山田くんは微笑ながら練習を重ねる
Web拍手に置いてあったSSです。
本編序盤、最初の「練習」風景をご覧ください。
「男なんてそんなもんだって」
「あにきといっしょにしないで」
どこか硬い表情でその台詞を口にした住子が、ふいと視線を逸らした。
もしかすると、恥ずかしいのだろうか?
芝居というものは、衆人環視のもとでおこなわれるものだ。
監督をふくめ、たくさんのスタッフがセットを取り囲み、役者はそれらの中で日常を装う。仮面を被る。
いまはもう慣れた空気だが、はじめのころはドギマギして、居心地が悪かったことを思い出し、林太郎は胸の内で笑う。
アイドルとしての振る舞いとは違う仮面も、被り慣れてきた。
いくつもこなしてきた芝居の現場において、林太郎はまだまだ駆け出しだ。ひとつひとつキャリアを重ねていって、いつか指名で呼ばれるような俳優になりたいと思っている。
そのための練習だ。
関係者には知られぬよう、練習相手もこうして確保した。
ひょんなことから知り合った、隣に住んでいる山田住子は、台本に目を落としたまま動かない。
さて、次はどんなやり取りだっただろう?
頭の中で台本をめくり、林太郎は住子に向けて手を伸ばした。
「大丈夫だって。菜々子は可愛いんだから。兄ちゃんが保障する」
そう言って彼女の頭に手を置くと、ポンポンと、なだめるように優しく叩く。
台本上では次に、頭をくしゃくしゃと撫でまわすところなのだが、果たして住子はそれを許容してくれるだろうか。
きっちりと結われた髪には、一分の隙もない。
手のひらを動かせば崩れてしまうのではないかと思えて、躊躇する。
「……重いんだけど」
「ああ、ごめんごめん」
ぼそりと低い声が聞こえて、林太郎は住子の頭から手を放す。
ずれた眼鏡をかけなおしながら、住子が憮然とした表情でこちらを見た。
「ねえ、やっぱり、私が相手じゃ練習になんてならないんじゃないの?」
「そんなことないよ。相手がいるのといないのとでは、全然違う」
「――台詞なんて、うまく言えないもの」
「今みたいに、読んでくれるだけでじゅうぶんなのに」
今日から取り組んでいるのは、若い女性向けのドラマだ。
主演女優は、女性アイドルグループの中でも人気がある女の子。
ドラマの端役に抜擢されたことのある彼女が、初めて主演を務めるということで、それなりに注目度のあるドラマである。
物語では、主人公の『菜々子』が憧れの男性に想いを告げるか否かで思い悩み、見かねた兄が相談に乗る展開が描かれる。
その兄が、林太郎だ。
落ち込む妹を明るく励ます、劇中におけるムードメーカーの役。
フォレストとして場を盛り上げることも多いけれど、芝居の場では、演じたことがない役柄だった。
アイドルとしてファンに向ける態度と、妹に対する兄の態度は異なるものだろう。
林太郎は、弟妹がいないため、兄としての振る舞いがわからない。
いまもこうやって練習しながらも、じつは正解がわかっていないのだが、それは自分の問題であって、住子には関係のないことだ。
だから、住子はそのまま、そこにいてくれるだけでいいのに、妙な気負いがあるらしい。
漫画に出てくる風紀委員長みたいな、生真面目で固い女の子だと思っていたけれど、意外と繊細なのかもしれない。
これがギャップというやつかと、林太郎は独りごちる。
――学園モノとかやる機会があれば、また付き合ってもらおう。
ふむと頷いた林太郎は、右手を伸ばして、ローテーブルに置いてあるコップを取る。
半分以下にまで減っている麦茶を一気に飲み干したあと、空になったそれを住子へ掲げた。
「住子ちゃん、おかわり頂戴」
「……あなたって本当に遠慮がないわよね」
「ついでに休憩しようよ。買ってきたアイス、一緒に食べようぜ」
眉を寄せた住子をなだめるように、林太郎は微笑みを浮かべた。




