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魔王の加護

 前魔王、ヴァルドグランド様の復活方法について


 フリューリグの言葉に、他の四魔将が息を飲み、しばしの沈黙。

 他の四魔将からしたら、想定していなかった内容であった。

 大召喚にて大量に異世界人を呼び寄せた国に潜入していたフリューリグからの重大な内容とは大召喚のことに関してのものだと思っていたのだ。


「興味深い内容ね……


 お義兄(にい)様の『魔魂』がこの世界に存在しているという証拠があるのかしら?

 もし、偽物の魔王を擁立するという案だったら承知しないわよ?」

 氷血の魔女イヴェールが怜悧な視線をフリューリグに向ける。


 魔王ヴァルドグランドはイヴェールの姉であるシュネイの夫であり、義理の兄妹(きょうたい)なのだ。

 何よりも魔王ヴァルドグランドを敬愛し、魔王が討たれた時も完全消滅したなど有り得ない、とあらゆる手を使ってヴァルドグランドの生存確認や復活手段を探していたのがイヴェールである。

 魔王が斃されてからイヴェールの前で迂闊に魔王の話を出すのは禁忌とされていたのだ。

 フリューリグもそれを承知しているはずなので、その地雷のど真ん中を考えなしにあえて踏み抜くとは思えないのだ。


「死霊術も使う我ですら、魔王様の魔魂は確認できなかった。

 イヴェールの暴走を止めるために、我らは魔王様は完全に消滅したとして行動すると決めたのだが、その点についてはスプーリグからは引き継いでいないのか?」

 ヘルヴストの炎の瞳がフリューリグを捕らえる。


「引き継ぎは受けている。

 それでも尚、話さなくてはいけない事なのだ」

 フリューリグが強く返す。


「……いいわ。話を続けなさい……

 けれど、私が納得する内容でなかった場合は、いくら四魔将だからと云っても命は無いと思いなさい」

 イヴェールの言葉に、部屋の温度が一気に下がる。抑えきれなくなったイヴェールの魔力が冷気として漏れ出しているのである。


「残念ながら魔王様の魔魂は存在しません。

 しかし――」

 フリューリグがパチリと指を鳴らすと、部屋の一角に施されていた隠蔽の魔術が解かれる。

「出てきなさい」

 そう言うと、隠蔽魔術にて隠されていた魔王ヴァルドグランドの像の後ろから、一人の人間が姿を表す。

 その少年は黒髪黒瞳のどこにでもいるような平凡な少年であった。その両手には強力な術式が編み込まれた枷がついていた。


「ほう……」

「ふん、なんだ? ただの少年では無いか」

「……」

 少年を見たヘルヴスト、ゾンマ、イヴェールの反応はそれぞれであった。


「異世界人であるこの少年に魔王様の魂が封じられています」

 フリューリグのその突拍子も無い内容の言葉に、他の四魔将は正否が判定できず、反応できずにいた。


「私の【上位鑑定】でも唯の人間としか見えてないけど、これ本当のステータスではないわね。この違和感。かなり高等な【偽装鑑定】のスキルを持っているみたいね。しかし、鑑定出来ない以上、鑑定で正否を判定することは不可能だわ」


 アイスブルーの睫毛に覆われた魔人特有の紅い瞳を少年に向けてイヴェールが告げる。


 しかし未だかつてイヴェールの鑑定スキルを欺けたのはヴァルドグランドだけである。鑑定の違和感に気づけたのもヴァルドグランドとともに鑑定スキルの向上を目指した修行を行ったからでなのだ。


「私でも判別出来ない者を、あなたが判別出来た理由が知りたいわ」

 優しい口調であるが、イヴェールから漏れる魔力が尋常ではなくなってきている。ここにいる四魔将とその腹心だから耐えられているが、通常の魔族や人間であったならば耐えることが出来ないレベルになっている。


「私の実力ですよ、と言いたいのですが、残念ながら違います。

 私には、先代から引き継いだとある魔道具があるのです」

 巫山戯たような口調のフリューリグに部屋がバキバキと凍り始める。


「ふーん。その魔道具とやらは私の鑑定能力より上だと言うのかしら。流石に信じられないわね。それに、私、我慢するのが苦手なみたい。次の問答で納得できなかったらごめんなさいね、貴方を殺すわ」

 イヴェールがゆっくりと席から立ち上がる。

 敬愛する魔王の話で下らない問答をするのは耐えられないようだ。


 ビリビリと張り詰める空気。


 フリューリグにとっては次の言動で命が尽きるかもしれないのだ。


 それでもフリューリグは動く。目の前の少年が魔王だと信じているからだ。


 フリューリグは目の前のテーブルに手を翳すと、コトリと音を立てて黒い匣が3つ出現した。

 四魔将の前に出現したそれは、すべての光を飲み込むような、闇を固めたような立方体であった。


「その匣に触れてもらえれば、まずは魔王様がこの世界に存在していることが分かるはずです」

 フリューリグがそう告げる。


 しばしの沈黙。


「はっ! こんな怪しい物など触れるか!」

 ゾンマが吐き捨てるように言う。


 しかし、イヴェールは氷点下のその視線をフリューリグに向け、そしてゆっくりとその筐に手を伸ばす。

「これで私が納得しなければ、貴方の命はこれまでよ」

 最後通告をして、イヴェールの白磁のように白く細い指が筐に触れた。


 瞬間、イヴェールの目が見開かれ、魔力が爆発するかのように膨れ上がった。


 ゾンマとヘルヴストはそれを見て、フリューリグの命が尽きたな、と思う。魔力増大は逆鱗に触れられたイヴェールが戦闘態勢に入ったからだと思ったのだ。


 しかし


「魔王様がこの世界に存在していることは認めるわ。

 けど、その少年が魔王様の魂を宿しているかの疑問以前に、貴方がなぜこれを所有していたのかと、それを私たちに秘密にしていたのかが知りたいわ」

 一度爆発的に膨れ上がった魔力を押さえ込み、柔らかな口調に戻ったイヴェールが問う。


「別に秘密にしていた訳ではありません。魔王様の遺品として私の師であるスプーリグから受け継いだのですが、数日前まで何の効果もなく、使用方法も不明だったのです。そんな物を貴方たちに渡すわけにもいかなかったということです」

 小さく肩を竦めてフリューリグが答える。


「ふん。気に入らないわね。でも、理解はしたわ」


「理解していただけて、なによりです」


 そんなやりとりを残りの2人の四魔将が見つめる。


「おい、イヴェール。まさか、本当にその匣に触れただけでヴァルドグランド様が復活すると信じたのか?」

 ゾンマが机を叩いて立ち上がり疑問を口にする。


「ああ、そうね。他人には世界の言葉は聞こえないのね。

 私が保証するわ。二人ともその匣に触れなさい」

 イヴェールがゾンマとヘルヴストに命令口調で告げる。


「洗脳系の罠、ということは無いであろうな」

 ヘルヴストが慎重な言葉を発する。


「そうよ、ヘル様。こんな怪しい道具に触ることないわ。ちゃんとなにが起きたか教えなさいよ、オバさ――」

 その言葉は最後まで音になることはなかった。

 ヘルヴストの後ろに一本の氷柱が出来上がりそこに桃色髪の夢魔アゼリアが封じ込まれていた。


「ふふふ。失礼な言葉を最後まで聞くほど私は優しく無いわ」


「キサマッ!」

「待て。【吸血鬼】と【氷血】では相性が悪すぎる。

 それに、アゼリーも殺された訳では無い、ただ封じられただけだ。ダメージも無いはずだ。これだけ繊細に氷結を操れるなら洗脳されている線は薄いな。

 疑ったことと、部下の失言を詫びよう」

 そう言って、黒外套の骸骨は黒匣に骨の指を伸ばす。


「ふん。俺様も氷漬けにされたら堪らんからな」

 ヘルヴストに合わせて、ゾンマも手を伸ばした。

 二人が黒匣に触れたのは同時。


 それと同時に二人の脳内に世界の言葉が響く。


―― 一定条件を満たしました。【魔王の加護】が付与されます。


 途端にヘルヴストとゾンマの魔力が増大する。


「こ、これは……」

「凄まじい魔力の増加。こ、これは間違えなく」


「ええ、魔王ヴァルドグランド様の加護よ。複数の魔王に仕えたことがあるヘルならばわかるはずね」

 氷漬けにしたアゼリアの封印を解きながらイヴェールが確認する。


「ああ、ここまでの能力向上が付与されたのは歴代の魔王の中でもヴァルドグランド様を除いて他にはおらぬ」

 ヘルヴストは封印を解かれたと同時に襲いかかりそうだったアゼリアを制して答える。


「アゼリー。お前は口を慎め。先程お前が言おうとした言葉を我がお前に対して発したとしたらどう思う?」

「ヘル様…… 申し訳ございません」

 先ほど発しようとした言葉を敬愛する主に言われる光景を想像し、アゼリアは絶望の表情を浮かべて項垂れた。


「アゼリーにシャロ。お前らもこの匣に触れてみろ」


「ヒートヘイズ、貴様もだ」


 ヘルヴストとゾンマは部下に対しても匣に触れるように指示する。


「す、凄まじい力……」

「あぁっ、これがヘル様が信奉したという最強の魔王様の加護……」

「フオォォォッ! ち、力が漲るっ」


 四魔将の部下達も一気に力を強大化させる。


「話が途中になりましたね。

 私が解析したこの匣の使用方法を伝えます。

 それこそが魔王様復活の方法でもあるのです」

 フリューリグが両手を広げて大仰に告げる。


 もう既にフリューリグの言葉を疑うものはいなかった。


「この匣に『異世界人の魂』を捧げるのです。そして、その魂が溜まった時に、我らが最強の魔王ヴァルドグランド様が復活するのです!」


 フリューリグのそう宣言する声が響き渡った。

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