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第拾ノ壱幕後 ― 鬼面 ―

 闇の侵蝕を受け入れつつある悠霧と、接触を試みる実敦は、己が鬼面に手を掛けて、、、


 死人還りの都守蒼奘、業丸を継ぐ武官燕倪、幽身であるがこの世に縛られた伯。それぞれが紡ぐ異国絵巻、第十ノ一幕後編。。。


 実敦は今、一人、闇の中に佇んでいる。

 六無。

 闇と静寂に、今にもその身を塗りつぶされてしまいそうな、そんな立ち姿。

 辛うじて闇の中に、その輪郭を浮かばせるのは、肩から掛けた白珠の数珠。

 褐色の指先が、白珠を一粒一粒手繰っている微かな音だけが、静寂からの呪縛を跳ね除けているかに見えた。

 しかし、その攻防虚しく、その身は闇の侵蝕に晒されている。

 白珠の輝き届かぬ爪先、指先、髪の先。

 その身は、細い噴煙をしょうしょうと立ち昇らせながら、じわりじわりと、熔けてゆく。

 喰われれば、夢魔。

 残された時間は、そう無い。

― ま、正直、それでも構わないんだけれど、、、 ―

 そんな心持は、夢路に入った時からここに到るまで、変わらないらしい。

 ただ今は、

― ああ、燕倪、、、 ―

 その実敦の脳裏を過ぎったのは、久々に会った、あの男の顔。

 鬼窟を渡ってまでして、悠霧を守り、己に託したその想いに、偽りは無い。

 そして実敦も、

― 分かっているさ、、、 ―

 その身を無防備に晒しながら、闇と、向き合い続けている。

 想いを、伝えるために。

「あんなに近くに居たのに、おれ達はいつの間にか、随分と遠回りしてしまったようだ、、、」

 鬼面から洩れた、苦笑。

 それには、言葉にする気恥ずかしさも、混じっていたのかもしれない。

「、、、本当に」

 しばしあって、小さな溜息が、こぼれた。

「それも、終りにしなきゃね、、、」

 自分に言い聞かせるように呟くと、骨ばった手が、鬼面に掛かった。

 そして、その手から、滑り落ちる。

 あ・・・ 

 息を潜め、闇であろうと、そう決めたはずなのに、、、

 指先から、ひらひらとひるがえりながら、舞い落ちてゆくその鬼面を追うべく、

 ッ!!

 決意とは裏腹に伸びた己が手が、白い球体二つに縁取られた視界の先に、確かに、見えた。

 そう、、、

 ここは、夢路。

 望み、描けば、見せてもくれる。

 嘘偽りの無い、想い。

 悠霧の手が、懸命に宙を掻く。

― 届けッ ―

 しかし鬼面は、その指先を弄うかのように、ひらりひらりと、底無しの闇の深みへ。

「実敦様ッ、面がっ」

 喉を突いて、声が、出た。

「いいんだ、、、」

 闇に薄っすらと浮かび上がった輪郭に、実敦の手が伸びて、肩を、掴まれた。

 振り向き、見上げたその先に、異形と罵られるには柔和すぎる男の貌が、あった。

「でも、いつもっ」

「あれは、もう要らない、、、」

 実敦は、穏やかな眼差しで、悠霧を見つめ返す。

「どうして?!」

「見つけたんだよ」

 その眸が、まるで子供のように、きらきらと輝いた。

「見つけたって、何を、、、」

「本当は、お前が最初におれを、見つけてくれたんだってことを、こうしてまた、お前に会って、【見つけたんだ】、、、」

「さ、ね、、、」

 悠霧は、その眼差しから、眼を離せなくなった。

「お前が闇の中に隠れるのなら、おれがそれを見つける鬼でいようと、そう思っていたけれど、それは、どうやら違ったようだ、、、」

 陰陽寮から推されながらも、術比べに負け、都の守とも成れなかった異形の陰陽師。

 それを機に噴出したのは、他でもない。

 彼を推していた貴族達による、陰湿極まりない仕打ちであった。

 陰陽頭でもある父充慶の手前、それらから逃れるように職を辞し、各地の陵や霊場を検める任を請負った。

「お前に出会うまでおれは、この世にありながらこの闇の中に在った」

 生来持って生まれた容姿と相俟って、それを機に身につけた鬼面は、予想通り煩わしい人付き合いを解消し、実敦は、文字通り幽鬼の如く生きてきた。

 それは、幸と呼ぼうか、不幸と呼ぼうか、、、?

 見てくれだけで判断せぬ者達に巡り合えたえにしは、耳を塞ぎ、眼を背け、歪むことを、彼に赦さなかった。

 悠霧の話は、数少ないそんな者達から、聞いた。

 一帯に生きる雑鬼、神霊達が恐れる、人の子。

 狙われたら最後、必ず狩られる、と彼らを震え上がらせていた、とある寺院の秘蔵っ子。

 実敦が、興味本意で寺院を訪れた時、人からも恐れられていた悠霧はすでに幽閉の身で、朽ちる時を待たれていたが、

「そんなおれをお前は、いつでもそのまっすぐな眼差しで、見つめてくれた、、、」

 善も、悪すらも、無い。

 その眸が語った、生への渇望。

 がむしゃらに生きよう、生きようとするその魂が、何よりも、

「悠霧、、、」

 燦然と、輝いて見えた。

 目の前に現れた者こそ必要なのだと、声無き叫びに打たれ、同時にその輝きに魅せられて、気がついた時には実敦から手を、差し出していた。

「でも、俺、、、」

 俯いた、その顔。

 噛みしめられた、唇。

 走馬灯のように押し寄せる、記憶。

 その中で、報われる事など無かった思い出が、喉を、引きつらせる。

 声無き苦鳴を、それでも堪える悠霧の肩に、実敦の手が、置かれた。

「出逢った頃は、ここに頭があったのにね」

 その背丈が告げるのは、成長だけではない。

 共に過ごした、確かな記憶。

 それが長かったのか、短かったのかは、分からない。

 分からないが、

― 嗚呼、、、 ―

 実敦の中で育まれたものが、今は、はっきりと見えていた。

「必要なんだ」

「ひつ、よう、、、?」

 嘘でもいい。

 それは、ずっと欲しかった、言葉。

 望んでも、応えても、けして与えられる事の無かった、【もの】。

「俺、、、俺ッ」

 その言葉を受けて、堰を切って溢れ出す、

「さ、実敦様のお側にいたいっ!!」

 言葉こころ

 悠霧には、止められなかった。

「寺とか、都とか、誰かのためとか、そんなの俺はどうでもいいんだっ」

 それは、子供じみた我儘なのかもしれない。

 一笑されるかも分からない。

 それでも、今、我慢する事なんて、出来なかった。

「そんな事より、実敦様のお側で、役に立てるようになりたいんだよっ」

 拳を握って、心の叫びを舌に乗せた。

 嫌われたくない相手に、胸の内を吐露する事は、こんなにも勇気がいるものなのか?

 不安に囚われ、今更ながら、膝が、震えた。

 俯いたまま、

「、、、、、」

 実敦の顔を見ることができない、悠霧。

 一息に言い放てば、喉元から下腹へと血の気が引いていく。

 一秒一秒が、ひどく遅く、ひどく重く、感じた。

 肩で息をする、そんな悠霧へ返って来たのは、

「ああ。だから、もう、なっているんだよ」

 どこか間延びした、いつものそんな声音。

 耳を疑って、あんぐりと口を開いた悠霧の肩を押して、

「だって、お前が、ここにいるんだから、、、」

「え、、、」

 実敦は歩き出す。

「お前の意見を聞こうともしないで、無理をさせたのは、おれの方だ」

「そ、んな、、、」

「お前の気持ちも酌んでやれなくて、この世の有様の何が視えよう?おれもまだまだ、お前から学ばなきゃね」

「っ」

 悠霧は胸が詰まって、何も言えなくなった。

 こそばゆくて、嬉しいような、ついには泣きたい気持ちも入り混じって、硬く拳を握った。

「悠霧、、、?」

「、、、、、」

 肩に力が入っている。

 実敦が白くなった拳に気づくと、涼しげなその眸に、どこか呆れたような、それでいて穏やかな感情が、浮かんだ。

― 頑なで、強情。まっすぐで、清々しい、、、 ―

 褐色の大きな手が、その拳を包み込むように、重った。

「ぁ」

 慌てて手から力を抜けば、指と指とが触れ合って、

「実敦様、、、」

 見上げたその人が、慈愛に満ちたいつもの眼差しで、微笑んでいる。

 やがて、どちらともなく繋がれた、手と手。

「さて、悠霧。かくれんぼは、もうおしまいにしようか?」

 悠霧は、実敦の手を、

「うん。帰、ろ、、、?」

 確かめるように握り返した。

 穏やかに眇められた、紅の眸。

「ああ、帰ろう」

 実敦が、頷いた。

 手繰っていた白珠の数珠を悠霧の肩に掛けてやると、二人の姿は、金色こんじきの輝きとなって、二羽の鳥となった。

 輝きは闇を跳ね除け、鳥は互いの翼を並べたまま、彼方に広がる無数の星々の輝きに加わるべく、昇ってゆく。

 夢の浅瀬。

 差し込む暁の光こそ、現世への桟橋さんばし

 最初はか細い光が、強い輝きを放ち始める。

 二羽は迷う事無く、揃って、差し込むその光芒の中へと、融けた。

 その先の、在るべき現世に、還るために、、、


「がッ」

 不意に襟首の辺りを、凄まじい力で、引かれた。

「踏み入れるには、まだ早い、、、」

 聞きなれた声音が、頭上から降ってきた。

 千切れ雲の中、一面の白い視界が、掻き消されるように闇に侵食され、そして、

「むっ?!」

 閉じた。

 それなのに、巨大な骸骨の如き顔に穿たれた暗い眼窩が、未だ鼻先に在るようで、

「なんなんだ、、、」

 我に返ってさすがに呆然と、呟いた。

 素足に、滑るような黒い泥状の大地の感触が、あった。

「あれの胃の腑に落ちれば、死人還りどころでは、すまされん、、、」

「いたんなら、もっと早く来いよっ、蒼奘」 

 襟を掴む手を振り払いながら振り向けば、

幽世かくりよとの狭間に、この霧だ。無理を言うな、、、」

 馬上から、憮然と切り返された。

「このような所まで深入りしおって、、、」

 鬱々とした呟きに続き、腕が伸び、

「乗れ。人の身を、いつまでも晒してよいところではない、、、」

「だが、伯がまだっ」

「心配無い、、、」

 闇色の眼差しの先に、華奢な姿が、朧げに滲んで現れた。

「無事か、、、」

 安堵の溜息と共に、ようやく太刀を鞘に収めた燕倪を背に乗せると、

「伯」

 走り出した鋼雨こううに、白い靄の中から現れた伯が、飛乗った。

 濃い霧の中へと、疾駆を続ける鋼雨。

 墨色の飛沫を跳ね上げながらの、その走り。

 大の大人二人を乗せているとは思えぬ力強さと、それに違わぬ速さであった。

 強靭な、鋼の如き筋肉の躍動を感じながら、

「出られるのか?」

 さすがに疲労を隠せぬ、弱音が口をついた。

 手綱を握る蒼奘は、鼻で一笑。

「出られようよ。こうして分け入って来たのだから、、、」

 不意に、鋼雨が跳ねた。

 倒木が、一行の行く手を阻んでいるのだ。

 やがて、霧が幾らか薄くなり、どんよりとした霧に覆われていた空に、瞬く星が顔を覗かせ始める。

 それから程なく、鋼雨の脚が並足に、落ち着いた。

 薄霧の向こうに、青白く空け始めた空が、間近に迫った山稜を黒々と縁取っている。

 それに圧されるようにして、菫色に滲み始めた西の空へと、星々が追いやられてゆく。

「なぁ、あの骸骨のような、虎魚おこぜのような奴は、、、」

屍魚かばねうお。あの世の守のようなものだ。平素は大人しく、砂海の底で眠っているのだが、、、」

 ちらりと眺めた先、和紙のその包みを手に、伯がかりかりと何かを齧っている。

 汪果が琲瑠に持たせた、色とりどりの花弁に糖衣を纏わせた、菓子だ。

 蒼奘の視線に気付いたのか、見上げたその菫色の眸が、

「、、、、、」

 すぐに、逸らされた。

 ― 挑発したか、、、 ―

 かつて、その魂は冥府に遊び、冥府の守でもある骸骨魚、否、【屍魚】らを、退けた。

 不安定なまさに境界であるこの地から、冥府の波動を感じ取り、喚び寄せることわりを、どうやら伯は、鬼窟を渡った事で身につけてしまったらしい。

 一方、冥府のもりとしたら、その名にかけて、予期せぬ外部からの侵入者を追い返す事は、至極当然の事。

「それじゃあ、あの白い大地が、お前が渡った、、、?」

「ああ。どうも、そうらしいな、、、」

「らしい?」

 訝しげな燕倪のそれには応えず、

「彷徨えば、死人。運良く戻っても、死人還り。正に、あの世への入口だ」

 そう、嘯いた。

「なんだって、そんなところに入っちまったんだ」

 思わず頭を抱えた、燕倪。

「その実、珍しい事ではない。この世の薄皮を一枚捲れば、どれも繋がっている、、、」

 実際には無かったものも、人々の畏怖がそれを呼び寄せるのだと、言う。

「ああ、もう、よせよせっ!!お前が言う事は、まともに理解できた試しはないっ」

 燕倪のうんざりしたその言葉を聞いて、くすくすと伯の肩が、小さく揺れている。

「、、、、、」

 闇色の双眸が、どこか冷ややかに睨み下ろせば、

「ひぁっ」

 これもまた小さな悲鳴が、上がった。

 悠霧と共に在った鬱憤を、いつか撃退した冥府の守で、晴らそうとしたのかもしれない。

「いずれにせよ、守の姿に逃げまどうのがおちだが、お前のようにまともにやりあう奴がいるとはな、、、」

「俺だってな、身に降りかかる火の粉は、払うさ。そりゃ、、、」

 燕倪は、手酷く翻弄された事を思い出し、奥歯を噛みしめた。

 いつの間にか口の中に入った砂塵が、不快な音を頭蓋に響かせた。

「だいたい、この際、言わせてもらうとだなあ。子供相手にお前はやりすぎなんだ」

「、、、、、」

「あんなやり方で、悠霧を送りつけるなど、正気の沙汰とは思えんぞ」

 すぐ後ろで上がる苛立たしげな声音など、まるで耳に入っていないのか、

「ぁ、、、」

 おずおずと顔を上げた伯は、注がれたままの闇色の眼差しに、怯えたように身を震わせる。

 そして、

「、、、、、」

 眼を逸らせずに、いた。

「おい、聞いてんのか?」

 無言のままの相手に問えば、

「、、、ああ」

 背を向けたまま抑揚に欠けた声が応じ、その肩に幼い手が、掛かった。

 いつの間にか、湿原は後方の葦の原へとその姿を変えた。

 白々と明け、橙に雲が焼け始めた、空の下、

「エンゲ、、、」 

 顔を半分覗かせた伯が燕倪を、呼んだ。

「どうした?」

 鈍色の眼差し先で、

「ごめ、、さ、、、ぃ、、、」

 翡翠の角が小さく動いて、すぐに蒼奘の向こうへと、消えた。

「なんでお前が?」

 眼を大きくして、きょとんとしたのは、燕倪。

 何がなんだが分からぬ燕倪をそのまま、蒼奘は長衣の袖を抜いた。

「、、、、、」

 それを、頭から伯に掛けると、前方に身を寄せ合うようにして蟠り広がるあばら家の群を、遠目に眺めた。

 細く登る、炊事の煙らの向こうに、黒々とした帝都への大門が聳えている。

 長い一日が終わり、また新しい一日が、始まろうとしていた。

「さて、、、」

 蒼奘が、手綱を引いた。

 ブルォオオオオ・・・ンンッ

「ぬあッ」 

 後足立ちになった、鋼雨。

 咄嗟に蒼奘の腰にしがみつけば、

「一息に、駆け抜けるぞ、、、」

 燕倪に何も言わせず、鋼雨はその言葉通り、一陣の風となる。

 肌を刺す、大気の冷たさ。

 手綱を握るしろがねの髪が頬を打つのに、眼を眇めれば、

「お、、、」

 珍しく険しい、友の貌。

 霜で盛り上がった大地を跳ね上げながら、白銀の軌跡を残し、規則正しい馬蹄の音が、響いている、、、


 くべられた薪が、ぱちぱちと弾ける音が、する。

「、、、、、」

 瞼を押し開ければ、曙色に染まった空が、広がっていた。

 朝の、凛と張詰めた大気には焚火のぬくもりと、

「起きたかい、、、?」

 つながれたままの手の温もりが、そのまま滲んでいるようだった。

「実敦様、、、」

「でも、起きるには、まだ早いよ」

 いつもの鬼面ではなく、そこには、柔和な師の貌があった。

「、、、、、」

 耳に残っているような、【かなしうた】の叫びも、闇と融けた感触も、まざまざと思い出せるのに、すべてが遠い夢であったかのような、そんな目覚めであった。

「実敦様は、ずっと起きて、、、?」

「ああ。今日はどうしても、朝陽を見逃したくなくてね。しかし、鬼面越しに見ていた世界の狭さったらないよ」

 顎先を撫でながら、実敦は苦笑を浮かべた。

「あの空のだいだいが、眩しくてならないんだ。ま、元々この目は、色素が薄いせいもあって、お前も知っての通り、陽の光は苦手なんだけれども」

 心地良い、その聞きなれた声音。

 悠霧は、炎の中にくべられた鬼面を、ぼんやりと眺めた。

 それに気づいて実敦は、握っていた悠霧の手を、そっと離した。

 悠霧は、焚火に己が手を、かざした。

「、、、、、」

 鬼面はくべられても、この手ばかりは、共に生きていかねばならぬものだ。

 その手を一緒に眺めながら、

「やはり想い、なんだろうな。強く生きて欲しいと、お前を手放さなければならなかったその人の想いが、この世ならざる神霊の加護を、生き抜くための力を、与えたのかもしれない」

「え、、、」

「人は、鋭い爪も、傷つける牙も、毒する棘も持たずに生まれる。それは、過ちを、赦すことが出来るからだ、、、」

 実敦は、どこかぼんやりと言った。

「お前のその爪は、切開くためのものだと、おれは思うね、、、」

「切開く、、、?」

「ああ。どんな困難に遭ってもお前は、お前の道を切開けるように、、、。ま、そうあって欲しいと言うおれの勝手な願望なのかもしれないけれど」

 その人の苦笑を受けて、

「ううん、、、」

 悠霧は、首をふった。

「なんでだろ。今なら俺、素直にそう思えるんだ」

 悠霧は、手を掛けてあった衣の下に仕舞った。

 生きたいと、思うのだ。

 この人と、共に在って。

 知りたいと、思うのだ。

 この爪が守り、切開ける未来を。

 濃紺の夜空を押しのけながら、橙に焼けた空が、しらがみ始める。

 西から流れる高い雲が、一足先に白く輝き、菫色の地球影が、空をぐるりと縁取った。

 その菫色から、帝都での出来事が、脳裏を過ぎった。

「そのうち、ちゃんと挨拶しに行こう」

 悠霧の胸中を読んだのか、すぐ傍らで、実敦が言った。

「挨拶って、、、帝都に?」

「ああ、一緒に。おれも、いつまでも逃げ回っていて、いい年でもないしな」

 悠霧の胸中に引っかかっていた痞えが、蟠りが、溶けてゆく。

 思い返せば、良くしてくれた人達が、大勢いる。

 帝都に在った頃は、気付きもしなかったのに、気付こうともしなかったのに、今は素直にその存在を感じている。

 いつの間にか出来た、実敦以外の、【大切な人達】。

 白々と、太陽の輝きに薄れて行く星の瞬き。

 彼方の星が一つ、力強い羽ばたきと共に、舞い降りる。

「阜嵯弥」

 風を摑まえ、夜通し飛び続けて来た、白き大鷹。

 グ・・・グッグッ・・・

 実敦の腕から身を乗り出すのを、悠霧は腕で受けて、胸に抱き寄せた。

 離れ離れになっても、実敦と悠霧を繋いでくれていた、かけがえの無い大切なものの、ひとつ。

 実敦が、穏やかな眼差しを注ぐ、その先。

 言葉にすれば、せっかく気づいた大切なものが、なんだか零れ落ちてしまいそうで、悠霧は口を引き結んだ。

 阜嵯弥のすべらかな羽毛の感触を確かめながら、それでも頬が緩んでしまうのだけは、どうする事も出来ないのを、感じながら、、、


 太陽の陽射しが枝に積もった雪を照らし、透明な氷柱から、雫となって零れ落ちる頃。

 足跡が点々と、白い雪の上に残されていた。

 陽のあるうちに眠り、夜の帳が明ける前に移動する日々は、これから少なくなる事だろう。

 二人と一羽は、東西に伸びる街道目指して、歩き出している。

 この先は、雪深くなるのを避けて、西へ下る。

 帝都に寄って、それから南西に点在する霊場を、共に検めるために、、、




 ※




 白い砂の大地に、足跡が続いている。

 白亜の大地は、見方によっては、平坦にも見え、波打っているようにも、見える。

 果ては彼方遠く、そのまま同色の空に溶け込み、もしかしたら大地と思っているものは、そのまま空へと続いているのかもしれない。

「ん?」

 砂海。

 足元に、寄せては返す砂の波。

 その波間から、打ち寄せられてきたものを、白い手が拾い上げた。

「無限坂の水底から、浮き上がって来たのかな、、、?」

 砂を手で払い、指先が頬の辺りに浮かんだ木目を、擦った。

 一方、白髭を蓄えた翁は、

「ああ、そちらでしたか、、、」

 彼方、白砂の波打ち際にぽつりとうずくまる、黒衣の冥官めいかんを見つけた。

 蒼い花が一面に群れるその中から、手に茶器の乗った盆を携え、

「一息、つかれてはいかがですかな?」

 花が途切れる辺りで足を止め、声を掛けた。

蛮器翁ばんきおう

 立ち上がった若者が、銀糸の髪を揺らせ、ゆっくりと振り向いた。

「これはこれは、、、」

 しかし、そこは好々爺。

 若者の悪戯にも動じる事無く、にこり。

 その様子に、

「なんだい、なんだい、、、」

 溜息を一つ吐いて、若者は頬の辺り指で弾いた。

 トトン・・・

 硬質な音が、響いた。

 頭の後ろに手を回して、貝紫で染められた紐を解けば、不満げな呟きとは裏腹に、穏やかな若者の貌が覗いた。

 ォォォオオ・・・ン・・・

 その若者が、砂海の彼方を見つめた。

  闇色の眼差しの先で、巨大な背鰭が覗き、一角が現れる。

 そのまま若者の脇を擦り抜ければ、蛮器翁の眼前で落ち窪んだ眼窩を覗かせ、腹鰭を長く大地に伸ばし、静止。

 蛮器翁は、胸鰭の上に盆を載せると、慣れたもので肩に掛けていた更紗を屍魚の背に長く敷いた。

「こちらへお掛け下さい」

「ああ。失礼するよ、壱岐媛いちきひめ、、、」 

 屍魚の鋭くそそり立つ第一棘を撫でると、

 ・・・・・

 上目遣いに赤光放つ双眸が、若者を一瞥しただたけ、だった。

 背鰭に背を預け、屍魚の巨躯に腰掛ければ、視界前方に広がる蒼い花の群。

 その中央には、ぽっかりと地に開いた広大な闇の口がある。

 さらにはそこに突っ込む、【回帰回廊】と呼ばれる魂の道が、うねりながら、さながら無数の絡みあう巨龍の如く、天地を縦横無尽に走り、繋ぎ、支えているようだった。

 見上げれば、薄雲か、はたまた砂海と同じ粒子か、判別つきかねないものが、白々と上空を覆い、【回帰回廊】の一部は、その先に消えている。

「、、、、、」

  どこか懐かしいようなそんな心持で、ぼんやりながめている若者を、

 ・・・・・

 壱岐媛と呼ばれる、屍魚が、赤い眸で見つめている。

「その鬼面は、、、?」

「さっき、そこで拾ってね」

 蛮器翁の言葉を受けて、若者は、手の中にある面を擦った。

 一対の長い、角。

 裂けた口には、牙の羅列が、その鋭さを見せつけている。

「、、、、、」

 しばらく、無言でその鬼面の空洞と化した眸を見つめた後、 

「この砂海は、秘そうとした想い、そのものまでも汲み上げてしまうのだね、、、」

 若者はぽつりと、呟いた。

 皺深い顔の、糸のように細い眸が、

「ここは、今生の形や想いを清算し、奔流へと還る、その準備をするところでございます。どのような摂理が働いているのか、それまではわたしも理解できてはおりませぬが、、、」

 若者の横顔を一瞥すると、再び己の手元へと、視線を落とした。

「想いと言うものも、生まれたからにはどのような形であっても、この冥府へと辿り着くように出来ているのかもしれませんな、、、」

「生まれたからには、か、、、」

「強く望み、描けば、【想い】も昇華され、彷徨うことはないのかも、しれません」

 若者の色の薄い唇に、淡い微笑が、かれた。

「それじゃあこれは、僕が責任をもって【回帰回廊】へ、還すとしよう」

「ええ。それが、よろしいかと、、、」

 ジ・・ジジ・・・・ジ・・・

 蓋椀の中で、茶葉が開く音が、微かに聞こえたようだった。

 壱岐媛と呼ばれた一角の屍魚は、

 ・・・・・

 心地良いのか、その音に、骨ばった瞼を閉じた。

 風も無いのに、そよそよと揺れる、蒼い花。

 彼方に朧に霞むのは、白い月か、太陽か?

 湖面のように凪いでいたかと思えば、隆起する大地には、小さく白い人影のよう列が、現れたり、消えたり。

 ぼんやりと、こうして白砂の大地を眺めていれば、

― お師さま、、、 ―

 ここに在るはずの無い、あの人を探してしまう弱い自分を見つけて、若者は首の後ろを掻いた。

「お、、、」

 その鼻先に届いた、芳しい香り。

 皺深い手が、蓋碗を差し出すのを受け取れば、温もりが掌に優しく伝わってくる。

「しかし、なんとまぁ、、、」

「うん、、、?」

 礼を言おうと顔を向ければ、若者の膝に置かれたままの鬼面を見つめて、

「ずいぶんと優しいお貌の、鬼でございますなぁ、、、」

 穏やかな表情で好々爺がそう、呟いたのだった。


目には見えないものが、実は空から降り注いでいる。紫外線もそうだが、中性子とか。。。物理はまったく素人だが、どうやらカミオカンデが掴まえようとしているものが、そんなようなもの、らしい。。。


ガキの頃、双眼鏡で夜空を眺めるのが、オヤジとの時間だった。惑星や星雲、星団を図鑑で見ては、そんな小さな双眼鏡では見えやしないのに、毎夜毎夜、名も知らない星を追いかけた。


俺たちが今見ている星の輝きは、何千、何万年、何億光年前の輝き、なんだそうだ。今はもう、その星は実際には存在していないのかもしれない。それでも、未来に光は届いている。


新月の夜。南米くんだりで、満点の星空を眺めた時、古代人は、星の合間の闇を縫って、星座と呼んだというのを思い出した。それ程までに、星と星の間が、近い。星が多すぎて、闇の方が、少ないように見えるのだ。人工の灯りが眩い日本で、目にする事はできないかもしれないが。。。


流星にも、影はある。

存在しているから。

星の輝きで、あるいは恒星に照らされて。

その影は、雨のように断片的に降り注ぐようなものなのかもしれない。

放たれた影は、いろんな情報を持っているのかもしれない。

記憶を。

もしかすると、歌うのかもしれない。


今回は、俺にも良くはわからないんだが、自分なりの、科学的な根拠のない、手前勝手な哲学のようなもの、が、もやもやっと形を成して、流星を咀嚼しながら、筆を走らせたもの、なんでさ。。。

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