表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/41

山田くんは微笑ながら練習を重ねる

Web拍手に置いてあったSSです。

本編序盤、最初の「練習」風景をご覧ください。

「男なんてそんなもんだって」

「あにきといっしょにしないで」


 どこか硬い表情でその台詞を口にした住子が、ふいと視線を逸らした。

 もしかすると、恥ずかしいのだろうか?


 芝居というものは、衆人環視のもとでおこなわれるものだ。

 監督をふくめ、たくさんのスタッフがセットを取り囲み、役者はそれらの中で日常を装う。仮面を被る。

 いまはもう慣れた空気だが、はじめのころはドギマギして、居心地が悪かったことを思い出し、林太郎は胸の内で笑う。


 アイドルとしての振る舞いとは違う仮面も、被り慣れてきた。

 いくつもこなしてきた芝居の現場において、林太郎はまだまだ駆け出しだ。ひとつひとつキャリアを重ねていって、いつか指名で呼ばれるような俳優になりたいと思っている。

 そのための練習だ。

 関係者には知られぬよう、練習相手もこうして確保した。

 ひょんなことから知り合った、隣に住んでいる山田住子は、台本に目を落としたまま動かない。

 さて、次はどんなやり取りだっただろう?

 頭の中で台本をめくり、林太郎は住子に向けて手を伸ばした。


「大丈夫だって。菜々子は可愛いんだから。兄ちゃんが保障する」

 そう言って彼女の頭に手を置くと、ポンポンと、なだめるように優しく叩く。

 台本上では次に、頭をくしゃくしゃと撫でまわすところなのだが、果たして住子はそれを許容してくれるだろうか。

 きっちりと結われた髪には、一分の隙もない。

 手のひらを動かせば崩れてしまうのではないかと思えて、躊躇する。


「……重いんだけど」

「ああ、ごめんごめん」

 ぼそりと低い声が聞こえて、林太郎は住子の頭から手を放す。

 ずれた眼鏡をかけなおしながら、住子が憮然とした表情でこちらを見た。

「ねえ、やっぱり、私が相手じゃ練習になんてならないんじゃないの?」

「そんなことないよ。相手がいるのといないのとでは、全然違う」

「――台詞なんて、うまく言えないもの」

「今みたいに、読んでくれるだけでじゅうぶんなのに」


 今日から取り組んでいるのは、若い女性向けのドラマだ。

 主演女優は、女性アイドルグループの中でも人気がある女の子。

 ドラマの端役に抜擢されたことのある彼女が、初めて主演を務めるということで、それなりに注目度のあるドラマである。


 物語では、主人公の『菜々子』が憧れの男性に想いを告げるか否かで思い悩み、見かねた兄が相談に乗る展開が描かれる。

 その兄が、林太郎だ。

 落ち込む妹を明るく励ます、劇中におけるムードメーカーの役。

 フォレストとして場を盛り上げることも多いけれど、芝居の場では、演じたことがない役柄だった。

 アイドルとしてファンに向ける態度と、妹に対する兄の態度は異なるものだろう。


 林太郎は、弟妹がいないため、兄としての振る舞いがわからない。

 いまもこうやって練習しながらも、じつは正解がわかっていないのだが、それは自分の問題であって、住子には関係のないことだ。

 だから、住子はそのまま、そこにいてくれるだけでいいのに、妙な気負いがあるらしい。

 漫画に出てくる風紀委員長みたいな、生真面目で固い女の子だと思っていたけれど、意外と繊細なのかもしれない。

 これがギャップというやつかと、林太郎は独りごちる。


 ――学園モノとかやる機会があれば、また付き合ってもらおう。


 ふむと頷いた林太郎は、右手を伸ばして、ローテーブルに置いてあるコップを取る。

 半分以下にまで減っている麦茶を一気に飲み干したあと、空になったそれを住子へ掲げた。


「住子ちゃん、おかわり頂戴」

「……あなたって本当に遠慮がないわよね」

「ついでに休憩しようよ。買ってきたアイス、一緒に食べようぜ」


 眉を寄せた住子をなだめるように、林太郎は微笑みを浮かべた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マシュマロ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ