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自衛隊空母『あまぎ』戦記  作者: 高本五十六
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第二十五話 捕虜

8月2日 21時


ベイルアウトした高本を捜索していた『エコー1』の『SH60K』のパイロット、柿沼生成一等海尉は焦りを感じていた。捜索を開始して大分時間が経つのに高本をまだ発見することができなかった。

「機長、燃料がそろそろ限界です。『あまぎ』へ戻らないと」

「ああ、わかっている」

だが、あともう少し・・・、と柿沼は海面に目を向けた。

「機長!パラシュートらしきものを発見!!」

後ろの隊員の声を聞き、柿沼はサーチライトを照らす。パラシュートが漂っているのが見えた。

「高本三尉は見えるか!?」

「分かりません。ダイバーを降ろしましょう!」

「よし、機体を降下させる!!」

(高本三尉であってくれ)

柿沼は心の中で祈った。


パラシュートが見つかったことは『あまぎ』にも伝わった。「高本三尉であってくれ」と佐々木は祈った。

「『エコー1』より『あまぎ』CICへ、漂流者は東亜国軍のパイロットの模様!高本三尉ではありません!!」

CICに衝撃が走る。誰もが高本であると思っていたのが東亜国軍のパイロット、即ち敵だったのだ。

佐々木はマイクを握った。

「『エコー1』、パイロットの生存は確認できるか?!」

「意識はありませんが呼吸は確認できました。指示を願います!」

「・・・」

佐々木は躊躇した。本来は救助するべきだが、高本はまだ見つかっていない。東亜国軍のパイロットを救助し『あまぎ』へ運ぶ間に高本が見つかる可能性が低くなるかもしれない。

沈黙を破ったのは西島だった。

「『エコー1』、パイロットをピックアップし、『あまぎ』へ帰還せよ」

「!?」

「『エコー1』、了解」

佐々木は西島の顔に目を向ける。

「艦長?」

「ヘリの燃料が残り少ない。今救助しなければ東亜国軍のパイロットも助からない可能性が高い」

「では、高本三尉は?」

「ヘリ部隊の帰還後、燃料を補給次第すぐに捜索を再開させる。副長、『エコー1』が帰還したら、東亜国軍のパイロットをすぐに医務室へ」

「了解しました」

高本じゃなくても一人の命が救えた。朗報であることには違いなかった。


『エコー1』を含めたヘリ部隊が『あまぎ』の甲板に着艦した。

すぐに隊員数名が駆け寄り、東亜国軍のパイロットを載せた担架が運ばれる。隊員たちの中に高本の帰りを強く願っていた詩織もいた。

(どうして、・・・どうしてこの人が)

本当ならここにいるのは高本三尉のはずだったのに、と詩織は複雑な思いを抱いていた。

朦朧としていたパイロットと一瞬目が合い、詩織はビクッとする。そしてパイロットの目は詩織のそばにいる隊員の太腿のホルスターに収められている拳銃に向けられる。

(今なら奪い取れる・・・!)

「・・・!、おい!!やめろ!!」

柿沼が声を上げたが、パイロットは既に拳銃を奪い、詩織を盾にしていた。人質を取られてしまい、隊員たちは後ずさる。

突然のことに詩織も体が固まってしまった。

「彼女を放して!私が代わるから!!」

「月船一尉、危ないです!下がってください!!」

さゆりが隊員に静止される中、銃声が響く。パイロットが空に向けて威嚇射撃したのだ。

小銃を装備した隊員たちが駆けつける。

「動くな!銃を捨てろ!!」

「待て、撃つな!久保士長に当たる!!」

騒ぎを聞きつけた佐々木が叫ぶ。詩織を人質に取られている以上、迂闊に近づくこともできない。

「君の悪いようにはしない。彼女を放せ」

佐々木が説得を試みる。パイロットは銃を向けたままだったが、目を放した一瞬の隙をついて柿沼が飛び掛かる。そして詩織をパイロットから引き離した。

「逃げろ!!」

パイロットともみ合いになりながら柿沼が詩織に向かって叫ぶ。詩織の目の前には引き離した際にパイロットが落とした拳銃がある。詩織はその拳銃を手に取り、発砲した。

弾は外れたが、パイロットは尻もちをついてしまう。

「どうして、・・・どうして高本三尉じゃなく、あなたが助けられたのですか」

銃を向けたまま詩織がパイロットに問いかける。

突然のこの状況に誰もが理解できなかったが、飛行隊の桐生と万丈と共に駆けつけた明日奈は、詩織の言葉に高本と彼女が特別な関係であると感じた。

「よくも・・・、よくもあの人を・・・!」

詩織は震えながら拳銃の引き金を引こうとする。

(撃っては駄目!!)

明日奈はそう叫んで駆け出そうとしたが、彼女の前に詩織の前に立つ者がいた。

「撃ってはいけない」

西島は静かに言い、詩織の持つ拳銃に触れる。

「君にこんなことをしてほしいと、高本三尉は望んでいない。彼のことを想うなら、その引き金を引いてはいけない」

そう言う西島の姿が高本と重なり、詩織は拳銃を握る手から全身の力が抜けていく。西島はすぐさま拳銃を取り上げ、倒れかけた詩織を明日奈は駆け寄って支える。

「しっかりして。大丈夫?」

明日奈が声をかけると、詩織は明日奈に抱きついて声を上げて泣く。

「彼女を頼む」

明日奈にそう言うと、西島は東亜国軍のパイロットに近づいて膝をつく。

「(英語が分かるか?)」

震えながらパイロットは頷き、西島の言葉に耳を傾ける。

「(海は冷たかっただろう。君は運よく助けられた。だが、我々の仲間のパイロットは今もこの冷たい海を漂っている。君に銃を向けた彼女は、その彼の帰りを強く願っている。君も同じパイロットなら、彼の無事を我々と一緒に祈ってくれないか?)」

西島の言葉が終わると、パイロットは声を上げて泣き出す。泣きながら何かをつぶやくが、西島には「許してくれ」と言ってるように聞こえた。

桐生と万丈が駆け寄り、パイロットを両脇から抱えるようにして立たせる。

「桐生、彼に何か温かいものを飲ませてやれ」

西島が命じて、桐生が「はい」と答える。

「月船一尉、彼の手当てを」

「分かりました」

佐々木がさゆりに命じる。パイロットを連れていく桐生と万丈、そして小銃を装備した隊員たちとさゆりがその場を離れる。

西島は柿沼に命じる。

「柿沼一尉、燃料の補給と整備が済み次第、高本三尉の捜索を再開してくれ」

「了解。必ず見つけます!」

甲板に残っていた隊員たちに向かって佐々木が命じる。

「各自、持ち場に戻れ」

隊員たちが離れていく中、泣き続ける詩織を抱きしめていた明日奈に目をやる。佐々木は西島をじっと見て、目が合うと頷いて明日奈と詩織に歩み寄る。

「諦めるな。高本三尉は必ず生きて戻ってくる」

佐々木の言葉に詩織は頷く。佐々木が今度は明日奈に声をかける。

「坂ノ上三尉、彼女にしばらくついていてくれ」

「分かりました」

佐々木は西島に続いてその場を去っていく。


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