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自衛隊空母『あまぎ』戦記  作者: 高本五十六
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第十七話 記者会見

8月2日 15時


「我が国は現在、東亜国軍の侵攻によって重大な局面に立たされております」

首相官邸の記者会見室には、大勢の報道関係者が詰め掛けていた。総理の佐藤による会見の様子は、テレビやネット動画で全国に生中継されている。

「事態の状況は官房長官、防衛省から発表された通りですが、我が国の領土である尖閣諸島の魚釣島、そして石垣島と与那国島が軍事占領され、すでに発表されているように、魚釣島上空で航空自衛隊機が東亜国軍戦闘機によって撃墜され、海上自衛隊護衛隊群の隊員にも多数の死傷者が出て、先の大戦以来、初の戦死者を出す結果となりました」

会見中もカメラのフラッシュが眩しく光っている。

「政府としては、任務中に戦死された自衛隊員達の死を無駄にすることなく、東亜国の不当な侵略行為に対して、断固として対処する覚悟です。無論、国民の生命と財産を守ることが最優先事項と考えており、石垣島と与那国島の島民をいかに安全に救出するのか検討中です。国民の皆様は流言飛語に惑わされることなく、政府を信頼していただき、冷静に行動していただくようお願いします」

声明を発表し終えたところで記者達の質問攻めにあった。

「総理!先程の防衛省からの発表によると、自衛隊と東亜国軍との戦闘で、東亜国の潜水艦を海上自衛隊の護衛艦が撃沈したとのことですが、これは明らかな交戦、すなわち武力行使ではありませんか?!」

「我が国の憲法9条では国権の発動たる戦争、武力による威嚇、又は武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄するとなっています。東亜国の潜水艦を沈めた戦闘は、明らかな憲法違反ではありませんか?!」

「そうだ!あんたら政府は戦争がしたいのか?!」

記者達からの攻撃的ともいえる質問に対して、佐藤は冷静になって丁寧に答えた。

「東亜国軍潜水艦撃沈は自衛のためのやむを得ない戦闘であります。現在の憲法解釈では『我が国を防衛するための必要最小限の実力を行使することは、当然のこととして認められている』としております。したがって、これは交戦権には当たらず、憲法で定められた自衛のための戦闘です」

質問攻めを続ける記者達の中でもひときわ大きい声を出す女性記者がいた。

「総理、総理!質問よろしいでしょうか?」

佐藤に「どうぞ」と指名され、その女性記者は立った。

「帝都新聞の稲葉結衣と申します。佐藤総理、お聞きしたいことがあります」

「何でしょうか?」

「今回のこの事態、空母『あまぎ』が原因とは考えられないでしょうか?」

「と言いますと?」

佐藤と結衣とのやりとりを他の記者達は注目していた。

「空母『あまぎ』の就役に対して、東亜国は『日本は再び軍国主義と侵略戦争への道を選んだ』と強く非難しました。憲法9条で保有が禁じられている攻撃型空母である『あまぎ』が今回の事態を引き起こしたとは考えられませんか?」

結衣の質問に対しても、答える佐藤の口調は落ち着いていた。

「今の時点では、東亜国側から正式な声明が出てないので、護衛艦『あまぎ』が今回の事態の原因かという貴方の質問に対して、残念ながら明確にお答えすることはできません。しかしながら、『あまぎ』が攻撃型空母かということについては、米軍のような外征を目的とした空母ではなく、日本近海での活動に限定した護衛艦であります。したがって憲法が禁じている攻撃型空母ではなく、この日本を守るための防御型装備であります」

「小笠原諸島近海で訓練中だった空母『あまぎ』の艦隊が、東亜国の潜水艦と交戦したのですか?」

「戦闘の詳細については防衛上の機密に触れることとなるので、具体的な防衛情報に関しては回答しかねますが、護衛艦『あまぎ』を含めた全ての自衛隊に防衛出動を下令して、事態に対応させています」

「では、改めてお聞きしますが。米政府は尖閣諸島での有事は『日米安保の対象内』と言いましたが、今後、日米東亜の三国の空母艦隊が衝突するようなことなれば、最悪の場合、全面戦争へと発展する可能性があります。その時は総理、どう対応するおつもりなのか、今この場でお答えください」

結衣が言い放った「全面戦争」という言葉に、記者達にも緊張が走る。

佐藤は静かな口調で答える。

「私の個人的な見解としましても、貴方が仰ったそのような可能性は、決してあってはならないことであり、その最悪の事態を回避するためにも、国連及び米政府を含めた関係各国と連携し東亜国側との外交交渉を粘り強く続けています。政府、自衛隊、関係省庁共に、あらゆる事態を想定して対応する覚悟で事態の解決に努めております。重ねて言いますが、国民の皆様は流言飛語に惑わされることなく、政府を信頼していただき、冷静に行動するようお願いします。我が国が、再び戦争をしないことを国民の皆様にお約束します」

佐藤が深々と頭を下げる。報道陣のカメラのフラッシュが再び激しく光った。


防衛省の情報本部で、香織は記者会見の様子をテレビで見ていた。

総理の佐藤や政府の責任を追及するような記者達の質問の仕方に、香織は嫌悪感を抱く。特に稲葉結衣が所属する帝都新聞は前から左翼傾向の強い記事を書くことが有名で、『あまぎ』就役の時も東亜国の主張に近い論調で、佐藤政権を批判する記事やコラムを掲載した。

チャンネルを変えても、どの番組も佐藤の会見を取り上げていたが、香織がたまたま目にしたワイドショーで、小日向ゆうじというNPO法人の代表がゲストコメンテーターとして呼ばれていて、番組の司会から意見が求められたが、政府や自衛隊を批判するコメントばかりしか話さない。この男が代表を務めるNPO法人は就職難に喘ぐ人達を支援する団体で、小日向も社会的弱者の救済者を謳っていたが、その思想は憲法9条を守る護憲派寄りで、自衛隊の隊員募集活動も社会的弱者の搾取だと否定的な自論を帝都新聞のコラムに掲載していた。

「全く、誰もこの国を守る気がないのかしら・・・」

香織には小日向のような人間の主義主張が理解できなかった。

「倉木一尉」

部下であり防大の後輩でもある高野聡史三等陸尉に名前を呼ばれる。

「そろそろ出発の時間です」

「分かったわ」

香織が席から立ち、制服の上着を着る。

「お気をつけて。倉木一尉」

「ありがとう。あとをよろしくね」

自分を気に掛ける高野に微笑み、香織は情報本部・統合情報部を後にした。

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