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禁足地

 葦原の墨依湿原。

 突如として、鬱蒼とした森が現れる場所があった。

 墨色の水は消え、変わって暗緑の ―――、柔らかな苔で覆われた大地広がる、その一画。

 分け入れば白々と、見上げる程に大きな巨岩群が姿を現す。

 辺りは、薄霧が濃厚にたち込め、昼だと言うのに薄暗く、いつ訪れても黄昏時のような静謐で、満たされていた。

 樹齢千年は下らないであろう、檜や杉といった古木の天蓋の下。

 今は、化石然と化して、葦原に転がっている巨木らの、悠然としたかつての姿を、垣間見させてくれるようでもあった。

 緑深い天蓋の下には、白きまろやかな岩肌の巨岩群。

 入組んだ隙間は、人ひとりが通れる程度。

 存在を知る一部の神職らは、それ自体を磐座とし、禁足地として近づくことは愚か、口に出すことすらも、畏れた場所であった。

 そこを、

「、、、、、」

「、、、、、」

 人影、二つ。

 錫杖の遊環が触れ合い、澄んだ音が大気を清める中、白い水干の袖が、翻る。

 首に掛けた翡翠の連珠が、飛んだり跳ねたりする主の動きに、忙しなく鳴けば、薄気味悪くも幻想的とも取れる一帯が、幾分、和らぐようだった。

 巨岩群の間を、しばらく行った時だった。

「ぁおー」

 前方を行く伯が、感嘆の声を上げた。

 棒立ちになったままの伯の後ろに、

「、、、、、」

 蒼奘が立った。

 そこだけ、ぽっかりと空いた空間であった。

 辺りをぐるりと巨岩が連立し、苔むした大地の中央には、黒い水が染み出し、池を造っていた。

 その中央。

 一抱え程はある、苔生した岩が、台座のように横たわっていた。

 巨岩の白、苔の暗緑、池の黒。

 彩がすべての世界の中央に、

「、、、、、」

 今日は、鮮やかな緋の色が、映えていた。

 季節外れの ―――、曼珠沙華。

 この時期に供えることができる相手の検討は、容易であった。

「天狐、、、」

 うっそりと、その通り名を、舌に乗せれば、

「御無沙汰だの、都守、、、」

 対岸の巨岩上の辺りで、声がした。

 薄霧に紛れ、脚を組んでいるのは、

「月命日に、花を手向ける律義な人間もいるものだと、見直していたところであったが、、、」

 帝都の地仙、天狐遙絃。

 屋敷を抜け出してきたのか、独りであった。

「訂正だ。そなたは、【人】に含まれんか、、、」

 その手に持つのは、薄く透ける杯。

 血の色をした酒で、満たされている。

 それを、一息に干して、

「無論、その姿、、、幽身かみとも、言えぬ」

「、、、、、」

 紺碧の双眸を、眇めてみせた。

 虹の羽衣を華奢な双肩に纏い、白き薄紗を重ねた寛衣。

 蜂蜜色の髪を、長く垂らしたその背には、これ見よがしに九尾が揺れている。

「、、、、、」

 錫杖を、巨岩に預けた蒼奘が、一歩、その足を踏み出した。

 苔生した大地が、柔らかく、その足を捕える。

 真白の浄衣姿が、その先の池へと進む中、伯が、その袖を掴んだ。

 草履の裏が、黒き水に ―――、触れる。

「小天狗が冥府に旅立ってからは、忘れ去られるものだと、思ったよ、、、」

 頬杖で、二人の姿を眺めつつ、天狐遙絃は【音】を、聞いた。

 シャ…ン…リリ…ン…

 鏡のように凪いだ、黒き池。

 それが、どこからともなく、薄霧の中から降ってくる雨粒によって、波紋を刻む。

 それなのに、

「墓参りは、その小天狗との約束でな、、、」

 そこを歩む蒼奘の真白の足袋は、そのままの色を呈していた。

 その身は沈む事無く、湖面を ―――、歩いている。

 中程に差し掛かると、蒼奘が腕に抱いていた包みを、開いた。

「、、、、、」

 その手によって、曼珠沙華の隣に手向けられたのは、ちょうど今時分、屋敷の片隅で咲いた ―――、鈴蘭。

 可憐な、その純白の花を見るなり、

「皮肉なものだ。好んだ花が、どれも毒花とは、、、」

 遙絃が、羽衣を肩に、巨岩より舞い降りた。

 一方、伯は、

「お、、、」

 池の一画にしゃがみ込んで、黒々とした底を、覗き込んでいる。

 恐る恐る触れた、足元に広がる黒き床。

 触れた手は、硬質な感触を伝えてきた。

 遙絃は、伯の傍らに舞い降りると、

「あまり覗くな、幼神。憑り込まれるぞ」

「、、、、、」

 忠告。

 そっと、手をどけさせた。

「これは、【影晶】だ。この世の【歪み】から沁み出した、行き場の無い、おり

「りー、、、」

 小首を傾げたところで、遙絃が、こめかみの辺りを揉んだ。

「分からぬかぇ?ふむ。そなたはまだ、名乗りを挙げておらんんだなぁ。なれば、なんと、言い換えれば、、、」

 言葉を探していれば、

「そのまま、影のようなもの。取り残され、蟠り、やがて、一人歩きした、その集合体だ、、、」

 蒼奘が、伯を促して、歩き出した。

 伯は、足元の影を探し、辺りを見回している。

「それでは、余計に分からん。もっと、簡潔に」

「無い。そのような都合の良いものなど。この世は、混迷。不変なものなど、無い。何、一つとして、、、」

 一行が、苔の大地へ。

 シャン…シャ…リリ‥

 振り向いたその先で、波紋が、いくつも刻まれる。

 波紋が、波紋と重なり、

「曼荼羅だな、、、」

 遙絃が、呟いた。

 コポポ‥ン…コポ…ン…

 台座の辺りが、波打った。

 気泡が浮かびあがると、

「ッ」

 伯が、蒼奘の背に、隠れた。

「、、、、、」

 腕組みの遙絃が、その傍らに、佇んだ。

 闇色と、紺碧の双眸が、揃ってその一点を ―――、睨む。

 コ…ポコ…ゴプ…ゴボ、ンッ…

 気泡湧き出る、その先を。




『よく、来てくれた』

 澄んだ声音が、辺りに響いた。

 コプ…ン…‥ゴボボ…ッ

 一際、大きな気泡が割れると、その中から、【手】が、伸びていた。

 黒い手、であった。

 すんなりとした、手指。

 続いて、細く引き締まった二の腕と続き、輪郭もおぼろげだが、顏が、出た。

 華奢な体躯が、押し上げられるようにして湖面に立つまで、その間、ほんの数秒。

『貴狐、久しぶりだな、、、』

 そう呼ばれれば、

「ああ、どれほどぶりになるか、、、」

 遙絃は、懐かしそうに、目を眇めて答えた。

「そちらは、どうだ?【揃って】、息災か?」

 親しげに問いかければ、黒き人型は、小さく笑ったようだった。

『まぁ、気苦労は絶えんが、それでも、なんとか、、、』

「そうかぇ」

 それだけで満足なのか、遙絃は、傍らの蒼奘を、見た。

「、、、、、」

 闇色の双眸を据えたまま、その姿を、食い入るように観察しているようにさえ、見えた。

 黒き人型が、首を傾げた。

『実敦が寄越してくれた、【今の都守】か?』

「そう、なるな、、、」

 浅く頷いた蒼奘に、

『似ても、似つかんよ。俺の小天狗と』

 からからと、笑いだした。

 遙絃が、頷いた。

「そうだろうとも。そもそも、こやつには、可愛げが無い」

『ああ。無い無い。これっぽっちも、見受けられん』

 話題にされたところで当人は、

「、、、、、」

 いつもの調子。

 どこか鬱々と、己が腕の辺りを眺めた。

「んー、、、」

「、、、、、」

 袖の下から顏を覗かせる伯を、緩慢な仕草でもって、背へと押しやる。

 実敦も、蒼奘も、何かを警戒している様子であった。

 それを知ってか知らずか、

『心配するな。そなたらの前に、ぬけぬけと現れるか。これは実体ではない。無論【破眼】も、預けてきたさ』

「、、、、、」

 膝に肘をつき、前かがみで、二人に顏を向けた。

「んーん」

 伯が、蒼奘の袖を掴んだまま、前に出た。

 遙絃の尾が、阻むようにその身に纏わりつけば、

「、、、ぅ」

 流石に心得たのか、二人の間で、大人しくなった。

 華奢なその肩に、手を置いて、

「用向きを、聞こうか、、、」

 蒼奘が短く、問うた。

 人影が、薄く笑った ―――、ようだった。

 凹凸が生まれ、肩の辺りでばさらに揺れる髪の一筋一筋までもが刻まれたが、そこに実敦が出会った時のような色は、生まれなかった。 

 ゆっくりと、台座に腰を下ろすと、

『地仙は、地に在って、龍脈を清浄に保ち、そこのそなたは、、、』

 閉じられたままだった双眸が、ゆっくりと、開いた。

 長い睫が揺れる双眸の奥は ―――、やはり、闇が占めていた。

 まっすぐに、蒼奘を見据えると、

『【歪み】を追って、冥府より遣わされた、、、』

 薄い唇が、そう、言い放った。

「、、、、、」

 ただ無言で、その姿を眺めている、蒼奘。

 肯定も否定もしない、その様子に、

『、、、まぁ、実際のところ、事情はそれぞれだ』

 黒い人影は、耳を穿りながら、台座に仰け反った。

 そして、ただ、一言。

『追って来いよ。さもなくば、俺は、この世に仇為すぞ』

 その言葉と同時に、黒い人型は、溶けた。

「ヨルッ」

 思わず声を上げた、遙絃。

 その肩を、蒼奘の手が、力強く押さえていた。

 ピ…ン…ポ…シャ…ンン…

 雨粒が、水面を穿つ。

 波紋が広がり、小波は、暗緑の湖畔に立つ足元まで、届いた。

「お」

 しゃがみ込んだ伯が、湖面を覗き込む。

 湖面に映った己が姿だけが、ゆらゆらと揺れて見えた。

 手を、伸ばした。

 指先が、湖面に揺れる自分の顔に触れて、

「ぉあっ」

 ひやりと冷たく、指先に纏わりつく感触に、おもわず仰け反った。

 それまで、影晶と呼ばれていた結晶は、まさに一瞬のうちに、黒き水と化してしまったらしい。

「んー」

 傍らで、遙絃が大きく伸びをした。

「近いうちに、水底をさらわねば、ならんようだな」

「そのようだ、、、」

 傍らに立つ蒼奘の肩を叩くと、七色に変化する羽衣が、ひとりでに風をはらんだ。

「む、、、屋敷を向け出した事に、気づかれたようだな」

 その身は、向かいの巨岩へと舞い上がり、

「伯よ。またな、、、」

 思い出したかのように、一度振り返った後、薄霧の向こうへと、消えて行った。

 菫色の眸が、辺りを見回す。

 黒き人型が去り、遙絃も去れば、辺りは来たときよりもいっそう、静けさを増したようだった。

 その静寂の中で、

「ソウ、、、」

 伯が、袖を引いた。

 長居は、したくないようだった。

「、、、ああ、帰ろう」

 伯を見下ろした蒼奘が、低く、そう応えた。

 巨岩に立てかけてあった錫杖を取ると、伯の背を押して、薄霧立ち込める、小路へ。

 ピシャ…ンン…

 ふいに水音、ひとしずく

 伯だけが、

「、、、、、」

 振り向いた。

 先ほどよりも、霧が濃くなってきた。

 掴んだ袖は放さず、伯は目を、凝らす。

「、、、、、」

 今し方、蒼奘が闇色の双眸を据えていた、その先。

 苔生した台座はぐっしょりと濡れ、そこにあったはずの花は香りだけを残して、消えていたのだった。




 闇の中を【影】が、歩いている。

 足取りは軽く、その周りを、白きものが取巻いていた。

 細やかな、白き粒子群。

【影】が、くすりと笑った。

「ただいま、風伯。遅くなった、、、」

【影】の手が、伸びた。

 その手に纏わりつけば、色が、生まれた。

 健康的に焼けた、滑らかな肌。

 赤銅に輝き、橙へと変わる、癖の無い髪。

 衣こそ、白き行者装束であったが、その痩せぎすな体躯は、少年のようでもあり ―――、老婆のようでもあった。

「ヨルっ」

 闇に響き渡る、澄んだ声音。

 弾かれたように顏を上げると、

「ただいま戻りましたよ。陛下」

 閉ざされた双眸でもって、主を見つめる。

 膝を折った、その先に、

「待ちくたびれた」

 青き燐光を放つ、人影が、現れた。

 年の頃は、一二、三。

 そのまま青き鬼火の衣を纏っている。

「逢いたがっていた者には?」

 吐息が小さな鬼火となって、跪いたままの者、ヨルの瞼に吸い込まれた。

「逢えたと言うのか、逢えなかったと言うのか、微妙ところですな」

 幾度か、瞬きをしたようだったが、その眸を開くことはなかった。

「けれど、その生き様を垣間見せてはもらったようで、一先ず、安堵しました」

「うむ。倭に着いた辺りから、そちの顔色が優れぬようであった故、余も気にかけておったのじゃ。憂いが晴れたのなら、余も嬉しいぞ」

 赤銅色の長き髪が、肩をさらさらと流れてゆく。

 その一房を、少年が手に取った。

「勿体なき、お言葉」

 微笑んだヨルが顏を上げれば、指先からするりと逃れていった。

「それは、、、」

 少年がふと、燐光の中より、手を伸ばす。

 腕に抱かれた、大輪の緋花と、対照的に小さく可憐な、白き花。

 触れた指先から、その清涼な香りが辺りを満たし、

「優しい香りじゃ。ヨルに、よう似合う」

 そう言って、少年が無邪気に笑った。

 一方ヨルは、頭の後ろを掻きながら、

「いい歳してなんですが、何やら気恥ずかしゅうございますな」

 これには、苦笑混じり。

 その横顔は、心なし、照れているようでもあった。




 白き砂海の中にあって、眸を閉じている者が、いる。

「、、、、、」

 闇色の直衣に、倭では禁色とされる紫紺の帯。

 まだ若い、人の姿をした【冥官】であった。

 時折、隆起し、あるいは、抉れ、蠕動する、大砂海。

 耳を澄ませども、聞こえてくるのは、砂が擦れ合う音だけだが、

「、、、、、」

 それでも、そのいずこからか、それは、確かに聞こえてきたのだった。

『蒼奘、、、』

 同色の空が、いつになく重苦しく感じながら、

「お師さん、、」

 色の薄い唇が、そう呟いた。

 細く、息が吐き出された。

 長く、背を覆うのは、ゆったりと束ねられた、白き髪。

 長い睫が揺れ、現れたのは、闇色の ―――、涼しげな双眸であった。

「、、、、、」

 空の彼方を、見つめる。

 地平線では、同色の砂海と空が溶け合い、無限坂とよばれる一際巨大な砂山が、一つ、聳えては、空に溶けている。

「、、、、、」

 思わず一歩、足を踏み出したところで、

「参られますかな?」

「蛮器翁、、、」

 しゃがれた声に、呼びとめられた。

 振り向けば、咲き乱れる青き花々の一画に、枯れ枝の如き白髭痩躯の老人が、佇んでいた。

【冥官】は、もう一度、その頂きを、見つめた。

 空に溶けた、その先に、

「、、、うん。行かなくちゃ。お師さんが、呼んでいるみたいなんだ」

 探し続けた【その人】が ―――、居る。

 老人、蛮器翁が、

「なれば、、、」

 にこりとして、頷いた。

【冥官】のすぐ眼の前の大地が、隆起した。

 オォオオオ―――…

 砂を払い落としつつ、姿を現したのは、いつかの、【一角屍魚】であった。

 鰓から、砂を豪快に吐き出しつつ、赤々と濡れた眸が、

 ・・・・・

 静かに【冥官】を、見下ろした。

「壱岐媛」

 そっと手を伸ばし、突きだした吻の辺りに、触れた。

 逆鱗のように、さかしまについた大きな鱗は、ざらざらとした感触を伝えてくるが、

 ・・・・・

 壱岐媛と呼ばれる一角の屍魚は、心地良さげに口を、もぐもぐとさせたのだった。

「この者は、この砂海を知り尽くしております。来たるべき時を逃したとあれば、【皇子】に会わす顏がありませぬ。どうぞ、お連れ下さいませ」

 蛮器翁が、いつもの好々爺然とした申し出に、

「何から何まで、すまないね。蛮器翁」

【冥官】は壱岐媛の、一際見事な第一棘に、手を掛けた。

 滑らかでいて硬質な感触を、掌に感じながら、

「次に会うときは、、、あ」

 そう口に出し、ここが【どこ】かという事を、今更になって思い当って、苦笑した。

「あなたさまは、【鬼灯録】によりますと長生きなさる。人の世で、五、六十年は先になりましょうなぁ」

「なら、まだまだ精進する【時間】は十分だ。【剣】の方は、からっきしだけれど、次は、僕が一服、点てるからね」

 大きく手を振ると、心得た壱岐媛が、長く骨ばった尾を力強く撓らせた。

 砂が、水であるかのように、その巨躯が砂の大海原へ。

 名残を惜しむ間も無く、みるみる遠ざかる、その背中を、

「ほほ。その時を、首を長くして待っておりますよ。耶紫呂殿、、、」

 蛮器翁は、いつもの微笑みを浮かべ、慈愛に満ちた眸でもって、見送ったのだった。




 金色の輝きを纏った、鬼神が一柱。

 青き母衣を背に負って、宙を駆けていた。

 今にも泣きだしそうな曇天の顔色を窺っていた、道行く人々。

 幾人かが異変に気づいた様子だったが、それも束の間、当代都守の使いの証【青き母衣】を見て、感嘆の声と共に目を眇めたり、頭を垂れたり、拝んでみたり。

 垂れ込める雲間へと紛れてしまった、鬼神の向かった先には、帝都の中枢【御所】がある。




 宮中、左近衛府社殿。

 地図を片手に、文机にて筆を走らせているのが、

「やぁ、燕倪。帝都警邏図改、捗っているかい?」

 束帯姿の備堂燕倪。

 そして、その詰所を覗いているのが、

「冷やかしなら後にしてくれ、烈也。期限までに、二つ三つ、候補を作っておきたいんだ」

「うんうん。良い心構えだ」

 左近衛府中将の一人、真紀烈也であった。

 年初めの射凧の儀。

 その労い宴での一件以降、特に変わった事も無く、相変わらずの様子が返って不気味ではあったが、

「それよりも、聞いておくれよ、燕倪。今朝、燈螺のお腹の内側から、紅葉みたいな可愛い手が、こう、、、」

「、、、、、」

 振られる話題が、熱を上げている姫君らのものから、近々産まれてくる赤子のものへと変わり、勤務態度も、どこか以前よりも前向きな様子が見受けられるようになった。

 実際の年齢より幼かった印象も、最近は、再び生やしはじめた口髭のお蔭で、貫録さえ漂い始めている。

「僕が帰ると分かるみたいでね。お腹を蹴ったりするんだよ」

「、、、、、」

 ― 今から既に子煩悩、に関しては何も言わん。だが、俺の仕事の妨げは、、、 ―

 黙って聞いていた燕倪であったが、さすがに気が散るようで、

「頼むから、集中させ ―――、?!ッ」

 筆を置き、烈也を睨んだ視界の端に、青いものが、舞い込んだ。

 ヒュ…ォオオオ……

 乾いた強い風が、巻き上げたままの御簾を揺らし、書を捲って吹き抜けていった。

 おしゃべりに夢中だったはずの当の烈也も、異変に気がついて振り向けば、

「わあっ、、、実際、初めて見たよ。青母衣の都守の式神」

「あ、ああ、、、」

 青き母衣を背に、金色の陽炎を纏った鬼神が、膝をついていた。

『、、、、、』

 三日月の如く細い瞳孔、白金の眸でもって、こちらを静かに見つめている。

 騒ぎに、集まってくる者達を尻目に、

「都守から、君に火急の用だってさ。燕倪、、、」

 意を介した烈也は、さもつまらなそうに、踵を返したのだった。


おかわりいただいている方々。。。

長々と、大変お待たせいたしました。。。

諸事情片付き、ようやく人並みに時間が取れるようになりましたので、ちょくちょく最終話を更新していきます。。。


最後まで、引き続きおつきあいいただけたら、幸いです。。。


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