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友人たち

「おーっす、春人。久々だな」

 駅に着くとすぐに藤堂(とうどう) 剣壱(けんいち)が声をかけてきた。


 剣壱は中学時代からの同級生だ。

 短く刈り上げられた髪に精悍な顔立ち。細身に見えるが、夏服から覗くその腕にはしなやかな筋肉に覆われている。

 背には大きな防具入れと縦長の竹刀入れが背負われていた。


 剣壱は剣道部の期待の新人(ホープ)なのだ。


 中学時代は全国にも出場しており、一年で団体戦のレギュラーを取るのが目標と豪語していた。


「荷物、大変そうだな」

「ああ、休みの最後を利用して洗って陰干ししたんだ。夏合宿で殺人級の臭さになってたからな」

 匂いを思い出したのか、剣壱は鼻が曲がりそうな変顔を作って答えた。


「ところで、お前らは夏休みに進展したのか?」

 肩を組まれて、小声で訊いてくる。


 剣壱は春人と七海の恋仲を知っている数少ない友人である。


「うっせーな。そんなに進展してねーよ」

 クラスメイトには内緒にしているため、距離を取った場所にいる七海に一瞬視線を向けた後、春人は邪険に剣壱の手を払う。


「お、そんなにってことは、進展があったんだな?」

 ニヤニヤと剣壱が春人の顔を覗き込んでくる。


 しまった、と思うが、後の祭りである。


 いろんな角度から覗き込んでくる視線に、春人はため息をついて


「手を、繋げるようになった」


 小さな声で白状すると


「かー、青春だね。羨ましいわ。くっそ、リア充爆発すればいいのに」


 と、剣壱が天を仰いだ。


 自分から聞いてきたのになんで言い草だ、と思うが嫌な印象はない。その言葉には負の感情は込められておらず、ただ単にからかっているのが分かるからだ。


「そういうお前はどうなんだよ。剣道部の先輩から告白されたらしいじゃん」


「なっ、おま、それ言うなよ!」

 春人の言葉に、剣壱が取り乱し、辺りを伺う。


「それ、絶対内緒だからな」

「ったく、モテモテのリア充は困るな〜」

先ほどの意趣返しのように言うと、剣壱は「か〜、分かってねぇな」と再度天を仰ぐ。


「相手は剣道部全員が憧れる二年のマネージャーだぞ。俺には荷が重すぎるわ!

 もし、これで付き合いでもしたら、部活でどんな目にあうか…… 想像するだけても怖気が立つわ」

 剣壱が両肩を抱いてぶるると震えてみせた。


 あぁ、なるほど、と思う。


 相手が人気過ぎるのだ、誰もが好意を寄せる女性が誰かのものになると、その反動が大きいのである。それこそ部活での居場所が危うくなるくらいに。


「で、フッたのか?

 それとも、もしかして「俺が団体戦の代表になって部活の皆に認められるまで待ってくれ、キリッ」とでも言って保留したのか?」


「うっ……」

 春人の言葉に、剣壱がうめき声を上げた。

どうやら、冗談で言った後者の推測が図星だったようだ。


「お、お前こそ分かってないぞ!

 生まれながらに近しいところに同じ年の異性がいるなんてのは、強くてニューゲームみたいなもんなんだぞ。

 しかも、その娘が可愛くて両思いになれるとか、どんだけ神様に幸運パラメータいじられんだよ」


 照れ隠しに剣壱が、肩パンしてくる。


 なんだよそれ、「強くてニューゲーム」とか「神様に幸運パラメータいじられてる」とか、アニメの見過ぎだよ、とツッコミ、互いに笑いあう。


 そうこうしているうちに、電車が駅に滑り込んできた。


 扉が開くと、涼しい風が吹き出して来て、春人たちは車両に乗り込む。


 乗り込むとそこにはクラスメイトが、乗っていた。


「おっ、海斗。久しぶり」


 剣壱が声をかけると、緋屋根(ひやね) 海斗(かいと)は手にした本から目を離し、くいっと眼鏡を押し上げると「藤堂と倉戸か、おはよう」と答える。


「なんだ、二学期初日だってのに、もう勉強してるのか?」


 からかうように剣壱が海斗の肩を叩くと、海斗は「失敬な、君らには叡智の深淵を探求する志の尊さが分からんようだな」と言葉を返す。


 だが、春人は知っていた。堅物に見える海斗が、本当はオタクで厨二病を拗らせた性格だということを。


 しかし、自分が魔王で超強いと思い込んでいた春人と違い、いい意味で厨二病を拗らせていた。


 海斗が手に持っている小説は『数式世界のΣ(しぐま)ちゃん』という萌え少女が活躍するものである。一見ただのライトノベルなのだが、それはとんでもなく難解な小説なのである。


 擬人化した数式記号の女の子が、分かりづらい数式を説明しながら難問怪獣を倒していく物語である。


 一巻なんかでは面積計算や速度計算程度の小学生レベルの簡単なものなのたが、五巻を超えると大学入試レベル、十巻を超えると博士号取得レベルまで難易度が跳ね上がる。

 それを不明点を全て解消しながら読破した結果、海斗は全国トップクラスの頭脳を手に入れてしまったのだ。


 海斗はその小説に出てくる解説博士のキャラ真似をしているのだが、いかんせん成績が超優秀なため、誰もツッコミを入れられず、その厨二病キャラが続いているのである。


「しっかし、海斗はすげぇよ。俺はその小説、夏休みに続きを読んでみたけど、4巻途中でまた挫折したよ。それ、特別編だろ?」

 感嘆の溜息とともに感想を漏らすと、海斗はくいっと眼鏡を押し上げて春人とは別な意味での溜息をついた。


「ああ、そうだ。去年、学会で新たな数式の理論が発表されたのでな。それを受けて、特別編が発行されたのだ」


 洗練された動きで、栞を挟んで本を閉じると海斗は眼鏡越しに春人へ視線を向ける。


「4巻途中ということは、ハイリちゃんの辺りだろう?

 仕方ない、俺がハイリちゃんのヤンデレ萌えポイントを説くと解説してやろう」

 得意げに話す海斗に、春人は「うげ」と表情を崩した。

 海斗の予想通り、躓いたのは背理法の部分であったのだが、その話を膨らませると難解な数学の講義が始まるので、あえて別の――春人にとっては重要な――話題に転換する。


「それより、数学の宿題、見せてくれ」

 両手のひらを合わせて頼み込む。


「俺も!」

 その流れに乗っかり、ちゃっかり剣壱も頼み込むポーズを取る。


 それを見て、海斗がやれやれとため息をついた。


 そんなやりとりをしている間に、電車が次の駅に到着する。

 春人の通う草壁高校は、春人の最寄駅より2駅先なのであと一駅だ。


 ここでも多くの同じ制服の生徒が電車に乗り込んでくる。

 ここでは春人の友人は増えなかったが、七海の方に友人が合流したようである。


「えっ、祭理(まつり)ちゃん!?」

 そんな声が春人の耳に届き、視線を七海の方へ向ける。

 すると、そこには栗色の巻き髪に制服をお洒落に着崩した女子生徒が七海に向けてピースサインを出していた。


「今、桜庭のやつ「祭理ちゃん」って言ったよな?」

 隣で剣壱が言葉を漏らし、海斗が「ああ」と頷いた。

 そして、男子生徒三人が同じ結論に達する。


(((てことは、あの子は大黒(おおぐろ) 祭理(まつり)かっ)))


 それは、春人達のクラスメイトであった。

 一学期の祭理は薄いメイクをしたお洒落な印象であったか、黒髪ロングの清楚系であったのだが、そこから大きくイメージチェンジしていた。


「日に焼けた剣壱を見て、変わったな、と思ったけど、やはり女子の変化の方が劇的だな……」

 そう感想を呟いた春人の言葉に、剣壱と海斗は大きく頷くのであった。


名付け小噺


建物シリーズで


藤『堂』剣壱

緋『屋根』海斗


あとは大黒柱から


『大黒』祭理


でした。


あと少しで異世界転移する予定です。

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