第二十一話 空戦(ベイルアウト)
『ガルーダ3』の機内でミサイルのロックオンを知らせる警報音が鳴り響く。
「ロックオンされた?!」
「『ホーク・アイ』からガルーダ隊へ、敵機がミサイルを発射した!6機同時発射だ。回避機動を!!」
バイザーに浮かんだ表示を見て、高本は驚愕する。
「こちら『ガルーダ3』、ミサイル6発、全てが本機に向かっている!」
「6発全てだと?!」
西村も驚く。
「『ガルーダ3』へ、ブレイクライト!海へ逃げろ!!」
「了解!!」
操縦桿を操作し、機体を急旋回させ海面へ向かって急降下する。
「『ガルーダ3』、高本、耐えろ!そのまま低空へ離脱だ!!」
ミサイルの最高速度はマッハ4。マッハ1.5の機体では逃げ切れないが、空気密度の濃い低空はミサイルの運動エネルギーを消費させ、機体速度を上げる。海面高度3000メートルで急旋回し、機を水平に戻す。上手くいけばミサイルを海面に叩きつけることができる。フレアとチャフを使い果たした今、ミサイルを回避する唯一の方法だった。
しかし、この速度で旋回にかかる瞬間過重は9G以上。人間の体はそれ以上のGには耐えられず、骨が砕けてしまう危険がある。
「4000メートルを切った!『ガルーダ3』、旋回しろ!!」
西村の声が小さく聞こえる。瞼が重く、頭が真っ白になっていく。逆Gで体中の血液が頭に集中し、意識不明を起こしかけていた。
「いかん!高本、緊急脱出だ!!速度を落として脱出しろ!」
(脱出・・・、機体を捨てろというのか・・・?)
西村の叫び声に、わずかに意識が戻る。
「隊長・・・、・・・こいつは、一機、150億・・・、その機体を、艦長は・・・『一機も、失うな』・・・、と」
「馬鹿野郎!!機体の替えはいくらでも利く。だがお前の替えは利かない!」
(俺の・・・、替え?)
「高本、これは命令だ!早く脱出しろ!!」
ふと、手にしたものを見る。詩織のぬいぐるみだった。
(詩織が、『あまぎ』で俺の帰りを待っている。・・・俺の、替えは、・・・利かない!!)
一瞬、意識が戻り、脱出用のイジェクションハンドルに手を伸ばす。
(・・・詩織!!)
ハンドルを引き、キャノピーが吹き飛んで、シートごと高本の体は外へ飛び出された。
そして無人となった『F35BJ』に敵のミサイル6発全て命中する。
「高本ーーーっ!!!」
「『ガルーダ3』、・・・反応消失」
高本の乗る『ガルーダ3』の反応がディスプレイから消え、救難信号も発信されていない。『あまぎ』CIC内が沈黙する。
(間に合わなかったか・・・)
「こちら『ガルーダ1』、高本三尉のベイルアウトを確認!パラシュートは開いています!!」
西村からの朗報にCIC内に歓喜が湧き、西島も頬がわずかに弛んだ。
「高本三尉の生存を確認。直ちに救難ヘリを向かわせ、捜索と救助にあたらせろ」
救難信号が出ていないのは、脱出の際に救難信号の発信機が故障して決まった可能性が高い。一刻も早く救助する必要がある。
西島は指示を出すと、ヘッドセットを頭から外してCICを出ていく。
艦橋にいた佐々木も命じる。
「副長より達する。高本三尉の捜索を行う。ヘリ部隊は直ちに発進せよ。諦めるな。死なせずに、見つけて戻れ!」
ガルーダ隊の4機は、高本の捜索に向かったヘリ部隊と入れ替わるように、無事『あまぎ』に着艦した。
西村は機体から降りてもその場をすぐには動かなかった。
「西村!」
ファルコン隊の隊長の神尾正太郎三等空佐が西村に声をかける。その隣には明日奈もいた。
「大変だったな」
「・・・もっと早くに高本を脱出させるべきだった。俺が早く脱出を命令していれば、高本は俺たちと一緒に戻れたかもしれない」
「いや、あの状況だったら同じ判断をしていただろう。お前のせいじゃない」
「あの速度での脱出はかなり危険だ。パラシュートが開いていたとはいえ、高本の四肢が持つかどうか」
「生きていたら何とかなる。高本の生存を信じよう」
神尾の言うとおり、今できることは高本の無事を祈ることだった。
誰かの気配を感じ、振り返ると西島と石丸が近づいてくる。西村達は直立不動の姿勢を取った。
「西村隊長、苦しい戦いだったが、よくやってくれた。今ヘリ部隊が、全力で高本三尉の捜索にあたっている」
石丸が労を労ってくれたが、西島と共に表情は険しかった。
「艦長、『一機も失うな』という指示でしたが、貴重な機体どころか、高本まで、・・・申し訳ありませんでした!!」
西村が深々と頭を下げる。
「海自側は艦隊が無傷で勝ち戦だと湧いているが、空自側としては痛み分けだっただろう」
「は、痛み分け?」
「敵の空母には60機、対して我々は4分の1の15機だ。4機落としても、1機失えば痛み分け。敵もそう判断しているだろう。戦闘はこれからさらに厳しいものになるだろう。皆、覚悟してくれ」
「はっ!!」
いつもの涼しげな表情で言うと、西島は艦内へと戻って行った。
(痛み分け)
西島の言葉が胸に響く。
「『4機落として浮かれるな』ということでしょうか?」
明日奈が口を開く。
「いや、俺が艦長から責められても無理はない。『1機も失うな』という命令すら守れなかったのだからな」
「馬鹿、艦長は誰のことも責めてはいない。むしろその逆だ」
「逆?」
石丸の言葉に目を細める。
「『機体の替えはいくらでも利く。だがお前の替えは利かない』。西村、お前が言ったこの言葉、覚えているか?」
「はい」
「確かに、お前たちが乗るこの『F35BJ』は一機につき約150億の税金が掛かるが、それを扱うパイロットの訓練にはその何倍の予算が掛かる。同じ性能の機体はいくらでも替えが利くが、それを扱う人間の替えは利かない。高本をベイルアウトさせたお前の判断は正しかったということだ」
「それじゃ、艦長が言った『一機も失うな』というのは」
「そうだ。あの人の言う『一機も失うな』というのは、『一人も失いたくない』ということだ。高本の無事を、艦長が誰よりも祈っている」
その言葉に西村は唇を震わせ、神尾は西村の肩に手を置く。
(艦長も、私たちと同じ思いだったんだ)
明日奈は口元をほころばせた。
「あの馬鹿、絶対に生きて帰ってきなさいよ・・・!」
高本が漂っているはずの海のほうへ向かって、明日奈は呼びかける。
そして明日奈と同じように、高本の無事を詩織も祈っていた。




