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残り【16日】〜日常の日々③〜


 奴隷の腕輪をかけられた。二度目に目覚めた時には、私は檻の中にいた。人相の悪い人が彷徨いているから、きっと私は拐われたのだと幼心に分かった。


 こんな奴らに従ってなるものか。


 反抗した私に振るわれたのは、剛腕の男の拳だった。その時に言われた心ない言葉を私は未だに忘れられない。


「大事な商品なんだからヨォ。お前は言われたことだけしてナ」


 私は知った。もう私はヒトでないのだと。



**



 朝起きて、ご主人様と朝食を摂るのもすっかり習慣になった。今日は朝食後、ご主人様は用事があるらしく、執務室へと入っていった。

 私は家の外の掃除を頼まれたので、初めて庭へと出てみた。庭には古い小さな花壇と、物置があった。その他には草が生茂り、木も伸び放題で長く手入れされていないことがわかった。幸い、物置には簡単な刃物があったので、それで草を切ることにした。

 途中、突然湧き出した虫に驚かされたり、おっきなカエルが出てきたり、邪魔されることもあったけど、終わった頃にはこんもり積み上がった草の山が三つくらいできた。これが牧場だったら、牛さん達はしばらく食べ物に困らないだろうな。

 木の手入れも簡単だけど、伸びた細い枝を切っておいた。流石に太いのを切ろうにも、この刃物の方が木に折られてしまいそうだったので、やめた。

 高いところの枝もあったけど、昔村の大きな子が登っているのを覚えていたので、何とかなった。案外、私は運動神経が良いのかもしれない。



 昼頃にはあらかたの庭掃除は終わった。まだ花壇は使えなさそうだし、庭の格好も古びた箇所が多く、外観は良くない。でも、一区切りはついたので、一度中へ戻ろうとした時だった。


「すみません。ここはガウル様宅で宜しかったですか?」


 物腰柔らかにそう尋ねられた。その女性は、クリーム色の外套を羽織り、紺色のスカートを履いたスラリとした方だった。

 私は尋ねられた内容に一瞬戸惑い、


「か、確認して参りますので、少しお待ち下さい!」


 と言って、ご主人様を呼びにいった。そう言えば、私はご主人様の名前すら今まで知らなかった。同居人の名前さえ知らない私、とても不思議な関係だと改めて思った。前の酒場でも主人の名前くらいは知っていたのに。



 ご主人様は執務室ではなく、リビングで一息お茶を飲まれていた。事情を説明すると、


「あぁ、今日来ることをすっかり忘れてたよ」


 と苦笑して、例の女性をすぐに招き入れた。



「リータは初対面だよね。紹介するよ。ウチの使用人のエリナ」

「初めまして、リータ。私はエリバートン家の使用人のエリナです。よろしくね?」

「は、はぃ……」


 向けられた眩しい笑顔にちょっと困惑してしまった。完璧な営業スマイルだ……!


「ちょっとエリナ。リータにそんな畏まらなくても……」

「そんなことよりも、旦那様。後で言いたいことがありますので、執務室へ伺いますね?」


 有無を言わせぬエリナさんの態度に、ご主人様は「おぉ、こわいこわい」と戯けていた。長年知った仲なのか、エリナさんがツンとした態度でも、二人の間に流れる雰囲気は穏やかだった。


「エリナ。早速で悪いけど、夕食の準備を頼めるかな? 少し豪華にしたいんだけど」

「三人分で宜しいですか? 材料は今から買いに行くと出来上がるのは18時くらいになります」

「それで構わない。頼むよ」


 すると、エリナさんはテキパキと行動を始めて、家を出ていった。きっと買い出しだろう。でも、ご主人様は何で夕食を豪華にしたいんだろう。何か記念日でもあるのかな。


「じゃあ……、リータと俺は部屋の飾り付けでもするか」


 と私はご主人様から沢山の紙を渡された。何のことかと首を傾げていると、ご主人様が「見てて」と、おもむろに数枚の紙を持ち出した。蛇腹に折り、中央を留めて、上手くヒラヒラとなるように開いた。


「ほら、どう? 花になった」


 薔薇のように開いた花がご主人様の手のひらにあった。元々ただの数枚の紙だったのに。ご主人様の意外な一面に、思わず感動してしまった。


「ご主人様が考えられたのですか?」

「いいや、教えてもらったんだ。大切な人に」

「その大切な方はとても物知りなのですね」

「あぁ……、そうだね」


 この他にも色んな紙の折り方を教えてもらった。ただの紙でも、アイデア一つできらびやかになるんだと感心した。今度、私も考えてみようかな。


 エリナさんが支度している間に、私たちは作った花などで飾り付けした。質素な部屋がいつもよりキラキラしているように見えた。こんな経験を昔にもした気がして、懐かしかった。飾り付けが終わった頃とぴったしのタイミングで、料理も完成したようだ。

 献立は大きなステーキだった。こんなに大きな肉は生まれて初めてかもしれない。そんな大きさだ。


「では、今日は晴れて新居祝いとリータの歓迎会って事でお祝いしよう!」

「え……?」


 私は思わず声を漏らした。歓迎会? 誰の? そう戸惑ってしまった。


「あれ? 伝わってなかった? 俺はずっとリータが来てくれて嬉しいんだけど」


 そう言ったご主人様の言葉はとてもストレートで、嘘なんてどこにも無かった。


 急にそんな純粋に私を見ないで欲しいった。急に欲しい言葉を言わないで欲しかった。

 ずっと誰からも報われない想いでいたのに、そんな事を言われたら、期待してしまう。私が価値ある人だと。そう、“ヒト”としていられるのだと。


 私は泣いていた。泣きじゃくっていた。そんな私をご主人様は、暖かく見ていてくれた。そんな私が恥ずかしくて、


「ご主人様はやっぱりズルイです」


 って苦し紛れに言った。


「今は君のご主人様だからね」


 と言ったご主人様の言葉の意味はわからなかった。でも、エリナさんも「おめでとう」と優しく歓迎してくれた。

 その後、気を取り直して食べようとご主人様は言ったが、私は涙と鼻水でステーキがどんな味だったか全く分からなかった。ただただ、嬉しかったことだけは覚えている。

 いつしか、私は泣き疲れて眠っていた。


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