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第13話 俺から離れるなよ

「花火大会に行こう」

「バカなの?」

「なんでだよっ」

 間髪入れず戻ってきた住子の答えに、林太郎は大声をあげる。

「仕事では行ったことあるんだけど、プライベートではないんだよ」

「なら、事務所の人と行けば?」

「それじゃ、デートの練習にならないだろ」

 面倒そうな住子に、林太郎は台本でテーブルを叩く。


 『恋模様』の次のシチュエーションは、花火大会での告白だ。友達以上恋人未満の二人が、これをキッカケに付き合うようになる物語である。

 人混みではぐれないように手をつなぎ、人に押されて密着する。

 クライマックスでは、花火を背景にしたラブシーン。抱き合い、キスをして、閉じられる。

 夏の終わりにふさわしい、定番の物語といえるだろう。


 人気の花火大会は時期的にもっとあとで、それでは撮影には間に合わない。

 林太郎が調べたところ、ここからさほど遠くない場所で、こぢんまりとした夏祭りが開催されることがわかった。

 一応、小規模ながら花火もあがる。

 地元住民を対象とした催しだが、ホームページがあるくらいだ。アクセス方法も載っていて、外からの客を排除している様子はない。


「時期的に、これが一番いいんだって」

「――あなた、自分が有名人だって自覚がなさすぎじゃないの?」

「すげー! 住子ちゃんが俺を有名人だって認めてくれた!」

「よろこんでどうするの。褒めてないわよ」

「だって、フォレストなんて知らないって言ってた住子ちゃんが、だよ? 快挙でしょ」

 横にまわって両手を取ったが、住子は林太郎の手を振り払った。

「暑い」

「ひでえ!」


 相変わらず辛辣だが、そんな言葉もなんだかうれしい。

 有名人だと認識しても、変わらずにいてくれる住子を、ありがたいと思う。

 そんな彼女だから、一緒に花火大会に出かけたいと、林太郎は思うのだ。


「地元では、よく友達と一緒に行ったんだ。だから、一緒に行こうよ、練習も兼ねてさ」

「私の言うこと聞いてないでしょう」

「聞いてるって」

「人がまばらってことは、顔を見られる可能性が高いってことじゃない」

「大人数で囲まれるほうが問題だし、危ないんだよ。もし見つかっても、人が少なければ、騒ぎも大きくはならない」

 軽く答える林太郎に、住子は眉をしかめる。

「写真とか撮られたらどうするのよ」

「プライベートのときは勘弁してもらってる」

「聞き分けてくれる人ばかりじゃないでしょうに」

「心配性だなー、住子ちゃんは。堂々としてれば、案外バレないんだって」


 陽射しが強くなる時期は、サングラスもさほど目立たない。つばの大きなキャップをかぶっていても、違和感がない。

 夏は、あやしまれないように顔を隠すのに、適している季節だ。

 それに、花火があがるころには暗くなっている。

 だいたい、屋台にしろ花火にしろ、客の注意はそちらへ向いている。同行者以外の人間を注視する人は、そうそういないはずだ。


「一緒に行かないか? お互い相手もいないんだしさ」

「それが、今度の役の台詞なの?」

「こいつさー、素直じゃないの。女の子のほうもわりとそんなで、ケンカップルってやつ?」

「なにそれ」

 不審顔の住子に、林太郎は説明を加える。

「お互い好きなくせに、ツンケンしちゃって素直に気持ちが言えずにケンカしちゃうカップルのことらしい。それが今回の二人のコンセプト」

「つまり、私はあなたにツンケンした態度をとればいいってこと?」

「いつもどおりだよね」

「…………」

「うそうそ。住子さま、超優しい。俺の女神さま」

「――気持ちわるい」

「ひでえ」


 憮然とした住子の声。

 言葉こそ辛辣だが、こちらを本気で嫌悪しているわけではないことは、もうわかっている。

 だから林太郎は、ただ、明るく笑って言葉を返した。



  ◆



 夏祭りの日は、夕方から時間が空いていた。ここしかない、という絶好のチャンスである理由の一端だ。

 本当は一度アパートへ戻りたかったが、時間のロスが大きい。

 結局、住子とは最寄りの駅で待ち合わせることにして、改札が見える位置の壁に背をあずけて待っている。

 到着している旨はメールしてあるし、住子からは家を出たという連絡をもらっている。

 同じ目的地へ向かう人なのか、浴衣姿の女子グループや、カップルが通り過ぎていく。

 ドラマの設定としては、ヒロインが浴衣を着てくることになっているのだが、住子にそれを期待はしていない。一応確認したけれど、「持ってない」と顔をしかめていた。

 レンタルという手もあるが、それを求めたら「だったら行かない」と、デート自体を拒否される可能性が非常に高いため、林太郎はあきらめることにしたのだ。


 レースのついた今風の浴衣を着ているのは、女子高生だろうか。明るいブラウンに染めた髪をあげ、お団子にしてある。

 住子が着るとしたら、どんな浴衣だろう。

(オーソドックスな、おばあちゃんが、娘時代に着てたのよーっていうような、そういうの似合いそう)

 嫌味ではなく、そう思った。

 フリフリがついた明るい色の浴衣より、しっとりと落ち着いた色合いの浴衣のほうが、住子にはふさわしい。

 ウエストポーチの内側でスマホが振動した。取り出して確認すると、住子からのメールである。電車を降りたらしい。

 顔をあげて改札に目をやる。

 人の群れの中に住子の顔を見出し、林太郎は手を振った。


「ごめん、遅くなった」

「俺が早く着いてるだけ。住子ちゃんは時間どおりだよ」

「でも――」

「はい、じゃあ今からデートね」

 ぱんと手のひらを打って住子の腕を取り、夏祭り会場へ向けて歩を進める。

 浴衣組と同じ方角へ行けば、おそらく間違いはないだろう。

「住子ちゃん、台詞覚えてる?」

「そんなことできるわけないでしょう」

「じゃあ、住子ちゃんは適当でいいや。俺のことは夏彦って呼んでね」


 夏彦なつひこは、今回の役名である。ヒロインは菜摘なつみといい、音だけで聞くと「なつ」がかぶっている。

 二人は名前が似ているうえに、素直になれない性格も似通っており、周囲に「似た者夫婦」とからかわれ、さらに意固地に拍車をかけて付き合えないカップル――という設定だ。


「今から俺は夏彦で、そっちは菜摘ね」

「私まで名前を変えるわけ?」

「俺の正体、バレないように協力してくれるんだろ?」

「――仕方ないわね」

 やや不服そうにうなずく言動は、それこそ「菜摘」によく似ていると思う。

 人の数が多くなるとともに、親子連れも増えてきた。醤油が焦げる匂いが、食欲をそそる。

「すみ――じゃない、『菜摘』はなにか食べてきたのか?」

「とくには」

「じゃあ、ここで食べて帰ろうぜ。なにが食べたい?」

「たこ焼き」

「俺、とうもろこし食べたい」

「あれって食べづらくない?」

「そこをかぶりつくのが旨いのに」


 林太郎は、周囲よりも高い背丈を有効に活用し、見えはじめた屋台群から目的の店を探す。

 焼きそばは、座る場所がないと食べづらいから今回はパス。男同士ならともかく、住子が一緒である今は、避けたほうが無難だろう。

 女の子は、なにが食べたいだろう。

 わたあめ、カステラ、リンゴ飴――


「住子ちゃん、なに食べたい?」

「いや、さっき言ったじゃない。それに、菜摘じゃなかったの?」

「そうだった。じゃあ、菜摘はたこ焼きで、住子ちゃんはなにがいい?」

「意味がわからない……」

「好きなの言ってよ、おごるから」

「いいわよ、べつに。自分で買う」

「練習に付き合ってもらってるんだから、報酬だと思って受け取ること!」


 すこし強めに言いきれば、住子は引き下がることが多いことを、林太郎は学んだ。むしろそうしなければ、自分は世話になりっぱなしである。

 部屋にあがれば、お茶を出してもらったり、最近では一緒にご飯を食べたりもする。

 住子が作り置きして、冷凍してあったカレーを分けてもらった――というか、その部屋で解凍して食べたことがキッカケだ。

 三合用の炊き込みご飯の素を使って、住子は一合、林太郎は二合という分量でシェアをしていくうちに、住子の部屋で食事をし、余ったぶんはおにぎりにしてもらって、翌日の食事にまわすことも増えた。

 一応、お米は買って、渡してある。

 遠慮をされたが、自分のほうが食べる量が多いのだからと、林太郎は押しつけている。

 そんなふうに、住子は「押す」にかぎる、というのが、林太郎の考えだった。


「デートだし、俺の顔を立てて、おごられてください」

「――わかった、ありがとう」

 会話をしているうちに、入口に辿りつく。

 どこかの会社が所有している敷地を、地域活性のために開放し、祭りをおこなっているらしい。ちょっとした余興をするのか、簡易的なステージが設置されており、ハッピ姿の二人組がマイクを持っているのが見えた。そこかしこに設置されたスピーカーからは、祭り会場でよく耳にする音楽が流れている。

 背後からの客に押されるように、敷地内へ足を踏み入れた。

 対面する屋台の道幅はあまり広くはなく、立ち止まることで渋滞をつくっているようだ。

「よし、突入するか」

「突入って……」

「そんな感じだろ? この屋台群の中から、欲しいものを確保して、かつ、不用意に人と接触せずに向こう側まで進行するミッションだ」

 爪先立ちになり、前方を確認。

「目標、確認。突入します」

「――バカなの?」

 呆れたように、でもすこし笑いのまじった声で住子が言い、林太郎は彼女の手を握って歩きはじめた。



 入ってすぐの場所はやはり人目を引くうえ、まずは匂いに釣られて立ち止まる客が多いのだろう。買うわけでもなく、吟味のために止まっている男のそばをすり抜けて、林太郎は住子を引き寄せる。

 対向者と肩がぶつかりそうになり身体をひねり、相手が通り過ぎるまでのあいだ、背で庇う。

「住子ちゃん、平気? どこか端で待ってる? 俺、買ってくるし」

「離れたら、再会できる自信がないんだけど」

「それもあるんだよなぁ」

 土地勘のない場所となれば、なおのこと。目印になるようなものも、思い当たらない。

 となれば、しばらくは我慢して、先へ進むしかないだろう。

「俺から離れるなよ」

「離れようったって、この状態じゃ無理よ」

「俺の手、ちゃんと握ってること」

「あなたが握ってるんじゃないの」

「住子ちゃんも握るんだよ、デートなんだから」

「……面倒くさい」

 溜息とともに、住子が呟いた。



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マシュマロ
― 新着の感想 ―
[良い点] なんか、普通にデートしてる気がする…
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