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残り【15日】〜思惑〜


 朝、私はベッドで寝ていた。昨日の夕食後からの記憶がない。きっとエリナさんか、ご主人様が泣き疲れた私を運んでくれたに違いない。

 昨日言われた事を私は夢の中で噛み締めていた。だから、今日の朝は温かな目覚めだった。あの日から初めて冷たい夢を見なかったから。



**


「リータのしたいことは何?」


 朝食のテーブルで開口一番ご主人様から言われた言葉がそれだった。前置きのない質問に私は首を傾げた。それでも、「どうなの? ねぇ?」と何度も聞いてくるので、少し困った。いつもの優しいご主人様のはずなのに、いつもと態度と比べて変だ。今日は何を考えているのだろう。

 意図が分からず、「えぇと……」としどろもどろになる私に、


「旦那様、少女に詰め寄るとか、気持ち悪いのでリータから離れてください」


 とエリナさんが助け舟を出してくれた。ご主人様も自分のおかしさに気づいたのか、「あぁ、ごめんごめん」と大人しく私から引き下がった。


「旦那様は口下手なので、私が言いましょう。リータ、旦那様は昨日までずっと貴方に歓迎の気持ちが伝わってなかったことを気にされているの。だから、もっと形にして表したいって思って貴方のしたい事を執拗に聞いたんだと思います。ねぇ、旦那様?」

「え、あ、あぁ。そうだよ」


 ちょっとご主人様がさっきの私みたいにしどろもどろな様子だったのが気になるが、成る程私が鈍感だから、ご主人様は気を遣ってより私に自由を与えてくれるとそういうことなのだろう。


 でも、したい事って言っても、私には一つしかない。


「私はご主人様のためになることがしたいです」


 私は昨日心の底からそう思っていた。私を、私の心を救ってくれたご主人様の為ならば、この身全てを捧げてもいいと、そう決心できた。

 だけど、私の言葉を聞くと二人の顔が苦々しいものになった。


「いや、そうじゃなくて、リータ自身が自分の為にしたい事を知りたいんだけど……」


 どうやら私の答えは間違っていたらしい。だけど、私にはそれ以外にしたい事もないし、何と答えれば良いのだろう。押し黙ってしまった私に、またもやエリナさんが助け舟を出してくれた。


「じゃあ、具体的に旦那様の為になりそうな事を挙げてみて」


 ご主人様の為になること。前はご飯を作ったり、掃除をしたり出来たらいいなと思っていたけど、今ではエリナさんが居る。ならば、私にしか出来ないことを探さないといけない。

 使用人の人でも出来ないこと。私にはきっと能力が足りない。

 使用人の人でもしないこと。ゴミ捨てくらいしかない。

 使用人の人でも知らないこと。私が知っている筈がない。



 いや、私しか知らないこと? 一つだけ見つけた!


「私、ガーデニングしてみたいです!」



**


 朝食後、私は二人を庭にある花壇に案内した。ご主人様も元家主の方から花壇のことは聞いていなかったらしく、その存在に驚いていた。


「このくらい大きい花壇なら、簡単な家庭菜園にしても面白いかもしれませんね」


 とエリナさんは言った。お庭が華やかになるのかなと思っていた私は、菜園と聞いて畑の青臭いイメージが浮かんでしまい、少し気落ちした。エリナさんはそんな私の気持ちを読んでいたのか、


「もちろん、菜園って言っても野菜ばかりを植えるわけではないですよ。野菜の中でも、綺麗な花を咲かせるものもありますし、食用花といって食べられる花もあります。ガーデニングと一緒にやるのも面白いかなと私は思うのですが」

「花って食べられるのですか?」


 エリナさんは「ええ」と頷いた。可愛らしく咲いている花が食べられるなんて、衝撃だった。これを一石二鳥っていうのかな。でも、あんな可愛らしいものを食べてしまうのも、可哀想だし勿体ないとも思ってしまう。


「あくまでも一例ですけどね。ひとまず、ガーデニングが始められるように、市場へ行きましょう」



**


 ということで、私たちは三人で市場へとやってきた。朝早いこともあり、荷馬車の通りも多く、各店は仕入れ、搬入に忙しそうだ。


「旦那様は肥料や土を買ってきて下さい。私たちは植物の苗を見てきますから」

「わかったよ」


 とご主人様とはそこで別れた。使用人に指示されるご主人様。側から見れば、どちらが使用人なのか分からない状態で、少しおかしかった。


「ご主人様とエリナさんの立場が入れ替わったみたいですね」


 と笑ったら、


「それが旦那様の美点です。適材適所を見極めて、臨機応変に行動できる。であるからこそ、旦那様はあれだけの名声を得られたのですから」


 と真面目に返されてしまった。やっぱり、エリナさんはしっかりしている人だと思うけど、なんだか堅いところがあるなぁ。でも、ご主人様の事を尊敬しているのは伝わってくる。二人は強い信頼関係で結ばれているのだろうな。

 私もいつかご主人様とそんな関係になれたら……。



 この街に園芸店は一つしかないらしく、店もこじんまりとしたものだった。この街は農作業を営む人が多く、園芸というのはあまり需要がないらしい。


「リータ、この花はどうですか? お、パンジーとかも良いですねぇ。ナスは花ならかわいいですし。いや、トマトも見栄えは悪くないかも……」


 どうやらエリナさんは植物が好きらしい。途中から一人だけでブツブツと盛り上がっていた。花と言っても、私が見たことあるのは薔薇とかパンジーとか有名なものくらいだ。

 でも一つだけ、名前は分からないけど知っているものがあった。大昔に見たことがある花に似た葉っぱをしていた。


「私、これにします」


 手に取ったその苗に私は運命を感じた。結局、花壇は二つに分けて、ガーデニングと菜園を楽しむことになり、エリナさんが適当な植物を見繕ってくれた。



 帰ってから、早速土を入れ替えたり、苗を植えたりで、その日が暮れてしまった。作業が終わったご主人様が、


「これを食べられる日が楽しみだね」


 と笑っていた。野菜はそんな早く育たないのに、そそっかしいご主人様だった。


 夕食を終えた私は済ます事を済ませた後は、そのまま寝てしまった。最近は程よい疲れで直ぐに眠れてしまう。かつては酷い疲れと明日の不安で、悪夢に魘され何度も起きてしまうことが多かったのに、今ではすっかり日々快眠だった。



 私は今、幸せだ。


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