第玖幕中 ― 団栗 ―
勝間の地仙檎葉からの知らせ。ひとまず嘆願書にあった集落を訪れるため、遠野へ赴く事にした蒼奘らは、、、
死人還りの都守蒼奘、業丸を継ぐ武官燕倪、幽身であるがこの世に縛られた伯。それぞれが紡ぐ異国絵巻、第九幕中編。。。
宮中、近衛府。
玉砂利が敷き詰められた庭に、青々とした厚い葉を茂らせるのは、橘。
強い風がその枝を揺らせば、カラカラと乾いた音をさせた。
朝陽眩しいその庭の渡殿を、束帯姿の女丈夫が歩いている。
「これは、右中将、、、」
「おはようございます」
道を空ける、若い武官達。
彼等の羨望の眼差しが、たとえ己が背に注がれていると気づいても、この者はなんとも思わないだろう。
真っ直ぐに伸びた眉の下には、炯々とした切れ長の褐色の双眸。
高い鼻筋と、薄い唇。
骨格こそ華奢ではあるが、渡殿を行く、その堂々たる様よ。
そこには、帝への忠誠を永遠の伴侶に決めた者の姿があった。
「左中将」
同期と廊下で談笑中の左近衛府中将を見つけると、清親は足早に歩み寄った。
「ああ、右中将。おはよう。大気も澄んだ、良い朝だね」
「おはようございます」
「昨夜は稲光激しく、風の強い夜だったけれど、良く眠れたかい?」
穏やかな眼差しでこちらを見つめるのは、左近衛府中将真紀烈也。
飄々として、掴み所が無い性格と容貌なのだが、その実、女誑しで知られている。
「昨夜は、宿居番でしたので」
にべも無く言えば、
「中将にもなって、宿居だなんて、、、」
くすりと笑う、その人。
「第一線を疎かにするつもりはありませぬので」
冷ややかに澄んでいく清親の眸だけが、その胸中を雄弁に語る。
その眼差しすら、柔和な笑みでさらりといなし、
「大切な事だね。けれど、、、」
細く、長い指先。
筆しか持たぬその指が、うっすらと隈の浮かんだ、その目元に、
「中将の体は、中将だけのものじゃないんだから、程々にしないと、ね」
触れた。
「、、、、、」
褐色の眸が、今度はありありと憤懣を浮かべ、眇められる。
― あらら、、、 ―
大抵、これで靡かぬ女はいない。
それは、烈也が扱う女の殆どか、籠の中育ちだからなのかもしれない。
「お気遣い、感謝致します。我々は体が資本故、体調には万全をきしておりますが、、、まだまだ精進が必要なようです」
やんわりとその手を払うと、
「それはそうと、貴殿の揮下、少々勝手が過ぎるのではと右近衛府ではその話題で持ち切りでございます」
「ああ、、、」
烈也は、わざとらしく欄干に凭れ、額に手をやった。
「本日も、都守と共に西の集落を訪ねる旨の届出が出され、即受理されたと聞きました」
「君も知っているだろう?都守と左少将は、旧知の仲で先の一件でも功績を、、、」
「揮下を監督するのも、上役の勤め。我等の本懐は、帝をお守りすることでございます。したがって、本来ならば怪異の人手は、陰陽寮より選出するのが筋」
「まぁまぁ、右中将、、、」
「右近衛府としても、再三お願い申し上げておりますれば、左近衛府におかれましても、徹底していただきたくお願いに、、、」
脳裏に浮かんだ顔は、左大臣である当の左少将備堂燕倪の父、備堂真次。
新家である烈也は、本家の力関係もあり、
「う、、、」
さすがに、何も言えなくなってしまった。
それを感じ取ったのか、烈也の耳元に口を寄せると、
「と、言ました所で、私も左少将の幼馴染には変わりありませぬ。右近衛府中将として、他の諸将の手前お願いに上がりましたが、ご気分を害されたのであれば、お詫びいたします。左中将の寛大なるお心で、どうかご容赦下さいませ、、、」
卒なく小声で言い足した。
「では、これにて失礼致します」
にこやかな笑顔で一礼すると、風を切って右近衛府の社殿へ歩み去った。
「はふ、、、」
― やれやれ、今回は見事に咬まれたね、、、 ―
袖にうつ伏し、吐き出した深い溜息。
「くくく、、、右の中将、相変わらずお前には、手酷いな」
一部始終を見ていた傍らの同期が、喉を鳴らしつつ、烈也の肩を叩く。
しかし、再びその顔が上がった時、目尻はすっかり垂れていた。
「そんな情ないところがまた、可愛いのだけれど、、、」
「懲りないヤツ」
どこか呆れた、同期の声音。
一方、始業を待ち、人気の無い廊下を行く、女丈夫。
誰も見ていないことをいい事に、足音響かせ、肩は怒らせた。
「我が身がいっそ、煩わしい、、、」
ぶつぶつ言いつつ、袖で目元を拭い拭いの清親。
いつもより若干口調が荒くなったのはやはり、目元を触れられたせいであるらしい。
「ねぇ、あんた。あんたまで死んじまう気かい?」
あれから丸一日、まんじりともしない男を気にして、まかべは顔を出した。
「そうだよっ!!うちの人が芋を貰ってきたから、少しくらいお食べよっ」
「、、、、、」
他に数人の人々が、声を掛けた。
枕辺に座り、時折水で口を湿らせては、目覚めるでもないその人の傍らを、離れぬ男。
男は、右腕の辺りに手を置いた姿勢のまま、ひっそりと黙りこくっている。
「っ」
その様子に、まかべが前に出た。
「ちょいと、まかべっ」
「あんた、何する気だいっ」
他の者達が、巌の如く背に向かうまかべの肩に手をやるが、呆気なく振り払われた。
大股で歩み寄り、細腰に手をあてると、
「やいっ!!あんたまでここで死ぬってんなら、他に行っとくれッ」
昨日、弟に向かって吐いた罵声よりも大きな声が、叫んだ。
「ああっ」
「もう、どうしてあんたは」
まかべの気性を良く知る者達が、溜息をつく。
「ここはねッ、死ぬ気のヤツを生かしてやるほど、分け前はないんだよっ」
次はいつもの刃を振り回す気か、と気が気でない者達の視線の先で、
「、、、、、」
岩にでもなってしまったかのようだった男が、立ち上がった。
ゆっくり振り向くと、
「なんだい。何か言う事でもあるのかいっ?!」
胸元をだらしなく肌蹴るのも構わぬまかべが、仁王立ちだ。
男は、背に負ったままの包みを解いた。
ぽさりと、足元に白い包みが落ちた。
「ん、、、こりゃ、護符じゃないか?」
「布津稲荷の病気平癒の符だ。実際のところ、気休めにもならんが、、、」
それでもまかべは、
「なんだい。気休めでも、無いよりましさ」
土を払うと、枕の下に差し入れた。
「こう言うもんはね、縋ったもん勝ちさ。だめなら、こいつのせいにしたらいい」
膝を払いつつ立ち上がったそのまかべの、鼻先。
「なっ」
男は、何重に包んであったものを、差し出した。
両の手に余る程の、赤黒い肉の塊。
「猪肉の塩漬けだ。師に食べてもらいたく、持参した」
「ほぇ、、、あたしゃ初めて見たよ。猪の肉?こんなに真っ赤いんだねぇ」
ぎょっとして仰け反りながらも、訝しげに指で突くまかべに、
「師を看病してくれたそなたらにも、昨日世話になった子らにも馳走したいのだが、、、」
男はそれを預けた。
「こんだけあれば、あの子らも腹が膨れるだろう。よしっ、あたしに任せておきな」
腕をたくし上げながら、まかべは埃が被ったままの竈へ向かい、
「そうとなりゃ、うちには味噌があるよ」
「あいよ。それじゃあちょっと、収穫を手伝いに行っている亭主んとこに、野菜を見繕ってもらってくるよ」
他の者達も、すわ、とばかりに駆け出して行った。
「あっ、、、」
竈の埃を掃き出していたまかべが、袖から出したものがある。
血がこびりついたままの、小刀だ。
ところどころ錆びているが、その輝き。
師の打ったものに違いない。
「刃物といっちゃ、あたしにはこれだけなんだ。研いどいてくれないかい?」
「人を刺すのに、使わないのなら、、、」
「あ、あれが最後だよっ」
二度もあってたまるかい、とぶつぶつ言いながらあばら屋の裏で雨曝しになっていた土鍋を洗う、まかべ。
男は、束ねた藁で土鍋を擦る小気味良い音を聞きながら、工房の片隅の台の前に膝をついた。
その傍らには水瓶と、整然と並ぶ数種類の砥石。
良く使い込まれたその一つを、手に取った。
「、、、、、」
師の几帳面さを思い出しつつ、男は砥石に水を吸わせると、女の手に合わせて作られた小刀を当てたのだった。
鰯雲も橙に焼けた、茜空。
重なる丘陵には、葉を落とした梅桃の木々が植えられ、刈取りを待つ田の畦道には、子供達が虫を追って遊んでいる。
それまで獲物を追っていた鷺達も、一羽二羽と塒に帰る、そんな時分。
馬蹄を響かせ、二頭の馬が遠野の里に駆け込んだ。
かつて預けた富農の好意に甘え、馬を預けていると、なだらかな坂の上の庵にまず、尼僧が顔を出し、慌てた様子で庵の中へ戻っていた。
その庵に向かい歩き出せば、門前に現れた庵主が、手を振った。
「羽琶殿」
堪らず駆け出したのは他でもない。
未明に帝都を出、遠野まで駆け通しの一行。
それなのに、疲れを微塵も感じさせぬ、燕倪の走りであった。
「羽琶殿。急に無理なお願いが、、、」
開口一番、詫びるその人に、
「無理などとんでもない、燕倪様。この山深き地に、当庵を頼っていただき、嬉しゅうございます」
その人が、微笑んだ。
「平素は寂しいこの庵も、賑やかになりますしね、、、」
落ち着きなげな燕倪の肩の向こうに、羽琶の視線。
その先に、
「久しいな、羽琶姫。変わりなく、何より、、、」
ようやく蒼奘が、姿を見せた。
「蒼奘様も、いく久しく。息災で何よりでございます」
深々と頭を下げ出迎えてくれた、たおやかなその白き髪の姫。
鷹乃杷羽琶。
長身の二人の前で、随分と小さく見えた。
「う、わぁ、、、」
燕倪の背中に隠れていたつもりか、背中をよじ登り、顔を覗かせたのが、
「まぁ、伯様も。お元気そうで」
水干を纏い、首に翡翠輪を掛けた、伯。
両手を伸ばす伯を、
「あ、こらっ」
燕倪の静止空しく、腕に抱き上げた。
「狭く、何もお構いできませぬが、どうぞ我が家とお思いになって、お寛ぎくださいませ」
案内に立った羽琶の肩越しに、伯が燕倪に向かって牙を剥いた。
「ぐぬっ」
呻いた燕倪の視線に、蒼奘の背中。
傍らを通り過ぎる際に、
「荷を頼む、、、」
その声音。
振り向けば、
「あっ」
一行の荷の包みが、残されている、、、
腹が満たされると、子供達は折り重なるようにしてまかべの寝床で丸くなった。
どこからともなく差し入れられたのは、酒の入った瓶子。
死期が近いと知った悪党共からの、ささやかな餞別であったのだが、ここで今を生きる者達にとっては出所は、大した意味を持たなかった。
次々と蓋を開けられ、振舞われば、あっという間に胃の中だ。
そんな賑やかな時も、食べ物や酒が尽きればお開きとなり、今は、あばら屋には吹き込む風と、子供達の寝息が、音の全て。
修繕間に合わぬ屋根から差込むのは、望月の煌々と冴えたる明かり。
部屋の隅を走っていた鼠が、動いた影に怯えて逃げ出して行く。
横たわる師の枕辺で、汁の入った椀を手にその口を湿らせていた男は、師の顔を拭いてやろうと手拭いに持ち替え、
「、、、、、」
ふと、工房を振り返った。
振り向いた先の工房では、冷たい金床に縋るようにして、まかべが眠っていた。
床に投げ出したままの腿と、だらしなく後襟が開き、覗いた背中が、寒々として見える。
「ば、やろぅ、、、」
「、、、、、」
腕に頬を預け、小さくもごもごと寝言を言うその目元には、涙が滲んでいた。
つい先ほどまで続いていた馬鹿騒ぎ間、嬌声や笑い声に混じり、啜り泣きが漏れていたのを、男は知っていた。
父の姿を、師に見ていていたのかもしれない。
「、、、、、」
見つめた先に、昏々と眠り続ける師の姿。
刀鍛冶の職務に打ち込み多くの弟子を育てたが、妻子を早くに亡くした、師。
すぐに手が出る割には、心根優しく、情に脆い。
師にとってそんなまかべは、娘にも等しく思えていたのかもしれない。
男は袖無しの羽織を脱ぐと、そっとその背に掛け、腿の着物の肌蹴を直してやった。
「!!」
固く絞った手拭いを手に、枕辺に膝をついた時だった。
「くぁぉぉおおっ」
枯れ枝のように痩せ細った人の指が、凄まじい力で男の襟を掴んだ。
突然の事に、一瞬呆然とした、男。
彷徨うその視線の先。
抜けた歯の奥に、萎びた舌が見えた。
そして、襟を引き絞る手は紛れも無い、横たわっていた老人のもの。
どこにそのような力があるのか?
体を揺さぶるに任せたまま、
「お師さま、わたしが分からぬのですか?」
男は、師に呼びかけた。
「お師さま、、、」
しかし、声にならぬ苦鳴を放ちながら、白く濁ったままの双眸は紛れも無い怒りを湛え、
「くおぁぁあアアアッ」
落ち窪み皺深い眼窩から、男を睨みつけている、、、
遠野から、更に馬の脚で一刻。
深い山懐に抱かれた集落では、稀に見る怪異に見舞われていた。
つい、半月程前の未明。
川が、それは赤く染まったと言う。
何人もの村の者達が目撃し、突然の異変に手をこまねいている間に、その水は水路に流れ込み、いつものように田畑を潤した。
気味悪がった者も多かったが、すぐに透明な水となってしまったために、その時は大した騒ぎにならなかったと言う。
それどころか、収穫を控えていた稲はさらに丸々と肥えて垂れ下がり、枯れかけ抜く時を待っていた茄子や胡瓜は、また花を結んだ。
更に、川に網を張れば、いつになく魚が獲れ、村人を喜ばせた。
しかし、それも束の間、
「子供達が、次々と妙な病に、、、」
数日の内に流行病か疫病か、乳飲み子から四,五才までの子供達が、一様に意識を失ったのだ。
「大人や、年老いた者達には、一切見られぬ症状だそうです」
知らせを受けた管領が、急遽その集落への入り口を、封鎖したと言う。
村長の嘆願書だけが、ようやく帝都に届けられたのがつい、先日。
地方、それも三百程の集落のせいか、迅速に封鎖されたわりに、大した調査もされていない様子が伺えた。
「だいぶ、時間が経っているな」
遠野、羽琶の庵で一晩休んだ、翌朝。
燕倪は、集落へと至る勾配厳しい山道を眺めていた。
そこには、急遽掻き集められたとみられる不揃いの戦袍を纏った武人らが、太刀や槍を手に居並び、俄仕立ての木製の関所が、人の出入りを監視している。
「行こうか、、、」
青乳色の鬣、漆黒の体躯。
赤紅の眸、鋼雨の背に乗ると、手綱に手を掛けた。
葦毛の肥馬、千草の背に乗った燕倪が、手を差し出す。
「行くぞ、伯」
張り巡らされた幔幕の一画。
しゃがみ込んでいた伯は、その声に立ち上がると燕倪の元へ。
馬上に引き上げようと、その手を掴み、
ポタ・・・トトト・・・
拾い集め、袖に入れていたものが、こぼれ落ちた。
深栗色の輝き。
丸く大きな、どんぐりだ。
「す、すまん、、、」
坂を転がっていく様を無言で見送るその横顔は、
「、、、、、」
あきらかに、むすっとしている。
見上げれば、頭上に大きな棈が、その枝を張り出していた。
「帰りにまた拾おう、な?」
「ぃらなぃ」
「そう言うなよ」
いつもの二人のやり取りに構わず、馬腹を蹴ろうとしたところで、
「あの、、、」
頼りなげな声が掛かった。
浅葱色の袍。
先ほどまで応対してくれた、医官だ。
なりたてと言った様子で、歳も若い。
押し付けられ、態良く飛ばされたのだろう。
「僕も、連れて行ってはくれませんか、、、?」
それは、震えるような小さな声だった。
「、、、、、」
馬上から、どこか冷ややかに睥睨する闇色の眸に、身を竦めつつ、
「これでは、ここまで来る村人の聞き取りしか、、、」
「どういう事だ。そなた、集落に入ったんじゃ、、、」
「いえ。実は僕も、足止めをされて、、、」
「奇病ならば、手っ取り早く、村一つってか。気に入らんな」
腕を組んで睨んだ、その先。
武人達を従える、生木を打ち付けただけの関所。
「医官を派遣したと言う、口実だけあればよいのよ、、、」
「民の嘆願書程度では、中枢は動かん、かぁ。御上が知るまでも無く、処理されちまうんだな」
悲痛な響きを含んだ声音に、
「むしろこの程度、被害を拡大させぬためと言うのなら、生温いがな、、、」
侮蔑を含んだ、声が返した。
「お前までそんな事を、、、」
露骨に嫌な顔をした、燕倪。
蒼奘は、何も言わず馬首を向けた。
道を閉鎖する武人達も、その姿は耳にしているのか恭しく閂を外し、都守のために簡素な扉を開いた。
「まぁ、口ではああ言いながらも、行くんだよなぁ」
呆れた様子で、燕倪も馬首を向ける。
「あっ、少将殿、、、」
追いすがる医官の若者に、
「一応、あいつはあれで飯食ってるんだ。遥々出張って来たって事は、その手の仕業なんだろうよ」
屈託ない笑顔で手を振ったのだった。
「その、手、、、?」
ぽつりと取り残され、首を傾げた若い医官の視線の先。
ぎしぎし言いながら、関所の扉が閉じられた。
遠ざかる蹄の音が、山間の道に軽やかに、響いている。
急峻な山道を行くことしばらく、とたんに視界が開けた。
空は広く、大地は果てなくどこまでも広がって見えた。
それまでと打って変わって、なだらかな丘陵のように見えるのは、背の高い木々が樹海となって広がっているからだ。
紅葉とまではいかぬが、萌黄や橙、黄が混じる樹海のその中を、巨大な蛇を思わせる川が、合流と枝分かれを繰り返しながら長くうねっている。
集落へと降りる峠道で、馬を止めていると、
「けほっ、、、ヶッ、、、ヶホケホッ」
異変に、伯を覗き込んだ。
「どうした、大丈夫か?」
咳き込むその背を擦りながら、振り向けば、
「なんだか、伯の様子がおかし、、、蒼奘?」
「、、、、、」
袖で鼻から下を覆った蒼奘が、一望できる崖の手前で、広がる大地を見据えていた。
「どうした?」
馬を寄せれば、
「大分薄れてはいるが、まだかなり、、、」
「何が?」
「香るのよ。甘く、霊紫がな」
「霊紫?俺には、何も、、、」
くんくんと鼻を鳴らすが、土の香りと木々の青臭さくらい。
別段変わった事は、無い。
「そろそろ話してくれよ。大体どうして、そんなものが?」
「以前、遠野で大猪に会っただろう?」
「あ、、、ああ。白くて、角の生えたヤツか、、、?」
「青角と呼ばれていてな。ここら一帯の地仙さ」
「地仙。主か、、、」
総毛立った感覚をまざまざと思い出して、腕を擦る燕倪に、
「死んだ、とつい先日、勝間の主より聞いてはいたが、この分ではどうやら間違いないようだな、、、」
袖越しの、こもった声音が応じた。
「死んだ!?」
「ああ。その血肉が、この地に還ったのだ。霊紫となって、、、」
「それで痩せた作物が再び花を咲かせ、実をつけるような事が、、、。だが、子供が何故?」
「うぅっ、、、」
顎の下で呻き声が、洩れた。
顔を腹に埋めてくる華奢な背を、擦りながら、
「こんな状態じゃ、俺だけ行ってこようか?」
心配そうな燕倪の顔。
「何、肺腑に馴染めばこの程度、毒ではない。すぐに、嗅覚も麻痺する」
「おいおい。麻痺って、お前、、、」
「生き抜く力か、人の身体は実に上手く出来ている、、、」
意味深な言葉を残し、蒼奘は深く大気を吸った。
「ヶショっ、、、けッ、ホ、、、」
「だが、伯は辛そうだぞ」
蒼奘は袖を探ると、小さな巾着を一つ、取り出した。
濃紺に、望月と兎が染められ、紅の飾り紐がついている。
「伯、、、」
「う、、、」
顔を上げると、目に涙が滲んでいる。
「袖に入れておけ」
小さな手が受け取り、鼻先に持って行くと、
「ほぅ、、、」
これまた小さな溜息が、こぼれた。
燕倪の鼻先にも、その可憐な香りは届いたようで、、、
「この清涼感、、、鈴蘭だな」
「ああ」
にやりとしながら、さては、
「どこぞの姫君に、貰ったのか?」
筝葉殿という奥方を貰いながら、お前、といかにも言いたげ。
しかし、
「昨晩、羽琶殿に無理を言ってな。調香してもらったのだ」
「何!?」
実際のところはやはり、寄せる想いも寄せ付けぬ男であった。
「破魔の血を引く羽琶姫。その力、あやかりたいものよ、、、」
「おっと、、、」
武骨な手に、投げ渡された匂い袋が、もう一つ。
藤の香りが、広がった。
「お前の分、だそうだ、、、」
「羽琶殿、、、って、なんで今頃渡すんだ?!」
「姫が手ずから渡せば、長くなりそうだったんでな」
「うぐっ」
何も言えず袖に仕舞う頃には、伯も落ち着いた様子。
木々の根が張り出した下り坂を、二頭の馬は歩き出した。
ふと、
「お前も貰ったのか、、、?」
先を行くその背に問うてみた。
「ああ、、、」
声だけが、鬱々と応えた。
「伯は鈴蘭。俺は藤。お前は?」
「薔薇であったよ、、、」
「、、、、、」
なんともなしに尋ねたのだが、羽琶が抱く三人への想いをそのままを現しているとしたら、
― 脈なし、か、、、 ―
と思えなくもなくなる、燕倪であった。
急勾配の山道を下ることしばらく、山裾に身を寄せ合うようにして、特徴的な切妻造りの屋根が見えてきた。
集落彼方の平地には川が流れ、その向こうは深い樹海。
川のこちら側に、田畑が広がっている。
調度、稲の刈り取りの最中か、頬被りの人々が鎌を手に、刈り入れを待つ田に入って作業しているところであった。
海棠が植えられ、村へ降りる者の姿が見え隠れし始めると、幾人かの村人がこちらに気づき、遠目で伺うように眺め始めた。
深い雪に耐えるため、急な角度であつらえた茅葺屋根。
川原の白石でもって石垣が築かれ、細い水郷がさわさわと涼しげな音を立てている。
縁側で、我が子を抱き、昼の温もった陽射しを浴びている所に、
「?」
蹄の音。
村へ至る唯一の道は、封鎖されているはず。
見れば、村の入り口。
地蔵が居並ぶその辺りに、二頭の馬が姿を現した。
「んん、、、?」
家の石垣に生えた草を抜いていた老婆は、馬の蹄の音に皺深い目を更に細めた。
腰を叩きながら、
「お、おばぁッ」
石垣から顔を覗かせ静止の声を出すが、聞こえぬ様子。
女はたまらず、隣の家に駆け込んだ。
「富じいっ、お、おかしな風体の人がッ」
「な、なんじゃと?!」
畑仕事を若夫婦に任せ、孫の枕辺に居た祖父は、手に鎌を持つと外に飛び出した。
「ば、、、」
― 化け物の親玉か?! ―
その姿、異形。
背まで流れる銀糸の髪。
透けるように白い肌。
雪色の狩衣を纏い、手に錫杖を持っていても、あまりにも異質であった。
かたや、
「おお、ばば殿。ご無理をされるな」
ゆっくりとこちらへ向かう老婆に、馬を樫の木に結わえていた若者が駆け寄った。
「手前どもが参る故、ささ、戻りましょう」
その手を取って連れて来るのが、腰に大太刀を下げた、偉丈夫。
どこか眼差しに愛嬌のあるその男は、対照的に、ひどく平凡であった。
その二人の後ろ。
地蔵尊の脇に生えた芒を抜いているのが、水干姿の童であった。
呆気にとられる老人と、それを伺う若い女の前に来ると、
「つかぬ事をお伺いするが、村長源肋殿のお屋敷は、いずこか?」
手に老婆を支えながら、ちらりと鎌を見た偉丈夫。
その快活な声音が、問うた。
「あ、あなたさま、、は?」
咄嗟に鎌を後ろに隠した老人に、鬱々とした白い髪の主が応じた。
「村長日比野源肋が嘆願書により罷り越した都守、耶紫呂蒼奘、、、」
「同じく、左近の少将、備堂燕倪」
「み、都から?!」
信じられぬ様子の老人の後ろで、
「ご、ご案内致します。どうぞ、こちらへ」
乳飲み子を抱えたまま、若い女が進み出たのだった。
「遠路遥々、かような辺境の地に、ようお越し下されました、、、」
三層の叉首構造。
天井には太い梁が渡され、整然と組まれた桁と相俟って、長い年月をかけ人々の生活と共に燻された、鐡の纏だ。
明かり障子から取り込まれる陽の光はそれでも仄暗いが、飴色に輝く床のせいか、そう感じさせない。
広々とした、居間の中央。
自在鉤が吊るされた囲炉裏の向こうに、熊の敷物。
袖なしの羽織を纏った白髪の老人が、座っていた。
「お出迎えもせず、なんとお詫びしたら、、、」
長く垂れた白い眉で、その下の眸も見えない。
痩躯ではあったが、骨格は豊かであった。
「このままで結構。堅苦しい挨拶も、お気遣いも無用に、、、」
上がり框の前に立つ、白髪の都守。
その前に進み出てようとするのを手で制したまま、
「早速だが、目覚めぬ子等を一つところへ、、、」
静かな声音が単刀直入、そう告げた。
村人の案内で、赤く染まったと言う川辺に立った、燕倪。
穏やかに細波を刻むだけの澄み切ったその川辺で、腕組みだ。
「おかしなもので、川海老も魚も、網を上げればたくさん獲れるんで」
見れば、岩陰をすり抜けてゆく魚影も、多数。
冷え込んできた大気とは裏腹に、再び鼻をつけた茄子や胡瓜も、先ほど目にした。
「以前にもこんな事が、、、?」
「いえ、、、」
「確かにそれじゃあ、薄気味悪いわな」
さすがに同情を寄せる燕倪は、水を掬った。
手に、ひやりと纏わりつく、川の水。
ふと目をやれば、岸の向こう側に、鹿の群れが現れた。
「さすがにここいらは、山が深い」
目を眇め、その群れが人を恐れるでもなく水を飲む様を眺めれば、
「私共は、猟はしません。この川の向こうは、代々の先祖が休む地。盆にだけ、先祖を迎えに川を渡りますが、それだけです」
傍らの若者が、手を合わせた。
「それじゃあ、川上を見に行ってないのか?」
「はい。この村の民ならば、先祖の地を踏み荒らすことなど、到底、、、」
「そうか。森に入りたいところだが、それじゃあなぁ、、、」
どうしたものかと、大太刀業丸の柄を叩いていれば、
「でも、少将殿は都のお人。村長がお許しになれば、、、」
農作業に負われつつも、耳を立てている村人らには聞こえぬように、小声で言った。
「そうだな。この際、聞いてみるか」
この若者も、奇病に罹った子の父親。
こちらを伺い、やがて森に消える鹿の群れを見送りながら、
「何かの前触れじゃ、と皆心配しております。子等の事も、このままではお医者様もお迎えすることも出来ず、ただ、待つばかり、、、」
不安を隠せぬ様子。
「ま、そこいらはあいつが何とかしてくれるさ」
項垂れた若い男の肩を叩くが、
「だと、いいんですが、、、」
溜息を連発しつつ、刈入れの作業に戻って行った。
「ありゃ、、、」
その背中に苦笑しつつ、伸び一つ。
「さて、俺は少しばかりこの川を、調べてみるかな」
村の一画にある入母屋造りの集会場。
村長の命令により、程なくして、村中の子供達が集められた。
その数、二十余。
板の間に寝具を敷き詰め、寝かされた子供達の親。
煩わしいからと人払いをしたのだが、生後五ヶ月と言う乳飲み子を抱えた、あの女だけは頑として首を振らなかった。
「では、好きにしろ、、、」
どこか冷ややかな声音に、
― 都人とは、皆一様にこんな者達なのか?! ―
思い描いていた何かが、崩れ去った気がした。
薄暗い部屋の片隅に座ると、女は白い髪の主が、一人の女童の傍らで膝を折るのを見た。
仄白い暗がりに、白い繊手が伸ばされ、女童の手首に触れる。
そっと袖の中に手を戻してやると、目元を引いて眼球を覗き込む。
蠢く黒目に、浅く頷くと、
「その子に、乳は、、、?」
闇色の眼差しが、訊ねた。
「あっ、、は、はい、、、」
突然の事に、頷き、
「でも、飲ま、なくて、、、」
「他の子らも、少なくとも十日は何も口にしていない、と、、、」
「はい。おもゆを与えても、受け付けないのです。なのに痩せるわけでもなく、かえって丸々として、、、」
「子等以外はどうだ、、、?」
「それが、寝たきりだったおばぁは、急に起きだし、峠だと言われていた横窪のじいさまは、持ち直して畑に出るようになって、、、」
足腰が弱っていた年寄りだけでは無く、煩わされていた病にも回復の兆しが見られた者や、食事の量は変わらぬのにふっくらと肥えた者も多い、と女は言った。
「あたしはいつもより、乳が張るくらいで、、、わっ」
何を言っているのか、思わず赤くなった女を他所に、蒼奘は辺りを見回した。
部屋の奥。
白い袖が、覗いている。
「伯、、、」
「っ」
びくっ・・・
急な階段に足を掛け、その上にある明かり障子を見上げていた伯は、思わず身を震わせた。
死角になっている階段の向こうから、顔を覗かせれば、
「袖のものを、、、」
「あ、、、」
そっと押さえた、袖。
布地の下には、ころころ丸くすべらかな、手触り。
「、、、、、」
「伯」
ふわり、また、ふわり。
子供達の上を飛び越えつつ、蒼奘の傍らへ。
「、、、ん」
渋々袖から出されたその手には、深栗色の輝きが握られていた。
どんぐり。
懐紙で受け止めると、
「助かる」
とぼとぼと外へ出て行く童の背に、声を掛けた。
集められた子供達。
滾々《こんこん》と眠るその子等の口を、繊手が抉じ開けた。
そこへ、どんぐりを一つずつ、含ませる。
「あ、あの、、、先生、、、」
腕に抱いた、乳飲み子。
訳が分からず、子を胸に抱き寄せた女に、蒼奘は懐紙から一粒摘み上げ、
「この里に満ちているのは、霊紫と言う生命の根源のようなものだ。水や食物によって体内に蓄積された霊紫は、豊かな食生活を送るここの子らには、強すぎた。欠けたるものが多い大人に比べると、遥かにな、、、」
腕で眠る女童の腹の上に置いた。
「あの、、、わ、わかりま、せん」
震えるような、その声音。
次の子供の傍らに膝をつくと、同じように口に含ませながら、
「子らがこのように丸ければ、大人はこちら、、、」
懐紙の中から、どんぐりを一つ選ぶと、放り投げた。
か・つっ・・・
それは、軽い音を立て、不規則な動きでもって女の足元に転がった。
目を凝らせば、
「あ、、、虫食い、、、」
黒い孔が開いている。
「この辺りに満ちる霊紫は、植物や生き物に吸収され、徐々に薄れている。この子等も呼吸と共に排泄しているため、放っておいても近く目が覚めるだろうが、、、」
「う、、、」
それは、小さな声であった。
蒼奘が、入り口付近に寝かせていた童の枕元で、膝をついた。
そっと、ふっくらとした頬に手を当てると、ころりと唇から零れ落ちる輝き。
すぐに睫が揺れ、
「う、、、ん、、、」
うっすらと目が、開いた。
「せ、先生っ、、、、」
信じられず、声を上げた女の視線の先で、
「おじさん、、、誰?かあちゃん、は?」
寝惚け眼を擦り擦り、童が呟いた。
「酷い風邪が流行っていると聞いてやってきた、医者だ。母御は、粥を炊いている。すぐに来るから、安心しなさい、、、」
注がれるそれは、穏やかな眼差しであった。
「うん、、、」
まだ、半分眠りの中なのか、ぼんやりと天井を眺めている。
「生まれ出でようする力は、計り知れぬ程、貪欲だ。与えられるままに喰らい、我がものとする、、、」
蒼奘は、静かにその傍らから離れた。
「そのような憑代があれば、それに吸収させてしまえばいい」
かつ・・り・・・
足元に、投げ渡されたものが、もう一つ。
「あ、、、芽が!?」
飴色に磨かれた床板に、深栗色のどんぐり、一つ。
目覚めた童の口から吐き出されたそれは、緑の突起を持っていた。
「こんな事が、、、」
今だ、夢でも見ているのではないだろうか?
何ともいえぬ表情の母親の前で、白い繊手が、抱かれた女童の腹の上にぽつりと置かれた輝きを、抓み上げた。
薄暗闇の中。
「目覚めるいつかを待つか、それとも、、、」
長い銀糸の髪を持つ都守が、最後の一人となった女童の母に、
「私に、任せてみるかね、、、」
鬱々と問うのだった。
『おおっ』
と言うどよめきが、
『お、、、?』
になり、やがてひそひそとしたざわめきが、占めた。
集会場にしている屋敷から出てきたのは、他でもない。
水干を纏った、伯であった。
「、、、、、」
能面のような顔であるため、不機嫌だと言うのが分かった者は、いまい。
しかし、あの異形の死人還り、都守。
その連れ。
底知れぬ何かが、その童一人のために道を開かせた。
石垣積まれた道を、田畑の方へと下るその小さな背。
顔を見合わせ見送る人々の視線は、しかし、
ぎああああ―ッ
劈くような乳飲み子の、元気な泣き声によって再び戸へと、注がれるのであった。
村長の了解を得て、千草を連れに戻った燕倪。
「おっ」
石垣の上に、良く肥えた雀が稲穂を啄ばむ様を眺めている、伯の姿。
「おい、伯」
その手には、どこでもいできたのか、柿の実一つ。
「、、、、、」
顔だけ向ければ、
― ご機嫌斜めって顔してんのな、、、 ―
この男には、何故かそれだけは、はっきりと分かった。
「川向こうに行くが、行かないか?」
「、、、、、」
うんともすんとも言わず、水干の袖が翻った。
まだ刈入れ途中の田を渡ると、一斉に雀が舞い上がり、赤蜻蛉は空の高みへと舞い上がる。
白い彼岸花咲く土手を上がると、おおよそ人とは思えぬ跳躍で、ふわりと燕倪の前に舞い降りた。
そこは心得たもので、何も言わず馬腹を蹴ると、千草は恐れもせずに川を渡り始めた。
白くまろやかな石が敷かれた、川底。
苔生したそこには、巨影にも臆せず、縄張りを荒らす不届き者を威嚇する、尺鮎の姿。
千草の膝程までを濡らし渡りきると、蛇行する川辺に沿って歩を進めさせた。
やがて、集落が深い樹海の向こうへと隠れても、馬上ではカシカシと、まだ少し硬い柿を齧る音が、響いている、、、
川を上ること、四半刻。
「ここいらは、やけに蝶が多いな」
顔に纏わりつくのを、やんわりと振り払う。
川面に群れ、川辺で羽を休めるのは、漆黒に水の色の紋も艶やかな、アサギマダラ。
涼やかな薄黄の模様の、ナミアゲハ。
橙に斑のアカタテハ、ツマグロヒョウモン。
「、、、、、」
鼻先に蝶を止まらせた、伯。
袖を翻し、ふわりと蝶の群れへ。
「おい、、、」
川辺に舞い降りると、そのまま水の中へ入っていった。
川の中で羽を休める蝶達が、一斉に舞い上がる。
「うっ」
舞い上がるその数、数千。
顔に当たる羽ばたきに、目を瞑り、
「エンゲ、、、」
その声に目を開けた。
「ん、、、?」
川の中に立つその腕に、重そうに抱かれているものがあった。
水に晒され、白く湾曲した巨大な頭蓋骨。
伯であれば、そのまま中に隠れられそうだ。
「おい。それ、骨じゃ、、、」
千草を降り、水に濡れるも構わず駆け寄ると、
「ん、、、」
伯が、それを燕倪に押し付けた。
「お、重いな。こりゃ、猪か、、、?」
突き出した吻が、その特徴を捕らえていたが、猪にしてはひどく大きく、燕倪の腕にも余る程。
「すると、これが、、、」
「青角」
水に沈んだままの骨を拾い上げ、浅瀬に投げると、蝶が群がった。
「ここで息絶え、その血が村に流れ込んだのか。この蝶は、霊紫を求めて、、、?」
「、、、、、」
「おい、何を、、、」
骨を拾い投げては、川底を覗き込んでいる。
袖が濡れるのも構わず、川底の石を引っくり返す。
「伯、、、?」
「ん、、、」
こちらを見ると、己の額の辺りを突いた。
「あの角か?」
抱えた、頭蓋骨。
その額にぽっかりと開いた孔、一つ。
「なら、俺も手伝うぞ」
諸肌脱ぎになると、凍えるような冷たい川の水に、入ったのだった。