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新たな仲間

「よう、久しぶりだな。勇者アーバイン」


 その言葉に、赤いスライムは春人の正体を悟る。


(き、貴様、魔王ヴァルドグランドか!)


 スライムから放たれる『覇気』を正面から受けるも、春人はたじろぎもせずに睨み返す。


「あの頃のお前が放った『英雄覇気』に比べると、そよ風みたいなもんだな……」

 そう言うと、目の前まで引き寄せたスライムを軽く前へ放る。


「死ねない身体にしてやったが、意外と元気みたいだから、俺が引導を渡してやろう」

 春人は目の前のスライムに手を翳すと、呪文詠唱を始める。


 万物を飲み込み、全てを滅ぼす無限なる闇よ。我が前に立ち塞がりし愚かなる者に永久なる絶望を与えん――


 詠唱とともに膨大な魔力が積層型の魔法陣を形成し、目の前のスライムを包み込む。


 スライムは必死に抵抗するが、耐魔力が最低値である最弱の魔物は抗うことが出来ない。


 ククク、我が野望を妨げたことを、永遠なる苦しみの中で悔やむが良い。


 春人の中で別の声が響く。


「永続型特級闇魔法[永久(エターナル)――


「ダメーーー! やめて、春人。この子、何も悪いことしてないよ」

 極大魔法が発動する寸前、女性の声が響く。それは、人間の少女。


 我な邪魔をするなら、この女ごと――


 黒い意思に飲み込まれていた春人であったが、そこで微かに意識を取り戻す……


 普通の少年が、飲み込まれた魔王の意思に抗うことなど到底出来得るものではなうのだが、ギリギリで対抗できたのは七海の存在。愛する女性の存在があったからだ。少年の愛の力が、僅かに魔王の意思に対抗し得る力を発揮したのだ。


 七海っ……



 駄目だ!!


「っ、ぐっ……」


 魔法の発動が、無理やりキャンセルされる。


 俺は……


 俺は、何を、やってるんだ!



 春人は魔王の意思に対抗し、額を押さえ、苦悶の声を漏らして、片膝をついた。

 目の前に我らが最大の障害である『人類の希望』が居るのだぞ。殺せ、殺せ、死よりも辛い苦痛と絶望を与えて殺すのだ!


 もう一度主導権を奪おうと、頭の中でもう一人の自分の声が響く。



 断、る……

 俺は、魔王(おまえ)じゃない!


 春人はそう答え、魔王の意思と抑えきれない破壊衝動を振り払った!


「くっ、はぁ、はぁ……」

 汗が滲む額を押さえて、ゆっくりと視線を上げる。


 目に映ったのは、赤いスライムを庇うように覆いかぶさる七海。その身体は震えていた。


 発動前といってもこの世界で頂点に位置する特級魔法の災禍の中に飛び込んだのだ。相当な勇気が必要な行動だ。いや、違う。春人は知っていた。勇気など必要もなく「弱者を守るため」身体が勝手に動く。そんな純粋で真っ直ぐな心を持っているのが桜庭七海なのであると。自分が好きになった女性であると。


「とても素晴らしい魔法の構成てした、魔王様。

 七海様が止めなければ、あのスライムは永遠なる死の苦痛が与えられたでしょう」

 メイド服姿のエアルが春人の横に歩み寄り称賛の言葉を述べる。


 ちがう、俺は――

「魔王じゃない」

 そう呟くと、エアルは「も、申し訳ございません。春人様」と慌てて跪き頭を下げる。


 言葉を正したわけでなく、威嚇したわけでもないのだが、春人はあえて訂正しなかった。


「ごめん、七海。もう大丈夫だ」

 息を整え、立ち上がる。

 心の中に渦巻いていた破壊衝動は消え去っていた。


「春人……」

 スライムに覆い被さっていた七海は顔を上げると、怯えていた表情が安心した表情へと変わった。

 どうやら七海は春人が魔王の意思に飲み込まれてしまっていたのを感じ取っていたみたいである。魔王の意思を振り払った春人の表情を見てほっとしたようだった。


 ぽよん


 春人が七海に近づこうとすると、その間に立ちはだかる。


(魔王と、その気配、その女も上位魔人だな…… この女性に手は出させん!)


 スライムの意思を【魔王眼】の洞察力が読み取る。

 エキストラスキルの【覇気】が発せられるが、実力差があり過ぎて春人には全く効果はない。


 さすが、人類の味方、勇者様だな。


 イラッとするとともに、魔王の意思たる黒い感情が疼き出す。

 春人はその黒い感情を頭を振って振り払うと、一歩前へ踏み出す。


「安心しろ。俺は七海に害なすことはない」

 スライムに向けてそう告げる。


(信じられるわけないだろ! 邪悪なる魔王め!)

 スライムは体を震わせて抗議の意図を示す。


(それ以上近づくな! 喰らえ、スキル【溶解液】)


「黒魔法[能力無効(アンチスキル)]」

 スライムが服と髪を溶かす溶解液を発射しようとしたのを、詠唱破棄した黒魔法の奥義で無効化する。


「どう足掻いても、最弱の魔物になったお前には俺に反抗できないよ。

 見逃してやるから、お前は今まで通り正義の味方ごっこをこの森で続けるんだな」

 すれ違いざまに相手にだけ聞こえるような小さな声で刺のある言葉を呟く。ついでに、すれ違いざまに相手の影を踏み、行為発動型の黒魔法[影踏縛(シャドウスタンプ)]を発動させた。これでスライムは暫くの間、行動不能状態となる筈だ。


「日が暮れる前に次の街へ行こう。素っ裸の盗賊と、助けてくれたスライムには悪いけど、放って行こう。さすがにいきなり野宿になるのだけは避けたいからね」

 七海に向けて手を差し出す。


「うん…… スライムさん、助けてくれてありがとうね」

 七海は頷くと、春人の手を取り、動かなくなったスライムに声をかけた。


「エアル。また、馬車の運転を頼む」


「承知しました」

 春人の指示に、エアルは頭を下げ、行者席へ向かう。


「俺らも馬車に戻ろう」

 そう言うと、七海の手を引いて馬車へと向かう。

 スライムが必死に何かを言おうとしているが、魔法の影響で動けないはずであったが


「あれ、春人。スライムさんが」

 振り返った七海の声に、春人も振り返ると、二人のすぐ後ろにスライムが近づいて震えていた。

 どうやら、無理やり行動不能状態を脱したようだ。流石に無詠唱無鍵言での魔法では効果が薄かったのか、それでも魔抗力最低値のスライムが脱するには相当無理をしたようで、震えているのは肩で息をしている様なものであった。


 ったく、勇者様はしつこいな……


 何を企んでいるか分からないが、その少女に危害を加えることは許さない!


 魔王と勇者の思惑がぶつかり合う。


 俺が転生魔王で、七海に危害を加えるつもりなど全くない、と伝えても信じてもらえないんだろうな。


 春人は小さく嘆息すると、右手に魔力を集中させる。傷つけないでと願う七海には悪いけど、一度死んでもらってその間にこの場を離れようと、米粒大の魔力弾を作り出し撃ち出そうとしたその瞬間、春人とスライムの間に七海が入り込む。


「な、七海!?」

 危うく七海を打ち抜きそうになった魔力弾をかき消して、予想外の行動をした七海の名を呼ぶ。


「ねぇ、これってあれじゃない「スライムが仲間になりたそうにこちらを見ている」ってやつじゃない?」

 弾ける笑顔で七海が言う。

 よくそんなオタク用語を知ってるな、と思いつつ、そんなんじゃないとどう説明しようか逡巡する。


「ねぇ、この子も連れて行こう。ダメ?」

 七海はスライムを抱き抱えると、そう問いかけてくる。その小首をかしげる仕草が可愛すぎて言葉に詰まる。


「いくら人畜無害だといっても魔物だから、人間の国に入れないはずだから……」

 なんとか言葉にして、やんわりと諦めてもらおうとする。


「私の【危険察知】のスキルにも反応ないし、こうしても全然大丈夫だから」

 七海は、ぎゅっとスライムを抱きしめてみせる。

 くそっ、なんて羨ましいスライムなんだ。


「春人様、いかがなされましたか? 早く出発した方が良いと思うのですが」

 なかなか馬車に乗り込まない春人たちに、馬車の行者台から身を乗り出してエアルが声をかけてくる。


「ねぇ、エアル。この子も連れて行きたいと思うんだけど、どう思う?」

 そんなエアルに七海がスライムを翳して問いかける。


「えぇ、いいと思いますよ。春人様の能力があれば人間の国にも入れると思います」

 エアルならば冷たい言葉で否定してくれるだろうと思ったのだが、予想とは違った答えが返ってくる。


(おい。どう言うことだ。コイツは俺の呪いで姿を変えた勇者なんだぞ?)

 慌てて【思念伝達】で問う。


(はい。分かっております。アレが魔王様を殺した憎き仇であることは)


(では、なぜ?)


(はっ。このまま放置して元の姿に戻る方法を見つけられるより、私達の目の届く場所に置いておいて、元に戻る方法を与えないようにする方が危険は少ないと愚考いたします。さらに言えば、イライラしたときには潰して遊ぶ玩具として活躍してもらうこともできますし、くっくっく……)

 後半部分でエアルは昏い笑みを見せた。


 怖っ!


 そう思いながらも、エアルの言葉にも一理あるなと頷く。


「エアルもああ言ってるし、私が面倒見るから、ダメ、かな?」

 七海が再度、問いかけてくる。その懇願する表情が可愛い過ぎた。


 こんなの否定できる奴がいるかよ。ズル過ぎる。


 勇者についても、説明を省いたため対立したが、次の国へ行く道すがらちゃんと事情を話せば納得してもらえるだろう。


「分かったよ。連れて行こう」

 危険分子なのは分かっているのだが、春人はそう答えた。



「やった。これからもよろしくね。スライムさん」

 七海が嬉しそうに、スライムに挨拶する。


 ぷるぷる(あの魔族たちから、君のことは私が護ろう)


 言葉が喋れないスライムは体を震わせることでその意思を示した。


「この子も「よろしく」って言ってるみたい」


 が、勇者の決意は相手には一切通じていなかったようだ……


 こうして、前途多難な春人たちの旅にもう一人(一匹)仲間が加わることとなったのであった。

いったん連日投稿はここでストップになります。

面白かった、続きが気になる、と思った方は下方にある⭐︎に色をつけていただけると再連載が早まります。

星一つでもいいので、評価つけていただけると嬉しいです。よろしくお願いしますm(._.)m

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