第二十六話 JTF
8月2日 20時
熊本県熊本市
陸上自衛隊健軍駐屯地 西部方面総監部
村井陽一郎。
陸上自衛隊の陸将であり九州および沖縄の防衛警備や災害派遣等を担任する西部方面隊の指揮官である西部方面総監である彼は、今は東亜国に占領された魚釣島・石垣島・与那国島を奪還し、先島諸島の原状回復を任務とした陸海空統合任務部隊『JTF』の司令官であった。
自衛隊における統合任務部隊とは、陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊のうち、2つ以上の軍種を単一の司令部の指揮下に置き、統合軍化して統合運用を行う。任務部隊として、有事や大規模災害時などの必要に応じて編成されるものであり、軍種を越えて緊密に連携した行動がとることができ、複雑な事態に際してもより適切かつ迅速に対応することが期待され、自衛隊法第22条(特別の部隊の編成)が編成の根拠条文となっており、防衛出動・治安出動・警護出動などの出動命令時や国民保護等派遣・海上警備行動・海賊対処行動・弾道ミサイル等に対する破壊措置・災害派遣・地震防災派遣・原子力災害派遣・在外邦人等の保護措置や訓練時に編成される。統合任務部隊『JTF』に必要とされる兵力は、命令・行動の発令者である内閣総理大臣(第22条1項)もしくは防衛大臣(第22条2項)の命令により、各自衛隊から統合任務部隊『JTF』へと差し出される。過去には2009年のソマリア沖の海賊対策における派遣海賊対処行動支援隊、2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震、2019年の令和元年台風19号における災統合任務部隊が編成された。
健軍駐屯地の西部方面総監部の会議室に司令官の村井以下、統合任務部隊『JTF』に参加する陸海空自衛隊各部隊の最高指揮官、そして防衛省情報本部から派遣された香織の姿もあった。
村井が指揮する先島諸島原状回復統合任務部隊『JTF』の主な編成は次の通りだ。
・陸上自衛隊
水陸機動団、第1空挺団、特殊作戦群(2個中隊)、第42即応機動連隊、第12普通科連隊、西部方面ヘリコプター隊、北部方面隊第7師団
・海上自衛隊
『あまぎ』護衛隊群、第2護衛隊群、第4護衛隊群第5護衛隊、第1輸送隊、第1海上補給隊、第3掃海隊、第1潜水隊群第3潜水隊、第5航空群
・航空自衛隊
第9航空団、第8航空団、第3輸送航空隊第403飛行隊
「『あまぎ』護衛隊群の目標海域到達により、我々の統合任務部隊『JTF』の作戦決行も秒読みに入った」
会議室に入るなり、村井は各部隊の作戦の最終確認を行う前に訓示を行う。
「占領されている石垣島・与那国島の島民解放、魚釣島の海上保安官の奪還、尖閣諸島の東亜国軍の排除という原状回復が我々の作戦目的であるが、日本と東亜国の全面衝突、即ち“戦争”状態に突入することは避けなくてはならない。これが自衛隊の最高指揮官である佐藤総理からの指示だ」
“戦争”という言葉に会議室全体に緊張が走る。
「しかし我々統合任務部隊『JTF』としてはあらゆる可能性を考慮しながら、先島諸島の武力奪還を前提に作戦を構築する。皆、心してかかってもらいたい」
村井の訓示が終わったところで、香織から現在の状況確認が行われる。
「東亜国側の妨害を突破した『あまぎ』護衛隊群は目標海域である先島諸島海域に達し、今後の航空優勢確保が期待できます。一方で東亜国軍は現在、石垣島と与那国島に対艦・対空ミサイルの搬入を進めていて、実効支配を強めようとしています。一刻を争う緊急対応が必要となっています」
「うむ、つまり作戦の第1段階では航空優勢を確保しつつ、『あまぎ』護衛隊群と第2護衛隊群との緊密な連携が重要となってくるな」
「はい。すでに第2護衛隊群は佐世保を出港し、那覇に到着後、最終調整を行った後に海上優勢確保に備える予定です」
そして、東亜国軍の潜水艦による攻撃で被弾した護衛艦『やまぎり』と『せとゆき』の代行艦として、呉の第4護衛隊群第5護衛隊に所属する護衛艦『いなづま』と『さみだれ』が『あまぎ』護衛隊群へ臨時に配備されることとなった。
作戦の第2段階では魚釣島・石垣島・与那国島を陸上自衛隊が奪還、第3段階では本格的な空母対決が想定された。
こうして出された作戦手順は以下の通りだ。
・第1段階
①空中哨戒と特殊作戦群各1個小隊を魚釣島・石垣島・与那国島に潜水艦による輸送で先行させ敵情を把握。
②『P-3C』哨戒機と『P1』哨戒機、第1潜水隊群第3潜水隊で沖縄周辺海域の航路の安全を確保。
③『あまぎ』護衛隊群と第2護衛隊群による海上優勢、第9航空団による航空優勢の確保によって東亜国軍の増援部隊の進入を断つ。
・第2段階
④第3掃海隊による機雷の掃海で上陸作戦における安全を確保。
⑤第8航空団の『F2』戦闘機の支援を受け、第1空挺団1個大隊が橋頭保を確保した後、強襲揚陸艦『ワスプ』(米海軍よりの貸与艦)より水陸機動団1個連隊、輸送艦2隻より第42即応機動連隊、輸送艦と民間からチャーターされたフェリーで編成された『臨時輸送隊』より戦闘団編成された第12普通科連隊が石垣島に上陸。主導権を握り、東亜国軍占領部隊を排除し島民を解放する。
⑥第12普通科連隊と沖縄方面よりの増援部隊に後を任せ、空挺団、水陸機動団、即応機動連隊は戦力を再編して与那国島奪還へ向かう。
⑦水陸機動団2個大隊と特殊作戦群により魚釣島の東亜国軍特殊部隊を排除し、人質として捕らわれている海上保安官を救出する。
第3段階
⑧敵海上目標である東亜国海軍北方艦隊『ガウルン』機動部隊を排除して、先島諸島の原状を回復する。
途中、「特殊作戦群は3個中隊あるのに、なぜ2個中隊しか出さないのか?」という質問が出され、出席していた特殊作戦群群長の飯柴一等陸佐は「万が一の国内テロに備え、1個中隊は残しておかなければなりません」と答えた。
予想される隊員の損耗率について、最低で5%、多くても10%以上は覚悟しなければならないと見積もられた。
「5%から10%で収められるのか?」とざわつくが、「収めねばならない」と村井が言った。
「国連安保理の結果次第では直ちに作戦が発動されるか、中止も有り得る。あらゆる事態を想定して、諸君らも全力を挙げ、作戦計画を万全なものとすることをお願いしたい。たとえ東亜国がどう出ようと、我々自衛隊がこの日本を守ることに変わりはない。佐藤総理、そして国民から期待されていることを肝に銘じて、任務を遂行してもらいたい」
「了解!!」
作戦の最終確認が終わった後、村井は1人残り、窓越しから夜空を見ていた。
「村井陸将」
香織が声をかける。
「倉木一尉、隊員の損耗率を5%から10%で収められるだろうか?」
村井が尋ねる。
「完全な無血奪還は限りなく難しいでしょう」
香織は正直に答えた。
「ですが、我々自衛隊はこの時のために日々鍛え、備えてきました。任務遂行に最善を尽くすだけです」
「そうだな」
自分の息子ほどの歳の若い隊員達をできるだけ死なせたくはない。統合任務部隊『JTF』司令官という大任を拝命された以上、最善を尽くすだけだ。
「この後、『あまぎ』へ行くのか?」
「はい。『あまぎ』での作戦の調整もありますし、個人的にも『あまぎ』には興味があります」
「そうか。気をつけてな」
「ありがとうございます」
香織は敬礼して、会議室を出て行く。また一人となった村井は再び夜空を見る。
同日 21時50分頃
『あまぎ』
甲板での騒ぎの後、艦内に戻り通路を歩く西島に、佐々木が「艦長」と呼び止める。
「東亜国の駆逐艦とフリゲート艦を沈めずに無力化したのも、極力、死者は出したくない。味方だけでなく敵に対しても。そう考えていいですね?」
西島が振り返る。
「あの2艦を沈めれば、国際人道法に従って、我々は生存者の救助に向かわなければならない。副長、君は特にそれを強硬に主張しただろう。先島諸島海域への到着が急務である我が艦隊に、それをする余裕はない」
「では、あのパイロットの救助の時はどうだったのですか?」
「あの時の状況で、最善と思われる判断をしたまでだ。相手が誰であれ、助けれる命があり、救えることに越したことはない。そうだろう?佐々木」
佐々木・・・、再び二人は「同期」に戻る。
「懐かしいな。西島」
佐々木はふっと頬を弛めた。
「こうしてお前と話していると、防衛大の頃を思い出すよ」
「そうだな」
西島も頬を弛めた。防衛大の同期であり同じ部屋で過ごした二人が『あまぎ』で再会したのも何かの縁というものなのだろう。
「俺以外に誰とも群れようとしないお前には、空自の戦闘機パイロットがお似合いだと思っていたよ」
「この『あまぎ』に乗ってから大分経つが、お前がどうして海自を選んだのか、未だに分からない」
「艦に乗るということは、互いの命を預けているということだ。俺はその精神を江田島でみっちりと叩き込まれた。戦う時も死ぬ時もあの狭いコクピットでたった一人の戦闘機乗りに、その精神が簡単に分かってもらえるとは思えんがな」
佐々木は笑いながら言った。
「俺はあの頃から変わらない。我々自衛隊には戦争する力がある。しかし、絶対にやらない。今でもそう肝に銘じている」
「戦わなければ守れないものがある」
佐々木はため息をつく。
「その違いも、防衛大の頃からずっと変わらないようだな。まったく、相変わらずの大した『愛国者』だよ。お前は」
「いや、お前と同じところがひとつだけある」
「俺と同じところ?」
「奥さん、来月出産予定日だそうだな?それも元気そうな女の子だそうじゃないか」
「え?」
キョトンとした顔をする佐々木。
「お前の子供や、子供たちが何の不安もなく将来に夢を持ち、安心して暮らせる。日本はそんな誰もが安心して暮らせる平和な国でなくてはならない。その日本を守りたいという気持ちは、誰もが同じだ」
「驚いたよ。独身のお前から、そんな言葉が出てくるとはな」
思いがけない言葉が西島から出たことに、佐々木は本気で驚く。
「これから、戦いはますます厳しくなる」
それまでの表情と変わって、再び西島の表情が険しくなる。
「ああ。分かっている」
「よろしく頼む」
西島が再び歩き出す。
「・・・なあ、西島」
佐々木に再び呼び止められる。
「東亜国軍のパイロットを救助するとき、はじめてお前と意見が合ったような気がした。それが妙に嬉しくてな」
西島が顔を振り向くと、微かに微笑む。再び歩き出して、佐々木もその後を追うように歩きだす。




