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自衛隊空母『あまぎ』戦記  作者: 高本五十六
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第五話 戦いの前

魚釣島上空で航空自衛隊の『F15J』が撃墜された後、東亜国海軍北方艦隊の空母『ガウルン』から発進した『Su30』が与那国島と宮古島の自衛隊レーダーサイトを破壊、そして与那国島と石垣島を東亜国軍の空挺部隊と海兵大隊が占領した。与那国島の陸上自衛隊第303沿岸監視隊は果敢に防戦したものの、突然の奇襲に太刀打ちできず、残存部隊は島の各地に分散して落ち延びた。

戦後初の戦闘犠牲者が出ただけでなく、日本の領土が他国の軍隊に占領された。これを武力攻撃事態と認定した内閣総理大臣佐藤久正は、自衛隊全部隊に自衛隊創設以来、そして日本初となる防衛出動を命じた。


護衛艦『あまぎ』CIC

西島はマイクのスイッチを入れた。

「『あまぎ』艦長より、艦内乗員および全艦に達する。防衛出動が下令された。これは訓練ではない。繰り返す。防衛出動が下令された」

いつも通りの淡々とした口調で話す。西島の声は『あまぎ』の全ての乗員と護衛隊群の全艦に届いた。

「我々自衛隊の目指すところは、占領された島の奪還、そして島民の保護である。全艦、最大戦速をもって、目標の先島諸島海域へと向かう。対空、対潜警戒を厳となせ!」

西島の声に続いてスピーカーから「防衛出動下令!!」と、佐々木の声が響く。これから、戦後日本初の、そして自衛隊にとって初めての本格的な戦闘が始まろうとしている。


首相官邸の執務室で、佐藤はホットラインを使い、アメリカのホワイトハウスに電話をかけていた。話してる相手は合衆国大統領のドナルド・ガードナーだ。

「(大統領、今回の不当な侵略行為に対して、国際法に照らし断固東亜国に対し抗議します。そしてすみやかに全力を挙げ国土の奪還と島民の安全を確保するつもりです)」

ガードナーはこれからロシアのニコライ・アントノフ大統領との米露首脳会談に向かわなければならないようで多忙を極めてたようなので、佐藤は要件をできるだけ手短に話した。

「(貴国とは安全保障条約を結んだ同盟関係にありますが、この問題はわが国が独力で対処しなければならないと思っています。ですが、場合によっては貴国の力を借りることになるかもしれません。その時は、どうかよろしくお願いいたします)」

ガードナーから返事が返ってくる。

「(我々合衆国も友人としてあなた方にできる限りの手助けをするつもりだ。あなたの意見を尊重し、見守っている)」

「(ありがとうございます。ガードナー大統領)」

「(幸運を。カーネル・サトウ)」

佐藤を自衛隊を退官した時の階級「一等陸佐(陸軍大佐)」の呼び方を付けて、ガードナーは電話を切った。

受話器を置いて、佐藤は椅子に深く背もたれした。

「直ぐにアメリカが動くことはなさそうですね」

ガードナーとの会話を聞いていた井之上が口を開く。その隣には自衛隊統合幕僚長の中原武雄陸将も座っていた。陸海空自衛隊を一体的に部隊運用することを目的とした統合幕僚幹部の長、陸海空自衛隊の自衛官のトップでもある。

「いずれにしろ、今アメリカ軍の介入を招いたら、東亜国とアメリカとの全面戦争にも発展しかねます。この問題は局地紛争として、日本が解決しなければなりません」

「仰る通りです」

横須賀を拠点とする米海軍太平洋第7艦隊が不在という時期も重なり、日本政府・自衛隊が独力で対処しなければならない可能性が高いが、自分たちの国は自分たちの手で守らなければならない。

中原がこれまでの自衛隊の対応を説明する。

「総理。防衛出動命令を受け、西部方面総監を指揮官とするJTF(Joint Task Force:統合任務部隊)を編制中で、占領された与那国島と石垣島の奪還には水陸機動団と第1空挺団が主力となり、作戦の支援のため、特殊作戦群2個中隊も出動させました」

「分かりました。ですが、何よりもまずは占領地の島民の安全を第一に考えなくてはなりません。全部隊に改めて徹底させ、全力を挙げさせてください」

「はっ、分かりました」

起こってはならないことが現実となってしまった。しかし、今逃げ出すわけにはいかない。

佐藤は今一度深呼吸した。


『あまぎ』の格納庫。

『F35BJ』の前に、明日奈は立ってコクピットを見上げている。

警察官の厳格な父親の教育で心身ともに鍛えられ、自衛隊初の女性戦闘機パイロットに憧れを抱き、航空自衛隊に入った明日奈にとっても、『F35BJ』のコクピットは居心地のいい居場所であった。

「私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し」

明日奈が自衛官の服務の宣誓を唱え始める。

「日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行にあたり」

「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」

最後の部分が背後からの誰かの声と重なり、明日奈が振り返ると西島が立っていた。

「艦長・・・」

西島が黙って明日奈のところへ歩み寄ってくる。

「・・・魚釣島の上空で散ったパイロット達は、ミサイルが当たる時に、この服務の宣誓を誓ったと思います」

撃墜された松島と小松への手向けの言葉のつもりだった。

「二人の仇は、必ずとってやります・・・!」

「坂ノ上三尉。その思いは胸の奥へ仕舞っておけ」

西島は冷静だった。

「戦場でその思いに囚われると、とっさの判断が鈍ってしまう」

明日奈は黙って聞いている。

「我々がこれからやろうとしているのは、決して仇討ちではない。このアジアの海での軍事侵略が、いかに傲慢で無謀で愚かなことか。力でしか分らぬのなら力で知らしめる。防衛出動とはその『力』のことだ」

言い終わると、西島は黙って立ち去っていく。

「西島艦長・・・」

不思議な人だと明日奈は思った。元空自パイロットであるはずなのに、仲間が殺されてもなんとも思わないのか。防衛出動が発令されたのに、いつものように涼しい表情でいられるのかと。

「二人が殺されて無念な思いをしているのはお前だけじゃない」

いつからいたのか、飛行隊の石動泰之三等空佐が明日奈に話しかける。

「魚釣島で散った二人も仇討ちなんて望んでいない。お前と同じく服務の宣誓を念じたと信じている。って思っているんだよ。あの人も」

そこまで聞くと、立ち去っていく西島の背中に向かって、明日奈は敬礼した。


「松重炊事長」

CICへ戻る途中、西島は松重五郎炊事長を見つけ、声をかける。

「は、何でしょう?艦長」

「今夜の食事はいつも以上に腕によりをかけて作ってほしい」

「はあ」

「これからは缶詰やレトルトパウチの戦闘糧食が続くだろうから、その前に炊事長自慢の手料理を食べさせてやりたい」

「分かりました。腹が減っては戦はできぬ、ですからね」

「休暇での食べ歩きで鍛えられた腕前、見せてもらいますよ」

後ろから松重の「了解しましたー。艦長!」と笑って言う言葉を聞いて、西島はCICへと戻っていく。


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