第二十八話 ジャーナリスト
8月3日 14時頃
宮古島に向かう漁船に帝都新聞の記者の結衣とカメラマンの津地教一は乗っていた。
「津地さん、艦隊です!」
結衣から声をかけられ、津地がカメラを構える。護衛隊群の艦艇を捉えてシャッターを押す。
「空母『あまぎ』の艦隊でしょうか?」
「いや、あれはDDH182『いせ』、ということは佐世保の第2護衛隊群だな。『あまぎ』護衛隊群のバックアップ部隊だろうな」
「津地さん、詳しいんですね」
「これでも元自衛官だからな」
「そうだったんですか。全然知らなかったです」
「あまり誰にも話してないからな」
シャッターを切りながら津地が言う。
2日の記者会見の後、結衣は宮古島へ向かうことを上司の生瀬守に伝えたが、最前線となっている宮古島への一般人の渡航は政府より禁じられていたため、生瀬は結衣の宮古島への「取材」を当然認めなかった。結衣は休暇願をそのまま生瀬に渡して、自費で宮古島へ向かうことを決意した。
沖縄までは飛行機で行けたが、問題はその後だった。宮古島への渡航が厳しく制限されていて、一般の便は全て欠航されていた。そこで漁船で宮古島へ渡ろうと考えたが、戦場ともなっているところへ誰も危険を覚悟で行こうと思わないので、結衣の話を聞こうとしなかった。結衣の願いを断る漁船の船長に大金の入った封筒を渡したのが津地だった。「あんたに迷惑はかけない。これで俺達を乗せてってもらえないか?頼む」と津地は言った。
「・・・あの」
結衣は礼を言おうとしたが、「礼はいらねえよ」と津地に言われる。
宮古島に着いた二人は直ぐに下地島へ向かい、下地島空港が一望できる丘に来ていた。空港の駐機場には空自の戦闘機と輸送機、陸自のヘリ部隊が駐機していて、整備員達が作業をしていた。
「何か、最前線って感じがしませんね。緊張感がないっていうか」
航空祭で見るような光景に結衣はシャッターを切る津地に言った。
「だが、ここは紛れもない最前線で、その最前線に俺達がいることに変わりはない。あんたはこの最前線のことを伝えるためにここまで来たんだろう?」
「そうですけど」
結衣と話ながら津地はシャッターを切り続けた。
16時
東京 帝都新聞社
帝都新聞政治部の、結衣の先輩記者である片桐一馬のパソコンに結衣からのメールが届き、メールを開けると津地が撮った写真が添付されていた。
「えぇ?!」
片桐は驚きのあまりに声を出してしまう。
「どうした?」
「生瀬さん、これ、結衣からです!」
片桐に呼ばれて生瀬が結衣から送られてきた写真を見る。
「・・・あいつ!」
「これって宮古島で撮られたものですよね?だとしたらまずいんじゃ」
生瀬の携帯にメールの着信音がなり、差出人は『津地』と表示されていた。
『これらの写真は恐らく政府に没収される可能性が高いですが、どうするかは生瀬さんの判断に任せます。お嬢は納得しないでしょうが』
生瀬は返信のメールを打つ。
『ご迷惑をかけて申し訳ありませんが、稲葉のことをくれぐれもよろしくお願いします』
17時
下地島
「写真、掲載されますよね?」
「さあな。ここへの渡航は厳しく制限されているし、記者が撮った写真となったら没収される可能性が高いだろうな」
「そんな、ここまで来たのに・・・!」
「俺らの写真が利敵行為になる可能性もあるからな。だから上も慎重になる」
利敵行為、特にネット社会となった今、あらゆる情報がネットを通して知ることができる。それが一般人だけじゃなく、敵側の人間でもあり得るから情報の開示には慎重にならざるを得ない。
「でもそれって、自分達の都合の悪いことも隠すってことにもなりますよね?記者会見でも言ってることが信じられなかったからここまで来たのに」
「まあまあ、お前さんが思っているほど世界はそう単純じゃない」
カメラの手入れをしながら津地が話す。
「津地さんって、元自衛官なんですよね?」
「元自衛官って言っても、防衛大学校に4年間通ってただけさ。卒業間近に任官拒否、まあ自主退学したってだけだ」
「どうして辞めちゃったんですか?平和主義に目覚めたとか」
「いや、そんなんじゃないが、もっと自分の目で確かめたいって思ってな。そのまま任官したら世界を見て回るなんてできないからな」
「それで戦場カメラマンに?」
「ああ、アフガニスタン、イラク、シリア、ソマリア、クリミア・・・、色々と見て回ったよ」
爆弾でミンチになった家族、赤ん坊を銃剣で刺す兵隊、ゲリラの拠点とされている村を政府軍がナパーム弾で焼き払い、無惨にも焼かれる子供達。津地は戦争の残酷な姿を嫌と言うほど見てきた。その度にカメラマンとしての自分の無力さを思い知らされた。
話をする津地の目がどこか悲しそうに見えると結衣は思ったが、空港から聞こえる爆音に気づく。
「津地さん、空港の方!!」
結衣が叫び、津地がカメラを構える。下地島空港から空自の戦闘機が発進するところだった。
「まさか日本でこんな仕事するとは思ってなかったぜ」
発進する戦闘機の写真を撮りながら津地が呟いた。
17時半頃
東京 帝都新聞社
「生瀬さん、また結衣からです!!」
片桐に呼ばれて生瀬がメールを見る。下地島空港から発進する戦闘機の写真が複数添付されていて、1枚1枚を見ていく。
「片桐、ストップ!」
生瀬に言われて写真のスライドを止める。離陸した直後の戦闘機で、バックは空しか写っていない。
「片桐、この写真を使うぞ!」
「え、これをですか?」
「その写真ならバックは空だけで場所が特定されないはずだ。だが明らかに自衛隊の出動だと思わせる。見出しは俺が考えるから、号外の準備を頼む!」
「分かりました!!」
片桐が慌ただしく動く。生瀬が自分のデスクに戻ると、携帯を取り出し、津地へのメールを作成する。
『写真の1枚で号外を出します。こっちのことは任せてください』
メールを送信すると返事は直ぐに返ってきた。
『感謝します。お嬢のことは引き続きお任せを』
津地からの返信を読むと、生瀬はすぐさま携帯の電話帳に登録されている「空幕広報室長 柴田」を選択して通話ボタンを押す。
「お久し振りです。お忙しいときにすみませんが、お話ししたいことがあります」




