危機と好機
やっと書けた戦闘回ですが、なかなか臨場感を出せたか微妙です…
チカッ、チカッ、チカッ……
春人の遥か後方で光が点滅する。
ドウッ! ドウッ! ドウッ!
背中に激痛が走る。そして、衝撃に前方へ吹き飛ばされた。
なんとか七海を庇って、地面を転がる。
く、くそっ、何だ……
身を起こして痛みの走る背に目を向けると、裂傷が出来ており、その中心からポロリと弾丸が溢れ落ちる。
――銃撃、か。
「くうっ、な、七海、大丈夫か?」
攻撃は全て春人が身を挺して防いだが、その衝撃で転がってしまったため、どこか痛めていないか確認のために訊く。
が、回答がない。
ダランと脱力した七海は反応しない。
春人は一瞬言葉を失うが、万能感知のスキルが七海の呼吸を感知し、ほっと息を吐く。
どうやら、今の一撃の衝撃で意識を失ってしまったようだ。息もあるし、外傷もない。
パカラ、パカラ、パカラ……
遠くから馬の蹄が地面を蹴る音が近づいてくる。
七海を地面に横たえ、春人はその音の方に視線を向ける。
遠くからこちらに近づく影。その数は5。
その内4つが馬に跨った全身鎧で武装された騎士で、残りの一つが、豪奢なローブを見に纏い鼻に大きなガーゼが当てられたマーリンであった。
マーリンは隊列の一番左を走っており、その隣を並走する騎士が狙撃銃を構えていた。そいつが先程狙撃したのであろう。
右側には大きな剣を担いだ騎士、長い槍を構えた騎士が走っていた。
だが、それ以上に危険なのは真ん中の金色の鎧を身につけた男だ。
武器は普通の長剣を佩ているだけだが、凄まじい圧力を感じる。本能が奴は危険と告げている。
マーリンが遠くから何か叫んでいる様だが、残念ながらこの距離では何を言っているか聞き取れない。
春人は騎士が接近してくるしばしの時間で自らの状態を確かめる。
まずはステータス。
[体力]588/2,200
[魔力]92/1,100
先程の銃撃でさらに削られた様だ。魔力残量も心許ない。魔力が尽きれば【万能変化】が解けてしまう可能性がある。
最悪は【万能変化】やその他の制約を解き、魔王の力を解放して戦うことも覚悟しなければならない。
だが、その場合、世界を巻き込んだ人魔戦争が再び勃発するのが目に見えているし、クラスメイトは春人を殺すしか元の世界へ帰る方法が無くなるので、クラスメイトと殺し合いをする事となってしまうのだ。
なのでそれだけは出来るだけ避けたいが、そうは言ってられない状況となってきた。
しかし、状況が好転している部分のある。
春人の身にかかっていた[探索光弾]の効果が薄れてきており、立ち上る光が淡いものとなっているため、近距離発動型の闇魔法も使用可能となっているのだ。
七海が気を失ってる今、背後から迫る敵を迎撃して撃退する方が逃げ切れる可能性が高い、と判断する。
あの狙撃はそうとう厄介である。
春人は保険としてまず七海に自動防御を行う影を纏わり付かせる魔法を掛けてから、臨戦態勢に入る。
残り魔力はわずか。出来るだけ短期間で決着を付けたい。
「闇魔法[闇穴]!!」
射程距離に入ったタイミングで、春人が仕掛ける。
騎士達の上空に全てを飲み込むブラックホールを作り出す。
今回は牽制ではなく、敵を全て飲み込む攻撃手段として放ったのだ。
相手は何も出来ずに超重力に飲み込まれる、はずであった――
しかし
ズン!
ブラックホールが真っ二つに割れ、消滅する。いつの間にか真ん中の黄金騎士が抜刀していた。
見えなかったが、どうやらその黄金騎士が春人の魔法を斬ったようだ。
「マジ、かよ……」
春人は呻く。魔法を切るという人間離れした技もさることながら、結構な魔力を消費して放った魔法が呆気なく無効化され歯噛みする。
次いで相手の反撃。狙撃銃が春人を捕らえる。
チカッ! チカッ! チカッ!
銃口が煌めくと同時に弾丸が放たれる。春人の知っている銃と異なり、銃声はなかったが【万能感知】のある魔王眼がそれを感知していた。
春人の後方で3つ爆ぜる音が響く。
「馬鹿な! 【絶対必中】のスキルを乗せて放った弾丸が外れるとは」
射撃の騎士が驚きの声を上げる。
やはり命中率向上のスキルを使っていたか、と逃げを選択しなくてよかったと改めて思う。
「ははっ! 腕を落としたなティラール翁。手柄は俺様が頂いた」
巨剣の騎士が馬を加速させ春人に迫る。そして、その背に装備した巨剣を抜き放ち、すれ違いざまに春人を薙ぎ払う。それは馬の速度に巨剣の質量、それに騎士の怪力が掛け合わされた凄まじい威力となって春人を襲う。
が、その攻撃が届くことはなかった。
「脳筋の攻撃は分かりやすいな」
やけに近くから巨剣の騎士が春人の声を聞くこととなる。
「なっ――ぐばっ!」
飛び上がってでの回し蹴り。春人の靴底が、全身鎧の鉄仮面に叩き込まれる。
若者の見た目に反した、魔王のステータスで叩き込まれた一撃に、重装備の騎士は弾き飛ばされる。さらに接触の瞬間に[盲目付与]の状態異常魔法を付与したのだ。
視覚を失った騎士は受け身をとれずに地面に叩きつけらるように落馬する。
だが、畳み掛ける様に三発、銃撃が春人を襲う。
どうやら一回の魔力チャージで3発銃弾が撃てるようになる様だ。
しかし、放たれた銃弾は先ほどと同じく、春人は斥力場を発生させてその軌道を逸らす。ついでなので、銃弾の軌道を悶絶している巨剣の騎士に当たる様にしてやった。銃撃は相当威力が高いのか鎧を貫通し巨剣の騎士の右腕を撃ち抜き、気絶させた。
そのまま混戦となるかと思われたが、リーダーであろう黄金の騎士の合図で騎士達は春人から距離をとって止まる。
「クリューソス騎士団長。なぜ止めるのじゃ?」
鼻の潰れたマーリンが不機嫌に訊く。
なるほど。あの一番ヤバそうな金色の騎士はクリューソスって名前なのか。
「マーリン様は今、冷静さを欠いておられる。先ずは状況把握と戦力分析が優先。油断は禁物。
数と戦力ではこの国の最高戦力『アルダシール王国・王宮近衛騎士団』が4騎士が揃っており盤石だとしても、だ。
現に、考え無しに突っ込んだ剛力無双のミュスクルが戦闘不能になっている。これ以上の失態は許されん」
金色の仮面が春人の方に向く。
これは好機と【魔王眼】を発動させようとしたが、発動しない。顔を覆う仮面はこちらに向いているが、向こうがこちらの「眼」を見ていないか、あの仮面がスキルを妨害する効果を持っているかのどちらかであろう。騎士団の頭を潰せば形勢が傾くと思ったが、そう簡単にはいかない様だ。
「ランツェ。私が合図したら、あの少年に突きを放て。
ティラール翁は同じく合図したら、後ろの少女を撃って下さい」
黄金騎士が指示を飛ばす。すると二人の騎士は「心得た」「承知」と首肯し、それぞれの武器に魔力を集中させる。
「七海に攻撃だと? させねぇよ! [漆黒闇圧弾・連弾]!!」
詠唱破棄で闇魔法を放つ。
城壁さえ風穴を開ける全力を乗せた漆黒の高圧エネルギー球が7つ同時に生成され騎士達に放たれる。
が、その悉くが次の瞬間、金色の剣閃によって真っ二つに斬り裂かれ消滅する。
「な、なにっ!」
流石の春人も驚愕の声を上げる。金色の騎士が先ほど同様に魔法を斬り裂いたのだ。
「今だ!」
黄金騎士が合図を送る。
狙撃の騎士の銃が煌めき、刺突の騎士の槍から貫通性能の高い刺突の雨が春人に降り注ぐ。
「くそっ、闇創生魔法[漆黒闇之盾]!」
春人は慌てて防御魔法を発動し、七海を守る。
そして、春人に降り注いだ刺突の衝撃波を全て紙一重で躱す。
いくら七海に自動防御の保険をかけていても、あの銃撃の速さと威力を守れる保証は無い。それを防御魔法で守りながら、自分への攻撃は【魔王眼】の万能感知と思考加速で攻撃を読んで回避したのだ。
「ふむ。今ので理解した。次の攻撃でカタをつけよう」
黄金騎士が冷静に宣言する。
その将棋の終盤に自分では気づけていない詰みの手順を相手に気づかれたかのような、不吉な空気。春人の額から一粒、汗が零れた。
「マーリン様は、あの少女に多重拘束魔法を。
ランツェ、ティラール翁は左右に展開して最大の攻撃をあの少女に撃ち込め。私も二人の攻撃と共にあの少女を攻撃しよう」
矢継ぎ早に指示が飛ぶ。
その指示を聞いて、春人は驚愕するとともに憤慨する。
「ふざけるな! 貴様らの敵は俺だろう! 俺だけを狙え!」
喉が千切れんばかりの怒声を放つ。その怒りに反応したかのように、城の近くに落雷のような閃光が走った。
「ふん。戦いは戦略よ。
戦略の基本は相手の弱点を突くことだ。
どうやら貴様はその少女が大切らしいな。
私はこの宝剣ヴァルムンクにより魔法をも切り裂く斬撃を繰り出す。魔法では防御不能な攻撃だ。魔法使いである貴様に防ぐことは出来なまい。マーリン様の拘束魔法が発動し、少女を動かすことが出来なくなれば、その少女を守るには身を盾にするしか無いな。さあ、どうする?」
ククク、と肩を震わせる。
それが挑発なのは分かっているのだが、春人の心は怒りの感情で塗りつぶされる。その時、世界の言葉が春人に語りかける。
ーー一定条件を満たしました。ユニークスキル【憤怒ノ大罪】が発動可能です。ただし発動には【万能変化】の解除が必要です。
春人の脳裏に過去の凄惨な風景が映し出される。
【憤怒ノ大罪】の効果は、「身体強化(極大)」「身体能力限界突破」「竜鱗装甲」「魂滅拳」「闘争本能強化(極大)」だ。つまり、全ての攻撃を弾き、魂を直接攻撃できる狂戦士と化すのだ。
その反動としてスキル発動中はその他のスキル・魔法が使用不能となるのと、敵と判断したものを皆殺しにするまで理性が戻らなくなることだ。
まさに一か八かの博打スキルだ。
大切ナモノヲ守ル術ガアルナラ迷ワズ使エ。後悔スルコトニナルゾ……
頭の中で「世界の言葉」とは異なる声がした。それは、前世の記憶か。
大切な者を守るためだ。
意を決して、【万能変化】を解除しようとしたその時であった。
カーン! カーン! カーン! カーン‼︎
警鐘が国に鳴り響く。
驚きで春人は【万能変化】を解くのを中止する。
もし春人が【万能変化】を解いたならば、世界に再び魔王が降臨したことが世界に知られるため、大事件となるのだが、いくらなんでも警鐘が鳴るのが早すぎる。
『クリューソス騎士団長! 大魔導士マーリン様! 至急、至急応答下さい!!』
どこからか声が響く。その声を求めて視線を巡らせていると、黄金の鎧を身につけたクリューソスが懐から拳大の魔石を取り出した。
「今、任務中だ。後にできんか?」
クリューソスが魔石に魔力を込め言葉を返す。
どうやらあの魔石は通信用の魔道具のようだ。
『クリューソス騎士団長。緊急事態です。王城が魔人に襲われています。至急帰還いただき、御助力願いたい!』
「なんじゃと! 城に残った衛兵で対処できんのか。敵の数は?」
グループ通話ができる魔道具なのだろうか、マーリンが自らの通信魔道具に声を荒げる。
『敵の数は1。しかしその敵は魔人族四魔将が一人「享楽の忌術師・フリューリグ」です。
奴の狙いは異世界勇者の様で、異世界勇者の部屋が急襲され、分かっているだけでも2名が死亡。10名以上が負傷しています。
衛兵や騎士団が助けに入っていますが、奴の生み出した「木偶人形」により足止めされている状況です。このままではマーリン様の協力で召喚した異世界勇者が全滅してしまいます』
通信魔道具から懸命に状況を訴える声が響く。
今、なんて言った?
異世界勇者2名死亡だと
異世界勇者って、クラスメイトだよな。そんなことが……
春人は動揺を隠せずにいるが、目の前の騎士たちも同様であった。
「くっ、10年もかけて成功させた大召喚の成果をここで失うわけにはいかん。
くそっ、聖刻を解除した故奴らも脅威だが、それ以上に生徒らを失うわけにはいかぬ!」
「ふん。少年よ。命拾いしたな、皆のものすぐに城に戻るぞ!」
クリューソスが合図を出すと、騎士達は踵を返して城へと戻っていった。
ちなみに戦闘不能となった巨剣の騎士は放置したままであったが、春人はそれを無視して七海に駆け寄る。
七海に異常は無いようで、ほっと一息着く。
ゆっくりと七海を抱え上げると、七海の意識が戻る。
「は、春人?」
「ああ。大丈夫だ。このまま、この国を抜け出すぞ」
七海の言葉にそう返して、春人は駆け出す。
その背ではいくつもの火線が走り警鐘が鳴り響いていたが、それを全て無視して街を駆けた。
クラスメイトが危機に晒されているのだが、その情報を七海に伝えず、この状況を好機と自分に言い聞かせて春人は七海を抱えて走るのであった。
名付け小噺…騎士団の名前はやっつけでした(汗)
クリューソス 黄金【希】χρυσος
ミョスクル 筋肉【仏】muscle
ティラール 狙撃【仏】tirailleur
ランツェ 槍【独】Lanze




