ファーストコンタクトーー問答
春人が【思考加速】のスキルを解くと、止まっていた時が流れ出す。
魔素の煙が晴れていき、視界が開ける。
「な、なにが起きてるんだ?」
「始業式は……」
「まじか、これやっぱ、異世界転移ってやつじゃね?」
「ドッキリ?」
生徒が思い思いの言葉を口にしながら、状況を把握しようと辺りを見回している。
視界が開けて確認が取れたが、やはりここは儀式をする為の大広間のようであった。
石畳の床には教室で見たものと同じ魔法陣が描かれており、その周りには同じ柄の刺繍が入ったローブを纏った者たちが杖を携えて立っていた。
大召喚を行った魔導士なのであろう。
状況がつかめずに狼狽する生徒たちを他所に、しっかりとした足取りで前に歩み出る者がいた。
間林教諭だ。
自然と生徒の視線が間林教諭に集まる。
間林教諭はウィズ先生と渾名されるほど見た目が魔法使いっぽかったが、今の姿は完全に魔法使いそのものであった。
高級そうな黒のローブに、いくつもの宝石――たぶん護符であろう――を身にまとい、右手には大きな杖を持っていた。
まさに、魔法使いである。コスプレ会場にいれば、知らないカメラ小僧に囲まれ写真を頼まれるであろうくらい完璧な魔法使い姿であった。
「術式の主操者は大司教殿であったか。非の打ち所がない、完璧な術式であったぞ」
「大英雄のマーリン様に褒めていただけるとは光栄の至りであります。
これも偏にマーリン様のご指導と、術式発動時にあちらの世界からの座標伝達があったからこそでございます」
間林教諭に声をかけられて、術式を制御していた者と思われる初老の男は左右に首を振る。
異世界の言葉のやりとりであったが、スキル【言語理解】により生徒たちにもその内容が理解できた。
「え、なに。ウィズ先生って、異世界人だったの?」
そのやりとりに、生徒たちから驚愕の声が漏れる。
「ニコラウス大司教。それに転移術式であちらの世界から補助にあたったマーリンよ、大義である」
低い声が室内に響く。
その声にその場にいた生徒以外の者たち全てが片膝をつき頭を垂れる。
そこに現れたのは真っ赤な外套に豪奢な服。王冠を頭に頂いた初老の男であった。
生徒の皆が「あ、これ、王様だ」と直感する、分かりやすい出で立ちであった。
「おい、お前達、このお方はーー」
突っ立ったままの生徒を見て、魔法使い姿の先生が慌てて声をあげるが、
「よい。
この者達は世界を救う救世主と成り得るかもしれぬ、勇者の卵達だ」
王様はその言葉を遮り、生徒の方へ視線を向けた。
「余の名はセルシウス=アルダシール。
アルダシール王国の国王だ。
まずは、我々の召喚に応じてくれた事に心から感謝する」
セルシウスと名乗った国王は生徒達に謝辞を述べる。
その言葉に、傅いていた魔導士たちは驚きの表情を浮かべ、生徒たちは戸惑いを見せるのであった。
「こちらから、質問してもいいか?」
いつもと変わらない厨二病口調で海斗が挙手し発言する。
授業で分からない内容があったらすぐさま挙手し質問するいつもの海斗の姿が思い出された。
この状況でもその姿勢が変わらないのは豪胆としか言いようがないけどね、と春人は苦笑する。
しかし、その態度が無礼に当たったのか、魔導士の数名が海斗を睨み立ち上がろうとしたのを、セルシウス国王が制止する。
「うむ。発言を許そう」
その言葉を聞いて、海斗は手を下ろし、クイっと眼鏡を押し上げた。
「許可いただき感謝します」
場の空気を読んだのか、海斗は一言感謝の言葉を述べてから、質問を切り出した。
「単刀直入に伺いたい。
我々は何故この世界に呼ばれたのだ?
異世界を観光させるために呼び出したわけではなかろう」
眼鏡の奥から、真っ直ぐに国王を見据える。
「なるほど。核心を突いた質問だな。
そのことについては隠すつもりはなく、まさに話そうと思っていたところであった」
セルシウス王は、海斗の質問に感心したように頷くと、生徒を見回した後、言葉を続ける。
「諸君らをこの世界に呼び出したのは、とある不吉な予言を未然に防いでもらいたいからである。
その予言とは『近いうちに魔王がこの世界に現れる』というものだ」
言い放たれたその言葉に、魔導士は緊張感を走らせる。『魔王』という言葉はそれほどまでにこちらの世界では重い言葉なのである。
しかし、生徒たちはというと
「魔王って……」
そう言葉を漏らして、互いに目を合わせては苦笑を浮かべていた。
元の世界では異世界もののアニメや漫画が溢れていた。
そんな物語の中で『異世界へ行って、世界を救うために魔王を斃す』という物語はありふれ過ぎていて、使い古された『設定』であった。
あまりに、ベタ過ぎる展開に生徒たちが苦笑していると、その反応を状況を理解できず戸惑っていると思ったセルシウス王が説明の補足を続ける。
「うむ、いきなり他の世界から呼び出された汝等には理解出来ないのは仕方ないな。簡単にこちらの世界のことを説明しよう。
この世界には、諸君らの世界には存在しなかったであろう『魔族』と呼ばれる世界に害なす種族が存在するのだ。
その魔族の中でも絶大な力を持ち、世界を崩壊させる程の力を持つ者。それが魔王と呼ばれる存在なのだ」
その言葉に生徒たちは「うん、それもよくある設定だよね」と心の中で思うのであった。
世界を救って欲しいと切に願う異世界人と、ベタな設定だなとドン引く転移者。その温度差に話は拗れていくと思われたが
そんな中、海斗が再度真っ直ぐに手をあげる。
セルシウス王は頷くことで海斗の質問を許可する。
「今の回答で、更に2つ程、疑問が生じました。
回答の内容からすると、その「魔王」が「いつ」「どこに」現れるかは分かっていないと推測するが――」
そこで海斗が一拍置く、相手の反応で自分の推測が正しいか判断するためだ。ここまでは質問ではなく、ただの確認である。
その言葉にセルシウス王と、魔導士たちの表情が曇った。
海斗の推測が正しかったようだ。
傍観者として聞いていた春人は、やっぱりね。と思う。
だってその魔王はここにいるのだから!
貴方達がこの世界に召喚したんだから!!
と、心の中でツッコミを入れていた。
「では、一つ目の質問だ。
何をもって依頼完了と判断するのか?
そして、もう一つ。依頼完遂の際、我々に褒賞はあるのか?
こう見えても俺らは子供だ。具体的な完了条件と、褒賞の提示がなければモチベーションを持って行動することは不可能だ」
その質問に、セルシウス王が「うむ……」と唸る。そこまで踏み込んだ質問をされるとは思っていなかったのであろう。
「そうだな。具体的な 達成条件を示さなければならぬな。
まずは前提条件だが、
難しい話となるが、魔王の出現には2つのパターンが考えられる」
唸りながらセルシウス王は言葉を返す。
この男には時間を掛けてでも、納得をさせなければならないと判断し、回答の前に説明を加えることにしたのだ。
対する海斗も、遠回しな回答になったとしても納得できるなら、とその言葉に耳を傾けた。
セルシウス王は指を二本立てて、魔王出現の可能性について語り始めた。
「まず、1つは魔族が進化し魔王となる事。
それには『進化の儀式』が必要となるのだ。
その儀式を行うには多くの人間の魂が必要となり、そのために大量虐殺のような前触れとなる大事件が発生する。
しかし、そのような大事件は今のところ起きておらず、かつ現状の戦力比を鑑みると発生する確率は低いと推測できる。
現状では、魔王不在の魔族軍に対して、勇者は不在だが多くの英雄を有する人間軍がやや優勢となっているからな」
そう言うと、王は立てていた指を一本折った。
「そして、2つ目は、過去の魔王の復活だ。
死んだ魔王を復活させたり、封じられた魔王が解放されるなどがそれに当たる。
そして、我等が可能性が高く、一番危惧しているのは、歴代の魔王の中でも特に残忍で暴虐であった前魔王の復活だ。
前魔王は勇者と一対一での戦いで相討ちとなったのだが、戦っていた勇者も共に倒れたため、どのように討ち取ったのかが確認できていないのだ。
もし、前魔王が完全に滅んでおらず、魔族の手によって復活したらならば、戦力の拮抗が一変し、勇者不在の人類は滅亡の危機に陥るだろう」
セルシウス王の表情が硬いものに変わる。最悪の事態を想像したのであろう。
前魔王って多分自分のことなのであろうな、と春人は心の中で苦笑した。
「なので、依頼の完遂の条件は次の3つの条件のうち、どれかを満たすことで達成と判断したい。
一つ、魔族領へ行き、復活の祭壇が作られていた場合、それを破壊する。
二つ、儀式実行が可能な魔族の最高幹部の4体を全て討伐する。
三つ、復活した魔王の討伐だ」
依頼達成の条件を告げる。
「そして、依頼を達成の報酬だが、主らの望みのものを余の出来うる限り叶えようと思っておる。
最低でも、一生暮らしていけるだけの褒賞金と、騎士号以上の勲章と地位を与えようと思っているが、それ以外に望みのものはあるか?」
その問いに、おずおずと春人は手をあげる。
目立ちたくはなかったが、これだけは聞いておかなくてはならなかった。
「うむ。そこの少年。言ってみるがよい」
「元の世界に帰る、ことは、できますか?」
元魔王でも、今はただの高校生だ。しかも、自ら発言することが少ない春人は、途切れ途切れな言葉で望みを言う。
「うむ。そうか、こちらの世界の空気が合わないこともあるのか。
そうだな、もし望むならば元の世界に返すことも叶えよう。ただし、その場合はこちらの世界で渡す予定の褒賞は無くなるので、それだけは容赦してくれよ、少年」
セルシウス王が回答する。
セルシウス王の言葉に、春人はホッと息を吐き、国王に感謝の言葉を述べるのであった。
名付け小噺。
先生の名前は大魔法使いのマーリンから文字って間林にしました。
セルシウス、アルダシールはは月の土地(山とクレーター)の名前から拝借しました。