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第拾ノ壱幕中ノ中 ― 朔 ―

 百余年に一度の【星の御渡り】。その夜、いつものように屋敷を抜け出した悠霧と伯は、、、


 死人還りの都守蒼奘、業丸を継ぐ武官燕倪、幽身であるがこの世に縛られた伯。それぞれが紡ぐ異国絵巻、第十一幕中の中編。。。

「ほぁ」

 仰向けに寝そべって、右手を伸ばしている。

 陽光に透けた体から、虹色の輝きが毀れ、伯は眼を細めた。

 今、伯の指先を含んでいるものは、不可視の神霊であり、鬼でもある。

 そして、まだそのどちらとも言えぬ、姿を定められぬ【脆弱なるもの】。

「、、、、、」

 それを、手にとって眺めている。

 陰陽寮に隣接する、星読寮の一室。

 星読頭、博士の書斎よりさらに奥。

 平素、人の出入りも無いここは、秘文の間へと至る回廊にある、代々の都守が詰所。

 御簾は下ろされたまま、室内は薄暗く、閑散としている。

 先代都守が在りし頃は人の出入りも多く、人柄がそうさせるのか、忙しなくも賑やかだったようだが、今となっては見る影もない。

 掃除は行き届いているのだが、どこか無機質で、空気も張詰めている。

「、、、、、」

 それが、返って伯には好ましい、らしい。

 星読頭も博士らも、いつかの稲妻によって、破壊された秘文の間を形式通り守り続ける衛士らさえも、都守の式神と言う手前、眼を瞑っているようで、摘み出されるような事もない。

 それもあって、隙あらば陰陽寮を抜け出し、この一室に入り込んでいるのだ。

 今日は、回廊の真ん中に寝そべり、ひなたぼっこの最中、軒先を這うこの生き物を見つけた。

 珍しくは、無い。

 今まで、幾度となく這っているものや、飛んでいるものも、見ている。

 たまたま手に取っただけだったが、改めて見るといろんな発見があるものだ。

 伯は手を這う冷やりとした感触を愉しみながら、それを床へ放した。 

「あぉ、、、」

 それまで、緩慢な動作で指先にあった白い輪郭を持つそれは、野兎のように跳ね回り、回廊を星読寮の方へ。

 ふいに、白く大きな雲が太陽に掛かり、辺りが薄暗くなった。

 それまで遠ざかるその動きを追っていた伯が、一瞬眼を離して空を見上げ、

「ぁ」 

 半身を起こした。

「ぬっ」

 短い声に続き、霧散した、虹色の輝き。

 伯は、駆け出していた。

「お、いたいた。帰るってさ」

 水干の袖を翻し、足音をさせずに駆け寄ってきた伯に、悠霧は声を掛け、

「ぅぅ、、、」

「、、、、、」

 今まさに、【脆弱なるもの】が霧散した床を見て沈黙するその様子に、手を揉んだ。

「あ、悪りぃ。向かってくると、つい、、、その反射で、手が出ちまう」

「、、、、、」

 沈黙に、たまらず両手を、後ろへ回した。

「何だよ。仕方ねぇだろ?俺の爪、勝手に祓っちまうんだから」

「、、、、、」

 伯は、じっと床を、見つめている。

 その姿に、さすがの悠霧も、

「お前みたいに、俺はやたらに触れないんだ」

 取繕おうと、する。

 桃色の健康そのものの、己が爪。

 鋭く伸ばしたままなのは、その方が振るう際に都合が良いからだが、

「、、、、、」

「っ、、、」

 伯の眼差しを受けて、この時ばかりは拳に仕舞った。

 漆黒の眼差しが、ひた、と悠霧の顔を見上げる。

― マジで、怒ってやがる、、、 ―

 ギリ、と噛みしめた奥歯が、鳴った。

 能面のように表情希薄な、伯の貌。

 それが返って、

「人や動物が、大丈夫だって分かっていても、怖いさ。もし、大事な人まで消えちまったら、って、、、」

 悠霧の胸中を吐露させた。

「なんで、こんなの、持って生まれちまったんだろうな、俺。こんなんなけりゃ、、、」

 語尾が、かすれた。

 考えないようにしてきたはずなのに、、、

 何がきっかけになるのか、知れたものではない。

 腹腔深くで擡げる、劣等感のような、蟠り。 

 悠霧は、たまらず額に手を当てた。

 劣等感の矛先は他でもない。

 いつだって己自身に、刃を突きつける。

 それ以外の矛先を、悠霧は知らなかった。

 己が前髪を、力任せに握り締めたところで、

「、、、、、」

 伯の手が、成すすべなく、だらりと下げられたもう一方の手を、取った。

「お、おい、、、」

 そのまま、顔の横に持っていくと、

「、、、、、」

 その手を頬に、押し当てた。

 ひやりとした肌に、爪先が、当たる。

「やめろよっ」

 思わず引こうとしたが、

― こいつッ ―

 伯の漆黒の眸はまっすぐに悠霧を見据え、その手首を凄まじい力で引き止める。

 底知れぬ何かが、今、目の前に居る。

 幾度と無く、鬼や化生と遭遇し、その都度死地を潜り抜けてきた悠霧が、胸の辺りから腹腔にかけて、冷たいものが下がってゆくのを感じていた。

「、、、、、」 

「、、、、、」

 逸らせない、視線。

 まんじりともしない、二人。

 流れ雲が太陽を隠し、薄闇に染まったと思えば、また乳色の陽射しに包まれる。

 その繰り返し。

 瞬きも赦さぬ沈黙が、

「悠霧、式神しき殿に、何をしているのです?帰り支度、まだ済んでいないでしょう?」

 聞き慣れた若者の声に、破られた。

「きぃいすぅ、、、」

 伯の手が離れると、傍らを音も無く駆け出して行く。

 その背を追った悠霧の視線の先、伯が振り向いて、

 くわッ・・・

 と牙を剥いた。

 まるで、

『その爪が、なんだと言うんだ?』

 とでも言いたげな、挑発的な仕草。

 悠霧は、己が爪を、まじまじと見つめた。

― やられた、、、 ―

 無慈悲なまでに万能だと疎ましく思っていた悠霧は、その実、祓えぬものもあるのだと、痛感させられたのだ。

 だが、どうだろう?

 胸中に沸く、この想いは?

 自然、足が、その背を追う。

「偉いですねぇ、式神殿は。さ、お世話になった星読寮の皆さんに挨拶を済ませましたら、屋敷に甘いお菓子を用意させてありますからね?」

「ん」

 稀水の前、一足先に駆け寄った伯の元へ。

 華奢なその背中を、

「やっぱ、お前はすげぇやッ!!」

「うぐ、、、」

「いきなりなんなんです、悠霧?!」

 稀水の悲鳴じみた声音と、当人の呻き声を他所に、悠霧は力一杯抱きしめた。

「俺が見込んだだけあるぜ、伯。ますます、お前が欲しくなったッ」

「ぎぎゅ、、、ぅ」

「わけのわからない事をッ!!とにかく、放しなさい。嫌がっているでしょう?」

「嫌だね」

「まったく、、、」

 一度は呆れて言葉を失った稀水であったが、

「なら、あなたも一緒に来なさい。いいですね?」

「ちょっ、、、何で俺までぇッ」

「都守の式神殿と一緒にいたいのでしょう?それなら、つべこべ言わない」

 さすがに扱いに慣れてきたのか、悠霧の首根っこを掴んで、元来た道を戻り始める。

 長い廊下を、賑やかな足音が遠ざかって行く。

 再び訪れた、静寂。

 無人となった回廊に風が巻いて御簾を揺らせば、なんとも淋しげな乾いた音が、からからと響く、星読寮が最奥の間。


 二胡にこが、鳴いている。

 帝都南西。

 裏鬼門に在る、都守の屋敷。

 いつにも増して今日は、どこか閑散としていた。

 異相の使い女、汪果が弓弾く二胡が、もの哀しく、鳴いている。

「、、、、、」

 大池に面した濡れ縁にて、闇色の長衣を肩に掛け、酒が残ったままの杯を片手に、

「、、、、、」

 蒼奘は、しろがねの髪を垂らし、青銅で造られた古い水盤を眺めていた。

 太陽は、西の山稜の向こう側へと呑まれ、空は、藍色を滲ませてようとしている。

 そのまま彫像にでもなってしまったかのような時間が、流れていた。

「、、、、、」

 白い繊手が、水盤の縁に掛かった。

 赤銅色の一番星が煌いて、鏡のように凪いだ水面に映っている。

 その手が開かれると、柳の細葉が滑り出し、幾枚も水面に浮かび、ゆらゆらとした。

 刻まれた波紋に、水面に映っていた一番星が、ぶれて、消えた。

― 捉えた、、、 ―

 蒼奘の闇色の眸が、眇められる。

 それまであったはずの水盤の底は闇色に塗りつぶされ、柳の細葉の向こうに、幾つもの星々の輝きが、窺えた。 

 空には変わらず、一番星のみ。

 しかし、水盤の中には、既に幾つもの星が瞬き、さながら小宇宙ではないか?

 水面でゆらゆらとたゆたう細葉は、そのまま、舟。

 水盤に形成された小宇宙の中に、輝きが、流れた。

 それは銀糸に似て、一本、二本と、その数を増やしていく。

 縦糸に、横糸が交錯し、はしる。

 碁盤目状に編まれてゆく、糸。

 ゆらめく細葉、沈む細葉、中層で浮遊したままの細葉。

 それらを足掛かりに、張り巡らされる、その姿。

 まぎれもない、帝都。

 だが、いったい、どうやって?

 眼を凝らせば、数匹の水蜘蛛の姿を、微細な銀糸の先に見つけることができるだろう。

 程無く、水盤の中に築かれた、銀糸の帝都。

 蒼奘は、青い唇の端を、咬んだ。

 艶々と赤紅の珠が結ばれると、

 つつ・・・

 青白い肌を滑り落ち、細い顎先から、水面を穿つ。

 闇色の眼差しは、

「、、、、、」

 水盤に注がれたまま、だ。

 いったんは滲んだ血の珠が、銀糸の一端に触れてその姿を保つ。

 星々が、輝いた。

 それを待っていたかのように、、、

 血の珠は銀糸を伝い、滑るようにして動き始め、

「、、、、、」 

 闇色の眼差しの先で、ある一点を差し示す。

 それを見届けると、蒼奘は懐紙で顎先を拭い、空を見上げた。

 いつの間にか、星々が瞬いている。

 二胡の音が、止んだ。

 汪果の視線の先で、蒼奘の長身が立ち上がるところだった。

「主様」

 弓を置いて声を掛ければ、

「出掛ける、、、」

 うっそりと、どこかを見つめたままで、応じた。

「では、すぐにお召し物のご用意を」

 汪果も心得て、すぐに母屋の暗がりへと消えて行った。

 汪果に続いて蒼奘も、几帳の向こう側へと消え、大池に面した濡縁には、底に細葉を沈めた何の変哲も無い水盤と、なみなみと酒を湛えられたままの杯が、取り残されている、、、


 さく

 月の無い闇夜に、生温かい風が、吹き抜けていた。

 こんな夜は、一様に門扉を堅く閉じ、人々は恙無く太陽が昇るのを待つ、そんな夜であった。

 数匹の野犬が、大地に鼻を擦り付けながら、歩いていた。

 物欲しげな顔で、獲物を探して。

「どいつもこいつも、子供扱いしやがって、、、」

 苛立たしげな澄んだ声が、振ってきた。

 日中、ここぞとばかりに星読寮にて、散々頭を下げさせられた悠霧である。

 オンッ・・・オンオンッ・・・

 牙を剥くその鼻先で、銀の輝きが瞬いた。

 キャワンッ・・・

 クゥウウ・・・ン・・・

 尾を腹の下に仕舞い、駆け出す野犬が居たその位置で、

「つまんねぇよな。なぁ、伯?」

 塀から飛び降りた悠霧が、言った。

「、、、、、」

 面倒な様子で塀の上でしゃがんでいるのが、ゆったりと束ねた黒髪を、背に長く流した伯である。

 琲瑠が去ったのを見計らい、まさに稀水の屋敷を抜け出している最中であった。

「あふ、、、」

 大きく生あくびを繰り返し、そのまま片肘ついて寝そべってしまのを、

「ホント、どこでもすぐ寝るなぁ、お前。起きろよ、ほらッ」

「にょあぁ」

 悠霧に腕を引かれ、転がり落ちる。 

 猫のように体を反転させ、大地に手をつけば、

「へ、、、臭う臭う。今日のはでかいぞ」

 傍らで、眼を凝らす悠霧。

 風が囁き、本能が、告げる。

 渦巻く瘴気が、後頭部で彩を纏い、いざなう。

「あっちか、、、」

「、、、、、」

 そのまま伯の腕を取ると、闇夜の中へと、駆け出したのだった。


「主様、烏帽子がまがっています」

 屋敷の若衆、籐那の声に、

「はあぁ、行きたくない、、、」

 父が寄越した、牛車を前に渋っているのは、燕倪。

 見合いにと、話をつけたとある姫の元を訪れるためであったが、

「お逢いになるだけでしたら、そんなに、、、」

「何が嫌だってな、烈也が父上に耳打ちしたってのが気に食わん」

「かといって佐築の姫のお屋敷に伺わなければ、左大臣さまのお顔に泥が、、、」

「むうう、、、」

 脳裏に浮かんだたおやかな顔は、誰の貌か?

 籐那にも、容易に見当がついたが、それとこれとは、さすがに別問題。

 なんとか、待たせている牛車に乗ってもらわねば、と言葉を選んでいれば、

「あ」

 往来に、白々とした人影が現れた。

 往来の者達も、道を開け、遠巻きに眺めるその人は?

「ん、、、?」

 籐那の視線に、眼差しを向ければ、

「蒼奘」

 白い髪を背に長し、錫杖片手に、雪色の袍。

 はなだの長衣を羽織って、深紫の布を首に巻いている。

「ああ、燕倪か、、、」

 こちらに気づき、一瞬立止ったと思ったら、すぐにまた歩みを出した。

「ああ、って、、、」

 燕倪の視線が、素早く辺りを窺った。

 そのどこにもやはり、伯の姿が、無い。

 屋敷の前を通り過ぎたその背に、

「どこ行くんだ?」

 つい、いつもの調子で、声を掛けてしまった。

「決まっておろう。警邏けいらだ、、、」

「、、、、、」

― 嘘をつけ。そんな事、率先してしたためしがなかっただろう!? ―

 言葉を失った燕倪を他所に、

「では、な、、、」

 遠ざかる、白い背中。

「ううむ」

 腕組みで呻いた、燕倪。

 その人の、言葉。

 警邏。

「主様、、、」

 籐那の不安げな眼差しと、散々待たされている牛追い童と供人の、どこか縋るような眼差しが交錯する中、当人は、

「むむむ」

 その背が遠ざかる程に、冬眠明けの熊のように、うろうろ、そわそわ。

「ッ」

 彼方の闇に紛れてしまう、その前に、

「その警邏、俺も行くぞッ」

「あ、主様ッ」

 烏帽子を籐那に押し付けると屋敷に駆け込み、刀架に掛けられた破魔の大太刀、業丸を掴んだ。

「主様、よくお考えになってくださいよぉっ」

「すまんっ」

 いてもたってもいられぬ性分で屋敷を飛び出すと、その人の姿を探し、追いかけた。

 先の角を曲がったところで追いついて、 

「行くのか、、、?」

 うっそりとした声音に、迎えられた。

 いつものように傍らに並び、

「おう。業丸が要りようになるかもしれんだろ?」

「そうか、、、」

 応じたその青い唇が、薄く笑ったような、、、?

 それには気づかず、

「で、どの辺りに?」

 夜気が吹き込む襟元を、掻き合わせつつ、尋ねた。

「御所の真西。卜占で、少々気掛かりな卦が出てな、、、」

「気掛かり、、、」

羅睺らごうの影が、落ちる辺りで、、、」

「妖星か?!」

「安心しろ。妖星でも、他の星に近づくもの。さくと言うのに、星々の輝き受けたその影が、この都に落ちるだけだ。観測にも引っかからぬ、とるに足らぬ彼方の星よ、、、」

「どうなる?」

「闇夜に落ちた影とは言え、妖星の一部に変わりない。吐き出す瘴気で、あたりの雑鬼どもが多少活性化するくらいで済むだろうが、一応、な、、、」

「影、、、」

 蒼奘は空を見上げた燕倪の、溜息を聞いた。

「空の高み、彼方の妖星の影にも、気に止めねばならんなど」

「なんだ、、、?」

 鬱々と一瞥だけを寄越した蒼奘に、

「いや。気苦労が絶えんな、お前も」

 しみじみと、燕倪が言った。

「ふん、、、」

 どこか憮然とした表情で、白い息を一つくと、うっそりと足元を眺めた。

 じり・・・

 草履が、土に擦れる、音。

 釣られた燕倪も視線を落とせば、

「どうした?」

 夜露に濡れた大地が、黒々と在るだけだった。

「急ごうか、燕倪、、、」

 蒼奘の歩みが、速まった。

「おい、なんだってんだよ」

「影が、ざわめき出した、、、」

「影って、、、」

 影の無い、新月の夜。

 いや、この夜にあって、大地に落ちる暗闇は全て影なのかもしれない。

「刺激は、禁物、、、」

 燕倪の傍らを、

「過信も、な、、、」 

 意味深な呟きが、通り過ぎていった。


「あふぁ、、、」

 眠気に、つやつやと濡れた漆黒の眸が、見つめる先。

 華奢な少年の水干の袖が舞うようにはためいて、その指先に触れて四散する極彩色の雫が、雨となって辺りに染みを作っている。

 それは、ここしばらく伯にとって、見慣れた光景であった。

 漂う死臭に、瘴気。

 袂で鼻先を覆うと、伯は観念して築地塀の上に、寝そべった。

 腹の下で感じる土壁の冷たさに硬さが、疎ましくも忌々しいが、帰ると言い出したところで、相手は聞いてはくれないだろう。

 一度、ぐっと猫のように腕を伸ばしてみたものの、気だるさが、体から抜けきらない。 

 ようやく鳴り止んだ、【星詞】。

 それなのに何かが、引っかかってならない。

 そうだ。

 これは、予感。

「ん、、、」

 瞬きを繰り返すと、辻の暗がりから、

 ゾゾ・・・ゾ・・・

 抜け出す、雑鬼達。

 漂う瘴気に触発され、塀の影から、屋根の上から、木々の梢からと、あちらこちらで、こちらを窺う視線を、感じる。

 こり・・・こりこり・・・

 同胞の血肉を、齧るものまでいる。

 普段は日中、木の葉の影や家屋の床下で、人や動物の姿に怯えてじっとしているもの達までもが、牙や爪を隠さず一様に、悠霧の細首を狙っている。 

 頸の後ろにある頸口けいこうから入り込み、無防備な内臓に巣食い、あるいは食い破る時を、窺っているのだ。

 もっとも、これらが束になってかかってきたとしても、悠霧が倒れるとは思えなかった。

 その手が翻るごとに、伯の目には、光の帯が奔って見えている。

 人並み外れた瞬発力は、掻い潜ってきた死地の数だけ研ぎ澄まされてきたものだ。

 ひとつ、ふたつ、、、むっつに、ここのつ。

 枝を揺らし、大地を蹴って、群がるようにして跳び跳ねたのは、【棘在るもの】、【牙鋭きもの】、【ぬめらかなるもの】や【目多きもの】などなど。

「おせぇよ」

 短く吐いた吐息に続き、開かれた十指が空を、斬る。

 色とりどりの火花が散るように、砕けるのは、今まさに飛び掛ったもの達の慣れの果て、であった。

 そんな事を、悠霧はほぼ毎晩、繰り返しているのだ。

 まるで、何かを忘れんとしているかのように。

 いつもの事で、この界隈の悪鬼や雑鬼、怨鬼らが湧き続ける限り、悠霧はその手を休める事はないだろう。

「、、、ん」

 伯は、腕に頬を預け、眼を閉じた。

 悠霧についてきたはいいが、稀水の屋敷、都守の屋敷、共に、帰る口実が見つからない。

 考えれば考える程、重く沈もうとする、意識。

 睡魔に全てを委ねようと、細く息を吐き出し、

「、、、、、」

 ヒタ、と、何か冷たいものが足首に、触れた。

 そのまま絡みつく、蛇に似た、感触。

 重い瞼を押し上げ見れば、赤黒い【触手のようなもの】が、蠕動を繰り返しながら、双頭の鎌首を擡げ、青い舌先をちろちろと覗かせていた。

 くわッ

 伯の犬歯が、剥かれる。

 今にもこぼれんばかりに見開かれた漆黒の眸が、ありありと憤懣を湛え、赤味がかったと見るや、

 パンッ・・・

 軽やかな音を立てて、【触手のようなもの】は、存在した証すら残す事を許されず、消失。

 さらに

「、、、、、」

 今ので、睡魔もどこかに隠れてしまったらしい。

 緩慢な動きでもって上半身を起こすと、

「、、、、、」

 伯は足首を擦りながら、塀の上に座り直した。

「はふ、、、」

 小さな溜息が白く、可憐な朱鷺色の唇から、こぼれた。

 思い返せば、ここしばらく、こんなことばかり。

 騒がしく、まったく碌な事が、無い。

 もう一つの溜息が、喉から迫り上がったところで、

「ぃ、、、あぁあっ」

 ィィィ・・・ィ・ン・・

 伯は耳を、押えた。

 頭蓋にわんわんと響き渡る、耳鳴り。

 その音は、どんどん大きくなり、

 ィィ・・ィイイイイ―――ッ

「あぁあッ」

 小さな悲鳴虚しく、それは、落ちてきた。

 音となって。

 影となって。

 大気が、震えた。

 刹那、体から魂が押し出されるような、ぶれが生じ、伯は己が肩を抱いて耐えた。

「ッ」

 固く閉じたはずの瞼に、無数の小さき光が、描かれる。

 星だ。

 暗く沈んだまま、軌道を違える事無く廻り続ける仄白い、巨星。

 蒼々と光を放つ、星団。

 極彩色の蝶の羽状に広がった、星雲。

 闇よりも暗いガスを吐き出す、暗黒惑星。

 爆発と燃焼を繰り返し、燃え盛る、恒星。

 それらが、近づいては、遠ざかって行く。

 伯は、眼を開けた。

 イイイィ―――、イィィィ・・・ン・・・

「ぁ、、、」

 音は、去っていた。

 先程までの平穏が、静寂と共に戻ってきた。

 咄嗟に見上げれば、夜空の遥か彼方を、長く白焔の尾を引く箒星がひとつ、流れて消えるとこだった。

 嫌な汗が、額から頬を伝った。

 ぶっきらぼうに袖で拭い、伯は視線を落とした。

 辻の真ん中。

「、、、、、」

 大地に巨影が、黒々と蟠っていた。

 月の無い、闇夜よりもさらに暗き、影。

 その中央では、悠霧が、蹲っている、、、


 楮で束ねられた、黒髪。

 その髪が、逆立つような感覚に、

 ― なんだッ?! ―

 悠霧は袖を返して、天を斬った。

 そのつもり、だったが、

「くっ、、、」

 その時には、既に、呑まれていた。

 空より落ちてきた星影は、【星詞】であり、【かなしうた】。

 大地を擦り抜け、そのままこの星を抜け、無限なる宇宙を永劫に彷徨うはず、だった。

 それが、悠霧と言う人の子の真上に落ち、今、大地に蟠っている。 

 悠霧は、大地に膝を付き、耳を押えるしか、出来ずにいた。

 イイイイィイイイイ―――――ッ

 体中で、音が鳴っている。

 骨が、、、

 筋が、、、

 細胞が、、、

 悲鳴を、あげている。

 肉体が、精神が、分解と再構築を、繰り返している。

 自身では到底太刀打ちできぬ、絶対の力に見透かされ、奏でられている。

 ゆっくりと、緩慢にして、それは脳天から眼窩の奥、鼻腔へと下り、喉から胸へと落ちて行く。

 脳裏に流れ込んでくるのは、幾千幾万の星々。

 燃え盛る炎の塊は太陽だろうか、その記憶がどっと押し寄せ、かくも美しき世界にしかし、悠霧は吐き気を催した。

 人知の範疇を遥かに凌ぎ、美しすぎて、、、

「ぁ」

 やがて、足の爪先から大地へと巨影が抜けると、音は鳴り止み、同時に悠霧はそのまま地に伏した。

「う、、、」

 実際は、ほんの十数秒の事だったはずが、永遠の長さにも感じていた。 

 全身を襲う脱力感に耐え切れず、心身共に放心状態。

 それも束の間、

「は、、、ぁ、、、」

 その身は大地に沈み始める。

「、、、、、」

 築地塀の上。

 伯が、食い入るようにして眺めているもの。

 それは、大地の深みへと浸透していくかのように吸い込まれて行く巨影と、その影と共に呑み込まれんとする、悠霧の姿。

― このままじゃ、呑まれ、る、、、こいつにッ ― 

 悠霧は、重い体にそれでも力を込めようとして、

― くそっ、、、 ―

 既に下半身を大地に呑まれている事に、奥歯を噛みしめた。 

 力を込めようにも、体が言う事を聞いてくれない。

 こんな事は、初めてだった。

 胸元まで呑まれ、肩を揺すって抵抗を試みた視線の端で、こちらを眺める視線と、ぶつかった。


「は、く、、」

 まさに、巨影に呑まれようとしている所であったが、

「、、、、、」

 伯は、築地塀に腰掛け、足をぶらぶらとさせながら、その様子を眺めている。

 思い起こせば最初から、苦戦を強いられている今も、その傍観の姿勢が変わることは無い。

― くっ、、、こいつ、、、っ ―

 恨めしげに睨んだ所で、どうしようもない。

 分かっている。

 相手は、神霊。

 それも、契約で縛っているわけもなければ、手を貸す義理もない。

 ここしばらく、無理我儘を言って、悪戯に追い掛け回した相手だ。

 思い起こせば、己自身もこの程度の扱いだったと、今更になって悠霧は思った。

 珍しくしくじって、祓うはずの鬼に体内に巣食われた時、寺の者は悠霧を、まるで腫れ物に触るかのように、土蔵に隔離した。

 ずたずたに引き裂かれながらも、なんとか調伏に成功したのだが、土蔵の門扉が開かれる事はなかった。

 永遠とも言える孤独と、待ち構える、死。

 そして、闇。

 その中で、朽ちるはずだった、命。

― ああ、そうか、、、 ―

 望んではいけなかった。

 鬼や神霊の声に耳を傾ける事無く、力任せに調伏を続けた道具にも等しい己に、居場所なんぞ、、、

― 俺は、、、必要とされなくなった時点で、消えるべきだったんだ、、、 ―

 闇に呑まれてゆく、体。

 いや、同化してゆくのか、、、

 それとも、還ってゆくのか、、、?

 闇の侵蝕が、始まっていた。

 取っ掛かりを求め、掻いていた手が、

― 沈んでゆけ。二度と浮き上がる事など、無いように、、、 ―

 それを、やめた。

 鼻や口に、とろりと生温かいものが入り込んでくる。

 胃の腑に落ちれば、体内で暴れ周り、いつかの激痛と共にこの身を食い荒らす事だろう。

 そして、何も、感じなくなる。

 幾度と無く、足元に広がる闇との鬩ぎ合いを経験している悠霧は、それを、知っていた。

 多くの彷徨える幽鬼を、問答無用で引き裂いた痛みを思えば、相応しいのかもしない。

― なんだろう、気分がいいや、、、 ―

 妙な充実感が、今、胸中を占め始めている。

 いつまで経っても訪れぬ痛みに代わって、包み込んでくるぬくもりに、その人の名を思い出した。

― 実敦様、、、 ―

 目頭が、熱くなった。

 堪らず、眼を瞑ったその耳に、

「簡単に、諦めるんじゃねぇッ」

 腹腔を震すその太い声は、届いただろうか、、、?


 時は、それより少し前に、遡る。

「まずいんじゃねぇのか?」

 先の辻から、一部始終を眺めていた燕倪は、振り返った。

「、、、、、」

 築地塀に背を凭れ、懐から取り出した小振りな瓶子でもって大地に黒い染みを作っているのは、蒼奘。

 二人が駆けつけた時、星影は悠霧の真上に落ち、その広がった巨影に構わず踏み込もうとした燕倪を、蒼奘が阻んだところであった。

 染みが広がるにつれ、悠霧を呑み込まんとする巨影は、今、収縮を始めている。

 ピ・・ション・・・

 どこかで、水が跳ねる音が、聞こえたような気がした。

「応えた、、、」

 蒼奘の小さな呟きよりも、燕倪は目の前で起きている事態に気を取られている。

 眼を凝らせば、伯があくびしているのが見えた。

「おい、伯も、動かんぞ」

「あれでも、相手を選ぶでな。神霊と言うもの、闇雲に使役せんとする者に、その心は開かぬよ。第一、その自尊心が赦さぬ、、、」

「あいつ、悠霧がやられそうだってのに、なんとも思っていないって言うのかよ」

「顛末に、興味はあるようだがな。あの位置ならば、その力は及ばぬ。確かに安全圏には違いない」

「傍観かよ。趣味を疑うな。お前に似てきたんじゃないのか?」

 横目に睨んでも、皮肉の矛先蒼奘の表情に、変化は微塵も窺えない。

 それどころか、

「今、星影を、私がんだこの世の闇に、繋げた。影は、羅睺星より放たれたもの。どこに出ても、影はそこから再び天へと還り、無限の宇宙を彷徨い続けるだろう。何故だと、問うなよ、燕倪。そういうものなのだ、、、」

「う、、、」

 返って、黙られた。

「人は、大地に縛られるのが定め。取り込まれたまま、宇宙を彷徨うような事は、万に一つもない」

「本当だろうな?」

 燕倪が、堪らず睨んで寄越すのを、

「ああ」

 頷いて、かわした。

「しかし、それに気づいていればともかく、伯のあの様子、気付いておらんな、、、」

「お、、、それじゃあ、もし悠霧が別の化生に出くわして、万が一にもって事になっても、、、」

 何も発さず、そればかりか悠霧が呑まれる様を窺う伯の様子に、

 ― あいつが、そんな、、、 ―

 燕倪は、それ以上続けられなかった。

「悠霧が倒れれば、それまでだ。何食わぬ顔で屋敷に戻ってくるであろうな、、、」

「、、、、、」

 それは、燕倪が今まで思いもよらなかった伯の神霊としての一面でもあった。

 こんもりと波打ちながら先の辻へと引いて行く闇の中、もがく悠霧の細い手足が、見えた。

「人も神霊も、その実あまり変わらぬ。礼を尽せば、応えよう」

「ぬっ、、、それが出来ないから、伯が助けないとも取れるぞ」

 塀に、掛けた手。

 力を入れ過ぎたのが、漆喰が剥がれて大地に白い粉をふいた。

 そんな燕倪とは対照的に、

「それ以外に何がある、、、?」

 相も変わらず、怜悧な物言いの蒼奘。

「だからって、死んじまったら元も子もないじゃないか」

 唸るようなその声音に、

「何、これは墨依湿原の水。その【点】とを結ぶための【線】であり、呼び水、、、」

「はぁ?!」

「繋げた先は、墨依湿原だ。あの神通力に、性格だ。運悪く幽世に迷い込んだとて、死人還りになってでも、再びこの世に舞い戻ってこようよ」

 蒼奘は薄笑みを浮かべたまま瓶子をひっくり返し、底を軽く叩いた。

 残っていた墨の如き雫が二、三、滴った。

「そう言う問題じゃない。子供相手に、おまえは、、、」

 闇が、大地に吸い込まれるにつれ、もがいていた悠霧の手が、

「ッ」

 見えなくなった。

 その刹那、

「があッ!!もう、我慢ならねぇッ」

 見かねた燕倪が、飛び出す。

「踏めば、お前まで呑み込まれるぞ」

 うつうつとした蒼奘のいつもの声音に、

「うるせぇッ」

 燕倪の広い背中が短く応じた。

 それを闇色の眼差しが見送り、

「、、、、、」

 その青い唇は、僅かに吊り上ったのだった。


 頼りない星々の明かりの中、

― なんだってんだよっ、いったい!! ―

 前方の辻に向かって駆けた。

― 礼を尽くす?!こんな時に、そんな事言ってる場合じゃねぇだろッ ―

 見えなくなった手を追って燕倪は、わだかまる闇に踏み入れ、沈み込む場所に、腹這の姿勢で上半身を突っ込んだ。

「むっ、、、」

 肌に纏わりつくヘドロのような感触に、覚えがあった。

 生温いそれは酷くべたついたが、どれも太い腸を思わす帯状で、その間に居る限り、呼吸には事欠かない。

「悠霧、おいっ、悠霧ッ」

 細かい触手が這いよってくるのを、力任せに振り払えば、

「悠霧ッ」

 取り込まれるようにして、無数の触手に覆われるその姿が見えた。

 だらりと下げられた、手。

 どうしようもないきかん坊の姿は、無い。

「!!」

 燕倪は、その目に滲んだ輝きを、見た。

 全てを諦めた悠霧の、姿。

 ぎり、奥歯が鳴った。

「簡単に、諦めるんじゃねぇッ」

 伸ばした、腕。

 ゆっくりと沈んで行くその体に、

「悠霧ッ」

 たまらず燕倪の足が大地を蹴った。

 その後の事など、この時の燕倪は何も考えていなかったに違いない。

 ほっそりとした少年の手首を、燕倪の無骨な手が、しっかと掴んだ。

 せめて自分の方へと引き寄せようとして、

「ううう、、、」

 どこからか聞こえる、呻き声。 

 闇へ吸い込まれそうになった左足を、誰かが抱いている。

 一人しか、いなかった。

「伯!?」

「うぅぅ、うっ」

「馬鹿野郎ッ、お前まで呑み込まれるぞっ」

 悠霧を胸に抱き寄せ、燕倪は脇差を抜いた。

 体を支えるために腸壁の如き蠢く支柱に、突き刺そうとするが、

「ぐッ」

 真綿の如き感触だけを、残す。

 かといって伯に、抱えた悠霧共々、己を引き上げられるとは思えなかった。

「ううっ」

 ズ・・ズズ・・・

 徐々に、体が呑まれて行く。

― あの分じゃ、蒼奘あいつの助けは期待できない。なら、、、 ―

「伯」

 燕倪の、静かな声音。

 低く、大気を振るわせる。

「離してくれ」

「い、、ぃやだっ」

 その応えに、

 ― そう言うと、思ったよ ―

 燕倪は、眼を閉じた。

「なら、、、」

「、、、、、」

 その次に続く言葉をこの時、伯は待っていたのかもしれない。

 青鈍の眸が意を決し、闇の最果てを睨んだ。

「仕方ねぇよな」

「、、、、、」

 こくり、、、

 の次に待つ、

 ズズズ・・・

 真っ逆さま。

 体が、闇の腸壁の狭間へ落ちてゆく。

 足首に、しがみつく強い力を、感じる。

 ゆっくりと沈んでいたのが、次第に速度を増す。

 すぐに、右も左も、上も下も、分からなくなった。

 隙あらば取り込まんとする、触手を払い退ける。

「寄るな、叩っ斬るぞッ」

 一喝に続き、破魔の大太刀業丸を振れば、その気迫に中てられたのか、星影が一行からみるみる離れて行く。

 一方、伯は、

「むむぅ、、、」

 内心、舌を巻いていた。

 星影に即発されたせいか、何も無いはずの目の前で展開する、映像。

 わかっているのは、闇の中、この道に漂う記憶の断片を、拾っていると言う事。

 いつの時代とも知れぬ者達が、この闇に足を踏み入れ、そして渡っていった。

 そう、それは、この闇が持つ、記憶そのもの。

― ユーギリ、、、―

 鮮明に脳裏に流れてくる映像の中には、若者と少年が肩を並べて歩むものがあった。

 その中でも真新しく流れ込んでくるのは、黒衣を纏った鬼面の男が一人。

 ぽっかりと開いた穴の向こうから、注連縄を掛け、祝詞を奏上する姿。

 伯は、思わず自由になる手を、伸ばしていた。 

「うわッ」

 燕倪が、短く声を上げた。

 それまで星影を追って落ちていた体が、あえて言うなら真逆の方向へと引かれたからだ。

― なんだ? ―

 ついには、視界から消えた、星影。

 それは、道が別れた、瞬間でもあった。

 やがて、頬に当たる闇の感触が、水のような質感へと変化を始める。

 燕倪は、業丸を鞘へおさめると、悠霧を抱く腕に力を込めた。

― もうすぐ、、、 ―

 永遠とも思える常闇にも果てがある事を、燕倪の直感は、告げていた。


 とぷん・・・

 闇が、閉じた。

 ジリリ・・・

 草履の下にある、固い大地の感触。

 長い指が、そのまま冷たい大地に、触れた。

「、、、、、」

 望月を思わす金色こんじきに染まった眸を、はらはらと流れ落ちた銀糸の髪が隠す。

 その頭上、高くから影が、落ちた。

 ― 伯が、上手くやったか。あれで、好奇心は旺盛だからな。真新しく閉じられたばかりの鬼窟へ出れば、その先におそらくは、、、 ―

 立ち上がった蒼奘が、左腕を伸ばせば、

「まったく、蒼奘あやつと違って、義理は無いのだが、、、」

 力強い羽ばたきと共に舞い降りる、白き大鷹。

 覗きこむようにして大地を見つめ、低く喉を鳴らせるのを、

「心配するな。この地は、私が負うた、地。主の元へ、帰れ、、、」

 再び空に放せば、疲れも見せぬ羽ばたきが、風を巻いた。

 うっそりと闇色の眸で見上げた先に、黒々と浮かぶ北東の山稜。

 その方角へ向かい、遠ざかる黒い影を、

「さて、少々過ぎた真似をした。急がねばなるまいよ、、、」

 言葉とは裏腹に、うっそりと見送ったのだった。


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