考察ーー桜庭七海の場合
マルチ視点の練習を兼ねたお話です。
内容としては3話目の「小さな幸せ」の七海視点です。
ストーリーの進みが遅くてすみません。
色々、練習したいんす。ご容赦を…(><;)
サーーーー……
シャワーを全身に浴びながら、七海はゆっくりと息を吐く。
今日から2学期。
また学校生活が始まる、と思っていたのだが、まさか急に異世界に飛ばされ能力や魔法の訓練をすることになるなんて夢にも思っていなかった。
冷たい水が肌を打ち、汗を洗い流すと一緒に火照った熱が冷やされ、冷静に今の状況を分析出来るようになった。
「ねぇ、七海。聞こえる?」
隣から友人の大黒 祭理の声が聞こえる。
「聞こえるよ。祭理ちゃん」
声の聞こえた壁に向かって言葉を返す。
「シャワーがあるなんて、なんか異世界に来た感じしないね」
祭理の言葉に、七海は頷くが、薄い壁で個別に仕切られたシャワー室ではそれは伝わらないと気づき慌てて言葉を返す。
「そうだね。水量や温度の調整が魔法で制御するんじゃなかったら、まんま一緒だもんね」
手元の取手に目をやりそう答えると、壁の向こうから「あー、これは異世界だわ」と声が返ってきてお互い笑い合う。
「それにしても、何もこっちに持ってこれなかったのは痛いね。折角、夏休みにバイト代はたいて良い化粧品セット買ったのに」
「ふふ、祭理ちゃん、めちゃくちゃ綺麗になってたからね」
「こっちの世界のオシャレ事情ってどんなのかな? メイドさんたちのメイク見ると地味そうだったけど、これがこの世界のメイクのレベルだったら超萎えるー」
祭理の不満げな声に七海は、そっか、春人に買ってもらったリップも向こうの世界においてきたんだな、と自らの唇に指を当てた。
「ところで、七海。さっき倉戸くんと何話してたの? なんかいい感じに見えたけど」
不意に話題を振られ、七海は「ふぇっ!」とよく分からない声を上げた。
「な、なんでもないよ。
ほら、倉戸くんといつも一緒にいる藤堂くんと緋屋根くんが、選抜チームで居なくなってて1人で寂しそうにして居たから、声をかけただけ」
慌てて言うが、祭理は納得していないようで
「へー、ふぅーん、そうなんだー」
とわざとらしい返事を返してきた。
「前から気になってたんだけどー」
「あ、ほら。そろそろシャワー終了の時間じゃない? 急がなくちゃ」
七海はそう言うと、取手に魔力を込めてシャワーの勢いを強くした。
強くなったシャワーの音に、祭理の声が搔き消える。
どこかで祭理ちゃんには、春人と付き合っていることを伝えないとね。
強くなったシャワーの水飛沫の中で、七海は唯一身につけている右手のミサンガに目を落として、そう思うのであった。
七海が思い浮かべたのは、斜向かいに住んでいた幼馴染のこと。
やっと最近、下の名前で呼び合えるようになった彼氏。
子供の頃、七海は怖がりで、虫をみては泣き、暗がりに入っては泣くような子供だった。
ある日、七海は野良犬に追いかけ回され迷子になったことがあった。
追いかけられた原因が、ポーチに入っていたお菓子だと分かった七海は、ポーチを捨てて、見知らぬ公園に逃げ込み遊具の陰に隠れて震えていた。
どれだけ震えていたのか、泣いていたのかは覚えていない。
怖くて怖くて仕方かかった。
「こんなところにいた。あんしんして、みーちゃん。わるい犬はぼくがやっつけたから」
そんな七海に、男の子の声がかけられる。
それは、大好きな幼馴染の声。
涙で目の周りを赤く腫らした顔を上げると、得意げに笑う少年の姿があった。
しかし、その姿は泥まみれで、服の裾も破け、擦り傷なのか引っ掻き傷なのか分からないがあちこち血が滲んでいた。
その姿が痛そうで、七海はまた泣いた。
「もー、みーちゃんは泣き虫だな。そんなんじゃ、ぼくのみぎうでにはなれないぞ。
ほら、これみーちゃんのポーチでしょ。取り返してきたから、もう泣くなよ」
そう言うとボロボロになってしまったポーチを差し出した。
幼馴染のはるくんは、自分のことを「まおうの生まれ変わりなんだ」だと言っていた。
七海にとっては、いつも自分を守ってくれるはるくんは「騎士」や「英雄」と同格であったが、そんなはるくんの話を夢中で聞いていた。
「みーちゃんは弱いから、さんぼーだな。知ってる? 信頼できる相棒のことを「みぎうで」って言うんだ。ぼくは勉強がにがてだから、みーちゃんはさんぼーとしてぼくのみぎうでになるんだ」
初めて知った言葉を得意げに語るはるくんの言葉に、七海の目標が「はるくんのみぎうでになること」となった。
野良犬事件で「そんなんじゃ、ぼくのみぎうでになれないぞ」と言われ、初めて親にワガママを言う。
「わたし、もっと強くなりたいの。駅前の空手道場に通いたい!」
最初は「格闘技なんて野蛮なものはダメ」と母親に反対されたが、何度もお願いすると母親も折れ、父親も承諾してくれた。
しかし、上手くいかないのが人生である。
七海に空手の才能が無かったわけではない。
むしろ逆。
才能があった。あり過ぎたのだ。
怖がり、は裏を返せば、危険察知能力の高さを意味している。
相手の攻撃を察知し、攻撃時の狭まった視界の外からの一撃。その一撃は側から見ているとクリーンヒットしているように見えるが綺麗な寸止めである。
「はるくんのみぎうでになる」という目的のために、七海は努力を惜しまなかった。
その努力と才能により、七海はメキメキと上達し、小学校高学年になる頃には全国大会の常連となっていた。
そして、ついに強くなったことをはるくんに証明するときがきた。
体育の授業で「柔道」を習っていた時である。
一通りの受け身と、技を教わった後、簡単な乱取りを行なったのだが、空手を習得していた七海は他の女子では相手にならなかった。
そこで先生は「男子とやってみるか?」と提案したのだ。
そこで、相手になったのがはるくんであった。
チャンスが来た、と思った。
もう泣いてばかりの弱い自分じゃないと証明しようと、本気でぶつかり
綺麗な一本背負いではるくんを投げ飛ばした。
畳の音が響き、道場は静まり返る。
どう、私強くなったでしょ?
と言おうと思ったその声は、それを見ていたクラスメイトからの驚愕と賞賛の声にかき消された。
「くそっ。次は負けないからな。
みーちゃんは今日からぼくのライバルだ」
涙を浮かべながらはるくんが宣言する。
ちがうの。わたしは、はるくんの「みぎうで」になりたかったのに。
そんな想いは届かず、目標を失った七海は空手を辞めようとも思った。
しかし、その時にはすでに空手に居場所が出来上がっていた。
七海ははるくんへの想いを心の奥に押しやり、さらに空手に没頭していく。
そして、中学最後の年。
ついに七海は中学の空手部を率いて、団体戦全国優勝を果たした。
そして、中学の卒業式。
共に部活で汗を流した後輩に今までの感謝の言葉をかけられ、七海は泣いた。
後輩の言葉に、今までの頑張りが無駄ではなかった、と自然に涙が溢れたのだ。
本当の願いは叶わなかったけど、それでもこんなにも沢山の大切なものができたのだと、止まらぬ涙を拭い続けた。
先輩が泣いてる姿、初めて見ましたよ。
後輩に言われて、空手を始めてから泣いていなかった事に気づく。
泣き虫だった自分は、知らぬうちに大人になっていたようだ。
数年間、堰き止められていた涙を流しきりボロボロの顔で家路に就いた。
こんな日に限って、帰りが幼馴染と同じタイミングになってしまった。
今はもうあだ名では呼んでいない、「はるくん」ではなく「倉戸くん」が前を歩いていた。
駅から家まで10分足らずのその距離がとても長く感じられた。
お互い声をかけることもなく、無言で歩く家路。
あと少しで家に着くというところで、幼馴染が振り返る。
急なことに七海は驚き、足を止める。
「好きだ!」
幼馴染は一言、そう告げた。
えっ?
何?
予想外の出来事に七海は混乱する。
何が、好き、なの?
混乱しながらも相手を見返すと、幼馴染が真っ直ぐ七海を見ていた。
私?
え、嘘。これって、もしかして
やっと思考が纏まり、結論に至る。
「なにそれ、告白?」
もしそうだったら嬉しいはずなのに。そうであって欲しいと願っているのに、口から出た言葉は、心と裏腹に冷静で単調な言葉であった。
幼馴染の顔がみるみる真っ赤になっていく。
その反応に、幼馴染の言葉が告白であり、しかも本気であったことを悟る。
それと同時に嬉しさがこみ上げてくる。
はるくんのみぎうでになりたかったのは
ずっと一緒に居たかったから
そう、七海はずっと前から、この幼馴染を好きだったのだ。
「私を異性として、見てくれてたんだ」
嬉しい!
そう続けようと思っていたが、先に涙が溢れた。
それは卒業式で流したものとは違う、心の底から溢れた熱い一粒。
「よかった。私もはるくんのこと、ずっと好きだったから」
自然に頰が綻ぶ。
しばしの沈黙。
顔を真っ赤にした幼馴染の視線が再度七海に向く。
「それって、オッケーってことかな?」
確認するように訊く幼馴染の言葉に、七海は口を引き結ぶ。
「もう、今の話の流れで分かんないかな?」
でも、その鈍感さがはるくんなんだ。
「オッケーに決まってるでしょ」
明確に言葉にして応えると、急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
照れ隠しに、七海は家まで小走りで駆けた。
困った時や考えがまとまらない時に身体を動かすのが癖になっていた。
家の門の前まで来て、我を取り戻す。
振り返ると、慌てた顔の幼馴染がいた。
その顔が可笑しくて、笑ってしまう。
幼馴染はなにも悪くないのだ、完全に七海の行動が悪いのだが、それをごまかすように言葉を紡ぐ。
「これから恋人同士、って事で、よろしくね
ーー」
これからは、はるくんでも倉戸くんでもない
「春人」
そう相手の名を呼んだ。
その後、家に戻り、部屋に飛び込むと、枕に顔を埋めて嬉しさを爆発させたのを思い出す。
キュッ……
シャワーを止め、思考を現実に引き戻す。
これからはしばらくクラスメイト全員と共同生活になるであろう。
彼氏と2人きりでに過ごす時間はしばらくお預けになるはずだ。
みんなはこの世界に順応しているみたいだが、七海は不安であった。
子供の頃は怖がりで、空手を習うことによって研ぎ澄まされた危険察知能力がこの世界の違和感を感じ取ったのかもしれない。
けれど
春人が居るから、私はがんばれる。
右手のミサンガ。
服を脱ぐ時は影のようにするりとすり抜けるのに、直接触れれば質量を持つ不思議な魔法アイテム。
そのミサンガを軽く指で弾いて、七海はシャワー室を出るのであった。
進みが遅いので、蛇足的に七海のステータスを公開。
[名前]桜庭 七海
[種族]人間族
[体力]110(+50)
[魔力]70(+50)
[筋力]100(+50)
[攻魔]20(+50)
[耐久]80(+50)
[抗魔]50(+50)
[俊敏]115(+50)
[称号]なし
[加護]聖刻
[ユニークスキル]なし
[エクストラスキル]高速殴打、手加減、癒手、鑑定、魔力操作(地・水・火・風・光・闇)、空間収納
[コモンスキル]蹴撃威力強化、身体強化、自己再生、言語理解
[カウンタースキル]交錯反撃殴打




