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ガウル死亡まで残り【19日】〜日常の始まり〜


 昨日は私にとって、激動の一日だった。お客にちょっかい出されたり、知らないおじさんに仲裁に入られ、挙げ句の果てにはその人に買われたり。

 感情が忙し過ぎたせいで、その後のことはよく覚えていない。ただ、翌朝、10年ぶりにベッドで寝ていたことに気づいた時は、流石に心臓に悪かった。奴隷根性が染みついているせいか、誰も居ないのに、飛び起きざまに謝罪文句を垂れながら、土下座していた。

 そのドタバタが聞こえたのか、飛んで来た新しいご主人様に土下座の格好を見られ、クスクス笑われた。乙女の部屋にノック無しで入ってくるとは、失礼なご主人様だ。奴隷の身分で言えた義理ではないのだけれど。


 それから直ぐに、朝食を取らされた。しかも、自分と同じテーブルで食事を取れと命じてくるのだ。「流石にそれは……」と断ろうとした私を良いからいいからと、嫌がる私を半ば強引に食卓に座らせた。そう言えば、ご主人様は酒場のゴロツキも力で黙らせていたから、抗えないのも無理はない。

 7人をも座れそうな食卓の上には、簡単なサラダとスクランブルエッグ、パンが置かれていた。「俺が作ったんだよ?」と自慢げにしているご主人様にはムッとしたが、命令とあらば食べる他ない。久しぶりの朝食に少し胃が驚いていた。


「どう、美味しい?」

「……おいし、いです」


 今まで硬いパンくらいしか食べたことのない私は、気づけばそう答えていた。それを聞いて、ご主人様は嬉しそうに頷いている。それが、彼の思い通りでいるようで、自分が少し恥ずかしくなった。それでも、食事をする手は止まることなく、お皿はすぐにキレイになり、カチャリとフォークの置く音が食卓の間に響き渡った。


「ごちそうさまでした」

「あら、食べるの速いんだね」


 ご主人様はまだパンも半分食べ終えていなかった。完璧そうに見せる癖に、ドジなところもあるのだと、心の隅で笑った。


「今、俺をバカにしたね?」


 ギクと思わず背筋が伸びてしまったが、「いえいえ!」と勢いよく誤魔化しておいた。そのついでに、抱えていた疑問をぶつけてみた。


「ええと……、何故私に朝食を作るようにお命じにならなかったのですか? わざわざご自分で作られることもなかったでしょうに」

「今の君に、僕の満足する料理が作れるの? ……なんて返答は意地悪だよね。君を買ったのは、メイドが欲しかったワケじゃないから。それに俺は出来ることは自分でする主義だし」


 図星を突かれたことには肝を冷やしたが、確かにご主人様の言い分は最もだった。ならば、何故私を買ったのかという疑問も当然浮かんでくるのだが。


「そう言えば、奴隷の腕輪は壊せそう? 石で無理だって言うなら、他のモノも用意するけど」


 そうご主人様に言われてハッとした。そういえば、昨夜買われた直後にそんな意味のわからないことを言われたのだった。


「何故奴隷を逃すようなことを許すのですか? もしかして、腕輪が壊れる寸前で新しい腕輪に付け替えて、希望を見据えていた私の心をへし折るという悪逆非道な罠を……」

「ハハハ……。そんな悪い奴に見えてるの、俺」


 今のところ悪い一面は見ていないが、こんな広い屋敷に一人で住んでいたり、出どころのわからない巨額な大金をあっさりと持ち出したりと怪しいところはワンサカある。強ちそんな評価が下されていると察したのか、ご主人様は少ししょんぼりしていた。


「言ったろ? 俺は後20日、いや1日経ったから残り19日で死んじゃうんだよ。奴隷契約だと、主人が死ねば、奴隷も死んじゃうからさ。君も道連れにしないために、その腕輪を壊してくれないと」

「なら、ご主人様が私を解放してはダメなのですか?」

「主人が勝手に奴隷を解放するのは禁じられているんだ。だけど、奴隷が勝手に腕輪を壊して契約を破棄するのは禁じられていない。そうしないと、強者を無理やり隷属させて、兵力を増強しようとする貴族も出てきかねないし」


 難しいことは分からない私は適当にふ〜んと鼻を鳴らした。法やら規則やらを出されたら、まともに教育も受けていない私には分かるわけもないのだ。でも、一つだけ疑問が残った。初めから思っていた疑問。


「私を巻き込みたくないのなら、何故私を買ったのですか?」


 ご主人様はその質問になると、途端にウッとバツの悪そうな顔をして、「いずれ話すよ」と小さく笑った。

 そして、ご主人さんは気持ちを切り替えるように、自分の頬をペチペチと叩き、


「それよりも、今日でここを引っ越すからさ。リータはこれから俺のお手伝い。いいね?」


 ご主人様の勢いに押されて、「はぁ……」と呟くと、せっせこと整理された荷物を荷台に乗せるように言いつけられた。結局その後一日かけて荷物運びを手伝わされた。全部積み終えた頃には私の腕はもう何も出来ませんと言わんばかりに、プルプルと小刻みに震えていた。

 こんな私でも全体の積み荷の1割くらいしか運んでいないのに、残りを運んだご主人様は汗一つかかずに平気そうにしていた。この人はヒトでないかもと疑いたくもなるものだ。


 この日のディナーには、2人分の豪華なフルコースが並んでいた。「今日はこの家とのお別れパーティーだから」と言って、ご主人様が特別に用意してもらったものなのだという。勿論、遠慮した私に命令して、一緒に食事を取らせた。

 見たこともない料理を前に、どう食べて良いか分からず、ご主人様にあれこれと食べ方を指導された。でも、一口その料理が舌がとろけてしまう程美味しいと分かってしまっては、食べる手を抑えられず、ご主人様の話半分にガツガツと食べてしまった。

 私の食べっぷりを見て、「そのうちにテーブルマナーを覚えようね……」とボソボソ呟いていた気がしたが、私は食べられれば何でもいいのにと疑問に思った。


 その後、お湯の張ったタライとタオルを渡されて、「身体を洗ったら真っ先に寝るんだよ! 睡眠不足は健康の敵だからね!」と命じられ、ご主人様は執務室へと下がっていった。

 部屋で身体を拭きながら、私はご主人様について考えていた。何故奴隷の私に優しくするのだろう。荷運びの作業中にも聞いてみたが、「君が可愛いから?」という気持ちの悪い答えしか返って来なかった。

 でも、ご主人様に悪意が無いのはわかっている。いくつもの悪意に晒されてきた私にはそれがわかるのだ。だから、余計に私に固執する理由がわからない。顔立ちも平凡な故に、他の奴隷の娘が娼婦になったりしている中、酒場で下働きさせられていたのだ。

 思考を巡らせているうちに、体も拭き終わり、朝と同じベッドへと身体を潜らせた。きっと床で寝ていたりすると、「暖かくしないと風邪ひくよ!」なんて起こされるかもしれない。その光景が幼い記憶の母と重なって、心が少し暖かくなった。


 それでも、私は奴隷だ。今日みたいな夢のような日は続くわけがない。この甘やかされる日々が毎日続いたら、二度と奴隷でいる苦痛に耐えられなくなるかもしれない。

 私はそれが怖いと思った。ご主人様の優しさが、人の優しさに恐怖を覚える日が来るなんて、人生分からないものだと幼いなりに悟った。私は眠りに落ちるまで、今日という日が夢であればと強く願った。



 ひと時の幸せを知ってしまうくらいなら、穏やかに続く苦痛のほうが奴隷にとっては幸せな事なのだから。


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