーシルは手紙を捨て、改め、生まれたばかりの息子を抱き上げる。
妻に似た黒髪、顔だちも整い、親心の忖度を除いても将来は精悍な若者になると感じさせる赤ん坊だ。
「FO^ZQ」
赤子はこの聞いたこともない言語をつぶやいた。
意味は解らない。ただ明確な意思を持った、おそらく意味がある言葉。
およそ生後一か月の赤子ができることではない。
本来、この時期は子供は泣くことしかできないはずなのだ。
――もしかしたら、俺の息子は異世界転生者なのかもしれない。
パーシルはその奇怪な状況を冷静に飲み込んでいた。
異世界転生者、それはこの世界においてある日を境に生まれてくるようになった存在。
彼らはそれぞれが特殊なスキルを取得し、高度な技術の知識を有しているとされている。
そしてその特異性から、貴族や王族はこぞって彼らをかき集め、使いつぶしていた。
「お前は一人でも大丈夫なのか?」
だが、それは貴族や王族の高水準な環境で『この子』が生活できるのだと、パーシルは赤子に言葉を投げかけた。
赤子からの返事はなく、ただ宙に手を向けばたばたともがいている。
意味のある言葉は話せても、こちらの言葉を理解する知識はないのだろう。
――生まれたばかりなのだから、なにも知らないのは当然だ。この赤子は決して強くない。
『お前は、強い子だから大丈夫だ』
ふと、パーシルは父の姿を思い出した。
広い背中と、皮の鎧の苦い匂い、それと銀色の剣腰に掛けた最後の姿。
生きていけるだけのお金は残していったが、幼いパーシルを置いて、一人冒険者としての生き方を選び、父は帰ってくることはなかった。
『あなたはあの人の子なのだから、一人でも大丈夫でしょう』
そして母。
もともとは優しい人であったが、父がいなくなったことをきっかけに現実から逃げるように酒を飲み続けた。
しまいに父が残した金を使いこみ、酒におぼれ、路上で知らない男に刺されて死んでしまった。
それゆえにパーシルは一人で生きていくしか無かった。
その体験が、彼に選択肢を与えた。
あの両親と同じになるのか。ならないのか。
ここでこの抱きかかえている子を見捨ててしまっては、父や母と同じになってしまうのではないかという選択肢。
――それは嫌だ。生まれたばかりの子にあんな思いをさせるなんて。ならば……
この子を育てよう。
たとえ異世界からの転生者であっても、生まれてきた子が誰にも祝福されないなんて悲劇、あってはならないと、パーシルは決意するのだった。
「俺がお前を育ててもいいのか、ヴェイン?」
「M4、F7H、・D……」
妻のマリーシャが残していったものが一つだけあった。
ヴェイン、という息子の名前だ。
意味は――灯火。
人生の道を行く上で迷わないようにとつけられた名前だった。