表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/36

盗賊団

 ガタン、ガタンと揺れる場車内で、春人はうんと頷く。


 目の前にはズラリと武器が並ぶ。


 並んでいるのは平凡なる片手剣(ワンハンドソード)である。


「春人様。指示に従って()()()()武器・防具を用意しましたが、何に使うのでしょうか?」

 御者席からフリューリグ改めエアルが問いかけてくる。

 中央大陸に転移した後、転移装置に入念な隠蔽魔法を施し、大きな道まで移動した。ここまでくれば道なりで目的とする傭兵都市ゼルドナまで辿り着ける。馬車を引く馬が優秀な様で、エアルは手綱は握っているが、ほとんど操作はしていない様だ。


「俺らはこれから旅の商人として世界を回ることとしようと思う。

 粗悪品の武器を購入して、付与をつけて高く売るんだ。それが可能かを最初の国で試すんだ」

 春人がエアルに答える。


「なるほど。それは商品、ということですね」

「ああ」

 首肯する。


「ですが、旅人を装うなら商人より冒険者の方が自由が効くと思いますが?」

「それも考えたが、冒険者ギルドでは犯罪の経歴照合があるだろ?

 もし、アルダシール王国が俺達の魔力パターンを逃亡した異世界人として登録していたら面倒なことになるからな。

 過去の商売履歴しかチェックされない商人ギルドのが安全に身分証を取得できると踏んだんだ」

「なるほど、では私は入国審査にて春人様は貴族の末男で、社会勉強のために商売の経験を積むために旅をしていると説明いたしましょう」

 話が早くて助かる。本当この魔人は有能だなと思う。

「さながら七海様は貴族に囲われた領民の愛人ってとこですかね」

 しかし、七海に対しては少し辛辣で、設定も雑であった。

 エアルの中身が残虐な魔人であることを知っている七海は、春人に視線を向け小さく苦笑して見せるのみであった。


(さて、俺は俺の作業に入ろう)


 春人は意識を集中し魔力を高める。


(全力で属性付与してしまうととんでもないものができてしまいそうなので、全て平均的に3割の効力で闇の属性付与を行おう)


 そして春人はエキストラスキル【属性付与(闇)】を発動する。

 春人の魔力が黒い靄となり、目の前の剣に闇の属性を付与する。

 鈍い銀色をしていた刀身が、闇色に染まっていく。そして、闇属性とともに【鋭刃化】【刀身硬化】【重力操作】を付与する。


「ふぅ…… こんな感じかな」

 春人は息を吐き出す。

 目の前には黒く刀身が変化した片手剣が並ぶ。


「さすがです、春人様。人間共に売ってやるには惜しい程の素晴らしい魔剣となっています」

 エアルの称賛の声。

 たしかエアルは鑑定系のスキルを持っていたはずなので、属性付与した武器を鑑定したのであろう。


「え、なんか剣が黒くなったかな、ってだけに見えるけど……」

 七海は首を傾げる。ギフトで鑑定系のスキルを持っているようだが、どうやら熟練度が低い鑑定では武器の鑑定はできないようである。


「ふん、まだまだですね。その剣を持ち上げてみればかりますよ」

 エアルが鼻で笑いながら言う。

 春人の手前、言葉遣いは丁寧だが、七海に対しては忌避感を持っているのが言葉の端々から聞いて取れる。

 嫌な気分になっていないかと七海に視線を向けるが、七海自体はなにも感じていないのか、言葉通り素直に属性付与された剣を手に取っていた。


「軽っ! めっちゃ軽いよ。黒くなって重そうに見えたのに、めちゃくちゃ軽くなってる」

 七海は黒い剣を持ち上げて、感嘆の声を上げている。


「ああ、それは【重力操作】が付与したからだね。持つ時は重力軽減し、振る時は重力波を発生させるようにしてある。だから、ここでその剣を振らないでね。振った時の勢いによっては、重力波の飛ぶ斬撃で馬車が真っ二つになっちゃうから」

 春人が付与した内容を説明すると、「す、すごいんだね。春人……」と七海が春人に視線を向ける。


 ははは、それほどでもー、と心で答えつつ、照れ笑いを浮かべる。


 その後、盾と鎧にも【属性付与】を行なっていった。気づけば馬車の荷台にはガラクタ装備の山だったものが、真っ黒な高級装備が立ち並ぶ武器庫に早変わりしていた。


「うん。これなら武器商人って言っても信じてもらえるだろうな」

 スキルの連発でじわりと滲み出た額の汗を拭う。


「はい。素晴らしい商品となりました。悔しいですが、これを購入されたら人間共の戦力増強は間違いないです」

 春人を称賛するエアルの表情は複雑なものであった。


「安心しろ。この武器や防具には仕掛けがしてある」

 春人は付与を掛けた剣の一つを手に取ると、七海に「大丈夫だから」と合図して、刃の腹部分を七海にゆっくり振り下ろすした。


 剣が七海に触れた瞬間、それは起きる。


 剣を覆っていた魔力が霧散し、もとの鈍刀(なまくらがたな)に戻ってしまったのだ。


「「えっ」」

 七海とエアルが同時に驚きの声を上げる。


 シンクロしたその声に、春人は微笑みながら説明をする。


「俺の加護を受けた者に攻撃を仕掛けた場合、付与された術式が解除されるようにしてある。

 これで、俺が魔力付与した武器や防具で魔族の陣営が窮地に陥ることは無いはずだ」

 ニヤリと唇を歪めて見せる。


「さすが春人様。感服いたしました。そこまで考えていただけるなんて。私が思う懸念など春人様には全てお見通しだったようですね」

 エアルの賛辞の言葉がむず痒くて、苦笑しながら元に戻ってしまった剣に再度属性付与を掛ける。と、その時――


 ヒヒィーーーン!!


 馬車を引いていた馬が嘶き、馬車の速度が落ちた。


「なっ、どうしましたディーノス」

 晴人との会話で前方から目を離していたエアルが慌てて馬に問いかける。


 ん、これは!


 春人の【魔王眼】が幾つもの敵意を持つ存在を感知した。


「チィッ、春人様。盗賊とばれる下賤な人間族です。」

 エアルが手短に状況を伝える。


 ガクン


 馬車が止まる。

 それと同時に馬車の幌から野盗どもが雪崩れ込んでくる。


「ハッハー!

 護衛も着けずに旅するなんて、襲ってくださいって言ってるみたいなもんだ!

 世の中の厳しさを教えてやるよ」


「おおー、高く売れそうな装備がたくさんあらぁ!」


「おい。ぶっ殺そうと思った御者、よく見たら美女じゃないか!」


「中にいるのは男女の餓鬼が一人ずつだ」


「くはー、久々の美味しい獲物じゃないか」


 人相の悪い男どもが口々にする言葉に、春人は顔をしかめる。

 ったく、旅の最初から運がない。あと少しで目的の国に着くといいのに、幸先が不安である。


「オラッ、クソガキども。死にたくなかったら、抵抗せずに馬車を降りろ!」

 野党の一人が刃を春人たちに向け命令する。魔力の通っていない武器で脅されても、脅威でもなんでもない。

 しかし、春人の上着の裾をギュッと握る感覚。七海の手が震えている。魔王のステータスを持ち、わずかに魔王の記憶を持つ春人ならば脅威ではないが、異世界に来たばかりで、普通の女の子である七海には恐怖の対象でしかないのだ。


「わ、分かった。言う通りにするから、殺さないでくれ……」

 春人は野党を刺激しないように、怯えるような素振りで応える。


(この様な下郎共、指示いただければ数秒で皆殺しにできますが、いかがいたしますか?)

 思念伝達でエアルが指示を求める。


(こいつらの対応などいくらでもできる。一旦、こいつらの言うことを聞き、情報を引き出すぞ)

(御意)

 春人はそう指示をだす。


 情報を引き出すためというのもあるが、細かな指示なしにエアルが暴れたら凄惨な光景が広がるに決まっている。七海にそんな残酷シーンを見てもらいたくないと思い、一旦様子見する様にしたのだ。


 馬車を出ると20近くの野党が馬車を取り囲んでいた。馬車一つ襲うのには多すぎる人数。だがそれは春人の知るアニメや漫画から得た知識なので本番ではこの人数で襲うのが当たり前なのかもしれない。


「ガキ2人と使用人1人か。このタイミングで、こんな無防備にこの道を通るとは、まったく馬鹿な旅人だぜ」


(カシラ)ぁ、なかにある武器、こりゃすげぇぜ。みんな魔法剣だ。盾や鎧にも魔法付与がされてる。金庫袋の中身はほとんどないが、これを皆に配れば相当の戦力アップになるし、売っても相当な儲けになるぜ」

 馬車の中から野党の一人が顔を出して報告する。その報告を受けたのが、頬に傷跡が残る絵に描いたような盗賊面の男だった。


「くくく、陽動作戦のつもりだったが、とんだ拾い物だな。それに」

 頭と呼ばれた男が、いやらしい目で七海とエアルに視線を送る。


「このまま何も無けりゃ、今夜は楽しめそうだ」

 ペロリと舌舐めずりをする。


 話の端々から、単純に通りかかった馬車を襲っただけでない様に思われるのだが、春人は早々に情報収集するのをやめる。


 七海にいやらしい視線を向るとはいい度胸だ。


 穏便に情報を引き出すなんて生温い。戦闘不能にして尋問することを決意する。


 殺さない様に痛めつけて無力化しろとエアルに思念伝達を送ろうと思ったその時、盗賊団の後方から悲鳴とも似た苦悶の声が上がった。


「ぐあっ!」


「くそっ、出ました。ヤツです!」

 盗賊団の一部が騒めき、一同が武器を構える。


「チィッ! やはり出たか! テメェら今日こそはその邪魔なそいつをぶっ殺せ」

 盗賊頭が命令を出す。


 どうやら、盗賊団の邪魔をしている正義のヒーローがいる様だ。春人たちはそのヒーローを誘き出すための餌に使われたのだ。


 まったく、傍迷惑な話だ……


 ほぼ全ての原因は盗賊団にあり、その正義のヒーローとやらに責任があるわけではないのだが、八つ当たり気味に盗賊団の囲う中心。正義のヒーローに視線を向ける。

 そこには想定外の存在があった。


 ぷるるん


 そんな擬音が聞こえた気がした。


 盗賊団の囲う中心で、盗賊団と対峙していたのは――


 まるで血溜まりの様な真っ赤な球体。


 それは、この世界で最弱とされている魔物の一種。


 スライムの姿がそこにあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ