第拾ノ弐幕後ノ前 ― 犬神筋 ―
夢路で交錯する、それぞれの想い、、、辿りつく、その先は?
死人還りの都守蒼奘、業丸を継ぐ武官燕倪、幽身であるがこの世に縛られた伯。それぞれが紡ぐ異国絵巻、第十二幕後の前編。。。
― 暗い、、、 ―
闇の中、【鵺】鴎弩は、細く息を吐いた。
ひっそりと、導師の傍らに在りながら、
― 纏わりつく、、、血肉が腐敗し澱んだ、粘着質の【闇】、、、 ―
視線は忙しなく、辺りを窺う。
情報を得んとする、習性のようなものだ。
置かれたことのない状況下がそうさせるのか、
― なんとも、、、 ―
体内で脈打つ鼓動が、早い。
鬼窟と呼ばれる異界に入ったのは、初めてだ。
いかに、数多の修羅場を潜り抜けてきた【鵺】と言えども、このように、不可思議な空間に置かれれば、緊張するのも、無理は無い。
「胡弓を、、、」
低く、それでいて澄んだ声に、我に返った。
「、、、、、」
「、、、、、」
袖に抱いていた絹布の包みを差し出せば、導師が代わってその腕に抱いた。
ポタ・・・タ・・・
不意に何かが滴り、闇色の大地に、濡れた光沢をばら撒いた。
「、、、、、」
見上げれば、頭上彼方の闇から、あの若き鵺がさかしまに生えていた。
手足首には、闇色の触手が絡みつき、無惨な形相、そのままに。
「ああ、、、」
すぐ傍らに立っていた導師が、鴎弩を見、頭上を仰いだ。
逆しまに吊られた、それは―――、人柱。
タ・・・・・タタ・・・ポタタ・ッ・・・
乱れた髪、鼻、指先から滴れば、辺りに鉄錆に似た臭いが、広がった。
導師は、それに無機質な一蔑を与えると、
「骸は、楔。現世から、異界に降ろした、錨だ。これは、神都を繋ぐ先端を、留め置くためのもの、、、」
背を向け、歩き出した。
いつもならば、その姿を隠しつつ、付き従う鴎弩だが、この時ばかりは、その背に続く。
辺りは、不気味な程、静寂に包まれていた。
緩やかな勾配が、不可視の闇路へと続いている。
茫洋と、浮かび上がるのは、先を行く背中。
その背を追いながら
「言っておく。この闇路に在るうちは、一切を排除しろ」
「は、、、」
細く、息を吐いた。
薄く、細く、息を吸い、細く、長く、吐く。
視界の端で、何かが、蠢いた。
耳に、【この世ならざるものの声】が、聞こえた気が、した。
生暖かくも、首筋に針の束を押し付けられているような、殺気交じりの視線を、感じた。
それら一切を排除する方法は、鴎弩にとって、さして難しいことではなかった。
― 心音、、、 ―
体内の躍動を感じ、その先にある鼓動に、耳を澄ます。
― 、、、、、 ―
その音が、小さく小さく、ゆっくりと、遅く―――、なってゆく。
常に現世に在るはずの意識が、急速に、遠退いていく。
無の境地へ。
「、、、、、」
後は、ただ、仄かに発光しているのか、白々と前方に浮かび上がる背中の後を、追うだけだった。
灯り窓から微かに毀れる、細く頼りない、月明かり。
室内との気温の差によって結ばれた水滴が、凍結し、板戸をきしきしと鳴らす中、
「、、、、、」
あつらえた簡素な寝台の上、華奢な人影が、上半身を起こした。
薄い肩を、艶やかな黒髪が滑り落ちる。
寝台についた、手。
柔らかな感触を確かめるように敷布を弄れば、
「ふ、、、」
安堵の吐息が無意識に、薄い唇から毀れた。
一般的な褥とは違い、銀狐と羊の毛皮が、寝台に敷かれていた。
視界の端、いくつかの場所に、闇にぼんやりと、朱が弾けている。
大振りの火桶の中で、
ぱち・・ちち・・・じじじ・・・
炭が、鳴いている。
そのお陰か、冬夜というのに、毛皮の保温効果と相まって、背中が汗ばむ程、室内は温かかった。
「、、、、、」
それまで毛皮の感触を楽しんでいた手が、宙へと、伸びた。
闇の中でも、艶々とした光沢を放ち、冷やりと手指に纏わりつくそれは―――、牡丹の葉。
見れば、部屋のいたるところに鉢が置かれており、それぞれ、季節外れの花芽を結んでいる。
「、、、、、」
ひとしきり、葉に触れた後、陶器の水差しで喉を潤し、再び横になった。
闇の中、ここでは、植物達に囲まれているせいか、風の音が、遠い。
故郷とまではいかないが、
― 緑の、香り、、、 ―
それでも、この香りに包まれれば、安心する。
― 老爺は、温度差で体調を崩すと言われるけど、、、ここは、天幕にいるみたいだ、、、、 ―
馬具や、弓の手入れをする、父の広い背中。
幼い弟をあやす、母の歌。
弓を置き、祖父が爪弾く、胡弓の音。
そして、左側には、決まって、、、
「、、、、、」
堪らず、拳が、握り締められた。
未だ、人、一人分を空けてしまうのは、その名残。
右に寄って眠るその癖は、直りそうにない。
思い起こす、祖国での日常。
そのどれもが懐かしく、
「ぅ、、、」
恋しい。
闇の中、じわりと滲んだ、涙。
こぼさぬように、ゆっくりと、眸を閉じた。
時折、悪夢にうなされるわけでもないのに、こうして目が覚める時がある。
眠たくないわけでもないし、目が冴えるわけでもない。
不安がそうさせるのだろうか?
それでも回数は、徐々に減ってはきているような、気もする。
胸元に、手を置いた。
風邪を引くと、よく母が、そうやって暖めてくれた。
「、、、、、」
息を、吸う。
肩から力が抜け、身体が弛緩すれば幸い、眠気が、込みあげてきた。
ジジ・・ジ・・・
炭が小さく鳴く、音。
瞼の裏に、黒い靄が、立ち込めてきた。
意識が、徐々に剥がされてゆく中、
― あ、、、 ―
キュ・・・ィィイ・・・・ヒュゥ・・・ン・・・
耳に懐かしい彼の音が、聴こえてくるのだった。
雪が、ちらついている。
雲間から垣間見える星々は、赤や橙、銀や緑と忙しなく瞬いていた。
どこかで羽根を休めているのか、梟の声が遠く、聞えてくる。
静かな夜であった。
大池のある庭へと降りる、階。
羽二重の寝着、肩に深藍の長衣。
欄干に手をつき、佇んでいるのは、
「、、、、、」
屋敷の主、蒼奘、その人。
北の方角を見つめ、目を、閉じている。
静寂に、風の音が、混じった。
少し遅れて、池の水面が、僅かに揺れる。
それから少しして、ひたひたと、大地を素足で歩く足音が、聞こえてきた。
「啼いているな、、、」
蒼奘がゆっくりと、目を、開く。
闇色―――、では無く、炯々と光る金色が、現れた。
「、、、、、」
群青色した風が、ふわりと母屋に舞い込めば、
「ぅうう、、、」
肩に貌を埋めて、ぐずりだす。
背中を優しく擦りながら、宥めれば、
「、、、、、」
すぐに、大人しくなった。
やや癖のあるその髪を、梳いてやりながら、
「夢袷。今宵は、夢路も喧しい、、、」
低く、そう告げた。
「夢袷は、互いの同調なくしては適わない。故に、当人が帝都に在るとしても、夢路は、異界。この地を負うた我らとて、管轄外。それを、どう言うわけか先方は、よく知っているようだ、、、」
翡翠の、枝状に伸びた角が、視線の先で動いた。
菫色、黎明を思わせる大きな眸が、
「、、、、、」
今にも零れ落ちそうに、こちらを睨んで寄越す。
その眸が、【眠りたいのに、これでは眠れない】、と訴えている。
夢路が騒がしいその事情など、この際、伯にはどうでもいいようだ。
― 常人であれば、気付くことはおろか、なんら支障もないが、、、 ―
幼神である伯には、帝都の外と内で共鳴し合う【夢】の影響を、受けずにはいられないらしい。
それほどまでに、その【夢】は、深い。
― 求めに応じ、応えたとなれば、地仙はおろか、祖である青目とて阻む理由を、失う、、、 ―
耳を澄ませ、垣間見ていた、夢路。
蒼奘の腕に掛かっていた伯が、手に力を込めた。
人柱の結界を失った今、【星詞】や【夢路】の影響を受けてしまう、脆弱さ。
もどかしさが、そうさせるのだろう。
― できる事と言えば、、、 ―
金色を湛えたまま、視線を落とす。
胸に貌を埋め、ぎりぎりと歯軋りする伯の頬に、冷たい指先が、触れた。
「、、、、、」
もう一度、貌を上げた、伯。
澄み渡った、菫色。
紫玉となって、零れ落ちるその前に、
「眠れぬなら、呑み明かせばいい。酔いもまた、醒めねば、夢、、、」
そっと涙を、指先で弾いてやった。
「伯よ」
その眸を覗き込んだまま、
「共に、渡るか、、、?」
「、、、、、」
問えば、ただ、ひとつ。
こくり、、、
小さく、頷いた。
何度も、瞬きを繰り返す伯を腕に座らせると、蒼奘は、欄干から離れた。
母屋の奥へと向かいながら、
「今頃、夢見の姫も、難儀していることだろう、、、」
誰に言うでもなく、そう、呟いたのだった。
鼻腔に懐かしい、故郷の香り。
草原の香りが、する。
薄闇の中、今し方まで歩いていた世界が、俄かに見覚えのある緑の大地へと姿を変えた。
― これは、、、 ―
耳に心地良い、いつかの音色。
忘れるはずの無い、その調べは、
― 翠雲哀歌、、、 ―
翠雲を離れた【あの日】、奏でられた、別れの曲。
緑濃いその丘に、風が、吹く。
頬を撫でる、優しい風。
見慣れた、緩やかな丘陵の向こう側。
住み慣れた白き天幕群が、姿を見せるだろう。
素足に冷たく、それでいてすべらかな草の感触。
一歩一歩と足を踏み出すごとに、
「、、、、、」
いつの間にか、宵藍の足は、駆け足になっていた。
その先の、丘の果てを、目指して。
燦々と降り注ぐ陽光の中、黄色の胡蝶は舞い、銀の穂は、しゃらしゃらと澄んだ音を奏でる。
懐かしむ間も惜しんで、逸る気持ちのまま、丘を一息に駆け上がると、
「あっ」
息を、呑んだ。
― 良く似ている。良く似て、、、だけど、ここは、、、 ―
開けた視界は、一面の緑の大草原。
延々と続くその大地のどこにも、一族の姿は、無い。
軽い眩暈を覚えながら、宵藍は肩を落とした。
― ここは、違う。翠雲じゃ、ない、、、 ―
大地に膝を、ついた。
風の音が遠のき、草の香りが、薄くなる。
太陽は雲に隠れてしまったのか、辺りは薄暗くなった。
― これは、幻、、、 ―
落胆が、吐息となって毀れ落ちた。
自分は、とうの昔、この地を離れたのだと今更になって、思い出した。
自嘲ぎみな笑みが、薄い唇に刷かれた―――、時だった。
「ん、、、?」
不意に、視界の端で、銀の穂が揺れたような気が、した。
反射的に顔を上げた宵藍が、
「ッ」
目を、見開く。
銀の穂と思っていたものは、立派な尾。
大の大人をも凌ぐであろう、堂々たるその巨躯。
目と鼻の先に、
『、、、、、』
白銀の大狼が、鮮やかな青い双眸でもって、静かにこちらを見つめていた。
世界に風が、巻いた。
大地を覆い尽くす草花の息吹が、足の下に、確かに在る。
先程よりも増して、降り注ぐ、陽光。
世界が、彩を取り戻せば、
キュィイイ・・・ルルゥ・・・インッ・・・
遠く、遠く、胡弓の音色が、聞えてきた。
『、、、、、』
大狼が、視線の先で、背を向けた。
大きな耳が、小刻みに動いている。
耳を澄まし、音の出所を、探っているようでもあった。
― そうだった。この曲を辿って、、、気がついたら、ここに、、、 ―
宵藍は、膝に力を入れた。
― 草藍、、、 ―
ただ、一人。
今ははっきりと、その人の顔を、思い出した。
立ち上がったところで、大狼と目があった。
『、、、、、』
首だけこちらに、向けている。
導くようでもあり、阻むようでもあった。
宵藍は、大きく頷いた。
「風狼、行こう」
前を、向いた。
『、、、、、』
こちらの顔を窺うように見つめる、大狼の傍らを、宵藍は通り過ぎた。
大狼は、すぐさま宵藍の傍らに、駆け寄った。
音色を頼りに、膝までゆうに埋まる草原を行く、宵藍。
その表情に曇りは、無い。
『、、、、、』
大狼が、宵藍の前に出た。
宵藍が歩くその少し先を、大狼が導くように、草の海を渡って行く。
「、、、、、」
『、、、、、』
草花が触れ合い、風が渡る様子が、見える。
大海原のように、波打ち、陽光に細波を刻むかのように煌く、緑の大草原。
もの悲しい胡弓の調べが風に乗り、一人と一頭を、その深みへと手招いているようだった。
温く、体に纏わりつき、それでいて、不快ではない感触に、包まれている。
「、、、、、」
頭に靄でもかかっているようで思考は鈍っているが、【ここ】が見知った場所だと、直感が告げてくる。
瞼が、重い。
こじ開けるようにして、瞼を押し上げれば、薄靄漂う空間に、
「、、、、、」
たゆたっていた。
ゆらゆらと、浜辺に打ち寄せる波のように、揺れている。
― 心地良い、、、 ―
このまま瞼を閉じれば、深い眠りに落ちてゆくだろう。
反対に抉じ開け、立ち上がれば、夢路を散策できる。
― 夢の、浅瀬、、、 ―
『あまり長く、身を置くな、、、』
そんな言葉を、ぼんやりと思い出した。
― あれば、確か、都守が言っていた、、、 ―
以前、天狗の娘、雫玖菜姫に同調した。
その夢に寄り添い、一時は、目覚める事そのものを忘れてしまったが、都守と銀仁によって、再び現世に舞い戻ることができた。
後日、改めて見舞いに訪れた都守は、多くを語らなかったが、確かにそう、忠告されたのだった。
― だが、ここはこんなにも心地良い、、、 ―
木漏れ日の中、ふわふわと浮かんでいるようでもあり、揺籠の中にいるようでもあった。
魂も眠る深い夢に落ちてしまう前に、もう少しだけ、この感覚を味わっていたい。
それは、うたた寝の感覚にも似ていた。
身を丸め、薄く目を閉じた時だった。
ヒ・・・ィイアア・・・ッ
「っ、、、」
引き攣るような旋律が、どこからとも無く、響き渡ってきた。
思わず身体を跳ね起こし、辺りを見回す。
ヒュ・・・ィイイン・・・
― これは、、、 ―
音の聞こえる方へと、薄靄の中を、歩き出した。
昇っているような、下っているような、進んでいるような、いないような。
相変わらず現実味の薄い世界ではあるが、それでも徐々に大きくなる、音色。
聞いた事の無い、異国の調べであった。
ふと、胸元を押さえた。
込みあげる感情に、
― 何とも、哀しげな、、、 ―
あとりは、顔をしかめた。
薄靄のその向こうへ。
泳ぐように、宙を掻いた。
ふわりと舞い上がる、華奢な身体。
薄桃色に染められた寝着の袖が翻り、黒髪が、風も無いのに巻き上げられる。
「あ、、、」
しかし、その身は、次の瞬間、元居た位置へと、戻ってしまった。
いつもなら、その壁をも通り抜けられるのに、今日は、薄靄の見えない壁に阻まれた。
そっと、たおやかな手を伸ばした。
硬質な感触だけが、冷やりと手の平から伝わってくる。
キゥウ・・・ンンン・・・ィイインッ・・・
異国の調べはその先から、確かに、聞えてくる。
「、、、、、」
あとりは、不可視の壁に背を預けると、そこに座り込んだ。
物悲しい、その調べに、
「、、、、、」
たまらず俯くと、膝に、顔を埋めた。
― 音色が止んだら、ここから出よう、、、 ―
深い眠りに入るでもなく、目覚めるでもない。
ただ、その音色があまりにも哀しすぎて、後ろ髪を引かれたあとりは、そこからしばらく、離れられずにいるのだった。
遥か高みより、降り注ぐ陽光の下。
一面の緑の大地を、光の筋が割っている。
子供でも容易に飛び越えられる程の小川が、蛇行を繰り返し、群れるように咲く可憐な黄色い草花と共に、地平線へと融けている。
キュウゥルルル・・・・ルル・・・
調べは、その小川の畔から、聞えてきた。
川面に、迫り出すようにして聳える、水楢の古木。
その、地上に剥き出しになった根に、腰を下ろしている者が、いる。
病的なまでに細い指先が、絃を繰れば、膝に抱かれた胡弓が咽び泣く。
小川を渡るそよ風に揺れる、鼠色の髪。
青鈍の、地味な長衣を纏い、
「、、、、、」
俯きながら、無心に弓を、操っている。
風に乗ってどこからか、草木を掻き分ける音が、近づいてきた。
キルルゥ・・・ィイン・・・
大気が震える余韻を残し、弓を持つ手が、止まった。
ゆっくりと、顔が上がる。
「、、、、、」
風に、漆黒の布が、はためいた。
草花が生い茂る坂を下りきると、小川のせせらぎの音と水の香りに、包まれる。
その中で、見覚えのある胡弓を抱いた若者が、顔を上げた。
― この人、目が、、、 ―
漆黒に染められた細い布が、何重も、若者の目元を覆っている。
それなのに、
「、、、、、」
覆われたその双眸が、布越しにこちらを見ている奇妙な感覚が、ある。
なんと、声を掛けるべきか。
躊躇っていると、ふわりと腕に、柔らかな感触があった。
銀の尾。
その先に、
― 風狼、、、 ―
抜けるような青い眸と、ぶつかった。
ひとつ、浅く頷くと、宵藍はまっすぐに若者を見つめた。
「その曲は、、、わたしの故郷に伝わる歌でございます。貴方は、翠雲のご出身で?」
「、、、、、」
眼差しの先、若者はゆっくりと首を振った。
膝に、弓を置くと、
「幾度も、聞くうちに、、、」
抑揚に欠ける声音が、応じた。
「幾度も、、、?」
若者は頷くと、そっと、手首を返した
それまで見えていた胡弓の胴、その側面の部分から、子猫の皮を張った腹の部分へ。
「ッ」
宵藍が、思わず息を詰める。
白いはずの腹には、黒ずんだ花弁が幾枚も、散っていた。
一瞬、紅梅を描いたものかと思ったが、よくよく目を凝らしてみれば、
― け、血痕っ、、、 ―
生々しくも、血が跳ねた痕であった。
若者は、そっと、その胴に手を置いた。
優しく一撫ですると、
「その娘、草藍と、、、」
謳うように、そう呟いた。
「ツォ、、、草藍、、、」
それは、耳に懐かしい名前であった。
忘れるはずもない、その名は、
「草藍は、、、姉さんは、神都にいるっ!!どうして、あなたが、、、それをッ」
宵藍の―――、姉の名であった。
胸に、熱く滾るものが、込みあげてきた。
見ず知らずの者に、その名を汚された憤りでもあり、俄かに思い出される、共に過ごした日々への懐かしさ、でもあった。
「姉さんの胡弓【銀王】を、何故、、、ッ」
「、、、、、」
それには応えず、若者は、若草色に染めた絹布で、胡弓をそっと包んだ。
布が擦れる、小気味良い音が響く中、
「夜毎、後宮で奏でられれば、いつしかその音色に、遠く離れた故郷を恋しく思う蛮姫も、少なくない、、、、」
「後宮、蛮姫、、、っ」
強い風が、二人の間を吹きぬけた。
長く垂らしたままの前髪が、巻き上げられる。
終始、前髪の奥で伏し目がちだった宵藍の双眸が、きつくきつく若者を、睨む。
感情のまま、一際精彩を放つ、その眸。
その色は、
「探しました。天藍の眸を持つ者、、、」
「!!」
天空の青、天藍。
歯を食いしばり、視線を離せない宵藍の前に、大狼が、割って入った。
フゥゥウウ・・・ッ
低く喉を鳴らし、鼻に皺を寄せると、牙を剥く。
前肢に力を込めた体勢でもって、今にも飛び掛らんばかりだ。
若者は、僅かに首を傾げると、塞いだ双眸でもって、
「ここは、夢路。互いに呼応し、結ばれた、異界。招かざる客に尽くす礼は、無いぞ、、、」
冷ややかな、一蔑。
ググググッ・・・
俄かに殺気立ち、豊かな銀毛を逆立てた、大狼。
牙を剥けば、旋風が草花を高く高く、大空へと舞い上げた。
どこか遠く、稲妻が宙を奔る音が、聞えてきた。
俄かに湧き出す黒雲に、空は陰り、
「待って、、、」
背中に、温かな手が、置かれた。
『、、、、、』
振り向けば、宵藍が、傍らに並んでいた。
吹き荒ぶ風の中、
「草藍は、、、草藍は!?」
それは、震えるような、声だった。
ゆっくりと、若者の顔が、こちらを見た。
色の薄い唇が、
「病が元で、先日後宮にて、、、息を引き取った」
淡々と、そう告げた。
「草藍、、、が、、、」
俄かには、信じたくない、言葉であった。
聞きたくない、言葉であった。
近くにいなければ、知らなければ、きっと、辛くはないと、そう思っていた。
だが、実際は、どうだ?
「嘘だ、、、草藍がっ、、、嘘をつくなッ」
空色を湛えた眸から、青が、溢れた。
「嘘、だ、、、っ」
見開かれたままの眸から、止めどなく伝う、この感情は、どうだ?
まだ、自分の目で確かめたわけではないと言うのに、今更になって、痛む、この胸の内は?
「、、、、、」
宵藍は、絹布に包まれた胡弓を、見た。
先ほどまで、咽び泣いていたその余韻が、まだ、辺りに漂っているようだった。
まるで、ずっと己が名を叫んでいたかのように。
― 草藍、、、 ―
とたんに、折れそうになる、心。
若者の言葉が、
『病が元で、先日後宮にて、、、息を引き取った』
何度も何度も、脳裏を過ぎる。
「ッ!!」
払拭しようと、たまらず首を振った。
― この男、わたしを、騙そうとしているんだッ ―
拳を握り締め、仁王立ちのまま、若者を睨む。
耳元で、轟々と風が、巻いている。
崩れそうになる膝に、力を込める。
しかし、
「嘘ではない。そうでなければ、さしもの我ら【鵺】とて、次の【蛮姫】を、探す必要はなかった」
若者は、無表情でそう言い放った。
相手の心情などお構いなしの、冷酷な口ぶりであった。
「鵺、とは、、、?」
溢れる涙を拭いもせず、宵藍は、若者を睨んでいる。
今に雹でも降りそうな荒天の下、若者は腕を組んだまま、
「神皇直属の隠密部隊。北の蛮族を平定した大戦では、そこの異形、風狼とやりあった、、、」
細い顎先で、控えている大狼を指し示す。
「翠家はかつて、北の大地を統べた、蛮族の長。風狼をも従えたと言う、、、」
「、、、、、」
「他の騎馬民族同様、その末の男子が、直系を名乗る。そして、その娘は代々、青き眼で生まれると言う。何故か、、、?」
若者の指先が、伸びる。
漆黒に塗られた長い爪が、振られると、
「ッ!!」
はらりと、髪を結わえていた紐が、切れた。
長く、豊かに背に流れた、黒髪。
姿こそ、水干姿の少年のものであったが、
「翠家に生れ落ちた青き眼は―――、」
その、香るようにたおやかな立ち姿は、紛れもなく―――。
「―――、神皇への供物、、、」
不可侵の―――、対価。
古の時代に交わされた、契約。
「くっ、、、」
食いしばった歯の隙間から、たまらず苦鳴が漏れた。
グルルオオァァアア―――ッ
不意に、銀の一閃が、視界を占めた。
大狼が、若者へ飛び掛かる。
鋭い鉤爪が、その身を引き裂かんと肉薄し、牙は喉笛に狙いを定めていた。
なす術無く立ち尽くす若者―――、に見えたが、次の瞬間、
「?!」
轟音と共に、一瞬にして視界を白く染め上げんとする―――、閃光。
思わず、袖を顔の前へとやった、宵藍。
ガッ・・・ガガガッ・・・
続いて、大気を割り、震わせる、独特な爆音。
同時に、身体に走った、鈍い衝撃は?
「ぐぅっ」
耐えきれず、大地に倒れ込んだ。
耳に、わんわんと爆音の余韻が残る中、恐る恐る目を開けると、
「あっ、、、」
ぐっしょりと全身、紅に染まった大狼が、自分が立っていた辺りに、横たわっていた。
大地は抉れ、草木は縮れ、赤く濡れていた。
構わず駆け寄り、大地に打ち臥した頬の辺りに手をやれば、
ゼー・・・ゼー・・・
荒いが吐息は幸い、確かなものだった。
薄く開いた青き眼が、こちらを見つめる。
クルル・・・
その身に傷を負ってなお、気遣うような喉鳴りが、
― わたしを、、、庇っ、て、、、 ―
優しかった。
宵藍の元に照準を定めた落雷は、若者が喚んだものだろう。
その矛先は、始めから、大狼。
大狼に直接落雷を落とすよりも、結果、その効果は火を見るよりもあきらかだった。
もし、大狼が、庇ってくれなかったら?
そう考え、宵藍は、首を振った。
その恐怖が、全身を押しつつまんとしている。
そんな、宵藍の胸の裡など他所に、顔色一つ変えることなく、
「ここは、夢路。貴殿であれば、その程度、すぐに快復するはず。話が済むまでの間、そこに伏しておられよ、、、」
ゆっくりと立ち上がった。
腕に、血胡弓【銀王】を抱き、草を掻き分け、こちらに歩んでくる。
「く、、、来る、なっ、、、、、、」
腕に大狼を掻き抱けば、唇は震え、歯は触れ合って、かちかちと忙しない音を頭蓋に響かせた。
視界が、赤い。
鉄錆の香りが、すぐ腕の中から、香った。
じわりと温かく、衣を濡らす感触だけが、生々しかった。
― これは、現実に起きていること、、、けれど、どうなって?分からない。分からないッ!! ―
もどかしさに腕に力を込めたところで、
『拒むのなら、、、』
「!!」
宵藍は、声のしたほうを、見た。
腕の中、吸い込まれそうな青い眸が、こちらを見つめていた。
腕の中の大狼は、
『拒むのなら、、、』
静かな声で、もう一度、口を開いた。
『そう、言いなさい、、、』
「い、言、う、、、?」
大狼が、僅かに頷く。
『貴女の言葉が、、、その詞が、、、私の力になる』
母の声にも似た、柔らかな響きであった。
風の音に混じって、足音が、近づいてくる。
『【古の契約】に、異議を唱えなさい。その詞が、【荒ぶる私の属性】を、現世よりこの異界に―――、喚ぶ』
顔を、上げた。
若者は、もうすぐそこまで来ている。
「、、、、、」
視線を外すことができない。
青褪めた頬を、冷たい汗が一筋、伝った。
その耳に、
『求めなさい。これは、貴女の未来、、、』
「、、、、、」
再び風が、巻いた。
― 未来を、、、 ―
長い黒髪が、頬を打つ。
― わたし、は、、、 ―
吹き上がり、巻き上がった。
「、、、、、」
再び、その眸が現れた時、澄み渡った青き眸が、若者を見据えていた。
― 怒り、恐怖が、、、消えた ―
若者の歩みが、止まった。
腕から、大狼が抜け出すと、
フ、ゥウ―・・・
よろつく脚を踏ん張り、首を一振り。
血潮が飛んで、緑の大地を、したたか染めた。
こちらは殺気を隠さぬ、鋭い眼差しであった。
若者は、構わず、その傍らで膝を折った。
見えぬのに、刺す様な眼差しを、宵藍は、確かに感じた。
「わ、たしは、知りたい。草藍は、、、草藍は、今、どこに?」
自分でもぞっとするほど、冷静な声が、出た。
「氷室に、、、」
「ひ、むろ、、、」
それは、胸に冷たいものが落ちてゆくような、感覚だった。
「屍軀門は、我が命で、、、」
「、、、、、」
屍軀門。
それは、俗に不浄門とも呼ばれる、御所や王宮で死した者を運び出すための門、を指す。
寵愛無き、それも蛮姫ならば、すみやかに運び出され、郊外の墓所に埋葬されるところだ。
それを、この若者は氷室に安置し、屍軀門をも閉ざしているという。
― 嗚呼、草藍ッ、、、本当に、本当に、、、ッ ―
冷たく凍える、氷室。
脳裏を過ぎったのは、そこに横たわる、その人。
たまらず握り締めた拳に、
― 会いたい。会いたいよ、草藍、、、 ―
爪が、食い込む。
いっそ、痛みで目が覚めれば、と思った。
すべて夢だと、何もかも夢だと。
そう思えば、喉が、震えそうになった。
目覚めたら、天幕の天井が見えて、母が淹れてくれる酥油茶の香りに包まれる。
草藍と一緒に、寝具の隙間から、皆の朝食の準備をする母の背中を眺め、起きているのだと気付いて欲しくて、わざと物音を立てたりするのが、何よりも楽しかったあの幼き頃に――――、戻れたら。
「いつまでも氷室では、冷たかろう。せめて、妹御である、貴女の手で、、、」
「、、、、、」
しかし、皮肉にもこれが現実だと、痛みは告げる。
【今】、現実に、この身に起きているのだ、と。
『天藍』
静かな、それでいて心地良く、力強くも響く声音が、すぐ近くで聞えた。
あの青い眸は、今、こちらを見つめていることだろう。
だが、今は、
「、、、、、」
その目を見る事が―――、できなかった。
揺れているのだ、心が。
― 私の、未来、、、望む、もの、は、、、 ―
自分の深いところに、宵藍は、問いかけていた。
― 草藍、、、花守も、、、おじい様だって、、、父さん、母さんも、、、みんな、、、ッ -
だか、その答えを得る前に、鼻先が熱く痛みを伴う。
じわりと眸に、溢れんばかりに押し寄せる、感情。
彼らと過ごした記憶が、鮮明に脳裏を過ぎっては、いつかであったその日へと、去ってゆく。
― みんな、わたしを守るために、、、っ ―
そう思うと、たまらず胸が、熱くなった。
― みんなは、わたしを、、、わたし、は、みんなを、、、 ―
「わた、、、しは、、、」
そう吐き出して、唇を強く、噛み締める。
震える唇が、答えを―――、
「、、、たい」
紡ぐ。
「わたしだって、みんなを、、、守りたい」
『天藍ッ、、、』
凜と澄んだその声に重なったのは、他でもない。
その名を呼ぶ、悲鳴じみた叫びであった。
呆然と、しかし、悲痛な色を宿した青き眼差しに、
「ご、めん、、、でも、、、っ、、、わたし、いつも、みんなに守られてばっかりで、、、」
小さな呟きが、毀れた。
「それなのに、ずっと、わたしを守るために科せられた掟に不満顔して、、、生きて、いて、、、」
自嘲気味な笑みが、おもわず、口元に刷かれた。
「うぅっ、、、」
そこで、いったん言葉を切ると、はらはら、と、涙が頬を伝うのを、手の甲で拭った。
嗚咽でひくつかんとする喉を、押さえ込む。
「だ、から、、、これまで通り、平穏を約束されるのなら、、、わ、たし、、、」
『天藍!!およしなさいっ、それ以上はッ』
大狼が、身を捩る。
その身に駆け寄り、
「背負いたい。草藍が負ったものを、今度は―――、わたしがッ」
『ッ』
その言葉に、震えた。
宵藍は、ひとつ、大きく息を吸った。
懐かしい、草の香りがする空気が、肺腑に冷たく、
「、、、、、」
心地良かった。
そして、
「わたしだって、、、わたしだって、、、【翠族】だ」
『おぉっ、、、何、を、、、』
大狼の、見開かれ、毀れんばかりの青い眸と、ぶつかった。
膨らんでいた毛がすっかり萎縮し、尾は、力なく、
『、、、、、』
下がっていった。
「、、、、、」
『、、、、、』
互いに、交わす言葉を失った、その時、
「ッ、、、!!」
手首に、強い衝撃が走った。
見れば、若者の手が、掛かっていた。
「その言葉、夢路の事と、違えてくださいますな、、、?」
華奢なわりに、随分と力強い、それでいて死人のように冷たい、手であった。
「、、、、、」
宵藍は、奥歯を強く、噛み締めた。
ギリリ、と歯が擦れて軋む音が、頭蓋に反響する中、
「、、、、、」
己に言い聞かせるようにゆっくりと、頷いてみせたのだった。
黒髪に、そよ風にも似た柔らかな感触が、触れた。
頭を、
「?」
撫でられている。
ゆっくりと顔を上げたあとりは、
「!!」
鼻先に立つ者に、思わずびくりと身を震わせた。
視線の先で、群青が、揺れていた。
「こ、こんなところでっ、な、何をしておるのじゃ、伯!?」
「、、、、、」
あとりの視線の先に立つ伯は、無言で、首を傾げてみせた。
つぶらな菫色の眸が、青みを帯びた黒瞳を、見つめている。
「わ、わらわは、哀しげな音色に惹かれ、、、あ、れ?」
耳を、澄ます。
伯も、辺りを見回す。
濃淡を繰り返す霧と静寂が、茫洋と漂う薄闇に、どこまでも融けているだけだった。
「、、、、、」
菫色の眸が、こちらを見つめる。
「う、、、」
思わず呻いた、あとりだったが、
「本当に聞えたのじゃっ、あれは、、、胡弓の音色だったっ」
負けじと唇を尖らせる。
一方、伯は、
「、、、、、」
そっと、あとりの袖を引いた。
「おっ、、、伯?」
袖を引かれるまま、立ち上がれば、伯は、くんと、鼻を鳴らす。
「ど、こへ?」
「、、、、、」
そのまま、歩き出す、伯。
その、自分よりもまだ少しだけ小さい背中を見つめ、自然、あとりも続く。
漂う霧の中、その歩みは、しっかりとしたものだった。
平坦なようで、昇ったようにも、下ったようにも、感じた。
改めて辺りを眺めながら、
― 何度来ても、ここは、姿を変える、、、 ―
ふと、そんな事を思った。
あとりが知る、夢路。
星のようなものがある時もあれば、雲中にいるような時もあり、水が満ちている時もある。
同じ場所のはずなのに、同じものなど、ひとつとしてない。
それなのに、以前も来たという感覚だけが、確かにある。
「ん?」
ふいに、濃い霧が、湧き上がって来た。
あっという間に包み込まれれば、袖を掴む伯の手だけが、見えた。
とっさに、その手を掴んだ。
驚いたのか、少しだけ引いた感覚があったが、あとりは、その手を離さなかった。
夢路とは言え、せっかく会えたのに、掻き消えてしまうのは、どうしても嫌だった。
現実感は、ない。
そのまま、夢なのかもしれない。
「、、、、、」
掴まれていた伯の手が、開いた。
「、、、、、」
「、、、、、」
二人は、無言のまま、手をしっかりと握った。
伝わる温もりが、心強い。
ふいに、
「ぁ、、、」
濃い霧が、晴れた。
すぐ先に、見覚えのある背中が、現れた。
ほんの少しの間だと言うのに、懐かしさが込みあげ、
「、、、むっ」
その感情を払拭しようと、あとりはぶんぶんと頭を振った。
― 銀仁に比べれば、ずいぶんと、頼りない、、、お? ―
もごもごと口を動かしたところで、前方から、差し込む光を、見た。
― 朝陽、、、 ―
それが、まもなく明けようとしている光だと、すぐに気がついた。
どうやら伯が、【夢の浅瀬】へと、送ってくれたらしい。
「あ・と・り」
伯が振り向くと、光の方を、指差した。
「べ、つにわらわは、一人でも帰れ、、、た、、、」
語尾も小さく、菫色の眼差しから視線を逸らすと、手を離した。
耳まで熱くなるのが分かる。
あどけなさを残す、その横顔。
頬がほんのりと、紅潮していた。
「ぅう、、、」
我が事ながら、肩を怒らせると、ずんずんと、伯の前に出た。
背中に、視線を感じながら、
「たっ、、、たまには、遊びに、まぃ、れ、、、」
あとりが、伯に声を掛けた。
「んー」
行くとも、行かぬとも受け取れる、なんとも間延びした声が、応じた。
あくびを、しているようだ。
一方、
― いったい、なんなのだ、、、この気持ちはッ ―
何故だか分からないが、振り向くことができない。
胸のあたりが、なんだがもどかしく、悶々とする。
胸に手を置いて、一呼吸。
口元を引き締めると、足を踏み出した。
駆け出したい気持ちを抑えながらも、平然を装うと、あとりは夢路を、後にするのだった。
重く圧し掛かるのは、今更になって口にした、決意だろうか?
「、、、、、」
「、、、、、」
沈黙が、息苦しい。
このまま、目覚めることができれば、この胸の痞えから、解放されるのだろうか。
帰りたいと希っていたはずなのに、一面に広がる懐かしい大草原すら、今は、疎ましく思えた。
「聞いただろう?」
手首を掴んだまま、若者が、首を廻らせた。
「?」
何の変哲も無い、大草原。
そこに、一陣の風が、吹き込んだ。
千切れた草が、顔をしたたか打つ。
おもわず顔を顰め、再び、若者の視線の先を追えば、
― あ、、、 ―
白い人影が、忽然と佇んでいた。
「夢袷。そこの犬神ならまだしも、人の身で入り込むとは、、、」
布越しに向けられた、冷ややかな眼差しに、
「これでも、器用な方らしい、、、」
薄笑みを湛えたまま、そう嘯いた。
― あの、人、、、 ―
見覚えのあるその姿に、宵藍が目を細めれば、
「貴殿が噂に聞く、倭の都守、、、」
「左様。大陸の【導師】よ、、、」
死人還り特有の、色素抜け落ちた髪が長く、風に靡いた。
若者が、目を眇めた。
炯々とした眸が、一瞬、剣呑な色を宿し、
「痛ッ」
顰められた、顔。
押さえた、半顔。
手の下から滴ったのは―――、紅の雫。
― 深い。夢路とは言え、この覇王眼でも見通せぬとは、、、やはり、ただの人では、、、 ―
呻くように、乾いた喉から声を絞り出そうとして、
「そなたも、、、」
「、、、、、」
心の裡までも見透かすのか、その闇色の眼差しに、遮られる。
喉の奥、言葉にならない声が、
≪ コォォオオ、、、 ≫
毀れた。
「っ」
口を引き結んだ若者の顔を、蒼奘が見つめ、
「、、、、、」
視線は、宵藍の手首を掴む、その手へ。
手首を掴む若者の力が、緩んだところで、
「くッ!!」
宵藍は、手首を返し、その手を外した。
痺れる手首を擦れば、
「あっ、、、うッ」
白い薄絹が幾重も舞い、視界を包み込んだ。
何が起きたのか?
それすら理解できぬまま、横抱きにされ、
「青目」
静かな声と共に、足が大地についた。
這い出すようにして、顔に掛かった布をどければ、
「ッ!!」
すらりとした長身の背中が、在った。
こちらを庇うように、両手を広げている。
その身に纏った淡い色の薄絹が、長く風に舞い上がっては、はたはたと音を立てた。
「断ち切らねば、、、」
小さな、それでいて、澄んだ声で、あった。
血塗れた衣が、髪が、物語る。
― あの、風狼、、、 ―
今、人の姿を取って、目の前に、いる。
いろんなことが一度に起きて、
― でも、、、どうなって、、、 ―
整理することができない。
それでも、
「一族はこの娘を逃し、生かすことを望みました。それは、そのまま、我ら風狼の総意、、、」
大狼であった者、青目の声に、
― 風狼、総意、、、この人、一族を、、、 ―
釘付けになる。
吹き抜ける、風の音。
はためく長袖、その向こうで、
「それも、草藍が生きていれば、の話。先の大戦の折、蛮族根絶やしを免れ得た、時の神皇との【契約】は、【絶対】でなくてはならない」
若者が無情に、言い放つ。
「かつて、そなた達が、我らの大地を穢したように、、、我らもまた、それに倣えば済むこと、、、」
青目が、牙を剥けば、大地が震え始めた。
小刻みに、しかし、徐々に、大きく。
「、、、、、」
蒼奘は、ただ黙って、同じところに佇んでいる。
大地が割れんとしても、二人の言葉に、耳を傾け続けるつもりなのかもしれない。
強くなりつつある揺れに、
「、、、それでは、真に、怨恨は薄れえぬ」
誰に宛てるでもない呟きと共に、若者が胡弓を、胸に抱え直した。
― あ、、、 ―
何気ない、その仕草。
ひっかかりを覚えながらも、ぐらつく足場に、大地に手を付けば、
「退け、青目、、、」
腹腔を震わせる低い声音が、静寂を、呼んだ。
風は止まり、大地はぴたりと蠕動を、やめた。
「冥真君っ」
聞き慣れぬ【音】に、顔を上げれば、
「ここまで来て、今更、、、退けと?!」
怒りに、その貌を歪めた青目が、声を荒げたところだった。
「此度の夢袷。双方が望むものであればと、地仙は目を瞑ったようだ。従って、立会いは、私一人と言う事になる、、、」
「望む?天藍は、邪法によって誘われたのです。それに、ここは夢路。異界の扱い。現世の理とは無縁だということ、お忘れか、、、?」
威嚇するかのように、低く青目の喉が、鳴った。
「いかに邪法と言えども、この世の理が応えた【法】に、変わりない。我らが異を唱えることは、できぬ、、、」
「邪法もまた、理が示された【法】と呼ぶと?!」
激昂隠せぬ青目を前に、蒼奘は、ゆっくりと頭を振った。
「それだけではない。夢路は異界だが、その身は、帝都に在る、、、」
「ッ」
細い顎先が上がり、無機質な闇色の眼差しでもって、青目を見つめると、
「翠族が姫の意志を、私は、確かに聞いた、、、」
「冥真君、先の大戦では、わたしは天津国に縛られておりました。けれど、今は、、、大地に帰参した、今ならっ、、、」
「青目」
一瞬の瞬きの後、その眸は金色に、澄み渡っていた。
見覚えのある、その眸。
「、、、、、」
「、、、、、」
視線を反せぬまま、訪れた沈黙に、
― 冥真君、貴方なら、、、 ―
青目の心が、揺れようとしていた。
ここより遥か空の高みに在った頃、互いに肩を並べた時が、あったのかもしれない。
そんな青目の胸中を他所に、
「そこの者の意に反し、その魂を攫うのなら、次は―――、」
「冥、―――」
「この地を負うた私が、そなたを、、、追わねばならん」
「!!」
紡がれた言葉は、息を呑むものだった。
憤りと、やるせなさ。
激情が滲んだ、青き眼。
― わたしを知る、貴方なら、、、分かってくれると、、、ッ ―
堪え切れず、震えたその拳を、
「っ、、」
包み込むものが、あった。
振り返らなくても、分かる。
「もう、いい。もう、、、」
それは、搾り出すような、か細い声と、温もりであった。
打ち震える声音が、恐怖と困惑、そして何より、決意を、青目に、突きつける。
― 嗚呼ッ、、、わたしの、、、っ ―
幾年月も経たと言うのに、この溢れんばかりの感情は?
思う様に、漂う導師の魂に喰らいついたのなら、治まるのだろうか?
神皇の使者とも言える、導師へ吹きつける殺気は、強まるばかり。
― ぐぅっ、、、掻き、毟りたい、、、 ―
その血肉に餓える、この喉を。
「あ、、、」
包み込んだままの、手の体温が、下がってゆく。
同時に宵藍は、大気が張り詰め、凍えてゆく感覚に、顔を上げた。
包み込んだ手に、振り払われるような気がして、
キュィ・・・ン・・・ッ
不意に、胡弓が、啼いた。
導師は腕を覗き込み、蒼奘の眼差しも、自然、そちらへ向けられた。
大人しく腕に、掻き抱かれたままの胡弓は、啼くでもなく―――、変わらず、そこに在った。
― いけないっ ―
弾かれたように、その音に動いたのは、宵藍だった。
「翠雲の大風狼、、、」
広げたままの、腕。
宵藍は、その両腕を、背中から縋りつくようにして、抱きしめた。
たとえこの手を振り払われたとしても、どこかへ、行ってしまわぬように。
華奢な背中に、頬を摺り寄せ、顔を埋めれば、冷え切ったその背中に、
「っ、、、」
温もりが、生まれた。
それまで、激情に歪んでいた貌から、感情の一切が失われる。
そして、
「天藍、、、」
回られた腕に、青目の両の手が、触れた。
あたたかい、手であった。
「ふ、ぅ、、、」
小さな溜息が、唇を突いて、出た。
胸元に、置いた手。
一度だけ強く、握られた。
強く、強く。
「、、、、、」
長い睫毛が揺れ、伏せられた、瑠璃色の眸。
「冥真君、、、」
再び貌を上げた時、その身体から立ち昇っていた殺気は、憔悴に、変わっていた。
どこか、縋るような眼差しに、
― 青目、、、 ―
さしもの蒼奘、目を背けた。
訪れた、沈黙。
いつの間にか、そのすぐ傍らに佇んでいた若者は、頭上を見上げた。
どこまでも青く、そして、姿無き陽光照りつける空は、入って来た時となんら変わらぬように見えるが、
「まもなく、満ちる頃合だ」
ぽつりとそう、呟いた。
蒼奘も同じく空を見上げると、
「満ちて、その濁流に呑まれれば、囚われる、、、」
深い闇を宿した眸が、二人を見つめた。
ゴゴゥウウオオオ・・・・
遠く、風が巻くような、海鳴、地鳴のようにも聞える音。
だんだんとその音が大きくなる中、宵藍は、
「あっ、、、」
地平線彼方の空が、剥がれ落ちているのに、目を瞠った。
「空が、落ちて、、、」
それは、空そのものが瓦解してゆくに相応しく、青色を帯びた断片となって、次々と剥がれ落ちては大地に融け、そのまま波のように押し寄せる闇色の【外側】に、吸い込まれては遠ざかってゆくのだ。
得体の知れぬ恐怖に、今更になって膝が、震えた。
思わず後に、一歩、後退さる。
その目の前に、
「陛下の花嫁となる姫君よ。恙無く、お送りしよう」
差し出された、手。
すがりたい。
堰を切って溢れ出んとする感情に身を任せ、泣きじゃくりたい。
― それとも、いっそ、その濁流に、、、 ―
宵藍殿・・・
「っ、、、」
ふいに、脳裏を過ぎった、その顔は?
― 嗚呼、お逢いしたいっ、、、一目、、、もう一度だけっ ―
噛み締めた奥歯のせいで、頭痛がする。
握り締めた拳が、胸の前で、震えている。
言葉を紡ごうとした唇は、差し出された手を睨んだまま、
「、、、、、」
ただ戦慄いて、引き結ばれた。
若者は、変わらずそこに佇んでいる。
やがて訪れるであろう崩壊を待って、その手を取るのを、見越しているのかもしれない。
ぎりりと、噛み締めた奥歯が軋んで、嫌な音がした。
視界の端では、闇の侵蝕が近づき、
「?」
不意に白いものが、視界を掠めた。
水干の、袖だ。
小柄な背中が、手と、宵藍の間に、割って入り、
「キシシシィイ・・・」
犬歯の間から、威嚇にも似た音を若者に向かって放った。
「獣神に、都の守。幼神まで、、、。招かざる者ばかりが、境界線をいともたやすく擦り抜けるとは、、、」
若者の手が、引かれると、
「我が腕も未熟であったが、もとよりこの地、よほど歪なようだな」
「、、、、、」
蒼奘、何も応えぬ代わりに、青い唇の端を吊り上げてみせた。
「もっとも【守】ともなれば、それを知らぬで務まらぬか、、、」
愚問だった、と若者は、腕に胡弓を抱き直す。
「あ、銀王、、、」
思わず、宵藍が小さく声をあげた。
その呟きに、
「これは、次に見えた時に、必ず、、、」
目を眇め、そう応じた。
優しげに。
けれど、そう思ったのは、一瞬の事。
再び、炯々とした光を隻眼に宿すと、
「本日定刻。北の湿原にて鬼窟を開き、待っている」
腕組みのまま、黙って聞いていた蒼奘に言い放った。
宵藍の肩に、手が添えられた。
びくりと、身を竦める程冷たい手であったが、
「翠姫よ、、、」
「あ、、、」
力任せに、引き寄せられはしなかった。
闇の瓦解が、もうすぐそばまで、近づいている。
傍らに、
「、、、、、」
青目が、寄り添った。
その貌は、感情の一切を窺わせぬ能面の如き様相であったが、ふつふつと腹腔深くより湧き上がる焦燥に、青褪めているようにも見えた。
若者の前で、鼻をひくつかせていた伯が、
「伯」
名を呼ばれ、袖を掴んだ。
続いて、
「後ろを、振り返るな」
そう言われ、顔を、上げた。
どこまでも続く、翠の大地。
吹き付ける、優しい風。
白いちぎれ雲が行く、青き空。
そのすべてが、現実のものではないと分かっていても、
「ぅ、、、」
心揺さぶられるほどに、懐かしい。
止めどなく、頬を濡らす涙は、いつかは乾くだろうか?
ひきつるような喉の痛みは、いつかは忘れられるのだろうか?
その人の、顔は?
そっと、柔らかい布が、目元に当てられた。
涙が、青目の袖に、吸い取られてゆく。
「今は、前だけを、、、」
胸の裡を読んだかのような言葉に、背を押されたような気がした。
辛うじて小さく頷くと、
「長い夜も、まもなく明けよう」
その声に、顔を上げた。
視界一杯に広がるのは、光芒眩い大草原。
若草色から、金色へ。
柔らかな風が吹く―――、その先へ。
くゆる薄靄の、その向こう。
頼りなげな人影、一つ。
さも、陽光が雲間から差し込んでいるかのような、やわらかな光の中へと、融けてゆく。
その、華奢な背中を見つめながら、
「奉華門。献じられるは、蛮姫の涙、、、」
足場が、瓦解するのを感じた。
吸い込まれるように、光が、靄の奥へ。
やがて、闇色に塗り込められると青目は、人影があった辺りをぼんやりと見つめたまま、その身を、訪れた闇へと投げ出した。
右へ、左へ。
上へ、下へ。
不規則に、時に緩急を伴いながら、身体が、揺さぶられる。
不可視の波に、揉まれているようだった。
「わたしの、・・め、、、」
乾いた、青き双眸。
そこに込みあげるものは―――、ない。
ただ、俯くその貌は、ひどく年老いて見えた。
長く、癖の無い髪が、巻き上がっては、靡き、頬を打つ。
脆弱な生物のように、その身は跳ね上がり、別の波へと、叩きつけられる。
― 過去、記憶、感情、器、神命、、、何もかも見失えば、そこに救いは、あるのでしょうか、、、? ―
上も下もない、夢路の深淵を漂いながら、細い吐息が唇から、漏れた。
衣に滲み、肌を濡らしていたはずの血潮が、時を遡るかのように、肉が弾けたままだった肩の辺りへと、吸い込まれてゆく。
激しく波間に揉まれながらも、滑らかな白き肌を取り戻せば、薄く開かれたままの、唇が、戦慄くかのように震えた。
そして、
「ごめんなさい、、、翠玥」
誰に宛てたものか、か細い詫びの言葉が、ぽつり・・・と、吐き出されたのだった。
「、、、、、」
小さな手が、闇へと伸びた。
前方彼方。
波に浚われ、襤褸布のように夢路を漂う青目の姿が、あった。
ふわりと、水干の袖が舞い上がる。
翻る、その前に、
「伯」
その袖を、掴まえた。
「う、、、」
菫色の大きな眸が見上げてくるのを、
「その気になれば、いつでもここを抜け出せる。実際、青目は、それ程の神通力の持ち主だ、、、」
腕に、抱き上げた。
遠く遠く、夢路の沖へと浚われてゆく青目に、無情にも背を向けると、
「結果はどうあれ、当人が決断するより他ない、、、」
「、、、、、」
後ろ髪を引かれる伯が、肩越しにその姿を、追う。
そこだけ取り残されたような、静かな闇が、漂うその辺り。
見えない床でもあるのか、遠ざかるように歩き出す。
肩に両手を置き、身を乗りだす伯の背を、宥めるように叩きながら、
「かつて、天津国の浮島にて語らったことがある。大切なものを失い、二度と【降りぬ】と聞いた。それを覆し、大地に降りたのだ。いずれは、気持ちの折り合いを、つけるだろうよ、、、」
「、、、、、」
片袖を、探った。
何かを掴むと、手を握ったまま、袖から引き出す。
振り向いた伯が、
「おぁ、、、」
蒼奘の言葉に、【分からない】とばかりに、左右に首を傾げる。
その、伯の鼻先で、ゆっくりと広げられる、手。
チリリ・・・ィ・・・
その掌で、藍と貝紫で染めた、組紐に結ばれた小さな白銀の鈴が、一つ。
冴え冴えとした輝きを、放った。
「うー、わっ、、、」
小さい呟きと同時に、伯の指先が、鈴を摘み上げた。
リリ・・・ィイ・・・リロ・・・ン・・・
「ああ。篠笛の包みについていた、鈴。羽琶姫の鈴だ、、、」
「ん、、、」
紐を摘み上げて揺らせば、
リリリ・・・チ・・・ロン・・・ィイイ・・・
可憐なその音色が、辺りに響く。
無心に揺らせば、揺らすほど、伯のささくれ立った胸の内を、宥めてくれるようだった。
リィ・・チチ・・・
リリリ・・・ン・・・
不意に、鈴の音が、重なった。
リリ・・・
リ・・・リロロン・・・
「?」
貌を上げた、伯。
その手が、鈴を包み込んだ。
辺りを、見回すが、
リリリリ・・・リリ・・・ン・・・
「、、、、、」
掌の中にいるはずの鈴の音が、明らかに別のところから、聴こえた。
じっと、自分の手を見つめる、伯。
「迎えが、来たようだ、、、」
蒼奘は、鈴の音が聴こえる方へと、歩き出す。
闇の中。
瓦解を免れたのか、二人がいるところは、穏やかなものだった。
リリリ・・ロン・・・
鈴の音の鳴る方へ。
「夢路と現世への、呼鈴だ」
蒼奘の手が、ゆっくりと伯の目元を覆った。
温かく、落ち着く。
「んん、、、」
目を閉じれば、
「まだ、早い。今少し、眠れ、、、」
コポコポ・・・リィ・コポポ・・・リ・・ィイ・ン・・・
泡が水を渡る音が、する。
思い出したかのように、睡魔がやってくる。
「ぁ、、、あ、、、」
唇が、小さな吐息を吐き出せば、鼻先を、泡となって昇っていった。
リン・・・リ・・・コポ・・ポ・・・ン・・・
鈴の音から、水の音へ。
「ぅ、、、」
その意識は、まどろみへと、沈んでいくのだった。
吐く息が、白い。
肌を刺す、清々しくも、凜と張り詰めた寒気の中。
牛に引かせた荷車が行き、鶏を籠に入れ背負った者、寝坊したのか、主の屋敷へと急ぐ若衆。
薄暗い往来には、まばらながら、すでに人々の姿があった。
小さく風が巻くと、どこから運ばれてきたのか、落葉が乾いた音を立てた。
都守の屋敷。
薄く積もった新雪に散る、消炭の漆黒。
篝火の始末をしつつ、屋敷の門前を掃いていた、琲瑠。
「お、、、」
顔を覗かせた朝陽の眩さ。
腰の後ろを叩きながら、
「、、、、、」
ふと、顔を上げた。
燃えるような緋の色から、白々とした光が広がっては、雲を焼く。
たなびく雲が、藍、鼠、紺、橙、白金、紅と、その彩りを、変えてゆく。
徐々に、消えゆく星々の灯り。
白く、雪化粧を施した山稜が、浮かび上がる中、
― 今日は、良い天気になりそうだ。、、、ん? ―
先の辻の辺り。
― あれは、、、 ―
その向こうから、こちらへ向かって歩んでくる者が、いる。
「これは、、、」
地味な、褐色の狩衣。
長い髪を、肩から胸元に垂らしたその相手が、口を開くその前に、
「お待ち致しておりました。いらせられると、主が申しておりましたから、、、」
にこりとして、頭を下げた。
「あ、、、」
その相手にしては珍しく、面食らった様子だったが、すぐに口元を引き結ぶ。
いつも柔和な表情が、今日は固い。
琲瑠は、箒を手にしたまま、
「お取次ぎ致しますので、中でお待ちください。どうぞ」
雪が薄っすらと残る屋敷の内へと、招き入れたのだった。
朝焼けが美しい、大気の澄んだ、暁の空。
大池に、薄く張った氷に、影が映る。
早起きの鴈の群れが行く、その下。
衣擦れの小気味良い音が、する。
リリリ・・・リ・・・
飴色に磨かれた床に、紫の輝きが揺れている。
紫水晶を、薄く削って作り出した、鈴。
ロロン・・・リロロ・・・ン・・・
金属が放つものとは違い、低く澄んだ音であった。
最奥の、屋敷の主の寝所までくると、艶やかな緋の色の唐衣の裾を払い、
「主様、お目覚めを、、、」
膝をついた。
リ・・ロロン・・・
そのたおやかな手の中で、鈴が、鳴いた。
蔀戸の先、降ろされたままの御簾の向こうで、脇息にもたれていた人影が、僅かに身じろいだ。
俯いているが、目は閉じていない。
薄く、開いたままの眸。
固定されていた視線が揺れ、焦点が戻れば、
「っ、、、」
気がついた当人が、額を押さえた。
酒が、残っていた。
長い前髪が、貌を覆う。
額を揉みながら、白銀の髪の間から覗いた、切れ長の眸。
鮮やかな金色から澄んだ琥珀、暗く沈んだ鳶色へと変化し、
「、、、、、」
やがて、漆黒へと落ち着いていった。
転がっている瓶子に、手を伸ばしたところで、
「わたくしが、、、」
心得た汪果の手に、盃を持たされた。
注がれたものを一息に飲み干せば、次第に酒が回り、頭痛が治まってゆく。
「ほ、、、主様、、、」
思わず、剣眉をひそめた、汪果。
「芳しくない旅路、だったようで、、、?」
「ああ、、、」
起酒にしては、随分と荒っぽい、呑みっぷりであった。
その拍子に、肩に掛けていた滅紫の長衣が、落ちた。
火桶に炭を足していた汪果が、そっと、肩に掛け直す。
寝着の、布地越しに触れた双肩は、
「、、、すぐに、何か温かいものを、お持ち致します」
案の定、冷え切っていた。
「ん、、、」
小さく、何かが、鳴いた。
蒼奘の膝の辺り。
群青の髪が、揺れた。
小さな手と、群青の髪だけが、覗いている。
毛氈に包まって眠る伯が、寝返りを打つところであった。
「若君は、、、」
「【夢の浅瀬】だ。そのうち、目覚めよう、、、」
蒼奘の手が、袖を探った。
リリ・・・
小さなあの鈴が、鳴いた。
蒼奘の手が、覗いている伯の手に触れ、広げると、小さなその鈴を握り込ませた。
掌の中にあるものを確かめるように、微かに動いた手指が、するりと毛氈の中へと隠れてしまうと、
「主様、、、」
蔀戸の向こう。
庭先に、箒を手にした琲瑠の姿。
「胡露様が、お見えに、、、」
なんとも、困ったような、いつものその顔。
「ああ、、、」
心得ていたのか、さして驚くでもなく、
「地仙は夢路に渡らず、青目は未だ、戻らず、か。書院に通せ」
短く命じた。
「では、そのように、、、」
琲瑠が、胡露を迎えるべく踵を返すと、
「お召し物は、こちらに」
そこは、そつがない、汪果。
隣室へ、と先に立った。
用意した襲の色目は、お気に召すだろうか?
そう、脳裏を過ぎったところで、
「主様?」
後ろにあるはずの気配がないことに、気がついた。
ちょうど、几帳を抜けた辺りで振り向けば、
― まぁ、、、 ―
天の川を追いやり、白々と明け始めた空の元、蒼奘が、差し込む朝陽を遮るようにと、褥の帳を、下ろしているところであった。
「、、、、、」
弓形の視界が、開ける。
ぼんやりと、見上げているのは、梁も立派な天井。
温かい毛皮の感触に、瞬きを繰り返すと、灯り取りの窓から陽光が差し込んでいる。
陽が、高い。
「!!」
跳ね起きて、喉が引き攣るように痛いことに気がついた。
目が、腫れぼったい。
指で押さえれば、まるで泣いた後のように、ぽってりとしていた。
細く、息を吐く。
艶やかな緑の中、緋、紅、桃、黒紫、黄の蕾らが、見えた。
「、、、、、」
寝起きしている、いつもの部屋だった。
近くの火鉢を見れば、くろぐろとした炭が、増えていた。
よく眠っている宵藍を起こさぬようにとの、花守の心遣いだろう。
目元に触れれば、指にざらりと、涙の痕。
泣いたのだろうか?
視線を落としたところで、
「痛ッ、、、」
じん、と、手首が痛んだ。
自然、右手手首へと視線が吸い付き、
「ひっ、、、」
息が、詰まった。
首の後から、みるみる血の気が引いてゆく。
視線が、
― これ、、、あ、、、ああっ ―
反らせない。
反対の手で、手首を、押さえた。
擦る―――、取れない。
強く、擦った―――、取れない。
強く、強く―――、・・・
「はぁっ、、、はっ、、、はあッ」
息が、上がる。
喉が、灼熱する。
頭が、痛む。
「う、、、ぁぁあッ」
低く、腹腔震わせて、声が、口を突いた。
「うああああァァァッ」
痛む、痛む、痛む。
夢中で、手首を擦った。
黒々と残るのは、紛れもなく―――、掴まれた痕だ。
視界が、ぼやける。
痕も、ぼやけた。
― どうしてッ ―
今在る場所だと、ようやく近くに感じ始めていた世界、そのものが、遠退いてゆくような、気がした。
それなのに、、、
それなのに!!
夢路の記憶だけが鮮明に、残酷に、
― 草藍ッ、、、 ―
宵藍の脳裏に、蘇る。
耳に残る、あの余韻。
「ああああぁあぁああッ」
翠雲哀歌。
胡弓の、旋律、、、
※
敷き詰められた、玉砂利の上。
昨夜、降り積もった雪の照り返し眩しい、昼下がり。
宮中、左近衛府社殿。
賑やかな足音を響かせ、渡殿を歩む者がいる。
「、、、、、」
うっそりと首を廻らせれば、こちらに向かってくる大柄な武官が、一人。
大きな口の端に、笑みを刻むと、
「都守から直々の呼び出しとは、ね」
燕倪は、それまで庭先を眺めていた男に声をかけた。
「待たされたぞ、燕倪、、、」
陽射しを避けるかのように日陰に入り、社殿とを繋ぐ渡殿の支柱に背を預けていた蒼奘は、闇色の眼差しを向けた。
常人ならば、向けられただけで思わずたじろいでしまう、その眼差しにも、
「悪い。刑部と管轄の件で揉めちまって、ちょっと立て込んでいた」
肩を竦めてみせただけで、動ずることはない。
それどころか、鈍色の眸を輝かせると、
「で、業丸の出番か?」
濃い眉を、おどけたように跳ね上げてみせた。
その様子に薄笑みを、青い唇に刷きつつ、
「そんなところだ、、、」
背を預けていた渡殿の支柱から、体を離した。
屋根に積もった昨夜の雪も、顔を覘かせた陽射しによって融け、透明な雫となって煌くのを、
「お前、目が赤いぞ。何があった?」
欄干に凭れた燕倪の手が、器用に受けた。
冷たい雫が、掌の中で、ぽつり…また、ぽつり…と、弾ける。
「それが少々、変わっている、、、」
蒼奘は、上にいる燕倪を見上げた。
「水臭いこと言うなよ。今更、驚かんぞ」
「では、一つ、、、」
「おう」
子供のように眸を輝かせるのを、眺めつつ、
「随身を、頼みたい」
そう、告げた。
「む、、、」
その言葉を耳にしたとたん、燕倪の顔から笑みが掻き消え、背筋が伸びた。
「要人警護か?って、、、まさか、お前、また御上を、どこかに連れ出すとか言うんじゃないだろうな?」
途端に怪訝な顔をした燕倪に、蒼奘は首を振ってみせた。
「入内する姫君、その随身だ」
「こんな時期に、入内?聞いた事がない」
意味深な薄笑みを浮かべたまま、
「定刻通り、本日、戌の刻。永寿宮にて」
背を向けた。
「永寿宮って、花守の屋敷じゃないか?」
眉を寄せた、燕倪だったが、
「おい、、、」
さすがに展開が読めたのか、片眉を跳ね上げた。
「行くぞ」
短い声音は、誰に発したものか?
一瞬、燕倪が言葉を忘れ、鈍色の眸が、その視線の先を追った。
チチチ・・・リィン・・・
いつか聞いた、鈴の音。
視界の端。
小さく蹲っていた背中が、立ち上がるところだった。
帯のあたりに、輝きが毀れた。
飾りにと、下げられた鈴がもう一度、
リリ・・・、
小さく、鳴いた。
「、、、、、」
ありふれた、黒髪黒目のその姿。
故に、燕倪は、
― 窮屈そうだ、、、 ―
そう感じ、目を眇めた。
そんな燕倪の心境を他所に、大きな黒瞳で一蔑すると、
「、、、、、」
淡い薔薇色の唇を、尖らせた。
手には、拳大の霜柱の塊。
土を掘り返して、遊んでいたのかもしれない。
袖と裾に、土がついている。
― あいつ。さては、俺が気づくか試して、隠れてたか、、、 ―
そのまま、蒼奘の後に続く、伯。
遠ざかろうとする二人の背中に、
「なあ、おい。一体、誰を、どこへ、入内させるつもりなんだ?」
つい、声が大きくなった。
案の定、蒼奘は多くを語らず、肩越しに、
「待っているぞ」
冷たい大気に白い息を、滲ませたのだった。
細い、枯れ枝のような痩躯の主が、寒空の下を、歩いている。
藁の雪囲いを頂いた、牡丹の木々。
それぞれ、薄紅、桃、淡黄、赤紅、黒紫といった色様々な花蕾を結び、慎ましく寄り添っている。
ひとつひとつ覗き込んでは、葉に触れ、茎を見ては、根元に敷かれている藁を寄せやるなど、世話を焼く。
一通り、見て回った後、花守は、腰を擦りながら、空を仰いだ。
― 皆、一先ず順調のようじゃ。大気もよく乾いている。しばらくは霜の心配もせずにすみそうだわい、、、 ―
本格的な冬の訪れを目前に、貴族や素封家から預かったものだ。
新年を迎える前に、枯らすわけにはいかないと、手塩に掛けて面倒を見ている。
遠く、鐘の音が、聴こえてきた。
後一刻で、陽も昇りきる、時分。
― さて、、、そろそろ、宵藍も起きて、、、 ―
いつもなら、夜明けと共に置き出して、庭掃除の後、炊事の仕度を手伝ってくれる頼もしい宵藍も、今日は、花守が部屋に入っても、深い眠りに就いたままだった。
疲れが溜まっていたのだろう、と、そのまま起こさずに部屋を後にした、花守。
その頬に、涙の跡があったのが、ひとつ、気掛かりだったが・・・
ビョウ―――ッ・・・
耳に、大気を引き攣らせるかのような音が、響く。
同時に、砂煙が舞い、顔をしたたか打った。
深い皺が刻まれた顔を顰めれば、
「っ、、、」
それも、一瞬の出来事。
ざわざわと、木々が揺れ、音が、遠ざかっていった。
花守は、空を見上げた。
青空に、白く刷かれた雲が、遠い。
いつもより高く、空を感じる。
― あの子を、この永寿宮へ迎えた日も、こんな空であった、、、 ―
ふと、そんな事を思い出した。
― 大陸の連中が、嗅ぎ回っているようだが、今更、他へは移れん。このまま、何事も無く、済んでくれるといいのだが、、、 ―
白髭を扱きながら、未だ姿を現さぬ宵藍の元へ向かわんと、渡廊へと歩き出す。
渡廊に添って植えられた水仙が、甘い芳香を漂わせる中、
トン・・・トン・・・
小さな音を、聞いた。
「、、、、」、
花守は足を止めると、彼方、柊の植え込みの向こうに隠れ見える扉を見つめた。
トン・・・トン・・・ン・・・
閂を掛けたままの扉が、再び、叩かれた。
花守の足が、扉へと向かう。
ト・・・トトト・・・リリィイ・・・
小刻みな音に、小さな鈴の音が交じった。
さては近所の悪童の悪戯かと思いつつも、
「どちらさんで?」
声を掛けた。
「花守」
聞き覚えのある低い声が、応じた。
「おお、、、お待ちを」
大きな閂を外し、緑青吹いた重い門扉を引けば、珍しい来訪者の姿に、花守は苦笑した。
「はて、、、貴殿の牡丹、預かっておりましたかな?」
見覚えのある男が、童を一人連れ、佇んでいたのだった。
「ん、、、」
童が、鼻を鳴らす。
屋敷の、過ぐる年を終えんとする、どこか哀愁をそそる庭とは打って変わり、季節の花という花が集められているせいか、それらが放つ芳香と、しっとりと湿った大気、それに大地の香りが濃い。
簡素な屋敷の造りだが、永寿宮とも、花宮とも呼ばれるこの屋敷には、目にも鮮やかな色彩が、陽光の元、溢れていた。
広く取られた庭には、同系色の花卉が整然と居並び、色彩の帯を作っている。
その合間に、渡廊がめぐらされ、脇には、細い水路が引かれている。
水路に沿って、植えられているのは、今が盛りと咲き群れる、水仙。
その白さの、向こう。
苔むした石らに結ばれた露が、きらきらと光って見えた。
渡廊が結ぶ門から、程近い離宮の前で、
「先代の命日は、もう少し先のはずでございましょう。今日は、何をご所望で、都守?」
花守は、袖を童に掴まれ現れた都守、蒼奘に、問うた。
いつもの、どこか物憂げな眼差しで、花守を見つめると、
「奉華門に手向ける、神皇の花嫁を、、、」
青い唇が、そう、呟いた。
「む、、、ッ」
花守は、口を引き結ぶと、皺深く、大きな目を見開いた。
細い喉。
突き出た喉仏が、上下し、
「み、都守、、、な、んと、、、っ」
搾り出された声は―――、苦鳴。
血管の浮き出でた手が、
「なんとッ!?」
その袖を、掴んでいた。
老人とは思えぬ程、力強い手であった。
静かな湖面を思わす、闇色の眼差しが、
「、、、、、」
その手を、見つめた。
「くっ、、、」
息を詰まらせた、花守。
― い、いかん、、、 ―
手が、離れてゆく。
「花守、、、」
「、、、、、」
力なく、降ろされた手は―――、微かに、震えていた。
「、、、都守。そのような、大それた花は、この永寿宮のどこを探しても、ございませぬ」
しゃがれた声は、ひどく疲れているようでもあり、表情には、苦渋の色が濃い。
「、、、、、」
花守を前に、蒼奘は腕を組んだまま、庭を眺めている。
千切れ雲が影を落とし、ゆっくりと、二人の間を通り過ぎていった。
平静を装うつもりが、
「わしらは、、、」
ますます掠れた声が、毀れた。
訪れた静寂が、怖かったのかもしれない。
「わしらは、ただ、ひっそりとこの地で生きていたいだけ。花を愛で、風を感じ、季節が移ろう様を、人並みに感じ、生きていたいだけなのです」
「、、、、、」
「それ以外、何も望んではおりません。どうか、―――」
「、、、、、」
深々と、頭を垂れる、花守。
「どうか、―――」
「、、、、、」
再び、訪れた静寂。
花守は、頭を、上げることができずにいた。
いつもは耳につかない、水路を流れる水の音に、どこか遠く、鳶の鳴き声が、聞える。
小さな旋毛風は、乾いた音をたて、枯葉を弄う。
冷たい、大気。
深く、深く、肺に吸い込んだ時だった。
「花守」
返答は、至極、短いものであった。
「その意志―――、」
「、、、、、」
花守は、息を呑み、
「翠族と、共に在った、、、」
「!!」
払拭するかのように、頭を振った。
― 翠族と、、、ッ ―
俄かには、信じたくない言葉、であった。
花守の思慮深げな眸が、悔しげに、伏せらた。
― やはり、すべてを、知っていると!? ―
たまらず、奥歯を噛み締めれば、
「今朝方、先方と、夢路にて交わされた。立会いは、私だ、、、」
「ぐッ、うゥっ」
抑揚に欠けた声音に、花守の喉が、引き攣った。
握り締めた、拳。
震えを、もう一方の手で押さえながら、花守は、蒼奘を見上げた。
歪んだ老人の顔が、そこには、あった。
「ゆ、、、夢、じゃて?夢で、そのような、、、っ、、、、貴殿ともあろう者が、とんだ世迷言を、、、ッ」
呼吸が、荒くなる中、
「信じるも信じぬも、構わん」
冷酷さすら感じさせる、声音。
病的なまでに白い貌が上がり、闇色の眼差しを、ある一点に注いだまま、
「当人に、確かめるがよかろう」
そう、言い放った。
「当、、人、、、」
蒼奘の、視線の先。
その先には渡廊があり、母屋が―――、
「宵、藍、、、」
見慣れた光景の中、小袖を纏った、その姿。
首の後ろで、束ねられているはずの黒髪が、今日は、そのまま背に、豊かに流されたままだった。
「老爺、、、」
小さく、呼ばれた。
白―――、蒼白ですらある顔が、蒼奘を見、
「、、、、、」
無言で、頭を下げた。
深淵にたゆたう闇を思わせる眸も、
「、、、、、」
この時ばかりは、伏せられた。
そのまま、踵を返し、
「本日定刻、戌の刻。迎えに参ろう、、、」
背を向けた。
「ぉあ、、、」
水路を流れる冷たい水に、手を潜らせていた、伯。
水仙の移り香を纏い、立ち上がると、門へと向かう蒼奘の袖を掴まえた。
往来へと向かう、二人の背中。
「姉姫に続いて、宵藍―――、天藍まで」
呆然と見つめながら、花守は、
「な、んとも、、、なんとも、惨いではないかッ!!」
忌々しく、吐き捨てたのだった。
更新は、、、
リアルに忙殺予定なため、未定。。。
おかわりされている方には、ホント、申し訳ない。。。
年末年始は、、、
チ━━(* _ω_)━━ン 。。。
それでも、必ず書ききるんで、、、
そんな奇特な方々に、、、
僭越ながら、、、
俺から全力の、、、
良いお年を!!!!!(*≧д≦*)ノ